第21話 顔合わせの後
「さて、香取くん。密室に男と女、女教師と男子生徒、二人きりだからといって緊張はしなくていいよ」
代表生徒が出ていって二人きりとなった教室で、わざわざ扉に鍵をかけて戻ってきた。だけじゃなくて、俺の隣の席に腰を下ろし、腕が触れある距離まで近づいてきた。
いい匂いがする。成熟した大人の女の匂いだ。
「あの、長谷川教官。お、俺に指揮は無理ですよ。まとめられるわけないし、アイツら、絶対言う事聞きませんよ……」
ヤツら、D組代表の坂本とE組の
俺だって好き好んでやりたいわけじゃないのだから、面白くなかった。
「それはわかっている。キミは初めてだからうんざりしたかもしれないが、毎年だいたいああなんだよ。それよりも、キミに現場指揮を任せた理由は他にある」
そう言って机の上に置いていた俺の右手に教官が左手を重ねた。
「えっ、なんで? どうして手、握るんです?」
「いいかい、大人になると言の葉と同じくらい、伝え方にも重みを持つようになる。私はキミに大事な話をするし、思いを十全に伝えたいと思っている。わかるかい?」
「えっ、そうなんですね? でも普通に話してもらえばそれでいいような……」
「それではダメなんだ。言ったろう? 子どもの時分にはわからないことだが、大人になったときにキミにもきっとわかるだろう。でもそれには時間がかかるし、ここは私を信じてみてくれないかな」
「そうなんですね……。なら、仕方ない? のかな……」
ま、まあ教官として作戦指導を任されるようなすごい人だし、俺なんかよりもずっと頭のいい人だ。おかしいと思う俺の方がおかしいのだろう……。
「まず、実際に作戦を立てるのは我々だが、基本的に生徒たちは指示通りには動かない。それはわかるね」
「え、ええ。そうでしょうね。あの様子だと火を見るより明らか……かな」
「そうだ。だから現場にてある程度我々の作戦を理解し、臨機応変に動いてくれる小隊が必要だ。当然、然るべき力量が必要だし、クラスに影響力を持っていなければならない。そうすると頼めるのはキミしかいない」
そういわれると、E組はそもそも対立してるようだし、A組の美細津とB組の小太刀は好き勝手動きそうだもんな。
「キミの役目は、戦況に応じて戦線に穴があれば塞ぎ、優先すべき目標がいればそれを叩き、かかり過ぎて浮きそうな部隊がいればそれを鎮める。戦場における遊撃のような仕事だな」
手を握られながら俺の腕と教官の腕が密着している。長谷川教官のぬくもりが感じられる。俺より体温が高いのかもしれない。俺は今、ドキドキしていて体が熱い。つまり俺より温かい教官もドキドキしている可能性……。
いやいや、何を言ってるんだ。
「だが、キミに戦いの責任を負わせるつもりはない。それは我々の役目だ。キミは最善を尽くしてくれさえすればいい。いいね?」
「あ、はい。わかりました」
「よろしい。では次の話に移ろう」
そう言って机の上で握っていた俺の手を一旦離して、指先で文字でも書くように、俺の手の甲を柔らかいタッチで撫で始めた。
「先ほど、私の担当するE組の代表が三人も来てしまっただろう?」
「あ、はい。弓木と小熊と勇気でしたっけ」
触れるか触れないかくらいの絶妙なタッチで、手の甲を指先で撫でられている。くすぐったくてたまらない。くすぐったいというか、それだけじゃなくて気持ちがいい。
言うまでもないことだが、俺は完全に勃状態にある。
「三人とも、つい先日、一次職を獲得してね。同じ日に、ほぼ同じタイミングで取得したんだ」
「ああ、だから代表が決まらなかったんですね」
「そう……。それで勇気なんだが、彼には今、チームメンバーがいないんだ。E組はうまい具合に戦力が分散してしまって、弓木、子熊、勇気をリーダーとする三派閥ができたのだが、勇気のチームメンバーの三人が負傷してしまったんだ」
なるほど。
茶山たちも集落攻めで怪我をしてたし、そういうこともあるよな。
あれ、でもE組の弓木と子熊がなんか物騒なこと言っていたような……仲間殺しだったか?
長谷川教官がさらに身を寄せてくる。手を開放されたと思ったら、脚から腰、上半身まで、より一層密着して、俺の右腕が教官の手でホールドされてしまった。上腕部分が彼女の豊かな胸にあたっている。柔らかい。加えて腕のあたりをサワサワと撫でられる。
「勇気は才能ある重要な戦力だし、一人でダンジョンに潜らせるわけにはいかないが、他の二チームには受け入れられないだろう。女子生徒も絡んで少しややこしいことになっていてね……」
ああ、なんかそんなことも言ってたな、
「だから、メンバーの怪我が治るまでのあいだ、君たちのチームで勇気の面倒を見てやってくれないかい?」
「えっ……」
「そんなに長い期間ではない。せいぜい一週間かそこらだ。彼の力は必ず作戦でも役に立つはずだし、キミたちにとっても悪い話ではないだろう?」
「えっと、どうでしょう……。お、俺達はずっと三人でやってきてるし……」
上腕を撫でる手が上にいったり下にいったり、絶妙な力加減で触れられ続けて気持ちがいい。なんとも不思議なことだが、俺は腕を撫でられただけで感じているのだ。気分が高まって下腹部がムズムズしだしている。
「もちろんタダでとはいわないよ。この学校で女が支払う対価をキミはもう知っているだろう」
え? 対価ってアレのこと……だよな……?
マジで?
俺は教官の顔をみて真意を確かめてみる。
彼女は
いやいや、体につられてどうする。
チームのことなんだ、真面目に考えろ……。
腕への刺激や、胸の柔らかさなどは一旦無視して、努めて冷静に考えてみる。
俺たちは三人チームだ。普通の小鬼の小隊を狩るだけならなんら問題はないが、小規模拠点を攻めるには少し不安がある。そこにもう一人、メンバーが入ってくれるなら、ありがたくはある。代表候補になるくらいだから、戦力的にも頼りにはなるだろう。
だが、その勇気は、どうやら厄介事を抱えているらしい。椎名という女子のことはおいておいても、メンバーが負傷しているという事実は無視できない。そのトラブルが一筋縄ではいかない可能性もある。
俺はメリットとデメリットを秤にかけて結論を出した。
「……とりあえずってことならいいですよ。でも相性ってあるし、俺もチームが一番大事なんで、危険を感じたらやっぱり無理ってなるかもしれませんけど。……それは譲れないんで。それでいいなら……」
「ああ、よかった。もちろんそれでいいよ」
腕のロックを解いてもらった。
ふう。
「さっそく明日から頼むよ。勇気に話は通しておく。キミも仲間に伝えておいてくれ。報酬は――」
教官の口が俺の耳に近付く。
「――先払いでもいいし、後払いでもいいが、どうする?」
「ぅぃぃあっ、あ、ああ後で、結構です……」
日和ってしまった。心の準備ができていなかった。
「ふふっ、そうかい。いつでも連絡しておいで。それじゃあ失礼するよ」
教室から出ていく教官の後ろ姿を見送りながらこれでよかったのかと考えた。
現場指揮の件は正直仕方ない気もする。他に適任がいないと言われればそう思う。勇気の件はどうだろうか……。うまく丸め込まれてしまった感じもするが、そんなに不利益を被ったという気はしていない。
まあやってみるしかないか。
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翌日、勇気と顔を合わせた。
「僕は
勇気の武器は両手持ちのバスターソードだ。背丈は俺より少し高くて、顔は童顔で年齢より幼く見える。見た目は悪くないのだが、髪型にも服装にもこだわりがなくて、どこか垢抜けていないというか、はっきり言ってしまえば童貞っぽさがある。
装備は、俺たちと同じくほぼ初期装備だが、グローブを桃色のモノに新調し、手甲を身に着けていた。
勇気の話によると、一年E組には
それで、勇気と弓木と子熊が、そのアイドルグループの大ファンで、彼女を巡って恋愛バトルの真っ最中なのだとか。
「入学式で、彼女が同じクラスにいたときは目を疑ったよね。僕らモノノフはひと目でわかったんだけど、自分の目が信じられなくてさ。勇気を出して話しかけたら、やっぱりそうでさ、もうびっくり仰天だったよね。それでさ、入学して最初の休日に彼女が親睦会を企画してくれてさ、彼女と男子全員の一六人で街までカラオケに行ったんだ。そこでさ、なんと僕ら全員の前で、モモツメの曲を歌って踊ってくれたんだよ! すごかったなあ、デビュー曲の――」
「
どうやら、モモツメクサZのファンを仲間内で『モノノフ』と呼ぶらしい。
というか、アイドルの話がやたら長いので
すごいな、その椎名という女子。
もういろんな意味ですごい。
現時点で勇気、弓木、子熊の三人にまで絞られたのだが、この戦いには絶対に負けられないのだという。
「彼女は
「ドルオタかよォ……。オマエもうジョブは取ってるんだろ? 性欲は大丈夫なのかよ。つーか、女子の役割とかもう知ってんのかァ?」
「ああ、それは僕ら三人は知ってるんだ。長谷川教官から、さっさと女を作れってせっつかれたからね。でも、これは試練だと思っている。椎名さんはお互いに初めてじゃないと嫌だっていうしさ……。でもでも、この学校に来てるってことは、彼女に選ばれればそういう関係になれるってことだしさ。だから耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、次の作戦で必ず小鬼王の首を彼女に捧げる。……これは、これは……」
勇気はグッと握りこぶしをつくって天に掲げた。
「……
受難の道だと磔にされて死んじゃうけど……。
俺も仁も、そちらの方面には疎いのでポカーンだったけど、碇はそこそこ詳しいらしい。
「いやー、すごいね。僕もモモツメのファンだけど、推しは『しおりん』だから『しーなん』のことは知らなかったよ」
まあ、アイドルとヤれるなら頑張る気持ちもわかる。園美だってそのへんのアイドルには負けないくらいかわいいわけだし。俺も彼女を賭けて戦ったと言えなくもないし。
「で、チームメンバーが負傷した理由はなんなんだ?」
「ああ、それは――」
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一応、彼から怪我人がでたあらましは聞いたが、百聞は一見に如かずということで、四人でそのへんの村ゴブと戦ってみることにした。
俺と仁は小鬼の小隊を挟み込むように位置取りした。俺が左ウィング、仁が右ウィング、碇がゴールキーパーの位置だとしたら、勇気にはセンターフォワードの位置についてもらい、いつものように戦ってもらうことにした。
敵ゴブは五体で俺が一体、仁が一体、勇気が二体引き付け、少し離れた位置に弓ゴブが一体いる。
向かい合う剣ゴブの攻撃をテキトウに受け流しながら、勇気の戦いを観察する。勇気がバスターソードを振りかぶったそのタイミングで、刃が光り輝いた。
「うおっ」
想像以上に眩しい。目がチカチカする。
剣ゴブから一旦距離を取り、視力が戻るのを待ってから始末した。
眩しいのは小鬼も同じようで、というか、勇気と戦っていたゴブ二体は剣から発せられた光を至近距離でモロにくらい、後ろを向いて逃げ出そうとしたり、顔を背けたところを勇気に斬りつけられて倒されたようだ。
戦闘終了後、集まって話し合う。
「こりゃァ、ケガ人がでるのもわかるぜェ。一時的に視力がトンじまう」
「後ろで離れてても結構眩しかったよ。もともと薄暗いフィールドだもんね」
「……元のチームでいろいろ試行錯誤中だったんだよ……。フォーメーションを変えたり、マナの制御を特訓したり……」
勇気が不甲斐なさ気に言う。
勇気が取得した職業は『
またの名を『術士系』とも言われていて、マナの性質を変化させる『体外制御』が得意なジョブだ。
ジョブとは、取得した者がすべて一様な能力を授かるわけではない。個々の経験や才能に応じて能力に偏りが出る。
例えば、留める者(戦士系)の場合、
そして化える者とは、その個性差が極めて顕著なジョブと言われている。
「僕はマナを光属性にしか変えられない。力を込めるとマナが発光してしまうんだ。ただ、切れ味はとても鋭くなる。名刀なんて目じゃないくらいサクサク切れるんだ」
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