第24話 夢見と五木
「俺のチームと一緒に潜りたい? ンーっ、どーしよっかなー。俺らの探索、チョーハイレベルリンカーベルだけど、どーしてもってんならチームに入れてやんなくもないゼ?」
「いや、やっぱいいや……」
なんだか一瞬で苛ついたし、チームに入れてくれなんて一言も言ってないし、関わっていいことなど一つもなさそうなので帰ろう。
クラス内の戦力把握はこれで終了することに――。
「マテマテマテ茶。今のはジョーダン、アイサツ代わりのカンダンじゃねーか。そんな生き急いでどうスル、今を生きなきゃ損スル、厳しい探索、ミスすれば終幕、俺に付いてくれば上手くいくセイ! カモン! フゥウウウ?」
「……」
うざあ……。えー、なにこいつ……。
「ご、ごめんね。うっとおしいよね……。遊くんに悪気はないんだ。ただ性根がひん曲がってるだけなんだ」
「そうそう、根性がひん曲がってるだけで……ておいっ! そこは根は優しいとか、いい奴とか、いくらでもあるだろがっ、チカナリ!」
俺はC組最後のチームである夢見と五木に、一緒に探索しないか誘ってみたのだが、早くも後悔していた。
背は俺より少し低くて、一六〇センチ後半くらいだ。身体はヒョロっとしてて非力な印象を受ける。パワータイプではない。髪は、後ろで浪人のように結っている。顔は黙っていれば悪くはないと思うが、フォックス型のメガネを掛けていて、あまり似合ってはいない。
背は俺と同じか少し高いくらいだが、身体が太くて横にデカい。夢見と並んでいると、夢見の二人分くらい幅がある。脂肪のせいだけではない。立ち振舞から筋肉があるのはわかるし、手や首を見ても元々骨太なのだと思う。
短髪で優しげな目をしている。
どうやら二人はルームメイトで、なおかつ幼馴染らしい。
俺はこれまで夢見と五木の二人とはまったく話したことがなかった。放課後はダンジョンにかかりきりだったし、お昼は女子と過ごすことが多かった。
そもそも郷田が退学するまでは、男子も女子もそれぞれが競争を意識してピリピリしていた。
今は教室内で男女別け隔てなく交流が見られるし、普通の学校ぽくなったと感じる。
そんなわけで、二人に関しては、よく一緒にいるなあとか、たまに夢見と目が合うけど逸らされるので、人見知りなのかな、程度の認識しかなかった。
少なくとも今まで、こんなラップ崩れよろしく、人に絡んでいるのを見たことはなかった。
「駆除戦までに二人の戦力を把握しておきたいだけなんだが……。いいか?」
誤解の余地がないように提案の趣旨を説明した。
「了解、理解、猪八戒! まあまあ、まずは俺の熱い武闘、軽やかな舞闘、を見てくれよナ。結論はそれからでもおそくはないだロ? きっと損はさせないゼ?」
既に時間を損しているような気はしたが、とりあえず戦いの様子を見せてもらうことにした。
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ダンジョンに入って、いつも二人が探索しているという北西方向に向かった。
小鬼が現れるエリアに到着すると、夢見は五木と何か話した後、黒いバンダナとマスクで顔を真っ黒に覆い、俺たちの方をみて親指で自分を指差し、おそらくだが、ニヤッと笑って先に行ってしまった。
「……なんだァ、今の?」
「……たぶん、自分を見ててくれってことかな……たぶんだけど……」
俺と仁と碇は、五木のあとを距離を開けてつけている。
仁と碇も、ここに来るまでに夢見のうっとおしさを目の当たりにして
夢見は、支給されたベストやシャツやパンツを、黒く塗りつぶして着ていた。元々は俺たちが着ているのと同じ、自衛隊カラーの深緑色だったものだ。装甲の類は身につけておらず、かなり軽装に見える。ウェストバッグを胸の前に肩がけし、武器は腰に短剣を差していた。
「短剣か……」
思い浮かぶのはつい先日の月影だ。
いや、しかし四人組ならともかく、二人組で片方が短剣で戦うつもりなのか……?
五木は基本装備にネックアーマーと手甲を身に着けている。武器は戦棍と呼ばれる、金属製の一メートルほどの柄の先に、分厚い金属の羽が柄と垂直に付いている殴打用の武器を持っている。試しに持たせてもらったらかなり重かった。
というか、夢見はどこかに行ってしまったし、五木は気にせず一人でどんどん先に進んでいくし、最初から不安しかない。
五木が脚を止め、戦棍を両手に構えたことで俺達も気付いた。
前方から小鬼が四体やってくる。いや、後ろにもう一体弓ゴブがいるので合計五体だ。
弓ゴブ以外の四体は槍ゴブ二体と剣ゴブ二体だ。歩調を合わせて五木に近づき囲むように距離を縮める。
弓ゴブは出番がなさそうに矢を手で弄んでいる。
「あれ……?」その背後で何か動いたような気がした。
「あ、夢見くんだね」
視力の良い碇が言うのでそうなのだろう。
その夢見と見られる黒い影が、後ろから弓ゴブに忍び寄り、後ろから何かを突き刺すと同時に口を抑え、音もなく数秒もみ合った後、動かなくなった弓ゴブを地面に横たえた。
「おぉ……」
悪くない。
殺し切るまでに手間取ってはいたが、迷いや緊張は感じなかったし、手慣れた動きにみえた。
しかし、夢見が一体殺っている間に残りの四体の相手をしてるのは五木だ。
槍ゴブが円陣をしぼめて五木にジリジリ近寄っていく。五木は戦棍を肩に担いだまま動かない。
五木が槍ゴブの間合いに入るかという所で、ようやく五木は近づいた槍ゴブ目掛けて戦棍を振り回した。
「ふん……っ! ふん……っ!」
それは技術もへったくれもないような乱雑な振り回しだった。
横薙ぎに振り、上から振り下ろし、戦棍の先が地面にぶつかってもまったく気にしない。敵に当たろうが外れようがすら気にしない、そんな振り回しだった。
しかし、それで身体が泳いだりはしない。たぶん、体幹と下半身がとても強いのだろう。
戦棍が槍とバキンッバキンッとぶつかり、小鬼の持つ槍を弾き飛ばした。すると反対側の槍ゴブと剣ゴブが攻めだすが、五木は振り返って今度は反対側に戦棍を振り回す。視野も広いようだ。ブンッブンッと戦棍を振り回しながら首も振って視野を得ている。
バキンッバキンッと戦棍と小鬼の剣や槍がぶつかり合う。音からもたいそうな威力なのが伝わる。
四体で囲んで有利を確信していたであろう小鬼たちは、間近で凄まじい戦棍の振り回しを見て踏み込めずにいる。
ただ、五木の方も小鬼に戦棍を当てることはできていない。四方を囲まれているというのもあるが、敏捷性では分が悪いのだろう。
攻めるに攻められない、そんな迷いを抱える一体の槍ゴブに、後ろから黒い影が近寄り、背中から何かを突き刺した。
「どぉおおもおお、こんにっちわぁあああ! あっりごとぉおおお! さっっっよーーならぁあああ! もう二度と会いましぇえええええんっ!!」
刺された槍ゴブが悲鳴を上げるが、夢見のアイサツにかき消される。
突然の奇声と襲撃と真っ黒な不審者に、他の小鬼たちが驚いて足を止めてしまった――。
「ふんがぁあああっ!」
――ドゴォッ!! とものすごい音がして、五木の戦棍で小鬼が二体まとめて吹き飛んだ。
……すごい。
四,五メートル吹っ飛んで地面を転がり、ピクリとも動かない。ここからでは見えないが即死だろうか。
夢見の登場に驚き、そして五木の戦棍に戦慄した残る剣ゴブの横から、夢見が音もなく迫っていて、小鬼が剣を身構えるより早く、夢見が何かを剣ゴブの胸や首に突き刺しまくった。
「打突っ! 打突っ! 牙突と思わせてだとぉーーーつ!! これぞ打倒ゴブリンなんちってええ!」
あれは何を突き刺しているんだ……?
夢見が突き刺している武器は見覚えがない。短剣ではなさそうだ。というか夢見の短剣は腰に差さったままだ。
細い、錐のような、工具のドライバーのような……。なんだアレ……?
小鬼が剣で反撃しようとすると、夢見はすぐさま飛び退き、……いや、背中を向けて走ってる。一目散に逃げ出した。
「鬼っさん! こっちら! 手の鳴る方へ! あっ違った、尻のなる方へ!」
剣ゴブから二〇メートルくらい離れると立ち止まり、おしりを突き出しペンペン叩き出した。
剣ゴブは腕や首や顔を何箇所も刺されていたが、武器が細いためか重症までは至っていなかったようだ。
そんな小鬼でも夢見に馬鹿にされたのはわかったのだろう。本来なら逃げるべき状況にも関わらず「グルァシェイッ!」と威嚇しながら夢見に近づいていく。
「あ……。鬼さんじゃなくて……小鬼でしたああああ! 角は生えていませぇえん! オニーのパンツは……貧相な腰巻きでしたぁああ!」
「グルシュgyギィダウgyガァウ!!」
剣ゴブは剣を振りかぶって夢見に駆け出そうとした、が。
「ごめーん!」と背後から五木が戦棍を振り下ろし、グチャッと剣ゴブの頭を
「ワーハッハッハ。よくやったぜ相棒! これぞ必殺、後ろにご注意下さいお尻ペンペン攻撃だゼ!」
戦闘が終わり、夢見と五木が後処理するのを待ってから二人と話をした。
「どぉーだい、どぉーだい! ジェントルメン・アーンド・ジェントルメェーン。漆黒無音の暗殺者・俺様と、囮のチカナリだゼ! 俺たちの華麗なるダンス。楽しんで頂けたかナ?」
「ハチャメチャじゃねェか……」
「ドン引きだよ……」
仁と碇の反応は
まあそうだろう。スマートさとは対局にあるような戦いだった。少年少女が憧れるようなバトルではない。
「メイン武器は短剣じゃねェのかァ?」仁が夢見の腰の短剣を指す。
「ああ、これ? これはなんてゆーか、飾り? いや、フェイクだな。フェイクフェイク。つまり俺はフェイカーなわけだ。これからは俺様をザ・フェイカーと呼んでくれ! ザを忘れるな? ザ・フェイカーだ!」
漆黒無音の暗殺者が誰にフェイクを入れるんだよ……。
「じゃあよォ、戦いで使ってた武器はなんなんだァ?」
「……」夢見が手を添えた耳を仁に向けて、クイクイと手を動かす。
「戦いで、使ってた、武器は、なんなんだよォ」
「……」クイクイっ。
「タタカイデェ、ツカッテタァ、ブキハァアアア――」
「ぐへえええ、やめろやめろ、せ、千枚通しだよ。購買部の文具コーナーで四九九円お買い得品だっのああああ」
自業自得な気がするが、とりあえず仁を夢見から引き離す。
「普通の千枚通しには見えないけど、それ。……えっと、ざ・ふぇいかぁ……?」碇が質問を引き継ぐ。
すごく嫌そうな、ザ・フェイカーだった。
「けほっけほ。ああ、目の付け所がSHARPだぜ、ザ・SHEEPくん」
「ザ・シープ……?」碇が困惑顔だ。
シープは羊という意味で、碇の頭は羊毛のようにもっさりヘアだ。それから善良な人や臆病な人という意味合いもあったはずだ。
「これはな、
武器の先端をもってブラブラ見せてくれる。確かに
「見ての通り殺傷力はあんまねえ。何度も串刺しレバ刺しにしなきゃいけねーし、急所に刺してもグリグリほじくり返さなきゃ無力化するまでいかねえ。だからグリップ力を高めてるってワケだナ。……これぞグリップグリッチってな。ダンジョンシステムの盲点をつく男、ザ・グリップグリッチたぁ俺様のことよ! ワッハッハ」
「武器を使いやすいように改造してるやつはわりといるけどな」
俺も槍の柄に触ってわかるくらいの削りを入れて、握り場所をわかりやすいようにしている。自分が武器に慣れることも大事だが、武器を自分に合わせることも同じくらい大事だ。
夢見は、マジかー、グリップグリッチは先駆者がいたかー、やっぱフェイカーの方がいいかー、とか言っている。
「あれ、でも戦闘訓練ではたしか槍を使ってたよね。えーと、……ざ・ぐりっぷぐりっち?」
「ああ、それはね」置物のようになっていた五木が口を開く。「香取くんの――」
「――マテマテマテ茶、ソコまでだアホチカナリっ」夢見が五木の口を封じる。
「むごっむご……」
ちなみにチカナリというのは五木のことらしい。力也と書いてリキヤと読むのだが、チカラナリを略したあだ名のようだ。
ていうか俺の、なんだ?
「俺には槍なんて合わなかったってだけのよー、昔々の忘れ去られた物語よ。イヤ、俺が合わなかったんじゃねーな。槍が俺に合わなかったてゆーか、役不足じゃなくて役者不足みたいな?」
「それじゃあ逆だよ……」
「あと、グリップグリッチはやめだ。二番煎じは性に合わねー、二度とその名を呼ぶな。いいな、ザ・シープ」
「僕は羊じゃない! 碇小太郎という名前があるんだ!」
「んーそれはどうかナー、赤の他人をどう呼ぼうが俺の勝手だしナー?」
うーん、あからさまに最低だな、こいつ。
夢見がチラチラ俺を見る。
「まー仲間? 戦友? メンバーならどー呼び合うかってのは重要だよな、エッセンスと言ってもいい。なにせワン・チームなわけだからなー、ツー・チームじゃなくて、ワン・チームな」
いやいや、それは断っただろ。
「あのな、最初に言っただろ。これは――」
「まあ、待てっちゃ。結論を出すのはまだはえーゼ。それは特急早急性急じーさんの頻尿並にはえーゼ。おっと頻尿馬鹿にするじゃねーぜ、マジでおまえらアレだかんな! びっくりするかんな!」
マテ茶はどこいったんだよ……。
ん……?
もしかして今まで「マテ茶」じゃなくて「待てっちゃ」と言ってたのか?
どこの方言だよ……。
「とりあえずYO、俺らと踊って見ねーか? 客席じゃねー、俺らと同じ景色を見てみろよ。おまえらはよ、セックスもしねーで女の良さがわかるのか? いーや、わからねーハズだ。女なんてのはよ、抱いてみたらディサポインティンって言うだろ? チームだって同じだゼ?」
こいつほんと失礼なヤツだな。
「ズンズンチャーズンズンチャーYO。共に命をかける、そうすれば友に、兎も角、想像と妄想から始まる俺たちの歴史、SAY,HOOH?」クイクイっ。
「「「…………」」」
「あの瞬く星目指して、夢見てこーぜ? せーのっ、ダンジョン王にー? 俺はー? ……?」クイクイっ。
……ならねーよ。
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