第20話 顔合わせ
黒崎綾子は会議に出席していた。
今回は毎週の定例会議ではなく、特別議題のためのものだった。
今この部屋には一学年を担任する十名の女性教官と、彼女らを取りまとめる主任教官の、計十一名が長机を四角に向かい合わせ座っている。
十名のクラスを受け持つ教官は、タイプは違えど、皆が容姿端麗な年若い教官だった。年の頃は二十代前半。正装である軍服を着用してはいるが、胸元が開きすぎていたり、スカートが短かったり、髪色もまばらで、控えめとは言い難い化粧や装飾品も目を引く。
軍服を着るような組織にあるまじき風姿だが、この学校ではそれが許されている。
入口から最も遠い、上座に座る主任教官は中年の女性だ。年は三十代後半。彼女は軍籍にあるものとして違和感ない、まっとうな軍服の着こなしをしている。
「先んじて命じていた調査の報告が上がった」
主任教官が口を開く。
「予想どおり、第一層、EDZ内に、小鬼の中規模拠点を発見した。場所は入口より東へ十五キロ程の地点と、東南東へ十七キロ程の地点だ。詳しくは資料を確認するように。いずれも個体数は六百から七百と推定される」
EDZとは人類が勝手に定めた、敵性生物によって拠点が作られた場合、防衛上の懸念が生じる領域のことで、直訳するなら排他的防衛域となる。具体的には入口から半径二十キロ圏内と定められている。
数日前に東エリアと南エリアにて、身なりの良い小鬼が発見され、調査のための指定任務が発令された。
任務に対して、そのものの職業や実績を鑑みて、最適と判断された者に下されるのが指定任務だ。断ることはできないが、その分報酬は高く設定されているし、実力者として認められた証でもある。
「早急に対応せねばならん。よって例年より幾分早いが、十五日後、五月十五日に対象拠点に対する
「お待ち下さい、
女性教官の一人が立ち上がる。
彼女は一年G組の担当教官、
「早すぎます。例年より二週間以上も早い。せめてもう一週間待てませんか。それで第一段階に到れる生徒たちが増えます」
今が入学からちょうど一ヶ月。一年生はこれからが最も一次職獲得者が増えていく時期だ。戦力や生存率で見た時に、ファーストジョブに至れているか否かの差はとても大きい。
例年であれば、それを考慮し、生徒の過半数の取得を待ってから決行するのだが……。
「事は既に差し迫っている。上級生の主力が他校の応援で不在の今、万が一の事態を起こすわけにはいかん」
主力組は新年度早々、厳島と奈良の応援に駆り出されている。そのため、第二層以上においては例年より討伐の成果が芳しくない。斑鳩一尉のご懸念も最もなのだ。
スタンピードの原因については判明していないが、結果としては、生活圏を追われた生物たちの大移動が、人類にとっての暴災となる。
例えば、第三層で暴走が起きたとすると、モンスターが二層、一層とドミノ倒しのように押し出され外に溢れ出てしまう。そのため各階層の扉付近のモンスターをあらかじめ駆除しておくことが、予防策として重要で、実際に効果をあげている。
また、殲滅戦においては、拠点間の連携を封じるために、近隣の拠点への同時攻撃が基本だ。もしくは、予想される援軍に対しては予備部隊を準備して攻める手筈になっている。
今回は二拠点同時制圧となる。
「編成はA組からE組を第一中隊。F組からJ組を第二中隊として扱う。作戦指導は第一中隊を長谷川准尉。第二中隊を国分准尉に任せる。クラス代表を小隊長とし、選任は各担当教官に任せる」
「「はっ」」
「鹿島は研究施設も最先端だ。暴走を許すわけにはいかない。各々、生徒たちの引き締めと個々の戦力の増強を急がせろ」
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「駆除戦か、思ったより早かったな」
「普通はもう少し先よね。昨年の年間スケジュール表だと六月になっていたわ」
「オレたちが見つけた東の街ゴブがそうだったワケかァ。お手柄だな!」
「もう仁ったら、調子に乗らないのっ! って言いたいけれど、実際そうだと思うわ。入口の近くに拠点なんて作られたら、何がきっかけでこちらに溢れてくるかわからないもの」
「アタシは少し心配だ。小太郎はまだジョブを得ていないし、一体何人がファーストジョブに到達できそうなんだい」
「だいたい平均で二ヶ月弱って言ってたから、二週間後だと半分にも満たないかも」
「それってマズくねェかァ? ジョブ持ちの小鬼すら倒せねェぞ」
「指揮って誰が取るんのかな。教官が現場に出るの?」
「教官が現場に出ることはないそうよ、純。生徒の中から選ぶはずだわ」
俺たちは、園美と栗林さんと
『今日から二週間後、五月一五日、第一層にて小鬼の中規模拠点を目標とする、一学年合同殲滅作戦の実施が決まった』
朝のホームルームで黒崎教官は真剣な顔でそう切り出した。
小鬼殲滅作戦。通称、『駆除戦』。
『特別な事情が無い限り、男子生徒全員が強制参加となる。詳細は後ほど説明するが、本日の放課後、各クラスの代表者の顔合わせを行う。Cクラスからは香取純、おまえが出席しろ』
『はっ』教官の立場からの命令だ。起立して拝命した。
『例年よりも早い日程での決行となる。各々弛むことなく準備に励むように』
午前中はずっと、その話題で教室がざわついていた。
俺がクラスの代表になったことに文句はでなかった。俺たちのチームは、今まではっきりリーダーを決めてこなかったが、仁も碇も俺で文句ないそうだ。
「指揮官なんてガラじゃねェよ」「純くんしかいないよ」と言われた。
放課後、黒崎教官の指示通り、代表者の顔合わせに向かった。
教室に入ると、既に三人の男子が席に着いていた。五組分集まるはずだから、生徒はあと一人足りない。教官もまだなので、とりあえず三人のうち、唯一見知った顔の男子に声を掛けてみた。
「坂本だったよな、俺、C組の香取。よろしく」
「ああ、そっちは香取か相川のどっちかだと思ってたよ。よろしくな」
彼はD組の代表、坂本。
C組とD組は合同で戦闘訓練の授業を行っているため、彼とは顔なじみだ。訓練では剣を使っていて、腕も良かったと記憶している。
俺が坂本と挨拶を交わすと他の二人も近寄ってきた。
「きみが有名なカトリか」
「有名ってより悪名じゃねーか?」
先に話しかけてきたほうは、背が高くてスタイルがとてもいい。何頭心かわからないくらい頭が小さく見えるし、パッと見ても座高より脚の方が長い。茶髪で七:三に分けた前髪をふんわりと浮かせて横に流している。一言でいうなら前髪ナルシストか。
後に話しかけてきたほうは、俺と同じくらいの背丈で髪は短髪。片方の側頭部に剃り込みを入れていて、左眉の上に切り傷がある。古傷なのでダン高入学前のものだろう。年相応のワンパク少年って感じだろうか。
有名といえば、最近他の誰かにも言われた気がする。ジョブを得るのも早い方だったし、他のクラスにも名が通ってしまっているのかもしれない。
ふふっ。なんだかこそばゆいな……。
「わたしはAクラス代表、
「おっと握手はやめてくれたまえ、ジャック・ザ・カトリくん。それから、わたしの方を向いて話さないでくれるかい? ウイルスが伝染るからね」
「ジャックザ……?」何だって?
「オマエがマッド腹カットリストかよ。俺はB組の
「ハラカットリ……?」何言ってんだこいつら。
あ、まさか……。
郷田のことか?
腹を切り裂いて……核石を取り出したことを言ってるのか。特に口止めなんてしてなかったし、おおかた骨皮あたりが言いふらしたのか? それでジャック・ザ・カトリと腹カットリストか……。
いやいや、うまいこと言った気になってんじゃねえよ、得意そうな顔するな。
俺が気分を害していると、ドアから四人が追加で入ってきた。生徒が三人と教官が一人だ。
「全員揃っているね、さあ始めるよ。席についてくれ」
教官は、歩くセクアピこと長谷川響子女史だ。
いつもながらミニスカと大胆にひらけた胸元がとてもセクシーだ。彼女は今作戦の指導をしてくれる。
というか全員だって……? 今回は五組ずつの二部隊編成だから、生徒の数は五人のはずだ。
「教官、人数が多いようですが?」A組の
「E組は代表者が決まらなくてね、ちょうどいいから今回の作戦を利用することにした。公平にね。前から
長谷川教官はE組の担当教官でもある。一人に絞れなかったのだろうか。
「オイオイ、そんなのアリか?」B組の
「フッ」E組三人衆の一人、弓木と呼ばれたメガネ男子が鼻で笑う。「ケンカと探索者としての実力は別物だ。見るからに低能そうなキミにはわからないかもしれないがね」
「んだとぉ!?」
「人を低能と呼べるほど」子熊と呼ばれた若干肉付きの良い男子が口を挟む。「きみも有能ではないだろう。コグッフッフ、伊達メガネをかければ賢明に見えるとでも思ったのかい?」
なにその笑い方。ちょっとかわいい。なんとなく愛嬌ある顔をしている。
「ちょっとやめなよ、二人とも」残る勇気という男子が仲裁するが。
「フッ」弓木のヘイトが勇気に向く。「仲立ち気取りはやめてもらおうか。キミのほうがよっぽどタチが悪いんだ、勇気。そして
その「フッ」て必ず言わないと喋れないわけ?
「そうだ、勇気くん。いいひと気取りでポイント稼ぎかい? それで味方殺しの異名が晴れるとでも? あと椎名ちゃんを呼び捨てにするなよ、弓木くん」
なんだ、こいつら。女でも取り合ってるのか? 頼むからこじらせないでくれよな。
「し、椎名さんのことは関係ない! 僕も降りる気はない!」
「まったく」美細津が茶々を入れる。「ジャンケンでもいいから決めてくれたまえ。どうせわたしがいれば、きみたちの出番はないよ」
「随分な自信だけど、コグッフッフ、その細い手足で何ができるんだい?」
「フッ。キミご自慢の前髪にリンゴでも置いたら、良いマトになりそうだね」
「言ったね……。吐いた言葉は戻せないよ」
「もう全員で殴り合ってトップ決めようぜ、それがフェアだろ」
おいおい。
こいつらに作戦行動なんてとれるのか?
不安しかないんだが……。
紛糾しそうになる場を長谷川教官が収めて会議が始まった。
「敵総数は六百から七百、うち戦闘員は二百ほどと推定される。が、拠点制圧の場合、非戦闘員もなんらかの形で戦闘には関わってくるだろう。対して我々第一中隊は最大で五クラス七十四名。当日の怪我等によっては若干減る」
俺たち七十四人に対して敵七百体だと厳しい印象だが、戦闘員二百体ならなんとかなりそうな気もする。
「拠点のリーダーを『王』とし、側近の手練れを『近衛兵』、それ以外の兵を『一般兵』と呼ぶ。近衛兵はすべてジョブ持ちだと思え。数は戦闘員の十%ほどだ。つまり二十体程度だな。一般兵は皮の鎧をまとっているだけだが、近衛兵は装備もいい。見た目で区別がつくはずだ」
小鬼たちには階級がある。王を頂点として近衛兵、一般兵、労働者、そして奴隷だ。基本的には親の身分が子に受け継がれると考えられている。
だから身分の低い労働者、奴隷階級の小鬼たちは街から脱走して、自分たちの村を作り出す。しかしそれも苦難の道で、俺たち人間に倒されたり、街ゴブに連れ戻されたり、殺されたりする。世知辛いことだ。
「こうした小規模拠点は、作戦当日の邪魔になる恐れがある。見つけたら積極的に潰しておくように」
また、脱走とは別に『巣分かれ』という習性もある。
王の世継ぎが生まれ、人口が拠点のキャパシティを超えた際に、三割ほどが、街を作り維持するに足る人員を引き連れて新天地を求める。
今回の拠点は、
また、今回の敵総数六百から七百というのは中規模に値するそうだ。過去には千を超えるような拠点を攻めたこともあり、そのときはかなり大掛かりな作戦となったのだとか。
「詳細な作戦については後日伝える。なにか質問はあるか」
B組代表の
「敵は小鬼だけなのか? 他のモンスターはいないんだな?」
敬語を使えよ、デコ助野郎。
「そうだが、モンスターには亜種と呼ばれる変異種が存在する。例えば
「戦利品の分配はどうなるんです?」
続いてA組代表の
偉そうだな、こいつ。
「戦利品はこちらで預かり、精査後、報酬を支給する。お前たちには全員カメラを装着してもらう。
俺も挙手をした「いいぞ、香取」
「過去の負傷者と死亡者数を教えてください」
「去年は全体の約三割が負傷し、五名が戦死した」
室内の温度がいくぶん下がる。
「他にはないな……。ではAからE組の第一中隊名を『臨時ツバキ中隊』とし、諸君ら七名は小隊長に任ぜられる。そしてこの中隊の現場指揮を――」
目を細めた長谷川教官と目が合う。
「ちょっ……」いやいや、こんなやつらまとめられるかよ――。
「――香取純に任せる」
――うへえええええ。
机に突っ伏した。
「おいおい、マジかよ」小太刀が早速ケチを付ける「こんな後ろ歩き腹カットリストに従うのかよ」
「はぁーーっ」美細津が大袈裟に天を仰ぐ。「理解できない人選だ。わたしという存在がありながら、ジャック・ザ・カトリを選ぶというのか」
おまえらふざけんなよ。まじで、まじでふざけんな。俺だってごめんだよ、おまえらの子守なんて。あと後ろ歩きってなんだよ、後ろ向き、かよ。腹カットリストって全然うまいこと言えてねえんだよ。ジャック・ザ・カトリってどこのジャックさんだよ、そこはカトリ・ザ・リッパーだろ。どっちも嫌だけどな!
口には出さないが心の中で不満をぶちまける。
「では、これを持って概要説明と顔合わせを終了する。香取純はこの場に残れ」
げ。
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