第32話 決着
いつでも
武器を失ったグェシュトゥは控え目に言っても戦闘力が半減した。
俺たちは、
グェシュトゥは武器を失っても諦めず、己の肉体のみで奮戦した。だが徐々に衰えを見せ始め、最期は脚が動かなくなり、膝をついたところを勇気のバスターソードによって首を跳ねられた。
首が落とされたとき、グェシュトゥの身体はアバラが浮き出るほど枯れ果て、顔は年寄りのように皺くちゃだった。
そこに、生命力に溢れた雄々しい小鬼王の面影はなかった。
戦いが終わっても誰も歓声を上げなかった。
妄執とでもいうようなヤツの粘りで、精神的に疲弊してしまっていたのと、俺も含めて、誰も彼も勝った気がしなかったからだ。
死体を
「うおー、一体全体どうなってんだよ、ヨボヨボのじーさんじゃねえか」
アホがグェシュトゥの死体に近づいてきた。
「……待てよ? チンコはどうなんてんだ? チンコもヨボヨボなのか? ちょいと失敬。ピローン」
スパーンッ!
「アたぁ!」
なんかムカついたので夢見の頭を引っ叩いた。
「おまえ、どこに行ってたんだよ、急にいなくなって」
「え? いやあ、裏から回り込んでたんだけどよー、おまえらがグズグズ動かないからよー、助けてやったんじゃねーか。どうだったよ、俺様特性、
ドヤッとした顔が神経を逆なでするが、たしかに夢見の言う通り、助けられたのは事実だ。
「どうやって裏に周りこんだんだよ」
「それがよー、人生の青い鳥を探してたらよー、滝付近で綱渡りしてきた小鬼がいてな、まあそこで俺様ピーンときたワケよ。ピーンとな。これは
落人というのは、たしか戦で敗れて逃げ落ちた、敗残兵やその一味のことだ。
綱渡りということは、上流の滝付近にあったロープウェイのことだろう。
「台座に載ってメスゴブとガキンチョがこっちに渡ってくるからよ、見逃す理由もねーし、石を投げつけて落っことしてやったわけだな。グッジョブ、俺」
川下を渡るときに、上流方向で見た落下はそれだったのか。
で、綱渡りして敵の背後を取ったと。
まあ、滝付近の谷川はそれほど川幅があるわけじゃない、せいぜい六、七メートルだ。とはいえ急峻な谷だし、万が一落下すればかなり危険だ。
軽装で、もともとヒョロい夢見だから渡れたと見るべきか……。よくやるな、とは思うが。
あとは――。
「グェシュトゥに投げたのは何だ?」
「ぐえしゅと……?」
「小鬼王だよ」
「ああ、これよこれ」ごそごそとウェストポーチからカラーボールを取り出す。
「昨日アダルトコーナーで買ったローションを詰めてる。おまえらがバニーとスク水に夢中になってる時にピーンときたわけだ。ピーンとな。もちろんアソコじゃないぜ? おまえらと違ってな。ワーッハッハッハ!」
こいつ殴ろうかな。一発殴っといたほうが良いんじゃないか。
「で、どうよ?」
「……なんだよ」
夢見が肩に手を回してくる。馴れ馴れしいなコイツ。
「へへッ、絶体絶命のピンチに現れる漆黒無音。はたして敵か? 味方か? 正体不明の実力者。ヤツの目的はいかに!? 戦隊ヒーローなら人気投票ナンバーワンのキャラだゼ? 子ども心をがっしり鷲掴みヨ」
とりあえず、引っ剥がす。
夢見の言いたいことはわかる。
「まだ作戦中だ。やるべきことがある」
一度、下流丘まで戻って七十三名全員が合流した。
負傷者は三十人ほどだが、幸運なことに死者はいなかった。一刻を争うような重症者もいない。
グェシュトゥに吹っ飛ばされた美細津と子熊も、歩けるくらいには回復していた。美細津は軽い脳震盪と口内を切っただけだった。子熊は、結構な威力で腹を蹴られていたから心配していたが、脂肪が衝撃を吸収したのか、内臓までは傷んでなさそうだった。
それから動けるもので手分けして拠点内を見て回った。
拠点のあちこちに、キャンプで使うようなテントがあった。テントは三、四本の骨組みにツギハギの皮を覆わせただけの簡素なもので、戦闘で多くは倒壊していたが、いくつかの中には、メスや子どもの小鬼が残っていて殺さなければならなかった。
テントの数は、明らかに全員が入れるほどはなかった。おそらく階級の高い者のみが利用していたと思われる。
上流丘のテントには綺麗な鉱物というか、素人目に見ても、ほとんど宝石に近いような原石や貴金属が溜め込まれていて、さすが鉱山の妖精だと妙に感心した。
それから上流丘の奥に武器や防具の貯蔵庫があった。
近衛兵が装備していたような、比較的質の良い武器や防具がざっと百は積まれていた。
予備としては多い気もする。一般兵にも装備させるつもりだったのだろうか……。
どうするかと話合ったが、俺たちが使える程の品質ではなかったし、かといってそのまま放置するのも
グェシュトゥのコアは、今まで見た中で一番大きく黄色みが強かった。強さと大きさや色は相関があるのかもしれない。
戦利品の回収を終えて拠点を去るときには、フトネコが小鬼の死体に群がっていた。
怪我人に手を貸しながら帰路についた。歩けない者は、担架代わりにシールドに乗せて、交代で運んだ。復路は往路以上に時間が掛かった。
なにせ、往復だけで三〇キロの行軍だ。足の裏が痛いと言い出す生徒もでて、何度も休憩を挟まなければならなかった。
入口に着く頃には、俺もさすがにヘトヘトだった。
扉から出た中央塔には、長谷川教官ほか数名の教官や医療関係者が待機していた。歩けないような負傷者はすぐに運ばれていったが、とりあえず全員がその場で簡易的な検査を受けた。
俺は長谷川教官に任務完了の報告をして「ご苦労だったね」と労いの言葉をいただいた。
それからカメラを返却して、戦利品を預けた。
勇気が、大事に抱えてきたグェシュトゥの首を提出しようとしたら、捨ててきなさいと怒られていた。
中央塔には生徒もちらほらいた。
多くは女子生徒だ。パートナーと思われる相手を見つけると、駆け寄って感動的な包容を交わしていた。
軍人かよ、と思ったが、戦地からの帰還ではある。大げさとは言えないのかもしれない。
美細津には五人の女子生徒が駆け寄っていて、全員とハグをしていた。それを見ていた他の男子たちが「ケッ」って顔をしていた。俺も数ヶ月前なら同じような反応をしていたと思う。
俺たちを見つめる三人の美少女を見つけた。園美と栗林さんと
「なンだよ、出待ちなんて大袈裟だなァ。心配してたのかァ?」近づいて、仁が話しかけた。
「もう! 当たり前でしょう……気が気じゃなかったわよ……」
「だよな、わりィ」
そういって仁は栗林さんの腰を引き寄せてキスをした。
うわ、なんて男らしいんだ、仁のやつ。
栗林さんは顔を真赤にしながら、まんざらでもなさそうに受け入れている。
「無事でよかったよ、小太郎」
「舞ちゃん、もうへとへとだんっ……」
杵鞭さんが碇の口をキスで封じてしまった。
おわ、なんて男らしいんだ、杵鞭さん。
碇よりも杵鞭さんの方が背が高いので、余計凛々しく見える。
なんだか、生々しいというか、見てはいけないものを見てしまった背徳感がある。
正面を向くと園美が期待した目で見つめてくる。彼女はけっこうシチュエーションを大事にするタイプだ。
俺としてはこういうのは気恥ずかしく感じてしまうが、仕方がない、男を見せようじゃないか。
「ただいま、園美」
「おかりなさい、純」
唇を合わせた。
ようやく作戦が終わった気がした。
「どいてくれ! 道を開けてくれ!!」
後ろがざわつく。
振り返ると扉から生徒たちが出てきた。
あれは……一年生だ。俺たちと同じような初期装備だし、廊下やカフェテリアで見た顔もいる。
今回の作戦は二拠点同時制圧で行われていた。
俺たち『臨時ツバキ中隊』が第一中隊で、別の拠点を攻める第二中隊も、時を同じく作戦を決行していたはずだ。
そのメンバーが帰還したのだろう。
何人かが生徒に背負われて扉から出てきた。
脚に簡易的な包帯を巻いたり、頭から血を流しているものもいる。 それから、片腕がない者も……。顔が真っ青で、ピクリとも動かない。
すぐさま医療スタッフが駆け寄り、ストレッチャーに乗せられ運ばれていった。
そのあと間隔をあけながら、少しずつ生徒が出てきた。おそらく、重症者だけ急いで運んできたのだろう。けれど、続いて出てくる生徒もほとんどが怪我を負っていた。無傷な者は数えるくらいしかいない。まさに満身創痍だった。
俺は、俺たちはその様子を見て呆然としてしまった。
園美たちもそうだ。口を抑えている女子生徒もいる。
ただ、教官やスタッフたちは極めて冷静に対応していた。彼ら彼女らにとって、これは驚くような光景ではないのかもしれない。
俺たちは中央塔からでて寮に戻った。
時刻は夕方を過ぎていた。
気は昂っていたのに、ちょっと休憩室に行こうという気分ではなくなってしまった。
寮で軽く食事をして、シャワーを浴びて、ベッドに横になって先ほどの光景について考えた。
あれが本来の光景なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます