第22話 四人


 それから、マナの制御でなんとかならないか、陣形を変えるか、他にやりようはないか話し合ったが、いい案は浮かばなかった。


 マナの制御については、光の強弱や指向性を操れそうな気配はあるらしい。ただ、一朝一夕ではどうにもならないとのことだった。


 それはよく分かる。俺も造る者のジョブを得てから毎日、合間を見つけて造形の特訓をしているが、これはまるで新しい感覚なのだ。両腕を失った人が、口で絵を描いているのを見たことがあるが、あんな感じかもしれない。

 つまり、上達には時間がかかるし、終わりがない。作戦までの間に確実にどうにかできると言えるようなものではなかった。


 陣形の方は、勇気を中心に、他のメンバーが周りを固めて勇気に背を向ける形ならどうかという案がでて、実際に試してみたが結果はボツだった。


 小鬼たちは最初は威勢よくかかってくるものの、敵わないとみるや距離を取ったり、逃げ出したりもする。

 俺たちは勇気を中心に背を向け合っているので、逃げる敵を追って移動すると陣形が崩れてしまう。

 しかも、勇気を取り囲む三人が別々の方向を向いているので、敵の遠距離攻撃に背中を晒すことになる。


 他にも、光剣を使う際に合図をしてもらったり、勇気には一歩引いた位置から目潰しのみに徹してもらったり、いろいろな案を出し合った。

 しかし、いつ敵に隙ができるかなんて事前にはわからないし、戦いに参加できないのは勇気も嫌がった。

 結局、使えそうな方策はでなかった。


 その日は課題を抱えて帰った。



「――ってワケでよォ。なんかイイ感じの方法ねーかァ?」


 翌日、いつもの六人でお昼ごはんを食べながら、勇気との連携について相談してみた。

 俺は、というか俺たちは、自分たちのおつむに自信があるわけじゃない。もともと勉強に力を入れてきたわけではないし、アイディアマンってわけでもない。こういうことは優秀な女子の助けを借りるべきだ。


「それは元の側ではどうにもならないのね? 光を抑えたり、方向を制限したり……」栗林さんが確認する。

「あァ。いずれはできるかもしれねェけど、すぐにはムリだってよ」

「その発光は、継続的なものなのかしら? それとも、ここぞというときの必殺技?」


 園美も顎に手を当てて、考える美少女になっている。

 絵になるなあ、銅像にして毎日眺めていたい。いや、本物でいいか。


「必殺技だよ。目潰し目的でも使うけど、思い切り斬ろうとしただけでも光っちゃうんだって」

「受け手の側で対策が必要で、タイミングはわからないわけね」

「陣形だけでは無理よね、制約が大きすぎるし」


 おお、すごい。

 俺たちが昨日、何時間も試して得た結論に一瞬でたどり着いてしまった。


「それはつまり太陽拳のようなものだろう?」

 杵鞭きねむちさんが聞き慣れない言葉を発した。


「タイヨウケン、って何? 舞ちゃん」


 碇は舞ちゃん呼びなのか。知られざるクラスメイトの一面を発見。いや、そうじゃなくて。


「太陽拳というのは日本を代表する古典漫画の技名さ。七つの玉を集めて、どんな願いも叶える龍を呼び出す物語。聞いたことないかい?」


 聞いたことはあるけど、読んだことはないなあ。

 見渡すとみんなもそんな顔をしている。


「まあ簡単に説明するとね、その作中で、敵が光による目潰し攻撃をしてくるんだけど、それを主人公はサングラスを借りて防ぐのさ」


 サングラスなら、確かに眩しい光だって防ぐことはできる……けど。


「舞ちゃん。第一層は薄暗いから黒いメガネなんてかけたら戦えないよ」

「ええとね、サングラスではなく抑光レンズという、プライバシーフィルムと偏光レンズを組み合わせたようなメガネがあってね。真正面から角度がつくほどに光を通し難くなるものだ。キミたちは、その勇気という男子を直視する必要はないのだから、一定角度以上の光さえ防げればいいだろう?」

「あ、ああ……」

「視角が広がるほど薄暗くは感じるけど、それでかなり軽減できると思うよ」


 おお。なんかいい感じの案が出たぞ。


 早速、購買部に向かってそのレンズ付きのメガネを購入した。お値段は一万円もしたが、まあ小鬼の村落を潰せばペイできる額だ。



 そして放課後、勇気と合流し実戦で試してみる。


「オォ、なかなかイイ感じじゃねェか」

「かなりいい感じだったね。勇気くんを視界の端にさえ置いておけばいいだけだから、制約も少ないし」

「ホントかい? 能力を出し惜しみせずに戦えるなら、こんなにいい感じなことはないよ」


 いい感じしか言えないチームになってしまったが、実際いい感じにいい感じだった。


 勇気に正対さえしなければいいので、もともと少人数で複数の敵に気を配りながら戦ってきた俺たちには、さほど難しいことではなかった。

 不便さが零ではないが、完璧な解決方法は、勇気がマナを制御できるようになる以外にはないだろう。これが現状、最もお手軽で、制約の少ない案だ。

 それから念の為、何度か戦闘をこなしたが問題はなさそうだった。


 そして、遠くに小鬼の小隊を発見した。


「フトネコを三匹担いでる……。狩りから帰るのかもしれない」

「後をつけよう……」


 チームで一番視力の良い碇が言うことだ。間違い無いだろう。俺たちは付かず離れずの距離でその小鬼たちを尾行した。もし、攻めるに適した拠点が見つかれば、積極的に潰していくという話はしてある。


 気付かれないように、数十メートルの距離をあけて後をつける。

 一キロほど歩くと、洞穴水が細く流れるジメジメしたあたりで、直径二メートルほどの洞穴に入っていった。見張りはいないようだ。

 俺たちはその穴に近づき、後を付けられていないか周囲によく目を配ってから、中に入り込んだ。


 通路は二人がギリギリがすれ違えるぐらいの幅で、天井は一番低いところは腰を屈めて進すすまなければならないほどだった。長さはほんの一〇メートルほどで、出口から顔を覗かせると案の定、小鬼の小規模集落を発見した。


 代わる代わる顔をのぞかせて集落の様子を確認する。


 いびつな円形の部屋があって、十三体の小鬼が見える。奥に幅二メートルほどの通路というか、狭くなってる穴があり、その奥にも部屋が見えた。

 ここから見る限り、ひょうたんのような形をしてるのではないかと思う。

 とりあえず、手前の部屋を『前室』、奥の部屋を『後室』と呼ぶことにした。


「最低でも二部屋ある。天井はそれほど高くなさそうだ……。三、四メートルほどだから、上からの射手はいないかもしれないけど、武器が天井に引っかからないように注意だ……。まず、前室を潰す。俺と勇気が左。仁が右。碇は後室から来る援軍を、通路に射て牽制してくれ」


 三人が頷く。


「もし、一人でも重症を負ったら即撤退だ。それから、ジョブ持ちが四体以上いても撤退だ。そのときは勇気の目眩ましで時間を稼いでくれ。頼むぞ」


 勇気がコクコクと頷く。肩に力が入っているようだ。

 俺と仁と碇は一応、集落攻めは経験しているが、勇気は初めてらしい。

 こういうのは、緊張するなと言ってどうにかなるものではない。自分で慣れていくしかないのだ。


「奇襲でなるべく多く殺せ……。準備はいいか?」


 三人が頷く。勇気はゴクリとツバを飲み込み、仁はニヤッと笑い、碇は手汗をズボンでゴシゴシ拭った。俺と仁と碇が、抑光メガネを装着する。


「三,二,一,行くぞっ」


 俺、仁、勇気、碇の順で一斉に飛び出す。


 いきなり現れた俺たち侵入者に、村ゴブたちはあっけにとられていた。あるものは獲物の皮を剥ぎながら、あるものは休憩していたのか寝転んだまま、こちらを向いて固まっている。槍や剣が近くに置いてあるが、手に取れずにいる。


 座ったままの無防備なゴブ二体を二連撃で首を貫き殺す。

 数メートル右で、勇気がバスターソードを、立ち上がりかけた小鬼に叩きつけるのを視界の端で確認する。「やぁっ!」と刃が強く発光するが、まったく問題ない。


「グゥルギショッッ!!」


 小鬼の一体がようやく吠えるように叫ぶ。

 我に返って短剣を掴み、立ち上がりかけた小鬼の顔面を突き刺す。素槍の穂先をマナで薄く覆うように造形して威力を増している。少しずつだが、造形の制御にも慣れてきた。


 勇気は槍ゴブの付きを打ち払い、肩から袈裟斬りにする。その向こう側、仁の方を見ると、既に四体の小鬼が倒れていた。


「ギャシィイ、ギャシィイッ!!」


 奥の部屋から小鬼たちの怒声が聞こえる。

 一体が通路から飛び出してきた。


 バシィッ。


 碇の放った矢が、飛び出してきたばかりの小鬼の胸に突き刺ささり転倒させる。続いて飛び出してきた二体目が驚いて脚を止めてしまう。それはよくない。


 バシィッ。

 もう一発の矢が、二体めの脚を貫く。


「ギャァィッ!」射抜かれたゴブが悲鳴を上げながら這々ほうほうの体で奥の部屋へ引き返していった。


 その間に俺は剣ゴブを倒して、勇気も短剣ゴブを斬り倒した。

 これで前室の小鬼は片付いた。ここまでは順調だ。


 次は後室だが、碇の弓を警戒して小鬼たちが通路から出てこない。と思ったら、奥から矢が飛んできてこれを碇が「うわっ」と回避した。

 碇が弓で反撃し、また通路の向こうから、今度は三本の矢が続けざまに飛んできて、通路をはさんで遠距離戦が始まった。


 前室と後室の通路の幅は二メートルほど。長さは三メートルもない。相手の弓コブはおそらく三体はいるようだ。

 このまま通路越しに射合っていてもジリ貧だ。碇の矢には限りがあるし、ここは敵拠点だから、こちらの矢が先に尽きてしまう。

 グレネード系の武装がほしいところだが、あいにく俺たちは持ち合わせていない。三人なら撤退も考える状況だが……。


「勇気、合図したら目眩まし、やれるか?」

「うん!」

「仁! 俺に続いてくれ!」

「オーケェー!」

「よし。………………今だ!」


 矢の間隔を計って合図すると、勇気が剣に力を込め通路の中央に出る。視界の端で発光を確認すると同時に、俺は一気に通路を身を低く駆け抜け、左へ飛び込む。


 予想通り、岩壁の裏側に多数の小鬼が控えていた。通路から飛び出てきた俺に驚いた小鬼たちに、走り込んだ勢いそのまま、穂先を薙刀のように練り固めたマナの曲刀で、力任せに薙ぎ払った。


「――ぅらァ……っ!」


 三,四体の小鬼が顔や胸に傷をつけられて転倒したり、引き下がった。俺は転倒した小鬼の顎を踏み砕き、奥に進んで槍をぶん回し、小鬼たちをもっと下がらせ混戦に持ち込む。


 右側には仁が。後ろから勇気も飛び込んできた。

 後室の広さは前室よりも少し広い。場は乱戦模様だ。こうして近距離で戦えば弓ゴブから射られる心配は減る。


 敵の数は……残り一二体ほどか。ほとんどが腰布だけの村ゴブだが、奥に一体装備の良いヤツがいる。鉢金を巻き、革製の鎧を着込んでいる。武器は剣を両手で持っていた。

 そいつは何か叫んで、前にいる小鬼を押しのけ勇気に向かい合った。

 勇気は言われなくてもわかっているようだ。真剣な表情で向き合っている。


 俺は、眼の前の三体の槍ゴブを相手にする。一体の槍を打ち払い、体勢を崩したところを追撃しようとすると、すかさず残り二体の加勢が入り、追撃を妨害してきた。三体はお互いにカバーしあい、一体の隙を他の二体が埋めるように連携してくる。


 それならと、中央の一体が突き出してきた槍を軽いステップで避け、槍の柄の先を掴む。「ぉいしょ……っ!」と思いっきり引っ張り、よろめき突っ込んできた小鬼の胸を「ドンッ」と蹴って左の槍ゴブに向けて吹っ飛ばす。

 「ゴギャッ……ッ!」と二体が衝突して、もたついている間に、右の槍ゴブの手、腹、首を連続突きで倒す。


 中央をチラリと見ると、勇気はジョブ持ちと思われる剣ゴブ相手に戦いを優勢に進めている。チカチカ光る剣に対して、剣ゴブはやりにくそうだ。


 俺と仁で勇気の左右を固め、一体ずつ着実に仕留めていく。俺の左側から大きく回り込もうとした小鬼に対して、後ろから矢が射られる。


「ゴギャ……ッ!」


 碇の援護だ。


 こうなればいつものフォーメーションだ。

 一体倒すと、小鬼が後ろから補充され一対三の形になる。それ以上の数で囲み込もうとしてくると、すかさず碇のフォローがはいるから、小鬼たちは三体以上で俺と仁にかかってこれない。村ゴブ三体相手ならなんとかなる。


 一体、また一体と、着実に倒していった。

 そして、とうとう残るは剣ゴブだけになった。


 剣ゴブは、動きも剣の扱いも悪くなかった。ジョブ持ちで間違いなさそうだ。

 勇気の剣が光る度に、目を覆って後ろに下がっていたが、変化を起こそうと強引に勇気に斬りかかって「ギャイィィァ……ッ!」と鍔迫り合いに持ち込んだ。

 これは良い手だった。鍔迫り合いの状態では、勇気も迂闊にマナを込められない。自分も眩しいからだ。


 剣ゴブは勇気より頭一つ分以上小さいのに互角に押し合っている。留める者の恩寵だろう。剣を両手で押し引きし、バランスを崩そうと勇気の膝に前蹴りまで仕掛けた。


 勇気は腰を落として小細工には付き合わず、鍔迫り合いから剣ゴブを「ふぬぅ……っ」と押し退けた。間合いができると、上段に振りかぶって剣を光らせ剣ゴブをさらに下がらせた。

 剣ゴブは左右にステップしたり、石ころを投げつけたり、最後まで回生の手段を探っていたが、優勢を得るまでは至らず、最後は奥の壁まで追い詰められ、「はぁーっ!!」と振り下ろされた輝くバスターソードに剣ごと両断されて息絶えた。


「はぁ……はぁ……っ」


 勇気は周りを見渡して自分の戦いが最後なのを確認したようだ。相手に集中していたのだろう。


「やったな」勇気の肩を叩いて労う。

「よかったじゃねェか。剣ゴブのやつ、相当ヤりずらそうだったぜ」

「うん。僕ら三人だったら、後室まで入れなかったよね」

「僕は、やったのか……。椎名さん、もう少しだ……。もう少しでキミを迎えにいくっ!」


 倒した敵を数えたら前室に十三体、後室に十五体だった。メスと見られる小鬼も戦いに加わっていたようだ。

 後室の奥には小鬼の子どもと、戦いに参加しなかったメスが十体以上いて、当然一体も残さず殺した。碇にも殺させた。碇はかなり辛そうで、終わったあとも青ざめていた。

 だが今は碇のジョブ獲得を優先したいし、こういうのは皆でやらないとダメだ。


 コアと売れそうなものを回収して、その日はそれで撤収し、購買部で精算したら一人八千円以上になった。

 小鬼の小隊を倒すより、拠点を潰すほうが儲かる。集落全員の持ち物を漁れるし、革袋以外にもリーダーが溜め込んでいたと見られる宝箱もあって、それが二万円以上にもなった。


 勇気はメガネ代を払うと言ってきた。俺たちは別にいいと言ったが、聞かなかったのでメガネの代金一万円だけ受け取って、三人でわけた。


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