第17話 成長
カフェテリアで昼食をとっていると、仁と碇の二人が急に午後からオフにしたいと言い出した。何やら大事な連絡が入ったとかで、そっちを優先したいらしい。
「フッフッフ。まァこうなるわなァ。純、オマエだけなんて、そんなことあるワケねェ。これぞオレ」
「ごめんね、純くん。明日に振り替えてもいいけど、どうしようか」
「日曜日は休もう。週に一日は完休にしておきたい。仁、ジョブ報告はしておくんだぞ」
二人の要件については予想がついた。五菱さんの話から察するに、耳の早い女子たちが行動を起こしたのだろう。仁もジョブを得てアッチの方が辛いはず。
二人の幸運を祈る。
――てことで俺は午後から能力の鍛錬に励んだ。
マナの制御も身体と同じだ。使えば使うほど力も練度もあがる。図書館で読んだ資料には鍛錬方法などは書かれていないが、そのあたりは自分で試行錯誤していくしかない。
どんな種類であれ、上に行くヤツというのは、必要な技術や能力を身につけるのが早い。自分に足りないものを、目的的に鍛え上げるからだ。
俺にとって今一番大事なマナの制御。それはイメージ通りの形を、素早く、硬く、正確に造り出すこと。つまり『造形』だ。
練習用の棒を握りながら、先端を『素槍』、『椿型』、『鎌型』『十文字型』、そして『素槍』と素早く変化させる。
最初は一連の形を造り終えるのに十秒以上かかったが、何度も繰り返しているうちに少し早くなる。
でも、ただ形状を造るだけでは駄目だ。郷田との戦いでは、付け焼き刃の穂先を造って戦ったが、造形はマナを大量に注ぎ込んで圧縮するほど、研ぎ澄まされた切れ味鋭い武器になる。多くのマナを注ぎ込むほど時間がかかるし、消耗も激しい。できるだけ硬く、正確に、意識しながら訓練する。
今は正確さ重視で行っているが、ゆくゆくは一瞬で形状を切り替えられるようにしたい。戦闘中の数秒はすこぶる長い。俺でさえ、もし敵が一秒止まってくれるなら、そいつを殺せる。造形にまごついて一秒も掛けていたら、強敵と出会った時点でジ・エンドだ。
ただし、一瞬のうちに切り替えが可能なら、これほど厄介な能力もない。
疲れたら休憩し、休んだら再開した。
園美に、今日も会いたいと連絡してみたらオーケーを貰えた。
夕飯後、準備を済ませて彼女に会いに行った。
日曜日。
俺が朝帰ってきた後、仁も戻ってきた。
「どうだった?」
「……世界って美しいな」
変なことを言ってるが、上手くはいったのだろう。相手が誰か気になったが、どうせそのうちわかる。アレコレは聞かなかった。
仁はその日、ずっとぽわぽわしていたし、俺もゆっくりして過ごした。
戦いを考えない日も大切だ。俺たちは戦闘マシーンではないのだから。
----
休日でリフレッシュできた。
思い返せば、先週は怒涛の一週間だった。園美に失恋したと思って絶望した。でも本当は違くて、郷田と敵対して戦った。初めてのキスとセックス。まるでジェットコースターのようだ。
教室に入ると、茶山と古川が復帰していた。二人に話しかけたら、茶山はもう大丈夫だそうだ。歩けるし、少しなら走れる。古川は歩けるようになったが、まだ運動は厳禁だし、胸にサポーターを巻いているとのことだった。
それから郷田のことを聞かれた。二人は怪我を負った後の、郷田の脅しというか、支配表明というか、そこまでしか知らない。俺は正直に、戦いを挑まれて返り討ちにしたと教えた。どうせすぐにみんなの知るところとなるはずだ。
古川は詳しく聞きたそうだったけど、黒崎先生が来たので席に着いた。
「郷田が学校を辞めることになった。自主退学だ」
先生の言葉に教室がざわめく。
俺は、当然そうなるだろうと考えていた。
俺は郷田の
そもそもの話、マナが扱えないのなら、素人の高校生を集めて戦わせる必要なんてない。訓練を積んだ自衛隊を送り込めばいいのだから。
つまり俺たちは、プロの軍隊よりも強くなる見込みがあるからこそ、この学校に集められている。それを失えば追い出されるのは当たり前だった。自主退学とはいっても、実質、退学処分と同じだ。
「先生!」
「なんだ、大石」
「理由はなんですか!? 私、聞いていません!!」
そうだよな。
郷田に賭けていた女子は寝耳に水よな。
「本人の強い希望によるものだ。それ以上は知らん」
「そんな……」
いろんなチームにアタックしていたが、最終的には郷田にベタベタしていた女子だ。信じられないというような顔をしている。
話は以上と言って、先生は教室から出ていった。
俺たち三人は、休み時間のたびに屋上に避難した。
郷田の退学に驚いていた女子だったが、休み時間には驚くような切り替えの速さで、俺と仁にアプローチを仕掛けてきた。
だが、こっちも当然それは想定済みだった。なにせ、対抗馬はもういないのだ。現状、うちのクラスで一番順調に探索できているのは俺たちのチームだ。
ちなみに、ジョブ取得の検査は休み時間に終わらせていた。下腹部あたりを機械でスキャンして終わりだった。
おそらく、そのタイミングで学内ネットの生徒名簿にも更新があったのだろう。
さっき確認してみたら、C組では俺と仁が一次職に至っていた。それと、A組に一人『
そして今、俺たちはある目論見のもと、六人でカフェテリアに来ていた。
「なンだか小っ恥ずかしいぜ、コレ」
「そんなこといわないの。教室でキスでもする? その方が手っ取り早いわよ」
「アタシはキスの方でもよかったけどね。キミはどうだい? 小太郎」
「僕はこっちの方がいいかな……人前でキスよりは、だけど」
「はい、純。あーん?」
「あーん」
俺たち三人に、
何をしているのかというと、周囲に見せつけているのだ。
C組の男子の派閥争いがひとまず決着し、俺たちは女子を選んだ。俺は園美を、仁は栗林さんを、碇は杵鞭さんを。
そして彼女たちとしては、俺たちを自分の男だとアピールしたいらしい。つまり女子の競争にも決着をつけるということだ。そして、それは俺たちにとっても都合が良かった。
なにせ、美少女から次々に言い寄られては、いちいち断るのにも難儀する。彼女たちはしたたかで、計算高くて、とてもかわいい。心に決めた彼女がいても、俺なんてお手玉のようにコロコロされてしまう。
一応、仁と碇の二人には確認を取っていた。
俺はもともと園美が好きだったからいいけど、仁と碇はもっとじっくり選ぶこともできる。が、二人とも、問題ないそうだ。
仁は栗林さんにゾッコンだったらしい。「俺にはアイツしかいねェ」と言っていた。
碇は、まだジョブすら得ていないのに、アプローチしてくれたのが嬉しかったようだ。「僕、モテるタイプじゃないし」だそうだ。
というわけで彼女たちの思惑に乗り、今クラスの女子がチラチラ見ている前でアピール中というわけだ。
「どう? 美味しい、純」
「うーん、まあ味はいつもの定食だよね」
「美味しい? 純」
「えっ、だから味は……」
「美味しくないの?」
「めちゃくちゃ美味しいよ、園美」
園美はシチュエーションにこだわりがあるようだ。
先ほどから、通りがかる生徒たちにガン見されて恥ずかしい。
「
「馬鹿ね、今日だけよ。時間が掛かってしょうがないじゃない」
「アタシたちがどれだけ誇示しても、言い寄ってくる子がゼロにはならないんだ。あくまで振り落とすだけさ」
「もぐもぐ……振り落とすって何?」
碇と杵鞭さんが並んでると姉弟みたいだ。
「二位、三位狙いに切り替える子もいるのさ」
なるほど。上位が決着しないと、あとの有望な男子のもとへ女子が寄って行かなくなってしまうのか。それは大変だ。
「でもよォ、一人で何人も女を抱えるヤツも出てくるぜ? あぶれる男がでたらどーすンだァ?」
「けっこう死活問題だよな、男子からしたら」
「たぶん、そう困ったことにはならないと思うわ。ここにはお金目当ての女の子もたくさんいるもの」
「決まったパートナーが欲しいって子もいるし、別に気にしないって子もいるのさ」
「あー。なるほどね」
「上級生を狙う女子はいないの? 僕らの相手より、報酬がいいんでしょ?」
「そっちも茨の道なのよ。既に序列が決してるところを荒らしにいくのだもの。おおかたは遊びでヤられてポイよ」
存分にイチャイチャを見せつけながらお昼を食べ終えたあと、二人で話がしたいと言われて園美と中庭に来ていた。
「あんなアピールをしたあとに矛盾してるかもしれないけど」
中庭を歩きながらそう切り出した。
「わたしは、もし純が他の女子と寝ても気にしないわ」
「え……」
「誤解しないでね、あなたのことは好きよ、純。でも、すこし……強すぎるでしょう? 毎日はさすがに……ね?」
「うっ……」
実は、彼女とは三日連続でエッチをしている。さすがに迷惑かなとは思うのだが、一晩で五回とか六回しても、翌朝には
「わたしも甘く見ていたのだけれど、先生がおっしゃるには、恩寵が強いほど、副作用も強いらしいの。そういう男の子は複数人で相手をしてあげるものなのですって」
そうなのか……。
俺の性欲が強いのは間違いない。では、恩寵も強いのだろうか……?
一応、造る者はレアジョブではあるし、俺自身、このジョブに対して可能性を感じている。マナを具象化することで、戦いを有利に進めるヴィジョンがいろいろと浮かんでくる。
だが、希少性としては、一学年に毎年五人くらいはいて、それほどレアというわけでもないらしい。そして、これまでの『造る者』取得者が、探索者として必ずしも優秀なわけでもないのだとか。
なので性欲が強い自覚はあるが、恩寵も強いかどうかはよくわからない、というのが感想だ。
「それに、危険な日もあるでしょう? だから今週はダメなの」
「う、うーん。でもなあ……」
俺は豪胆な性格とは程遠い。自分でも小心者だと思うし、ルールとか人の顔色とかも気にする方だ。倫理的にもどうなんだろうって考えてしまう。色を好む英雄にはなれそうにない。
なにより、俺は園美がいてくれれば満足なのだ。彼女と結ばれて幸せだし、彼女とのエッチはとても気持ちがいい。いずれは彼女も満足させてあげたいと思ってる。今のところ、上手くいっていないが。
「わたしのことを思ってくれるのは嬉しいわ。女冥利に尽きるもの。でもね、最初に言ったでしょう? わたしはあなたを利用したいって。純もわたしを利用してほしいって。だから、お互いに気を使って我慢するのはなしにしてほしいの。それだけは約束してほしい」
そういって俺の目を見た。もう何回もしているから、何を求めているかわかっている。
俺は約束すると言って顔を近づけてキスをした。彼女は微笑んでくれた。
----
放課後ダンジョンに潜る。
仁にとってはジョブ取得後、初めての探索だ。入口の近くで準備運動をしながら身体の感覚を確かめていた。
「やっぱり違うなァ。力を込める? と、力が入る? 感じがするぜェ」
「何言ってるのさ」
碇はまだピンとこないだろうが、俺には仁の言ってることが理解できた。
マナというのは、目覚めればそれで自動補助してくれるような、安直な力ではない。ノービスの頃はわからなかったが、マナというのは己で制御することで、初めて真価を発揮する力なのだ。
たぶん、仁もその感覚のことを言っているのだろう。
「ほら、ほらほら。ぴょーん。ぴょよよーん」
仁が垂直高跳びを始めた。
高い。俺も仁に並んでジャンプしてみる。
「おーすごい。仁くんの方が二十センチくらい高いよ」
俺も仁も、入学時にはほとんど身体能力に差はなかった。これが留める者の職能と呼ばれるものなのだろう。
南方に向かって推奨エリアの浅い所を探索する。
「またいたぜ」
六体発見即、五匹の小鬼をものの十秒ほどで片付ける。
仁の刀は小鬼を一刀両断する勢いだ。やろうと思えば、スパッと胴体を切り離すこともできるのかもしれない。踏み込みも早いし、剣速も早い。シュッと飛び込んでスパァッと斬り伏せる。
仁が残った一体の剣ゴブに向き合う。
そいつは明らかに尻込みしていた。
「飛天御◯流ッ!!」
お? 納刀した。
「天翔龍閃ッ!!」
「ゥギャ……?」
居合からの一線。剣ゴブの頭が吹っ飛ぶ。
ヤバい、カッコイイ。
けっこう様になってる。映画より断然迫力がある。……でもなんか悔しいな。
「おまえん
「フッ……。憐れだぜ? 男のやっかみってヤツはよォ」
ムカァ……。
カッコイイと思ってしまったから余計ムカつく。
「小鬼たち全然減らないね。むしろ増えてない?」
碇が後処理をしながら言った。
そう。
俺達はもう十日ほどもこの南エリアの浅い部分を探索している。それは小集団でうろついている小鬼が戦いやすいという理由もあるが、数がまったく減らないからでもある。
結局、その日は小鬼を五十体以上倒して撤収した。ジョブを取得した影響で、断然討伐数が上がっている。
買取り額は一人頭三千円ほどだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます