第28話 駆除戦②

 防御柵を抜け、北端から今度は南へ折り返す。下流丘までは引き続き緩やかな登り坂になっている。


 戦闘は真正面からのぶつかり合いに移行している。クラス代表を中心として、彼らのチームや力自慢たちが小鬼たちをどんどん押し込んでいる。

 もう横から射られたり、落石の心配はない。

 唯一、櫓の弓ゴブには注意だが、一番近い櫓の小鬼は味方の射手が潰してくれたし、使い捨ての奴隷ゴブはもういない。近接戦闘をしている限り、敵もそうやすやすとは射てこれないはずだ。


 通ってきたばかりの搦手道を見下ろす。

 真っ裸の小鬼たちの躯が、血に塗れ、踏み荒らされ、ボロ雑巾のように折り重なっている。


 何も感じないわけじゃない。奴隷ゴブには大人もいたし子供もいた。オスもメスもいた。扱いは酷かったかもしれないけど、ここで生活していた生命だ。


 でも後悔や引け目はない。俺たちだって自分たちの暮らしを守らなければならないし、敵が攻めてきてからでは遅い。

 事後対応、専守防衛では守りきれないのだ。


「おっと……」


 今は感傷に浸っている場合じゃない。

 忘れないうちに南部隊の美細津に連絡をいれる。


 敵の数を七百体と見積もったとする。王と近衛兵で二十体くらい。ここまで倒した奴隷ゴブが百体ほど。それ以外に一般兵約百八十体を引けば、残りは労働階級が約四百体。

 一般兵ゴブと労働ゴブの、合わせて約五百八十体が、谷川からこちら側にいると予想される。

 これを俺たち西部隊の四十三名と、南部隊の三十名の、合計七十三名で挟撃し殲滅しなければならない。まだまだ気は抜けないのだ。


「キミ、なかなかやるね」


 隣にE組三人衆の一人、弓木が立っていた。


「造る者か……。ボクにその力があれば、無限の弓士になれたのだが」


 メガネをクイッと上げて俺を横目で見下ろす。


 弓木は体格が良い。俺より五、六センチは背が高いし、ガッチリしている。普通に前衛で戦っても強そうだ。

 でも、彼は射手だ。背中に弓を背負っている。


 というか「フッ」と言わなくても喋れるのか……。言わない方が印象はすこぶる良いけど。「フッ」とか言ってたら逆に頭悪そうに見え――。


「だが、調子に乗ってもらっては困るよ。ボクは今回の指揮人事には納得していない。E組がごたついていなければ、中隊長はこのボクだったはずだからね。……フッ」


 そう言って櫓の方に歩いていった。


「……」


 なんだかライバルっぽいセリフを吐いて行ってしまった。しかも結局「フッ」て言うのかよ。


「純くん、おつかれ」


 微妙な顔をしていたら碇が労ってくれた。


「すごかったね、一人で半分以上倒してたんじゃない?」

「そうか……?」


 そんなに倒してたっけ……。無我夢中だったし、マナで造形してたからほぼ一撃ではあったけど。――それより。


「助かったよ、碇。落石のとき、盾の陣形を指示してくれて。あと、櫓を射てくれたのも碇か?」

「え? うん。あ、ううん。櫓を射たのは僕じゃないよ。あれは弓木くんなんだ……」


 そうなのか。ただの変なやつではないのか。一応、って言ったら悪いけど、E組の代表候補だもんな。

 その弓木は、一番近い櫓の梯子に手をかけスルスルと登っていく。


 なにしてんの、アイツ……。


 櫓はせいぜい三メートルくらいの高さで、四脚の柱に台座が載っているだけの簡素な造りだ。

 小鬼なら三体は乗れそうだが、人間は一人か……二人は厳しそうだ。


「弓木くんはアーチェリー出身なのかも。彼の弓、リカーブボウだ」


 弓木の背負う青い弓は、形状が近代的だし塗装もツヤツヤしていて、なんというかカッチョいい。碇の木製のショートボウも味はあるが、弓木の弓はメカチックで少年心をくすぐる。


 弓木が櫓の台座に立ち弓に矢を番える。

 身体の向きから、奥の櫓を狙っているようだ。三十メートルほど離れた櫓上に小鬼が二体いる。

 立ち振舞が様になっている。

 弓を引き絞って、放った。


 え、もう? てくらい一瞬で矢を放ってしまった。

 アーチェリーの競技はみたことがあるが、もっと狙いを定めてから矢を放っていたと思う。引き絞ったと思ったら放っていて、それが櫓の小鬼の頭部を貫いた。威力もすごい。


 顎をクイッとあげてニヤッとしてる。

 うわ、アイツ今絶対「フッ」て言ったわ。聞こえなかったけど間違いないわ。


 ……ちょっとカッコイイじゃないか。


 弓木は続いて二体目の櫓コブも同じように仕留めてしまった。


「やるな」

「うん。姿勢がいいしすごく綺麗だ。ほとんどマナの操作をしていない。もともとの技術がとても高いよ」


 弓木は碇と同じく『離つ者』を得たようだ。

 離つ者はマナを身体から切り離して操る、体外制御が得意なジョブだ。

 武器がなくてもマナを飛ばして攻撃が可能だが、杖や弓を持つものが多い。弓などの射撃武器を使うと、弾速に力を振り分ける必要がないので、より高威力の攻撃が可能らしい。



 戦況は優勢に戦えているように見えるが、やはり敵の数が多くて歩みは遅い。乱戦にはなっていなくて、緩やかな戦線ができている。どこか突破できそうになっても、小鬼たちがすぐ集まってきて、穴を塞いでしまう。


 小鬼たちは皮鎧を着た一般兵が前列で戦っている。それと、鎧ではなく、皮製のゆったりとした服をきて、ツルハシや石斧で戦っているゴブもいる。たぶん労働階級のゴブだ。

 でも、基本的に労働ゴブは守られる側なのだろう。前線には少ない。


 俺は五木と碇を連れて、劣勢の局所があれば加勢して回った。

 仁は戦いに飢えた獣のように前線で戦っていたので自由にさせた。夢見は後列のあたりでウロウロ歩き回っているのを見かけたが、こういった戦局で出来ることはあまり無さそうだった。


 俺は右へ左へ移動してフォローしつつ、戦いを眺めていた。

 こうして、他のチームの戦いを見るのもなかなか面白い。


 E組の子熊は、左手にバックラーという円形の盾をもち、右手に片手剣――大きく沿った湾刀のような武器――を構えて戦っている。

 軽やかにステップしながら、半身になってバックラーを前に、湾刀を上段に構え、敵の攻撃をバックラーで弾くと同時に、敵の手や腕を湾刀で「コグゥーッ」と斬りつける。


 端から見ると、右手の剣を掲げてステップしてる変なヤツに見えるが、敵の初撃を正確にバックラーで弾いて、すかさず小手を狙う。

 攻撃を受けた敵は、腕を切り落とされたり、武器を取り落として後方へと下がっていく。子熊は深追いすることはなく、愚直にその戦法だけを繰り返していた。


 敵からすれば相当やりづらいはずだ。

 頭だろうが、脚だろうが、どこを狙ってもバックラーで防がれてカウンター。槍でも剣でも、ツルハシだろうが、子熊のガードを崩すことはできず、ジリジリと距離を詰められ、どうしようもなく手を出してしまったら、すかさず腕をザクッと斬りつけられてしまう。

 二、三体で狙おうにも、子熊のチームメイトがしっかり彼をサポートしてそうさせない。まさに手も足も出ない、いや、手や足を出したら終わり、と言うべきか。小鬼たちの悲壮と焦燥が伝わってくるようだ。


 子熊は、俺と同じくらいの背丈で、ちょっとふっくらしてる。筋肉もあるのだろうが、顔もふっくらしてるので、多くは脂肪だと思われる。

 それでも足は速いし、器用だし、愛嬌のある顔をしてるし、笑い方も可愛いし、それは関係ないか……。けど面白い戦いをするやつだ。


 それから勇気がいる。

 勇気は合同作戦ということでマナの力を極力抑えて戦っているようだ。

 彼にとって全力で戦えないのはストレスだろうが、本気を出されてしまうと味方にも被害がでてしまう。

 それでも、隙ができるとバスターソードを淡く、眩しくない程度に明滅させて、防御に回った盾ゴブを盾ごとぶった切るのだから大した攻撃力だ。

 まだまだ不安定ながらも、少しずつマナの制御を会得していってるようだ。


 キィンッと金属音が響く。


 中央にいるのはB組代表の小太刀だ。

 小太刀は二本の刀を差しているが、基本的には長い方の刀で戦っている。

 敵にシュッと近づいて首や腕をズバッと切り裂いてサッと距離を取る。ヒット・アンド・アウェイ戦法で、敏捷さを武器に敵を翻弄している。


 そして面白いのは、彼は戦いの合間合間で、刀をキンッと納刀して二本の刀を持ち替えて戦うのだ。


 先ほどから戦場にキンキン響く納刀音はこの男の仕業で、おそらくは、敵が刀の間合いや、重さに慣れないように考えての戦い方なのだろう。


 ほら。

 また刀をキンッと納刀して、短い方の刀に持ち替え――てないな。

 今は中断したのかもしれない。

 戦いは刻一刻と状況が変化する。

 時と場合に合わせて、持ち替えのフェイントも入れるわけか。やるな、アイツ……。


 おっ。


 またキンッと納刀し、刀を持ち替え――てない。長い方のままだ。

 二連続フェイントか。敵を騙すには先ず味方から。すっかり俺もヤツの術中にハマっているわけだ。やるな、アイツ……。


 もしかすると、ヤツは稀代の策士なのかも知れない。敵にすれば厄介この上ないが、味方なら頼もしい限りだ。ザ・フェイカーとはこの男のためにある言葉なのではないか。


 キンッ。


 さて、今度はどうだ。……まだ長い方か。


 キンッ。キンッ。キンッ。


 フェイクもいいが、そろそろ短い方の戦いも見せてくれよ? ザ・フェイカー。


 キンッ。キィンッ。キンッ。キンッ。キィンッ。


 あれ……。


 キンッ。キンッ。キィンッ。キンッ。キンッ。キンッ。キンッ。


「……」


 キィンッ。キンッ。キンッ。キンッ。キンッ。キンッ。キンッ。キィィンッ。


 そういえば、俺は小太刀が短い方の刀で戦っているのを一度も見ていない。

 いや、でも……。

 だって、二本差しで納刀音を響かせて……そんなことあるか?

 まさか……最初から、入れ替えていない?


 小太刀は戦闘の隙間を見つけては、右手で短い方の刀をシュッと抜刀してシュッと納刀している。

 完全には鞘から抜ききらず、勢いを付けて収め直している。それで、鯉口こいぐちつばがぶつかり「キィンッ」と甲高い金属音が鳴り響いている。

 そして、長い方の刀は一度も鞘に収めていない。


 つまり小太刀は、最初からずっと長い方の刀で戦っているのに、戦いの最中、短い刀をキンキン鳴らしているわけだ。


「なにしてんだ……アイツ……」


 戦闘において意味がある行為には思えない。利点メリットが思いつかない。

 でも、小太刀の動きは経験者のそれだ。振りも、足さばきも、間違いなく何年も武芸に身をおいてきた者の身のこなし。


 じゃあ、なんで……?

 わざわざ隙を晒すようなことを……?


 困惑していると、近くで戦っていた仁が小太刀に向かって何か叫んだ。すると小太刀も叫び返す。


 二人が言い争いながら前線から後退してきた。俺も二人に近付く。


「その小太刀のキンキンなんなんだよォ」

「納刀時の金属音で相手の耳に超音波を与えて隙を作る。雷鳴一刀流の技だ」

「初耳だぜェ……。開祖は誰なんだァ?」

「オレが編み出した流派だ。つまりオレが初代だ」

「ハァ?」


 俺も「は?」って顔をしていたと思う。というか近くにいたみんなが「は?」ってなっていた。


「百年後にオレは、あの雷鳴一刀流の開祖、として歴史に名を残すだろう。柳生十兵衛や宮本武蔵のようにな!」

「……オマエ、馬鹿なんじゃねェの」

「なんだと!」

鍔鳴つばなりりで超音波なんか出るわけねェだろ!」


 おお。さすが仁。やっぱりそうだよな。

 戦いの最中、刀を持ち変えるわけでもなく、キンキン抜刀と納刀を繰り返す。そんなことに意味はないはずだ。


 でも、俺は刀剣には疎いし、小太刀のような実力者が自信満々にやっているのを見て、何か意図があるんじゃないかと思ってしまった。


「実際に出るかどうかが重要なんじゃない、オレが出ると思っていることが大事なんだ!」


 え? そうなの? 超音波が出ないなら意味はないんじゃ……。


「隙だらけじゃねェか! しかもキンキンうるせェよ! ヤメロ!」

「黙れ! 雷鳴一刀流を侮辱するなら、この二太刀の錆びにしてやろうか!」


 一刀流じゃないのかよ……。


 真面目に戦ってて、ちょっと感心してたのにこれかよ。

 とにかく小太刀もアホなのがわかった。二人は離して戦わせよう。

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