第31話 駆除戦⑤
「五木、防いでくれ!」
「う、うん!」
「仁! 碇! 脚を狙うぞ!」
「オーケィ!」「わかった!」
五木を中央に、俺と仁で左右に分かれる。
これが五木と夢見を加えてからの、俺たちのチームの基本フォーメーションだ。
「ゴォアアア!」
「ぬぅううう!」
ゴウフィギの大鉈と五木の戦棍がぶち当たる。
ガァアアアアアアアアアアン!!
尋常ではない音が拠点に響く。
なんて馬鹿力だ。
ゴウフィギは片手で、五木は両手持ちで鍔迫り合いになったが、後退したのはやはり五木の方だった。
それでもなんとか耐えた。耐えきった。真正面からあれを耐えきれるなんて普通は無理だ。ゴウフィギは尋常じゃないが、五木だって非凡なのだ。
そして俺は準備をしていた。
短槍の穂先から柄の付け根までを、マナを圧縮して短槍を補強するように造形し、真左からゴウフィギに向かって全力疾走していた。
二人の攻撃がかち合った直後、全体重を乗せた突きをゴウフィギの右太腿にお見舞いする。
「はぁあッ!」
硬い。
今まで戦ったどのモンスターよりも硬い。圧倒的に。
普通に刺したら槍が折れていたかもしれない。
でも刺さった。
脚を貫く思いで繰り出した突きで、思い描いた結果には程遠いが、とにかく刺さった。
全体重を乗せて、マナを最大限圧縮して、数センチ。たった三、四センチだ。
「ハァッ……!」
反対側で、仁もほぼ同時に左膝を斬りつけていた。
「グゥァアア……!!」
ゴウフィギが五木を押し退けて、俺に飛びかかってくる。
どうやら脚への攻撃がお気に召さなかったらしい。それはそうだろう。どれだけ力自慢でも、足が動かなくなったら終わりだ。
だから、少しずつでもいいから脚を削る。
俺は穂先を三日月形にしてヤツの腰を押さえる。
もちろん、その程度でゴウフィギは止まらない。ずるずる押し込まれる。
だが、速度は抑えられるし、距離も取れる。ゴウフィギが槍を跳ね除けようとしたところ――。
バシィッ!!
ヤツの腿と脇腹に矢が刺さる。
「グォオッ……」
腿に刺さった矢は、木製で碇が射たものだ。脇腹の方は金属製で弓木が射たものだろう。
どちらも深くは刺さっていないが、弾かれてもいない。弓も有効だ。
チラリと見ると、弓木は苦々しい顔をしている。貫けなかったのが悔しそうだ。
「ッラァア!」背後から仁が膝の裏を刀で斬りつける。
「ギッシャア!」
ゴウフィギは大鉈を振り回して仁を狙うが、すでに間合いの外だ。
それから、俺たちは執拗にゴウフィギの脚を狙い続けた。
ゴウフィギは、俺や五木や仁の誰かに狙いを定めて、なんとか俺たちの数を減らそうと躍起になった。
だが、仁は素早さで、五木はパワーで、俺は短槍のリーチを活かして、決してゴウフィギの思い通りには戦わせなかったし、狙われたもの以外が、横や背後から攻撃し、決して誰か一人を狙い続けさせはしなかった。
距離を取れば、すかさず弓がゴウフィギの脚を狙った。
戦っている近衛兵ゴブはどんどん減っていき、小太刀や勇気、茶山や他の味方もゴウフィギを囲んで、隙があれば攻撃に参加した。
ゴウフィギの脚はすでに数十箇所は傷ついていて、足全体が赤い血で真っ赤だった。
それでもヤツの動きには衰えが見えなかった。
おかしい……。
「グァアアアアアアア!!」
回避した大鉈が「ドゴンッ!」と地面を抉る。
こいつ、力が増していないか……?
一つ一つは小さいが、数十の
そもそも、どれだけ強靭な肉体があろうと、これだけの傷を抱えて、俺たちを追いかけ回し、幾十と大鉈を振り回して、息切れすらしていないのは不自然だ。
冷や汗が脇をつたう。
俺は正直、美細津や子熊とゴウフィギの戦いを見て気が抜けていた。敵の底が知れたと思っていた。
たしかにゴウフィギは強い。だが、戦闘技術は未熟だし、本当に厄介なのはこいつだけだ。
ただ肉体が強くて俺たちと同じジョブ持ちなら、付け入る隙はいくらでもある。
そう考えていた。
でも、そうじゃなかったら……?
「ぬぉおおおおお!」
俺を攻め立てていたゴウフィギの背後から、五木が戦棍を振り上げて襲いかかる。
ヤツは、振り向きざまに五木の戦棍を左手の手甲で受け止め、そのままブンッと振り抜いて、なんと五木を吹っ飛ばしてしまった。
「ぬわぁっ……!」五木が背中から倒れる。
まずい。追撃させるわけにはいかない。
「はぁああああああ!」
穂先にマナを込めて顔を集中的に突く。
ゴウフィギも顔を攻撃されるのは嫌がった。顔面を腕でガードする。数秒だが、防御に回らせることができた。
「ハァッ!」「ッラァア!」
その隙に、五木は立ち上がって、仁と小太刀がヤツの両足を攻撃する。
もうずっと、仁はゴウフィギの左膝裏に斬撃を集中させている。間違いなく筋が断裂しているはずだ。もしかしたら、骨まで届いているかもしれない。なのに動きが鈍らない。攻撃力は高まるばかりだ。
嫌な可能性が頭をよぎる。
戦士系二次職に『
肉体がダメージを蓄積するにつれ、その者の生命力をマナに変換して傷を繋ぎ止め、肉体を無理矢理、活性化させる。
傷や痛みがなくなるわけではない。あくまでも、身体の機能を維持したうえで、強化するだけだ。
リスクはある。能力の使用後は、反動で細胞に著しいダメージを負い、最悪死に至るとか。
それでも一時的にとはいえ、『狂化』状態となり、通常よりも大きな力を得ることができる。
ヤツの異常さを見るに、もはや、そうだとしか思えない。
だが、生き残っている近衛兵は数体まで減っている。全滅するのも時間の問題だ。ゴウフィギにしても、想定外ではあるが、こんな状態がずっと続くわけじゃない。
この戦いにおける趨勢は決した。もはや勝敗が覆ることはない。
あとはゴウフィギが納得するかどうかだ。
そしてヤツは俺たちを許しはしないだろう。できる限り多く道連れにして死ぬことを選ぶはずだ。
ヤツは真っ赤な目でギョロリと俺を
「グォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
一際大きく叫んだ後、ゴウフィギは大鉈を両手で持ち、グルグルとコマのように周りだした。
まずいっ。
「逃げろぉおおおっ……!!」
ただでさえ馬鹿力なのだ。それに狂化のバフまでかかったら手に負えない。
武器や盾で防げるような威力じゃない。俺たちが身につけている装備なんて無意味だ。喰らえば、間違いなく真っ二つだ。
ヤツの狙いは――――俺か。
回転しながら追いかけてくる。光栄なことに、どうやら一番恨みを買っていたのは俺だったらしい。
くそっ。
俺はゴウフィギに背を向けて逃げる。
ヤツはコマのように周りながらなので、さほどスピードがあるわけではない。
その隙に距離を取る。なんとかなりそうだ。
すると、ゴウフィギは回転を止めてジリジリと俺の進路を調整するような動きを見せた。
強烈な違和感。
まさか……。
やられた。
俺は逃げ道を誤ったのを悟った。
今いるのは上流丘の中央から見て北西方向だ。
この先は崖だ。それも流れが激しく、岩肌も見えるような急峻な谷川だ。
南に逃げれば、道はあったかもしれない。
アイツ、狂ってるようにみえて、実は冷静だったのか……。
ゴウフィギの後ろから味方が追いかけてくれていたが、回転を警戒して近づけないでいる。
碇と弓木の放った矢が脚に刺さるが、ヤツは、もはやそんなのお構いなしだ。
ゴウフィギと目が合う。
今まで気付かなかったが、ヤツの顔は苦痛に歪んでいた。小鬼の表情なんて、今まで注意を向けたことがなかったが、彼の顔には怒りと悲しみが宿っていて、俺ははっきりと読み取ることが出来た。
退路はない。だから俺も覚悟を決めた。
出し惜しみはやめだ。俺の全霊をもって決着をつける。
俺は短槍を落とした。両手にあらん限りのマナを集める。
マナには伝導率というか、浸透率というか、効果の及ぼしやすさや、阻害されにくさのような性質が存在する。
逆に言うと、物質にはマナに対する抵抗が存在していて、何かモノが介在してしまうと本来の性質がいくらか損なわれてしまう。
それは物質によって異なるのだが、例えば、深層にあるという、『マナ鉱石』という鉱物で作られた武器は、損失を抑えてマナの本来の力を引き出すことができるのだとか。
そして、純然たるマナで造った造形物は
これが『造る者』の最大の長所だと、俺は思っている。
だが、マナは扱う量が増えるほど、造形の際に、より強い圧縮力が必要となる。
武器の一部分だけではなく、丸ごと造り出す。
当然、俺が保有するマナのすべてを捧げても足りないくらいの量が必要だ。その反発力は俺の制御力を超える。
マナとは
初めて試したとき、直感的に今の俺には早いと解った技だ。
だから実戦で使ったことなかったし、まだ使うつもりもなかった。
「決着を付けよう、ゴウフィ――」
パシャ!
これが最期の勝負。
その決意を固めたそのとき、ゴウフィギの右腕と顔に何かが飛んできて割れた。
飛んできた方向を見る。
「たたたたんっ、たたたたんっ、たたたたたたたたたたたたたーん! ヘイ! ウララ、ウララ、ウララ、ウラウラで! (中略)この世は俺のためにある!
かっとばせー! ほ・ぶ・ご・ぶ!! ピッチャー振りかぶって第二球投げたー!」
アホが投げたカラーボール? がゴウフィギに飛んで、ヤツがそれを手で打ち払った。
ボールの殻は脆いようで、割れた中の液体が、ヤツの手や腕に飛び散る。ゴウフィギは、最初に顔にぶつけられたネトっとしたものを左手で拭った。
「クソデッドボール! 危険球、ピッチャー退場! はい、じゃあ後は任せた!」
そう言ってそのアホは俺の後ろに下がった。
アホの名前は言いたくない。
「……」
「……」
ゴウフィギは突然現れた闖入者に対して、戸惑ったり怒ったりはしていなかった。
彼の目は、ただ純粋に俺と最期の戦いをしたい。それだけを望んでいるように見えた。たぶん、彼に残された時間はそう長くはないのだろう。
俺も彼の望みに応えようと思った。
「俺はカトリ、カトリジュン」
「ギォ、デ、グェシュトゥ。グェシュトゥ」
「そうか、グェシュトゥ。いくぞ」
「カトゥリ、シェハーッ」
ゴウフィギ、改め、グェシュトゥが回転を始める。
俺も手にしたマナの武器を構え、腰を屈める。
これが最後だ。失敗すれば死ぬ。
グェシュトゥの回転速度がどんどん増していく。
息を吸って。
吐いた。
よ――。
「え――」
「ゴ――」
回転したグェシュトゥの手から、大鉈がスポーンッと抜けて、俺の顔を掠めて後方へ飛んでいった。
大鉈は放物線を描いて川向こうの崖にカランとぶつかり、カランコロンと落下し、それからポシャっと音が聞こえた。
「……」
「……」
グェシュトゥは自分の手を見て、それから俺を向いた。
俺もグェシュトゥを見た。
「……」
「……」
俺とグェシュトゥは何秒か、たぶんそれほど長くはない間見つめ合っていた。
ついさっきまで、俺たちはあんなにも通じ合っていたのに、今は彼の目から何も読み取ることはできなかった。
グェシュトゥの手から、たらーっと液体が滴り落ちた。
俺は手中のマナを開放して、落とした短槍を拾い上げた。
「はい、バットフリップ! 危険行為でバッター退場っ!! ゲッラウトッ!!」
後ろから場違いな声が響いた。
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