第26話 作戦前日

敵拠点マップ

https://kakuyomu.jp/users/sanhonmatsu_r/news/16818093090977238569

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「さあ、これをみてくれ。今回キミたち『臨時ツバキ中隊』が攻略する敵拠点の簡易図だ」


 俺たちクラス代表は、決行日の二日前に再度招集されて作戦指導を受けた。集まっているのはA組からE組までの代表七名で、説明しているのは長谷川響子教官だ。


「拠点の広さは約百メートル四方で、山あり谷ありの起伏の激しい地形になっている。北側の上流から滝が流れ込み、それが谷川になって、南東の洞穴へと流れ込んでいる」


 長谷川教官がプロジェクターから投射された画像を指示棒で差しながら話す。


「それから、南西と北東に小山というか、丘が二つある。これをそれぞれ、『下流丘かりゅうおか』と『上流丘じょうりゅうおか』と呼ぶことにする。下流丘は川下側にあって、小鬼の一般兵の中で、身分の高いものたちが暮らす場所だ。上流丘は川上側にあって、王や近衛兵たちが暮らす場所だ」


 拠点図は指定任務で偵察が持ち帰った映像や、調査報告から書き起こしたもののようだ。


「入口は二個所あって、メインの西口とサブの南口だ……。見ての通り、ほとんどが岩壁に囲まれていて天然の要塞といってもいい拠点になっている」


 外部との接点は西口と南口か。一応、滝口と川下の洞穴もあるけど、そこからの侵入は流石に無理か……。


「メインの西口を入ると、正面は上り坂になっていて、南ほど傾斜がキツく、北側ほど緩やかだ。傾斜には拒馬きょばとでもいうような、防御柵が張り巡らされていて、緩やかな北道からしか入り込めなくなっている。防御柵の裏側にはやぐらもあって、西口から侵入してきた外敵を攻撃する構えだ」


 なんかもう、メインの西口は徹底的に警戒されているように見える。では南口はどうか。


「南口はそういった内側からの警戒網は西口ほど厳しくはない。その代わり、幅は狭いし、基本的には閉じていて、強固な造りになっているそうだ。こっそり入れるのであれば、裏を突いて集落の集中地帯に奇襲をかけられるのだが、それは難しいだろう」


 どちらも簡単にはいかないようだ。敵だって、抜け道を放置してくれるほど優しくはないか。


「ここまでで質問はあるかい?」


 教官が映像を差していた指示棒をパチンと縮めた。


「防御柵や櫓は何でできているんです?」


 A組代表の美細津みさいづが腕を組んだまま偉そうに尋ねる。スラリとした前髪ナルシストだ。


「ストーントゥレント製だそうだ。ストーントゥレントは一層のあちこちにいるし、加工が簡単でよく燃える。扱い勝手のよい素材だ」


 俺もストーントゥレントを見たことがあるが、鋸でもあれば加工は容易そうだった。小鬼たちは金属製の武器を持ってるし、それくらいの加工技術は持っているのだろう。


「上流丘には何があるんだ?」


 B組代表の小太刀こだちが足を組んだまま尋ねる。短髪剃り込みワンパク少年だ。

 マジでコイツら偉そうだな。


「残念ながらそこまでは偵察できなかったそうだ。王の屋敷があるのかもしれんし、防御陣が張られていてもおかしくはない。十分に注意するように」


 続いてE組の勇気が挙手する。「いいぞ、勇気」


「川底の深さはどれほどですか」

「下流の石段が敷き詰められている場所は水に浸かることはない。他は膝が浸かるくらいだそうだ。……上流はかなり深くて渡れんらしい」


 俺も挙手した。「いいぞ、香取」


「滝付近にある線はなんですか?」

「これは運搬用のロープウェイだそうだ。荷渡し用だろうな。……台座が小さくて、交通手段ではないそうだ」


 地図を見る限り、幅十メートルもない谷にかかる網のようだ。強度も不明だし、コレを使うのは無理か。


「さて、それでは作戦を説明する」


 質問が一段落し、地形が共有できたところで作戦説明に入る。


「入口は厳重に警備されていて不意を突くのは無理だ。なので二部隊にわけて陽動作戦でいく。まず南部隊が南門を燃やす。燃やすだけで突入はしない。……敵の警戒が南口に向いたとこで、西口から西部隊が突入する。敵の警戒が完全に西部隊に移りきったところで、南部隊が南口から侵入し、両部隊で、敵を挟撃する」


 南口で小火騒ぼやさわぎを起こし、西口から主部隊が侵入し、敵が右往左往したところを挟み撃ちにするわけだ。


「おそらく、上流丘にいる近衛兵たちは、襲撃があっても下流丘側へは渡らず、王の防衛を優先するだろう。それでもグズグズしていたら近衛兵たちに挟撃される可能性もある。数は多いが、川の手前側、下流丘をどれだけ迅速に殲滅出来るかが鍵だ」


 たしか、個体数が六百から七百程度で、そのほとんどが一般兵以下の階級だったはずだ。一般兵と労働者、奴隷の集落が、拒馬内と川に挟まれた、下流丘を中心に密集し、上流丘では身分の高い、王と近衛兵たちがゆったりと暮らしているのだろう。

 身分差を感じる棲み分けだ。


「西部隊には大型の盾を渡しておく。南に敵を陽動するとはいえ、防御柵や櫓からの弓は脅威だ。役に立つだろう」


 盾を貰えるようだ。


「部隊分けはA、D組が南部隊。B、C、E組が西部隊だ」


 教官が映像から離れ教壇に立つ。


「例年より早い決行の上、初めての合同作戦で、これほど警戒の厳しい集落を攻めることは過去にも例がない。いや、もはや基地といったほうが正しいかもしれない……。死傷者もでるだろう。作戦中止の権限はここにいるお前たち全員にある。継戦不可と判断したら撤退のアラートを鳴らして構わない」


 長谷川教官がキリッとした顔になる。授業ではみたことのない顔だ。


「だが、お前たちはこの先、命懸けの戦いを続けていくことになる。その多くは、誉れ高い、未知を開拓する探索者としての戦いではないし、市民を助け、救助する敬慕けいぼを得る戦いでもない。それは、敵戦力を削ぎ、被害を押さえるための安全弁としての戦いだ。

 お前たちは軍人ではないし、勲章を受け取ることもできない。誇りも責務もない戦いだが、間違いなく民のびとであり、国の尖兵である。よって作戦の完遂に務め、国民の負託に応えることを望む。以上だ」


 長谷川教官はビシッと敬礼をして締めくくった。


 やだっ……。カッコイイ。



 それから作戦内容をクラスに持ち帰って伝えた。


 俺が説明して、わからないところは黒崎教官が補足してくれた。当然だが、作戦内容は教官全員が把握しているようだ。

 なら担当の教官が説明すればいいと思うが、たぶん意図して生徒たちに任せているのだと思う。


 今鹿島ダンジョン高専にいる担当教官たちは、全員が元ダンジョンダイバーで、この学校の卒業生らしい。なので、経験豊富な探索者で、ジョブを取得していて、俺たちよりもずっと強い。

 しかし、彼女たち教官がダンジョンに入って戦うことは基本的にはないそうだ。最後の砦としての予備戦力なのだとか。


 とにかく、俺たちはいつもの探索同様、自分たちの命と行動に責任を負わなければいけないということだ。


 俺はこの作戦の中隊長でもあるし、成功させたいと思う。

 C組もそれ以外の生徒も、誰一人死んでほしくない。

 なんとか全員で生き残りたいものだ。



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 作戦の前日の放課後、俺たちは購買部に来ていた。

 明日に備えて、前日の今日はオフにしていた。

 俺はなにか使えるものがないか、いろいろ見て回ったが、前日に装備を変えるのもどうかと思い、結局何も買わなかった。

 仁はあまりそういったことを気にしないたちなのか、デザインのカッコイイ赤の手甲を見つけて購入していた。

 碇は矢の補充をして、武器コーナーで高級そうな弓ををずっと見ていた。

 夢見は玩具のコーナーをウロウロ物色し、五木はカウンターの側の鉱物を眺めていた。


「それ、なに?」

「あ、香取くん。これが記憶石なんだって」

「ああ、メモリーストーン」

「不思議だよね……。吸い込まれるような……」


記憶石メモリーストーン

 透明なショーケースに陳列されていて、手に取れないように防護されている。直径一センチほどの無色透明の球体だ。ぱっとみればガラス玉だと思うだろう。だが、ずっと見ていると引き込まれるような引力がある。


 これは、扉からダンジョンに入る際に身につけていると、目的の階層の扉へと移動することのできる、特殊なアイテムなのだ。


 例えば一度、第二層まで潜り、第二層から第一層への扉をくぐれば、『起点』となる入口に戻ってくる事ができる。

 そして、再度ダンジョンに入る際は、最後に戻ってきた扉から再開することができる。


 起点と最後にくぐった扉を記憶できる。だから記憶石。

 なんでも、あるダンジョン生物の器官で、その生物の習性を引き継いでいるのだとか。


 この利便性は計り知れない。

 まっとうに第二層に行こうとすれば、第一層への扉から最短の第二層への扉まで、約二十キロの距離があるのだ。時間にして片道四時間はくだらない。

 しかし、このアイテムを身に付けることで、中央塔の扉から二層の扉まで直接移動し、帰りも同様に戻ってこれるのだ。


 なので第二層以上の探索者は、すべからくこの記憶石を身に着けている。

 だが――。


「高いね……」


 お値段、なんと五十万円である。


 手の届かない額ではない。

 最近の俺たちは、一人につき、良いときで一日一万円、悪いときで二千円、平均で四~五千円ほど稼いでいる。それに学校からの給与が毎月一日に十万円ほど貰える。

 俺は今、二十万円くらいの貯金はあるし、二ヶ月もあれば手の届く額だ。


 でも、仁はコロコロいろんなものを買っていて、パートナーの栗林さんから「また散財して!」と小言を言われているのを目にする。

 碇は、今使っているショートボウでは物足りなくて、新しい弓が欲しいとこぼしていたし、駆け出しの俺たち一年生にとって、五十万円というのは大金なのだ。


 チームで第二層にいけるのは、当分先になりそうだ。



 購買部には戦利品の精算でほぼ毎日のように来ているが、じっくり見物したことはなかった。

 武器防具アイテムコーナーの他に、日用品、本、食料、服、玩具なんかも取り揃えられていてかなりの広さだ。


 そしてなんと、なんと、隅の方にアダルトコーナーまである。


「おおお、おい。アダルトコーナーだってさ……」興奮して声が震えてしまう。

「う、うん……。でででも年齢制限は大丈夫みたいだよ……」五木も同じだ。


「まじで? 俺たちアダルトじゃないけど……」

「うん、でもR15ってなってるし……」


 いや、まじか? でも学校内にヤリ部屋があるくらいだし、そりゃこういうコーナーがあってもおかしくはないか……? 中はどうなっているんだろう……。めちゃくちゃ気になる。


 一人だったら絶対躊躇して入れなかっただろうが、二人でなら入れてしまう。むしろ小心者の俺は、こういうチャンスを逃すと永遠に入れなそうな気がする。


 五木と顔を見合わせて決心する。

 入口の黒い垂れ幕をくぐって中に入る。


 ピンク色の世界だ。

 当たり前だけど、俺は初めての体験だ。五木もそうだろう。

 一歩踏み入れただけで、まるで別世界に入り込んだようだ。日常を切り離されたエロスの世界。性と快楽を追求するためのグッズたちと、それらを引き立てるための空間演出。


 ワクワクとドキドキが止まらない。


 内部はそう広くない。十畳程の狭いスペースに様々なグッズが所狭しと並んでいる。

 俺たち以外にも生徒が五人いて、二人が男子で、なんと女子生徒もいる。というか、男は二組だけど、女子は三人ともソロプレイヤーだ。

 す、すごい。制服から上級生なのはわかるが、なんて強心臓なんだ。


「か、香取くん……」


 五木から肩を叩かれる。

 おっと、そうだ。いつまでも入口で立ち止まったままではよくないし、ジロジロと他人を見つめるのもマナー違反だ。それくらいは新参者の俺にもわかる。


 五木と、こそこそと人気の少ない場所へ移動する。


 そこにはセクシーなコスチュームが並んでいた。

 服がビニールの包装袋に入っていて、表面に、女性が衣装を着た写真が載っている。どんな衣装なのか、ひと目でわかるようになっている。スクール水着、踊り子、メイド服など多種多様で、セクシーな下着もたくさんある。


 とりあえず目についたバニーガールのパッケージを手にとってみた。

 美人女性が、ウサ耳と胸元が大胆に開いた黒いレオタード姿で、耳をピョコピョコするポーズをとっている。


 ごくりっ。


 こ、これは良い。園美にも、い、いや、むしろ詩帆にこそよく似合いそう――。


「なぁああにしてんだ!! あまえらぁああああああああああ!!」


「あばばばばばっばばbbbっ」

「ご、ごめんなさいいいい!」


 突然肩を叩かれて心臓が口から飛び出るかと思った。というかショック死ってこういう感じなのかと思った。

 俺も五木も手に取っていた商品を落として振り向くと――。


 ――クズがいた。


 ゴミのクズがいた。


「なになにぃ? 香取はバニーで、チカナリはスク水かー。これはこれは、なかなか良いご趣味をしていらっしゃる、なーんちって。ワーッハッハッハ!!」


 こっ、ここここいつ、ま、まじで、まじでぶん殴る。


 初めて人に対して殺意が沸いた。

 やって良いことと悪いことってのがあるんだよ。


「おま――」

「ぬぅうがぁあああっ!」


 俺もだが、五木も堪忍袋の緒が切れたようだ。

 夢見の首元を掴んで持ち上げた。


「うわぁっ、ヤ、ヤメロ。う、浮いてる! 足が、浮いてるぅううう!」

「ゆ、遊くんっ、それは、よく、ないよおおおっ!!」

「うぉおおお! や、や、ヤメっ! しぇ、シェイクするなあぁあぁあ!」



 五木による夢見への制裁の後、他の生徒たちから白い目で見られて、すごすごとアダルトコーナーを後にした。

 クズのせいで恥ずかしい思いをした。

 そのクズはアダルトコーナーで何か買ったみたいだ。一応、用もあってここへ来たらしい。


「だってよー、おまえら二人がよー、こそこそ入っていくのが見えたからよー、そりゃーもうついていくしかねーだろ? そもそもよー、ここじゃー違法でも犯罪でもねーのに、ビクビクしてるほうがワリーんだよ。まー、俺様なら本物のアダルトコーナーでも気後れなんかしねーけどナ! ユーアンダスタン? パキスタン?」


 まったく悪びれないし、もとからこういうヤツだし、とりあえず五木が制裁してくれたし、しょーもないし。っていうか、作戦の前日に何やってんだろって感じで購買部を後にした。


 仁と碇はやる気満々で、「明日はがんばろーっ」と張り切っていたが、俺は夢見のせいでやる気がだだ下がりだった。


 ほんと大丈夫かな。明日。

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