第19話 街ゴブ

 俺たちは久しぶりに屋上で昼ご飯を食べていた。食堂でもいいのだが、ダンジョンに関わる話をするときは、もっぱら屋上に来るのが常となっていた。


「小鬼の小隊狩りにも飽きたぜェ、どうするよ?」


 最近の俺たちはマンネリ化している。

 俺と仁は当然としても、碇でさえ反対意見を言わない。三人とも物足りなさを感じているのだ。

 戦いというのは慣れがでてくると危ない。ある程度、緊張感を持てる相手でなくては成長もできない。


「小鬼たちが全然減っている気がしないね」


 殺しても殺しても、小鬼の数は減らなかった。何十体殺しても、次の日にそのエリアに行くと、またいるのだ。目標を小鬼に移しているチームはどんどん増えているはずだ。なのに、減っている気がまったくしない。


「近くにヤツらの集落がたくさんあるってことだよなァ。元を潰すしかねェよ」

「それか、別の方角に進んでみるって手もある。僕らは一番近いという理由で南を探索してるけど、どの方向にも小鬼はいるみたいだし」


 集落を攻め落とすか。それとも別ルートを探索するか。

 前に、茶山たちを助けたときは、結局八人で殲滅した。あのときは既に古川と茶山が負傷していたので、実際はもっと少ない人数で落とせそうな気はする。でも俺たち三人だけでは怖い。万が一、誰かが負傷したときに撤退が厳しくなるからだ。


「とりあえず別ルートを探索してみよう。それで代わり映えがしなければ、他のチームに声を掛けて集落を攻めよう」

「いいぜェ。どっちに行く?」

「東はどうかな? 僕らは、ゆくゆくは二層に降りるわけだから、どうせなら一番近い東の扉を目指すのはどう? もちろん二層にはまだ降りれないけど」

「ああ、それがいいかもしれない」



 というわけで俺達は入口から東に向かって探索を開始した。

 今まで、南と西は歩き回ったことがあるが、東は初めてだ。いつもより注意しながら進んだ。


 第二層への入口はいくつか発見されている。

 ダンジョンは基本的にどの層も、端が確認されていないほど広い。一説には、それぞれの層が、一つの惑星程の広さをもっているのではないか、と言われている。そしてそんな世界に、別の世界――別の層への扉があちこちにあるらしい。


 鹿島ダンジョンでは、第一層から第二層への扉は三箇所発見されていて、それぞれ入口から、東へ約二十キロの地点、北へ五十キロの地点、そして南西へ百キロの地点にもあるらしい。これらは携帯端末のマップにも表示されている。


 今、俺たちはそのマップだよりに東の扉を目指しているわけだ。


「あ。また『フトネコ』だ」

「ブッサイクなネコだよなァ」

「えー、可愛いと思うけど」


 フトネコの名前の通り、そいつの顔は俺たちの世界のネコによく似ている。体長も、やや大きめではあるがネコの範疇だった。ただ、体重が倍ほどはある。

 つまりデブなのだ。

 当然、本家ネコのような俊敏性は失われていて、誰でも捕まえることができる。

 小鬼が食料として狩っている獲物で、また、フトネコも小鬼の死骸を食べているのをよく目にする。食い意地汚く、人が近づいてもなかなか食事をやめようとしない。追い払うとトコトコ重そうに逃げていく。

 愛嬌はあるしペットにできそうな生物ではあるが、よく生存できてるなと思わされる、残念なネコだった。


 それから『ストーントゥレント』というモンスターも見つけた。

 最初はよくある岩の壁柱なのかと思った。周りの岩と同じ色で同化していて、ひと目では気づかない。でもよく見ると天井まで伸びた枝に、赤目蝙蝠が干からびて絡まっていた。こいつは根というものがなく、枝から養分を吸収するらしい。攻撃性に乏しく、槍で突いてみても反撃してこなかった。滅多に移動することがなく、もし歩いているのを見かけたら幸運なんだとか。


 今まで、ただの石柱だと思っていたものも、よく見るとストーントゥレントだったということが多々あったのかもしれない。それくらい、コイツらはどこにでもいた。

 一見岩のように見えるストーントゥレントの身体は、何でできてるのか不明だが、よく燃えるらしい。ただ、それなりに硬いし、斧やのこぎりがないと切れそうにない。俺たちにはメリットがないのでスルーした。


 東へ向かって一時間半ほどの地点で叫び声が聞こえた。


「戦ってるな」

「見に行こう」


 一年生だろうか。音の方へ急ぐ。


「ギャウギャグルカヵゥ!」

「ギュイルイシャィギャィ!!」


 いた……。

 人ではない。小鬼だ。

 三、四十メートルほど離れた岩陰から様子を伺う。


「縄張り争いかな?」


 かもしれない。

 今までに見慣れていた、腰布だけのみすぼらしい小鬼が六体。それから、革製らしきピッタリとした鎧を身に纏った小鬼が五体。その両者が戦っている。


「ヤっちまうかァ? 漁夫の利だぜェ」

「待った。様子を見たい」


 小鬼同士の争いを見るのは初めてだったから、様子を見守ることにした。

 戦いは膠着していたが、数で劣る皮鎧ゴブが、腰布ゴブの一体を鍔迫り合いから押し倒し、とどめを刺した。それからすぐに、腰布ゴブがもう一体倒れ、みすぼらしい方の小鬼小隊は四体になってしまった。


 皮鎧ゴブの一体が何か叫んだあと、腰布ゴブたちは武器を捨てて地面に座り込んだ。勝った皮鎧ゴブたちは、相手から持ち物を奪い取り、縄のようなもので投降した小鬼たちの手を縛り、槍で突つきながら歩かせ、東の方向へ去っていった。


「……」


 俺たちは戦闘場所まで近づいた。二体の小鬼は既に息絶えており、革袋と腰布は身ぐるみ剥がされていた。


「……連れて行ったってことは、奴隷にするのか?」

「だと思うけど……」

「……」


「なんだァ? おかしなことかァ?」


 俺と碇が黙っていると仁が不思議がった。


「奴隷がいるってことは階級があるってことだ。支配制度がある。少なくとも奴隷を管理できるだけの体制がある」

「数十体規模の集落では成立しにくい仕組みなんだ。階級を支えるための労働力が足りないから」

「つまり……どーゆーことだァ?」

「大規模な街がある……のかもしれない」


 それから数キロほど東を探索して、三度小鬼の小隊と会敵した。

 いずれも皮鎧か、ゆったりした皮の服を纏っていて、今までの小鬼より身なりも武器もよかった。

 これまでのみすぼらしい小鬼を『村ゴブ』、身なりがいい小鬼を『街ゴブ』と呼ぶことにした。


 これまで戦ってきた村ゴブは、例えば六体いたとすれば、俺たち三人に対して均等に分かれて戦おうとしてきた。だが、こいつら街ゴブは、一:一:四とか、一:二:三みたいに分かれて、少ない側が防戦しながら時間を稼いでいる間に、多い側が人数差で畳み掛けるような戦い方をしてきた。

 戦術と連携に思想を感じた。


 とは言え実力としては、村ゴブに毛が生えたようなものだ。ジョブを得た俺と仁にとっては脅威というほどではない。


 二層への扉へはたどり着けなかったが、俺たちは気にしなかった。どのみち『メモリーストーン』と呼ばれるアイテムがないと、二層の探索はできないのだ。俺たちは街ゴブのことをもう少し調べることに決めた。



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 それから五日ほどかけて東エリアを探索し、いくつかのことがわかった。


 まず、入口から東へ七、八キロほど進むと『村ゴブ』がうろついていて、十キロほどから『街ゴブ』がうろつきだす。

 街ゴブと呼んではいるが、実際に街があるかはまだわからない。ただ、黒崎教官には報告しておいた。俺たちはダンジョンの異変に関して報告の義務があるし、今まで入口の近くに大規模な街があるとは聞かされていなかったからだ。


 街ゴブは身なりが良いだけあって、革袋――通称ゴブリン袋に、良いものを持ち歩いていることが多かった。美しい石や鉱物を持ち帰ると、それだけで二千円から、一番高くて二万円の値がついた。


 一度だけ、ジョブ持ちと思われる街ゴブと戦った。


 そいつは二メートル程の槍を持っていて、革鎧を纏い、前頭部を防護する、ヘルメットの前半分のような形をした鉢金を巻いていて、足には革靴を履いていた。


 戦いが始まると、最初は後ろから他の五体の街ゴブを指揮していたが、碇が敵の弓ゴブを射倒すと、突然、一番後ろにいた碇目掛けて走り出した。俺はそんな場合ではないのに感心してしまった。


 あわてて短槍を伸ばし、足を払って転ばせ、俺に向き合わせた。

 体格的には、他の小鬼同様、俺より頭一つ分以上小さい。何度か打ち合って、フィジカル的には俺と大差ないレベルなのがわかった。脚や胸のあたりを攻撃してみたが、素の穂先では数センチ刺さる程度で、致命傷には程遠かった。


 技術的には粗さもあるが、無駄な打ち込みはしてこないし、感の良さも見えた。

 結局、マナを造形して穂先を延長し、間合いを騙して首を突き刺して殺した。

 今の俺の敵ではないが、ノービスだったら時間がかかったと思う。それくらいの力量はあった。



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 夜は城丸さんにお相手してもらった。


 彼女は元彼に教え込まれただけあってテクニシャンだった。体のいろいろな部位、手や足や口や胸を使って、さらに体勢も変えながら、俺にいろいろな初体験をさせてくれた。

 そして、その度に俺は、憎っくきヤンキーのような男に仕込まれる、過去の幼気ない城丸さんを想像して、悲しみと苦しみとねたみに苛まれて興奮した。


「朝、アソコをしゃぶって起こせっていうの。私、意味がわからなくって。だって寝ていたら気持ちよくもないし、汗だってかいてて不潔だし、そもそもしぼんてるし、何の意味があるの?」

「意味はあるんだ。それはロマンなんだ……でも許せん」

「私の毛の処理もしたがるのよ。何故か、アソコだけ。ツルツルにされたり、ハート型にされたかと思えば、処理を禁止されて伸び放題にされたり」

「そっ、それも意味はあるんだ。くそっ……けしからん」


 狙ってるのか、天然なのかわからないが、彼女は言葉でも俺を追い込んできた。俺が我慢できなくなると、彼女はベッドで身体を開いて俺を受け入れてくれた。俺がモヤモヤした気持ちを叩きつけるように激しくすると、彼女は激しく声を上げて感じてくれた。


 彼女は明らかに激しくされるのが好きだった。元彼との情事を乱暴なセックスと言っていたが、ヤツとのセックスは彼女の身体に確かに刻まれてしまっていて、それをしたヤツと、躾けられてしまった城丸さんを思うと、さらに興奮して何度も激しく彼女に吐き出した。


 俺は興奮から冷めると嫉妬と悲しみと自己嫌悪で苦しくなった。そんな俺の顔を豊かな胸に押し付けながら、彼女は優しく「よしよし」と頭を撫でてあやしてくれた。


「純、大丈夫よ。私の身体はあなたのものよ」

「城丸さん……俺」

「詩帆って呼んで……」

「……詩帆……俺、詩帆を俺のものにしたい。誰にも渡したくないんだ」

「わかっているわ。あなただけのものよ、純。……ほら、ここをしゃぶるの……」

「うん……」

「いい子ね……」



 落ち着いたら彼女といろいろな話をした。


「ダンジョンの意思? そう言う人もいるわね。作為を感じるって」

「間近でジョブを得るところを見るとさ、超常の存在を信じちゃうよ」

「実際、えり好みはあるものね。例えば、ダンジョンによっては恩寵を受けられる人に条件があるし」

「ああ、セドナだっけ。ネイティブ・アメリカンのためのダンジョンだよね」

「それから厳島もそうね、女性しか恩寵が得られないから、ずっと大変だって。ここや出雲からも、かなり応援にいってるみたいよ」


 そうして、興奮したらセックスして、ネガティブになったら慰めてもらい、落ち着いたら話をした。



 困った。


 身体だけの関係のつもりだったのに、俺は詩帆のことも好きになってしまっていた。彼女なしではダメな体になってしまった。


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