第27話 駆除戦①

マップ

https://kakuyomu.jp/users/sanhonmatsu_r/news/16818093090977238569

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第一層、入口から東へ約十五キロの地点。

 俺たち『臨時ツバキ中隊西部隊』の計四十三名(一名退学、一名怪我につき不参加)は岩壁に身を潜ませていた。


 現時刻は一〇:五七。

 作戦開始は一一:〇〇。


 作戦開始と共に、南部隊が南門に火を掛ける。南部隊はA組とD組の三十名だ。

 敵の注意を南口に引き付けたところで、A組代表の美細津みさいづから俺に連絡が入る手筈になっている。

 この一帯は通信可能エリアだ。全員が身につけている携帯端末で連絡を取り合える。


 今日は水曜日の平日で、いつもなら一般科目の授業中だが、作戦のため休講となっている。

 朝八時に学校の中庭に集合し、マップ頼りに三時間以上かけてここまで来た。

 行き来するだけでも相当な距離だ。俺たちは武器や装備も身につけているし、今回は三十枚の盾も持ち込んでいる。


 用意してもらった盾はパリスティックシールドというらしい。別名、暴動シールドとも呼ばれ、各国の機動隊などで採用されているものだ。窓付きの長方形で、軽くて大きさもあり、頑丈そうだ。


 三十分前にここに到着して、十五分ほど交代で休憩した。


 岩壁から顔をのぞかせると、八十メートルほど先に、西門を守る見張りの小鬼が三体見える。見張りは門に張り付いているだけではなく、周辺をウロウロ歩き回ったりもする。

 本当はもう少し近づきたいが、これ以上は見つかる可能性がある。ここが限界ラインだ。


 生徒たちを見渡すと、身体を揺すったり、装備を確認していたり、チームでコソコソ話していたり、様々だ。

 見知った顔もいる。西部隊はB、C、E組なので、B組代表の小太刀、E組代表の勇気、子熊、弓木は顔見知りだ。それぞれチームメンバーと固まって話をしている。


 近くにいる碇と五木は表情が硬い。先ほど深呼吸を勧めてみたが、あまり効果はなかったようだ。

 仁は新しい手甲を見てニヤついている。体が揺れているのは、緊張ではなく貧乏ゆすりだ。開始が待ち遠しいのだろう。

 夢見はウェストポーチをゴソゴソしてる。……頼むからトラブルだけは起こさないでくれよ、漆黒無音。


 俺はボトルから水をほんの少しだけ口に含んだ。中隊長として平静を装ってはいるが、やけに口内が乾く。


 多かれ少なかれ、ほぼ全員が緊張しているはずだ。

 入学して最初の、死傷率の高い合同任務。

 数時間後に誰かが死んでいても不思議じゃない。俺たちはそういう戦いをしにいく。

 これがダンジョンで戦っていくための、最初の試練と言ってもいい。


 しかも、今回は作戦日が例年より二週間以上早まったせいで、ジョブを獲得している者が少ない。おおよそ、全体の三分の一しかジョブを得られなかったらしい。

 C組でジョブを獲得できたのは、俺と仁と碇、それから茶山と小野田と菊池の六人だけだった。


 けれど、これは乗り越えていかなければならない。あまり欲張ったことを考えたくないが、この作戦は、男子が自分たちの力を示す絶好の機会でもあるのだ。


 携帯端末が一一:〇〇を示した。


 南部隊が陽動作戦を開始したはずだ。

 南門は基本的には堅く閉じていて、表立った見張りはいないという話だった。門を燃やすだけなら失敗はないだろう。

 拠点内は百メートル四方ほどの大きさだ。小鬼たちの注意が南口に向くのにそう何分もかからない。


「突入班、準備を」小声で合図する。


 C組からは仁と、茶山。B組からは小太刀と、井上という生徒。そしてE組の子熊。

 彼ら五人が岩壁の前方ギリギリに進み出る。先陣を切って突入するメンバーだ。


 敵が、俺たちの襲撃に気付づいたら、どうするか?

 当然、門を閉ざして時間を稼ぎ、防衛体制を整えてしまうだろう。

 そうさせないために、留める者を持ち、かつ足に自信のある五人が先陣を切って門を制圧する。

 一応、門が閉じられてしまった場合のプランもあるのだが、難易度は高まる。そうならないことを祈る。


 ここから西口まで約八十メートル。彼らなら十秒もかからない。

 小鬼たちが俺たちに気付いて門を閉じきるのに何秒かかるか……。

 それは試してみないとわからない。


 なにもかも事前にわかるわけじゃないし、プラン通りにいかないことだって起きるはずだ。

 岩壁から顔をのぞかせると、小鬼の見張りが集まって何か話しているようだ。動きがあったとみて間違いない。


 仁は刀。茶山は短槍。小太刀は刀を二本差している。片方は小太刀と呼ばれる短めの太刀だ。井上は両手剣。子熊は片手剣とバックラー。

 思い思いに屈伸をしたり、身体を伸ばしている。


 携帯端末に美細津から連絡が入った。

 時刻は一一:〇三。


 周りを見渡す。

 俺を除く四十二名全員が俺を見ている。準備はいいようだ。


「用意はいいか? カメラをオンに……」


 カメラ差して小声で指示すると、全員が頭や胸に装着したボディカメラをオンにする。


「カウント、十、九、八、……」


 ツバを飲み込む音が聞こえる。

 身震いするものもいる。

 皆真剣な顔つきだ。


「五、四、三」


 先頭の五人が前傾姿勢をとる。


「二、一、いくぞっ」


「うおおおおおおおおおおおおっ!!」


 五人が一斉に駆け出し、全員がそれに続く。


 ああ、もう、小太刀のやつ……。最初は静かにって言ったのに。

 一秒でも気付くのを遅らせたかったが……。


 小鬼の見張りたちは一瞬ギョッと固まったが、一目散に拠点内へ駆け込んでいった。

 だが、五人とも速い。俺も全力で走っているが、引き離されていく。


 先頭の子熊と小太刀は門まで三十メートルほどだ。

 子熊のやつ、ちょっとぽっちゃりしてるくせに、あんなに速いのか……。

 

 門が閉じていく。

 残り十メートル……。

 どうだ? 間に合うか……。


「ぉおおおおおおっ!」


 門が閉じる寸前、子熊と小太刀が門を押し留め、続いて到達した仁、茶山、井上が二人に続いた。

 それから俺たちも加わった。


「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおっ」扉を押す仲間の背中をどんどん押し込む。


 間に合った。

 門を押し返して内部に突入する。


 手早く状況を確認する。門の裏側に転倒した五,六体の小鬼。それから正面には傾斜のキツイ上り坂。その上に防御柵とやぐら


「弓、注意しろっ! 盾、頼む! ぅおっ!」


 言ってるそばから矢が飛んでくる。

 櫓の小鬼が大声で何か叫んで、それから――。


 カンッカンッカンッカンッ! カンッカンッカンッカンッ!


 頭に響くくらい耳障りな金属音が鳴り響く。

 数百メートルは響きそうな音だ。集落中に俺たちの侵攻が伝わっただろう。今まで潰してきた、どの小規模拠点よりも動きが早い。やはり、集落というよりは基地に近い気がする。


 俺たちに少し遅れて、盾を持った味方も突入してきた。

 門周りの小鬼たちは、既に突入班の五人が倒している。

 向かう先は作戦通り北だ。真正面の突破は、この傾斜と防御柵では無理だ。


「東側を盾で抑えてくれ! 槍隊は前へ!」


 ここからは槍隊と盾隊の出番だ。


 左側の岩壁と右側の傾斜までの道幅は五メートルほどだが、目一杯広がれるわけじゃない。櫓からの弓で、盾の上を超えて狙われてしまうからだ。

 一列で戦えるのはせいぜい三人か四人。

 それも、槍使いじゃないとダメだ。刀剣では間合いに難があるし、突き以外の動作では隣り合う味方の邪魔になってしまう。

 この、西門から防御柵に沿った緩やかな登道のぼりみちを『搦手道からめてみち』と呼ぶことにした。


「ギャィギャィ、アシェェイ」


 通路の北側からゾクゾクと小鬼たちが集まってくる。敵の武器も槍だ。

 これは予想どおり。

 敵は、搦手道を槍で塞いで、横から弓で削るつもりだ。

 対して俺たちは、横を盾で守って、リーチの差で槍ゴブたちを突き倒す。


「進むぞ!」


 スピードが鍵だ。この狭い通路で戦力を失いたくない。

 俺は先人を切って、槍を五十センチほどマナで延長して、小鬼の首を一突きで仕留めていく。


 通路を塞ぐ小鬼は、防具も服も何一つ身に纏っていない。フルチンだ。チンをブラブラさせながら向かってくる。いや、フルだがチンじゃないのも少数いる。……つまりメスだ。

 ほとんどが身体は薄汚れていて、やせ細り、明らかに俺たちを怖がっている。槍の扱いも未熟で、力もない。


 でも引かない。


 おそらく彼らは奴隷で、上位者に命令されて引けないのだ。

 だから俺たちも殺すしかない。


 首、胸、顔、どこでも一突きで絶命させ倒し、その死体を踏み進んでいく。

俺の左右に一人ずつ、仲間の槍使いが並んで戦っているが、俺だけが突っ走らないように、二人をサポートしながら、一歩ずつ戦線を押し上げていく。


 槍隊は、俺を含めて七人で構成した。疲れたら交代で戦うことにしている。

 最初は二十体ほどだった小鬼だが、どんどん集まってきて今では通路を塞ぐように幾重にも列を成している。八十か、百か……。数え切れないが、それくらいはいそうだ。


 敵もこの通路を抜けられると分が悪いのはわかっているのだろう。必死で抑えにくる。

 だが、この調子ならいける。西門から北に伸びる防御柵の長さは五十メートルほどだ。つまり搦手道もそのくらいしかない。既に二十体は殺して、二十メートルは進んだはずだ。残り三十メートル。


「ぐわぁっ!」「なんだっ!」


 後ろから悲鳴や怒声が聞こえる。どうした?

 眼の前のゴブに集中しなければならないから、後ろの様子がわからない。


「石が降ってきた! デカいのもあるぞっ!」

「盾を下に! それで岩を防げる!」

「いや、ダメだ! それじゃあ上からの矢が防げない!」


 傾斜を利用して岩を落としてくるのか。

 東側の傾斜は西門前よりも緩やかになってきているが、それでも三十度以上はありそうだ。大きな岩を落とされたらひとたまりもない。


 ドゴンッ!「うげぇっ!」

「ば、馬鹿! 盾を下げるな!」

「ぐぁっ! 矢だ!」


 後ろの状況が気になる。汗が顔をつたう。槍ゴブたちも、この勢いを逃すまいと氣勢きせいを上げて仕掛けてくる。


 くそっ。どうする……。


 眼の前の小鬼が、腹に刺さった俺の槍を捨て身で掴み、動きを止めにくる。


 マズい……っ!


 瞬時に造形を解除して、槍を引き戻し、隣のゴブから突き出された槍を打ち払う。


 なにやってんだ、俺。

 危うく、怪我をするところだった。


 しかし、岩をどうにかしなければ俺だって危ない。先頭で戦いながら、横から降ってくる岩まで注意を払うことは出来ない。もし、今にも落石が横の盾隊をぶち抜いたら、俺は――俺たちは弓の良いマトだ。その時点でジ・エンドだ。


 胃が硬くなる。

 集中できない。させてもらえない。


「た、盾を二列にっ! 下はガッチリ構えて! 上は矢を防ぐんだ! 上と下で二列になって! 速く!」

「お、おうっ。上と下に別れよう!」


 碇の声だ。碇の指示で、盾隊が陣形を変える気配がする。


 ドゴンッガコンッと相変わらず激しい音がするが、混乱は止んだ。

 なんとかなった……のか?


「グルッシュイア! グルッシェイア!」


 小鬼の後列から怒声が飛ぶ。

 しきりに同じフレーズを繰り返しているように聞こえる。


 今度はなんだ……?


 奴隷ゴブたちが浮足立っている。

 小鬼たちの後方で何が起きている?

 小鬼の体格はヒトの小学生ほどだが、前列の奴隷ゴブたちは更に小柄だ。搦手道は、北東方向に緩やかな登り坂になっている。だから、少しは奥の様子も伺える。


 奴隷ゴブたちの後ろ、俺たちから数十メートルほど前方にいる、皮鎧の身なりの良い小鬼。……おそらく一般兵だろう。そいつらが一列に並んで、前の奴隷ゴブたちを……蹴っている? 槍で突いてるヤツもいる。奴隷ゴブたちを前へ前へと押し込んでいるようだ。


 くそっ。

 俺たち侵略者がどうこう言えることじゃないが、胸糞悪い。


「押し込んでくるぞおお! 備えろぉおお!」


 残りの奴隷ゴブはせいぜい五十体だ。

 目についた奴隷ゴブから首や顔を一刺しで殺していく。


 隣の味方は辛そうだ。かなり疲弊しているのだろう。これだけ連続でモンスターと戦った経験はないはずだ。……俺もだが。

 奴隷ゴブは後ろからどんどん隙間なく補充されて、倒してもすぐに隙間を埋めてくるので前に進めない。膠着してしまう。


 相変わらず、岩と盾がぶつかる音が響く。横では盾持ちが「ぬぐぅう」と必死に堪えてくれている。


「隙間防げ! 矢を通すな!」


 カコンカコンッと弾かれていた矢の音も、カカカカカカッと雨のように密度を増している。

 櫓からだけの矢じゃない。櫓上にはせいぜい数体しかいなかったはずだ。防御柵の隙間から射ているのだろう。


 もしかしたら敵は、俺たち先頭に攻撃を集中させているのかもしれない。

 それくらい矢と石が盾に当たる音が激しい。矢の狙いが外れて、目の前の奴隷ゴブにも刺さる。


 汗が目に入りそうだが、拭っている余裕はない。

 あと何体だ。かなり倒したはずだし、いいところまで進んだはずだ。あと何メートルだろう。


 誰か教えてくれ……。

 腕が疲れてきたし、気を抜くとマナの制御も緩んでしまいそうだ。


 でも、あれ……。

 圧力が減った……ような。


 常に二体、三体相手にしていたのが、一体で良くなっている。それで前に進めている。

 左右を見ると、槍持の味方が交代していて、左にもう二人戦ってる人数が増えている。


 そうか……。


 盾を二段にしたから戦える幅が広がったのか。

 それと横の傾斜もだいぶゆるくなっている。


 バシッ!「ギャゥ……ッ」

 後ろから弦音がして、それからドサッと音がする。

 味方の弓持ちも、敵に反撃してくれていたみたいだ。


 最初は三人だったが、今は五人で戦えてる。その分、負担が軽減された。

 焦りと疲れで狭くなっていた視野が広がる。

 前を見ると、防御柵の終わりが見えた。あと一〇メートルもない。


 一体倒して一歩進む。

 明らかに、奴隷ゴブの圧力が減った。


 残り五メートル。

 もう奴隷ゴブは数えるくらいしかいない。

 ゴールが見えてきた。いかにも、気持ちが緩みそうな状況だ。ふぅっと顔の汗を拭う――振りをする。


 俺はちゃんと気付いていた。

 奴隷ゴブを蹴っ飛ばしていた一般兵ゴブの一体が、そのまま奴隷の背後にかがみ込み、姿を消したのを。


 フルチンの奴隷ゴブが最期に突き出した槍と、彼の腹から貫かれた二本の槍を躱して、背後の一般兵ゴブを蹴り倒した。


 コイツが奴隷ゴブたちを指揮していたヤツだ。

 別に恨みなんてないし、そんな筋合いはまったくないが、顎を強く踏み砕いた。


 防御柵を超えた。搦手道を乗り越えた。

 ここからは広く戦える。


「おまえらぁああ! いくぞおおおおおおおおおお!」


 小太刀が喚声を上げて鼓舞した。


「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお」」


 小太刀に続いて、仁や、勇気や、子熊たちが俺を追い抜いて小鬼たちに攻めかかる。


 俺たち槍部隊は前線で戦っていたが、多くの他の生徒たちは、盾を構えているか、後ろで指を咥えて見ているか、どちらかだった。

 さぞ焦れったかっただろう。


 鬱憤を晴らすように、敵に突撃していった。

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