第29話 駆除戦③


 しばらくジリジリとした戦いが続いていたが、上流丘の奥から人間の喚声と小鬼の悲鳴が上がった。

 小鬼たちの動揺が奥から巻き起こり、前線へどんどん伝播していく。

 叫び声や言い争いのような声が増え、中列あたりでは小鬼たちが右往左往し始めた。それまで、前列に穴が空いても、後列がすぐに穴を埋めることで、なんとか保たれていた戦線だったが、兵の充填が遅れ、それが各所で発生し、一部の小鬼たちが戦線から飛び出すように浮いてしまった。


 そこからは早かった。

 戦線から浮いた部隊は三方から責め立てられ、瞬く間に壊滅した。それが何度か繰り返された結果、何体かの小鬼たちが谷川に飛び込んだり、防御柵を超えて逃亡を計った。

 それを咎めようとしたのか、あるいは続こうとしたのか、前線からも背を向けるものが現れ、混乱が混乱を呼び、小鬼たちは数の有利を失い、一方的な殺戮になった。


 ものの数分で何百体もの小鬼の死体が積み上がった。正確には数え切れないほどだが、たぶん四百体はあると思う。立っている小鬼は一体もいない。

 逃げた小鬼も数十体はいるかもしれない。


 足の踏み場もないので、死体を避けるのは諦めて下流丘を登っていく。

 もの凄い死臭だ。小鬼は頭が割れていたり、腹から内蔵が飛び出していたり、臓物の中身がぶち撒かれているので、形容し難い臭いが充満している。川があるので多少の風はあるはずだが、当分この臭いはこもるだろう。


 丘上に知った顔がいた。


「よお、少し遅かったか?」

「いや、いいタイミングだったんじゃないか」


 D組代表の坂本だ。南部隊に連絡をいれてから一〇分ほどしか経っていない。


 死体を見る限り、一般兵のほとんどは、北側の、つまり俺たちのがわで戦っていたようだ。しっかり北側に敵の注意を引きつけられたから、南側には労働ゴブばかりが集まり、挟撃による混乱を大きく煽ることができた。


 それが、素早い殲滅に繋がったはずだ。時間をかけ過ぎれば、上流丘にいるであろう近衛兵ゴブに、逆に挟み撃ちの機会を与えてしまった可能性もある。


「なあ、オマエら少なくねーか?」


 小太刀が近づいてきて坂本に声を掛けた。

 そういえば坂本のまわりには二〇名ほどしかいない。

 南部隊はA組とD組の三十名構成だったはずだ。


「ああ、それがな」坂本は困ったような顔をした。「美細津は、途中で上流丘の方に向かったよ。あとは任せるって」

「はぁああああああ!?」


 小太刀が足元の小鬼の死体を蹴っ飛ばす。

 おいおい、仏さんを粗雑にするな。


「フザケンナあのヤロー! 作戦行動もとれないのかよ!」


 正直、坂本の顔を見て、もしかしたらとは頭をよぎった。いや、でも流石にそれはないだろうとも思っていたが。


 上流丘には王と近衛兵が二十程度いると予想されている。しかも、その付近は偵察が行えず、地形や陣容の仔細はわかっていない。

 そんなところに十人で突撃する。


 アホなのか、と思う。


 アホと言えば。

 俺はあることに気付く。


「あれ、夢見は……? どこいった?」


 碇と五木は一緒に行動していたから近くにいる。仁もいる。だが、夢見の姿が見えない。


「遊くんはさっき、自分が輝ける場所を探すってどこか行っちゃったよ」

「はぁあ……?」


 開いた口が塞がらない。

 マジか……。なにやってんだ、あのバカ。どいつもこいつも……。

 しかも、輝ける場所ってなんだよ。転職かよ。


「……まあいいや」


 アイツのことは放っておこう。とにかく、ここでくっちゃべってはいられない。美細津を追わなければ。


「動けるものは上流丘へ向かおう。えっと、こっちの被害は……」


 敵の大半を殲滅できたが、こちらにも被害はでている。最初の搦手道で落石に当たったり、腕や背中を矢で射られたり。ここまでの戦闘でも、怪我を負ったものたちが二十名ほどいる。

 いずれも軽症で、死亡者や重症者はいないようだ。


 負傷者は下流丘に残していくことにした。でも、逃げた小鬼たちもいるし、彼らだけでは危険だ。

 それに、ここからは敵も手強くなるはずだ。近衛兵はもちろん、王だって弱くはないだろう。

 自信のないものもここに置いていく。


 結局、怪我人の二十名と合わせて、三十九名がこの場所に残ることになった。

 坂本も残ってくれるようだ。彼に任せておけば心配はないだろう。




 動ける二十四名で下流丘を下り河原に降りる。

 河原のあたりには土砂が溜まり植物が生えていた。生えていたというより、意図的に植えられているようだった。食べ物か、他に用途があるのかわからないが、農耕の文化もあるらしい。


「あれ……」


 碇が上流を向いて目を細めていた。


「どうした?」

「上流に、何かいない……?」


 俺は碇ほど目がいいわけじゃない。でもこの下流から上流までは一〇〇メートルくらいしかない。だから、目を凝らしたら俺にも見えた。

 アレは……。


「何か、渡ってる?」ように見える。


 たしか、上流の滝付近には、荷運び用の網が掛けられていたはずだ。

 おそらくそれで東側から西側に、つまり上流丘から対岸へ渡ろうとしてる小さい――。


「あっ」「えっ」


 落ちた。

 谷川の真上でつなを渡っていた何かが、川に落ちてしまった。ぽちゃんと水しぶきが見えたので間違いない。


「小鬼……か?」人間には見えなかった。

「たぶん……」


 碇もそこまでは自信がないようだ。荷物ではないと思う。そもそもこんな事態で荷運びなんてしないだろう。いや、夜逃げでもするつもりだったのか? でも、落ちてしまった。何だったんだろう……。


 ここで待ってたら流れてくるだろうか?

 いや、そんな暇はない。気にはなるけど――。


「行こう」



 川をわたって丘を登る。

 大した距離じゃない、せいぜい数十メートルだ。

 丘の上に味方が見えた。向こうもこっちに気付く。手を上下に降ってなにやら叫んでいる。


「……がめ! かがめ!」


 どうやら屈んで来いということなのだろう。素直に従う。


 美細津を初めとしたA組の十名は、二箇所の防塁ぼうるいに身を隠すように屈んでいた。

 防塁は幅三メートル、高さ一メートルほどで、石と泥で固めたように造られていて、あまり頑丈そうには見えなかった。五木あたりが戦棍でぶん殴れば壊れると思う。


「何してるんだ?」


 防塁に背を預け座っている美細津に尋ねる。

 彼のことだから、十人でも敵に突っ込んで戦っているものだと思っていた。


弩兵どへいがいる。味方が射たれてしまってね……」


 親指でクイクイっと隣の防塁を指す。

 二人の生徒が顔を苦痛に歪ませている。それぞれ、足と腰を射られたようだ。


「抜け駆けに失敗して手詰まりかよ。ザマアねえな、美細津!」


 小太刀が早速ケチをつける。


「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。防塁を確保してあげただろう。威力偵察というんだ」

「ふん、どうだか」


 土塁の横に小鬼の死体が二体あった。

 皮鎧を身につけ、頭に金属製の鉢金を巻いている。足には革靴を履き、手甲も装備している。近くに落ちている武器も、一般兵のものより上等に見える。近衛兵で間違いないだろう。


 美細津たち十人は、とりあえず突撃したはいいものの、弩兵の反撃により行き詰まり、どうしようか悩んでいたそうだ。

 防塁は奥にもいくつかあって、小鬼たちはそこから俺たちをコソコソ狙っているらしい。


「何体くらいいるんだ、その弩は」

「十体か、それ以上かな。すぐに避難したからよく見てないんだ。覗くなら気をつけることだ」


 俺はヘルメットを頭から外して防塁の上に掲げてみる。


 カカンッ!!

「ぅおっと」


 すぐさま二本、矢が飛んできてヘルメットに弾かれた。しっかり持っていたけど、危うく吹っ飛ばされそうなくらい威力があった。


「遠距離戦でどうにかならないか?」

「フッ……。それは無理さ。敵は狙いを置いて、引き金に指をかけている状態だ。こっちは敵の数も居場所もわからない」


 碇に聞いたつもりだったが、答えたのは弓木だった。

 だが、俺たちには弓使いが二人しかいないし、弓木の言う通り遠距離戦では分が悪いのだろう。


「あ。なら盾は? あれなら防げるはずだ」


 パリスティックシールドは暴動シールドとも呼ばれる。弩ごとき楽に防いでくれるはずだ。


「どこにあるんだい?」美細津が肩を竦める。

「誰も持ってきてないぜ」小太刀が当たり前じゃん? みたいな顔をしている。

「……」


 そりゃそうか。

 俺だって今の今まで失念していたし、あの盾はそれなりに重量があるし、けっこう嵩張る。誰だって持ち運びたくはない。


 うーん、どうするか。


 こういうときにアイデアマンがほしいのだが、考えがありそうなヤツはいない。

 俺は今回の作戦でよくよく思い知らされたが、基本的にこの学校の男子は頭が悪い。アホばっかりだ。

 作戦は守らないし、協調性はないし、自分勝手で自信家だ。


 美細津はスマートそうな見た目をしてるが、たった十人で突っ込もうとした脳筋だ。

 頼りになりそうなのは碇くらいだ。その碇も名案浮かばずって顔をしている。


 一応、案は二つある。


 一つは、今からでも盾を取りに戻る。

 搦手道までは大した距離じゃない。拠点自体の広さがせいぜい一〇〇メートル四方なのだ。S字のようにぐねっと引き返すことにはなるが、数分もあれば、盾をとってこれる距離ではある。

 そうすれば乱戦に持ち込めるだろう。


 二つ目は、勇気の目眩ましを使う。強烈な光で敵の視力を一時的に奪えれば一気に優勢に戦える。


 でも、これにはリスクもある。

 敵はいしゆみの狙いを防塁の周りに置いている。つまり、見えなくても、引き金さえ引けば射れる状態なのだ。それがテキトーだろうと、勘だろうと、もし当たれば怪我は避けられない。というか、当たりどころが悪ければ普通に死ぬ。

 言っちゃ悪いが、A組の射られた二人は怪我で済んで運がよかった。


「ギッシュギュイィ! ギュミイィ! ギュヒイィ!」


 小鬼の声が聞こえた。

 一瞬だけ顔を出して覗くと、小鬼たちが四角い盾を構えながら、弩を持って防塁から横に広がっていくのが見えた。


「くそっ、ヤツら広がっていく。回り込むつもりだ」


 俺たちは二つの防塁に、もとからいた美細津たち一〇人と、後から来た俺たち二四人の計三四人が、半々くらいにわかれて、防塁の裏に身を寄せ合っている。

 何列にもなってギチギチに身を隠しているので、角度を付けられれば射線に入る者もでてきてしまう。


「おい、どうすんだよ」

「どうするもこうするも、突っ込むしかないだろ」


 味方も焦りだす。

 くそ、どうする……。

 もう迷ってる時間はない。勇気に目潰しをしてもらって突っ込むしかない。


「勇気――」


 パパパンッパンッパパンッパンッパンッパパンッ!!


 覚悟を決めたそのとき、上流丘に爆発音が鳴り響いた。


「何だっ!!」


 一瞬、銃声かと思った。

 だが、小鬼たちが銃火器を持ってるわけないし、俺たちだってそんなもの持ち込んでいない。

 防塁から顔を覗かせると、盾と弩を持って回り込もうとしていた小鬼たちの足元から、火花と白煙が巻き起こっている。


 あれは……花火か……? いや、花火ならもっと綺麗なはずだし、こんなにうるさくはないはずだ。

 なら、爆竹か?


 小鬼たちは驚きおののき、爆発物から離れるが、それは上流丘のあちこちに投げ入れられ、小鬼たちを混乱に陥れている。


 パパパンッパンッパパンッパンッパンッパパンッ!!


「爆発か!?」

「銃声!?」


 味方も何が起こったのか理解できていない。

 当たり前だ。

 戦場でこんなふざけたことをするやつを、俺は一人しか知らない。


 だが、ともかく――。


「チャンスだ! 行くぞ!」


 この機会を逃す手はない。

 俺は防塁から飛び出して、左側から回り込もうとしていた小鬼に向かって走り出した。

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