二章 駆除戦
第16話 翌日
目が覚めた。
携帯端末を確認すると、およそいつもの起床時間だ。
このウォッチ型携帯端末は身分証明を兼ねたものになっていて、学内では必ず身に着けていなければならない。
戦闘にも耐えられるように、かなり頑丈にできている。強化防水仕様なので、俺はもう、身体を洗うときも、寝るときも、肌身離さず身につけている。
手を伸ばしてカーテンを開けようとするが見当たらない。
「あれ、なんで……」
顔を上げて確認すると、そこにあるべきカーテンが無かった。というか、いつもの寮ではなかった。見たことのない部屋。狭いし、生活感のない……やけにベッドが大きい。と思ったところで隣で寝ている女の子に気付いた。
俺は思い出した。昨晩のことを、全部。
「ぅぁあっ……」
昨晩の醜態を思い出して、恥ずかしさが蘇って変な声が出た。でも、慌てて押さえた。彼女はまだ気持ちよさそうに寝ているのだ。起こしたら悪い。
俺は昨日、五菱園美とセックスをした。
俺は初めてだったし、彼女は……どうだろう。最初は初めてなのかなと思ったけれど、途中から……。いや、まあそれはいい。
とにかく、俺は彼女とセックスをして最高の夜になるはずだった。なのに、彼女と繋がって、暴発してしまった。
みこすり半とかじゃない。一往復もできずに、だ。
とても気持ちが良かった。死ぬほど気持ちよくて、我慢できなかった。
別に、最初から女を満足させてやれるなんて奢っていた訳じゃない。アダルト映像のような高望みはしていなかった。それでも、一往復もたないのは想定外だった。
彼女はしきりに大丈夫と言ってくれて、それから何回も付き合ってくれたけど、俺は徹頭徹尾、ロクに動けないまま爆発してしまった。多分五回か、それくらいはしたと思う。ずっと俺だけが腰を震わせていた。
俺は頭を抱えた。
せっかく好きな女の子とエッチできたのに、あまりにも情けなかった。彼女は全然満足できなかったハズだ。どれくらい繋がっていたかはわからないが、ほとんど動けなかった。呆れられたかもしれない。
少しの間、頭を抱えていたが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
情けなさや、恥ずかしさはあったが、自分に対して幻滅しただけの話だ。彼女を傷つけたわけではないし、取り返しがつかないというほどではないだろう。マナのせいもあるだろうし、初めてだったし、名誉と尊厳の挽回は可能なはずだ。
彼女を起こさないように、そっとベッドを出る。
服はベッドボードの上に、二人分畳まれて置かれていた。
昨日、裸になったときに脱ぎ捨てた記憶しかなかった。横向きに寝てる彼女を見て嬉しくなる。
シャワーを浴びて服を着る。
部屋に戻ると、彼女が掛けふとんからちょこっとだけ顔を出してこっちを見ていた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、いつもこれくらい。おはよう、純くん」
「おはよう、園美」
彼女はまだ服を着ていないし、多分シャワーを浴びたいはずだ。
俺は日課のトレーニングがあるから寮に戻ると伝えた。彼女は布団から片腕だけを出してきたので、その手を握った。またメールすると言われたので、俺も、と言って部屋を出た。
彼女の様子を見て安心した。怒ったり、気分を害したりはしていないみたいだ。
いつものように境内と公園内を走って、飛んで、転がる。
ジョブを得て一日経つが、身体能力に変化は見られない。力が強くなったり、俊敏性が上がったり、体力が上がったり、そんな変化はなかった。調べていたとおりだ。
走りながら、マナを指先に集めて球をイメージする。淡い黄色の玉ができた。イメージ通りの形だが、サイズはちょっと小さい。まだ制御が甘い。
その玉を今度は立方体、三角錐、そして星型の多面体に変形させてみる。複雑な形はまだ難しい。歪な星ができてしまう。
ふぅっ、と込めていた力を解く。すると、形が崩れて目に見えなくなった。マナに戻っていったような気がする。
マナの造形を維持するためには、常に力を込め続ける、圧力をかけ続けるような感覚が必要だ。俺は液体を操って押し固めるようなイメージで造っている。だけど、新しい感覚なのでなかなか思うようにいかないし、すぐに疲れてしまう。
日課を終えて寮に戻る。食堂で朝食を食べて部屋に戻った。
「純、どこいってたんだよ」
仁がストレッチをしながら聞いてきた。
「ふっ、ちょっとな」
大人の余裕で返す。
失敗はあったにせよ、大人の階段を登ったことに間違いはない。そう考えると、仁が子どもに見えてくる。
中学生に上がったとき、小学生を見て、ああ、俺にもこんな時代があったっけな、というような感情だ。
「オマエ……まさか。おい、誰だァ? クラスの女かァ?」
「さあな」
「城丸かァ? 小林かァ? まさか……五菱かァ? いや、それはねェか……」
それはないってどういうことだよ。あと、一人ずつ挙げて反応を探るのはやめろ。
仁の追求を躱して碇と三人、ダンジョンへ向かった。
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ダンジョンに入って推奨エリアの南方を目指す。
途中で他クラスのチームを見かけた。三人で洞穴犬と交戦していた。
基本的に、ダンジョン内では、よほど仲がいいか、よほど困っていない限りは近づかないのが暗黙のルールだ。
なにせ、一学年男子だけで一五〇人もいて、多くが知らない生徒だ。まだ未成熟な高校生が、お互い武器を持って気が大きくなっているところにかち合えば、何がきっかけで
実際、獲物の取り合いでモメるなんて風物詩らしい。
だが、距離を置いて迂回しようとしたら、俺達に気付いた洞穴犬が逃げてしまった。
通常、洞穴犬は非常に好戦的だ。複数人相手でも単体で襲いかかってくるし、多少の傷では逃げもしない。
でも一目散に逃げてしまった。
その生徒たちは、何が起きたかわからないという風にきょとんとしていた。
「洞穴犬と赤目蝙蝠、全然襲ってこなくなっちゃったね」
碇もきょとんとしている。
「オマエのせいだぞ、純。責任取って、昨日どこで誰と合ってたか言えよ」
「純くん、もう女子と付き合ってるの? 見かけによらず手が早いんだ」
「コイツ、ジョブを得てチョーシに乗ってンだよ、チョーシによォ。外泊なんてして。そのうち郷田みたいになるぜ」
「うへぇ。それはよくないよ。で、相手は誰?」
「……」
理由が俺のせいなのは、おそらく間違っていない。
モンスターの中には野生動物のように、敵の強さに敏感なものがいる。野生動物なら判断基準はサイズだろうが、ダンジョンでの強さはマナの多寡だ。
洞穴犬にはマナを嗅ぎ分ける嗅覚が備わっていると言われていて、俺を見て逃げてしまったのだ。
そんなこんなで小鬼の集団を発見した。
「視認六、弓二」
碇が先手で弓ゴブを一体倒す。碇の弓は敵の体にしっかり刺さるようになっていた。
俺は槍ゴブ二体と対面する。俺が持っている短槍は全長一九〇センチほどだ。対して、槍ゴブの槍は、個体差もあるが、長くても二メートルは超えない。そして、奴らは知性があるし、戦闘経験もあるので、俺の武器を見て、ある程度の間合いを測って戦ってくる。
そんな奴らに槍の切っ先を向けて、気付きにくいように延長してから突き出すと……。
「ギョェエ……」「グェァ……」
なんで? とでもいいたげな顔で首を貫かれて絶命する。
たった三十センチ程度伸ばすだけで、間合いという技術を得ている奴らはコロっと罠に引っかかってしまう。
そして、マナで造った穂先は、マナの防御力に対して有効だ。普通の肉塊に槍を突き刺すように、ぬるっとモンスターに刺さった。
「なんつーかよォ、それ、初見殺しすぎねェか」
「……ああ」
「……?」
仁が呆れたように見てくる。
言いたいことはわかる。俺自身、なんかズルしてるような気持ちはある。
碇はピンときていないようだが、間合いというのは戦闘の初歩にして極意だ。
どれだけ、間合いを外せるか、間合いに引き込むか、ほんのわずかな差が勝負の行方を左右する。世の格闘家たちは、その数センチ、数ミリの世界でしのぎを削っている。その見極めに、多大な労力をを費やしているのだ。
小鬼たちも、命懸けの狩りや、戦闘で、そういった技術を身に着けてきたはずだ。
それを、俺は簡単にスカしてしまえる。欺いてしまえる。
多分、戦いの経験が豊富なものにほど、これは効く。
「それ、どうなっているの? ずっと硬いままなの?」
碇が不思議そうに尋ねる。
「力を加え続けないと、柔らかくなっちゃうんだ。こんな風に」
「うわ、ぶよぶよで新感覚だね」
「うえェ、気持ちワリィなコレ。フニャチンかよ」
ちょっと傷つく。
ただ、硬化し続けるのはけっこうしんどい。今まで使ってこなかった筋肉を急に使い出したような感覚だ。小指で重いものを摘んだりする、みたいな。
小さくて、体に近くて、柔らかいものほど、造るのが楽だ。逆に、大きくて、体から遠くて、硬くするほどしんどい。あと、体との間に他のものが介在しているとしんどい。
つまり、槍の先端に穂を延長するとなると、けっこうしんどい。多分、今の俺では数分しか持たないと思う。
それから何度か小鬼の集団を倒して、仁が体が熱いと言い出した。
もしかしたら、ジョブの経験を満たしたのかもしれない。お昼も頃合いだし、俺達は入口まで戻ることにした。
入口付近まで戻ると、仁が男神像に走っていった。帰り道もソワソワしてたし、居ても立っても居られないようだ。
「ちょっと、仁くん待ってよ」
碇と追いかける。
「ぃよっしゃああっ!! 光ったぜェええ!!」
仁のそばで、像の刀と左手が白く輝いている。俺のときと同じだ。
「へえ、こうなるんだ。初めて見た」
碇と仁は初めてだもんな。
俺は自分の時に経験してるけど、授業中だったから二人はいなかった。
「うぉおおお頼むっ! 頼むぜェ、神様、仏様、ダンジョン様ァ!」
そう言って仁は足元の石板に右手をかざした。
「……? …………? ァるえ?」
ぺたぺた。ぺたぺた。像の足元の石板に触れるが何も起きない。
「お、おい。なんだよこれェ。おい。おいおい。おいおいおおい」
バシバシ叩くが何もおきない。
あたりまえだ……。
「……仁。左手。右手じゃなくて左手だ……」
そう。左手が上位職、右手が同位職だ。仁はまだ
仁は「あっ」って顔をした。
「仁くん、そういう大事な話忘れる? まさか授業中寝てるの?」
「寝てねェよ、十聞いて全部覚えてられるワケねェだろが」
「じゃあ、いくつ覚えてられるのさ」
「……一か二だよ」
「……」碇が可哀想な表情をする。
「オシ、気を取り直して……」そう言って『左手』を石板に触れた。石板が光り輝く。
おお。すごい。
自分でも経験しているが、他人のを見るのはまた違う。
白い光が仁の体を包み込む。
確かに、これを傍から見れば、神が人間に恩寵を与えているように見える。宗教画のような、いや、それ以上の荘厳さがある。
ダンジョンの恩寵、恩恵、御業。世界で様々な呼ばれ方をしているが、奇跡には違いない。
ダンジョンが現れた十年前から、世界の宗教に大変革が起こり、ダンジョンを崇める新興宗教がいくつも興った。
当然だと思う。
何千年も奇跡を起こさない教えが、今、奇跡を起こしている教えに敵うはずがない。
石板に輝く文字が浮かんだ。
『留める者』
数秒かそこらで光は止んだ。仁が自分の体を確認する。
「おお。まだ良くわからねェけど、これでジョブを得たってわけか。俺もこれで、ニート卒業ってわけだな。うォおおお! 俺はウォーリアーだァアアアア!!」
「ニートってやめてよ。僕がニートみたいじゃないか」
「イョッャアア! 早速小鬼どもを血祭りに上げてやるぜえェ!!」
一人で突っ走りそうな仁を引っ張って出口に向かった。腹ごしらえが先だ。
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