第14話 五菱園美①

 入学して最初に思ったことは、女子のレベルが高い、だった。


 この学校の女子枠は、容姿、成績ともに、一定基準を満たした者のみが受験資格を得る事ができ、そこから、年平均十倍という難関試験を合格した者のみが入学を許可される。

 お金目当てのもの、野心を秘めたもの、各産業から目的を持って派遣されたもの、様々な思惑を持った女子たちが入学を熱望する。その上澄みが集まった結果がこれだ。


 わたしはこの女子レースを勝ち抜かなければならない。



 入学二日目。最初の保健の授業。

 これは、男子がいない間に行われる、女子生徒のためだけの授業だ。

 今、男子生徒たちは、初めてのダンジョン実習で、モンスターを相手に、必死で戦っている頃だろう。

 授業は各クラスの担当教官が行う。わたしたちのクラスは黒崎先生だ。


 黒崎先生はこの学校のOGで、元探索者でもある。

 ダンジョン関連の授業では教官だけど、それ以外のときは先生と読んでも大丈夫だ。女子はみんな、先生と呼んでいる。


「おまえたちの最大の役割は男子生徒とのセックスだ」


 始めに、女子生徒の役割について説明される。入学に際して、推薦時の面談でも、試験の面接でも、男子生徒の支援・援助を名目として、高額な報酬が得られるという説明は受けていた。この言葉で察することの出来ない女子は、おそらくこの学校にはいない。

 その説明がされるときは、必ず女性自衛官や女性教官のみの場面だったし、容姿の重要性や、性病の有無等も確認されるからだ。


 でも、はっきりと「セックス」と言われたのはこれが初めてだった。黒崎先生はそのあたりをあやふやにはしなかった。


「男子生徒はマナの力を得るほどに、その副作用で性欲が高まっていく。およそ、第一次職を獲得する頃、早い生徒で一ヶ月ほどか。耐え難いほどの性衝動が彼らを襲う。この性衝動が強いほど、マナに愛されると言う研究者もいる」


 そのあたりの予想はついていた。戦争と性欲は、歴史的に見ても、切っても切り離せないものだ。ダンジョンで戦うということは死のリスクがある。実際、ダンジョン生物の暴走も起きているし、これは生存競争であり、積極的防衛戦争なのだ。

 けれど、マナの副作用というのは初めて知った。


「セックスの回数が多いほど報酬は増える。相手が優秀な探索者であるほど報酬は高い。おまえたちは男子同様、防衛省の職員という立場だが、基本手当は男子より少ない。だが、月に何度か男子の相手をすれば、快適な学校生活を送れるくらいは稼げるはずだ。平均的な女子生徒であれば、卒業時に、一般的な退職金程度の、まとまった額の報酬も受け取れる」


 聞いた話によると、地方なら、土地付きの家一軒買えるほどにもなるのだという。

 大戦時も、死にゆく一般兵の給与に対して、三十倍以上もの報酬が慰安婦に支払われていたと聞く。

 防衛省の温かな懐具合が察せられると同時に、この課題に対する本気度がうかがえる。


「ただ、このことを、ほとんどの一年男子生徒は知らないし、まだ教えないことを勧める。おまえたちは皆、有望な男子を選びたいだろうし、そのための時間が必要だろう。それに、男というのは図に乗りやすい。女子生徒が自分たちのために用意されたと知れば、まだ未熟なうちから必ず調子に乗る。そうさせるメリットはないだろう」


 教室から控えめな笑いが起こる。


「それでも、一途に迫ってくれたり、初めての相手だったり、欲求が高まったときに助けてくれた女に対して、男は情が湧く生き物でもある。これは私の経験則だと思ってくれて構わない」


 黒崎先生は、男女の別け隔てなくダンジョンに潜っていた世代だ。当然、戦闘だけでなく、わたしたちと同じ役割も果たしていたはずだ。


「それらを含めて、おまえたちは判断する必要がある。男どもが、もっとも欲した時と相手を見極めろ。自分を安売りするな」


 そう言って役割についての話を終えた。



 それから、その時に必要となる施設とその利用方法。まだ経験の無い女子のために性教育を行ってくれた。


 避妊に関しては個人に委ねられる。各々に最適なピルが支給され、毎月の健康診断と、ウォッチ型携帯端末の体調管理システムがあるため、危険日域以外での妊娠の心配はほぼないそうだ。


 ただ、それでも万が一はあるし、そのときは超早期に、身体に負担のない施術が受けられる。また、もし生みたければそれも可能だそうだ。興味があるものは個別に相談するように言われた。



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 翌日、初めてのダンジョン実習を終えた男の子たちを観察する。

 クラスの男子の顔と名前は、既に頭に入れてある。彼らは気付いていないのだろうが、女子はさり気なく、しかしつぶさに、様子をうかがっていた。


「洞穴犬に噛まれちまったぜ」


 ある男の子が包帯を見せびらかして、おちゃらけていたが、当然マイナス評価だ。

 普通の学校なら注目を浴びるシチュエーションかもしれないが、そんな男の子に声をかける女子は、この学校にはいない。


 午後のダンジョン概論で、黒崎先生が質問の時間をとった。こういう機会に何を質問するのかも大事だ。男の子たちがどんどん質問する。女子はみんな真剣な表情をして聞いている。


 香取純という男の子が、なぜ女子生徒がいるのかを問うた。やっぱり男の子たちは、女子の役割を知らないようだ。先生もそれには答えを濁した。

 でも、ダンジョンに潜らないのに入学してくる女子生徒。男子の立場ならさぞ不思議だろう。

 なんとなくその男の子のことは印象に残った。


 翌日から、ルームメイトの栗林鈴鹿くりばやしすずかちゃんと一緒にアプローチを仕掛けた。

 最初のターゲットは香取くんと相川くんのチームだった。特に理由はなかったけれど、なんとなくで選んだ。鈴鹿ちゃんは相川くんが気になったようだ。授業中に黒崎先生に怒られていた男の子だ。


 香取純。

 普通の男の子だ。一般的な高校ならありふれた、目立つ生徒ではなさそうだけれど、尖った男子が多いこのダン高では珍しいタイプだ。

 容姿は悪くない。とびっきりいいわけでもない。贔屓目に見ても上の下かそこらだ。背丈はわたしより十センチほど高い。身体能力自慢が集まるダン高では、やや小柄な部類かもしれない。

 お箸の持ち方が綺麗なのと、食器を返す際に、据え置きのウェットティッシュで自分の使った机を拭いていたのが高評価だった。


 二人は戦闘に関して手こずっている様子はなかった。むしろ収入の少なさを嘆いていた。試しに、一層のお金になりそうなモンスターを教えてあげた。ある程度、探索範囲を広げているチームなら狩れるレベルだ。


 それから茶山くん、古川くん、郷田くん、池田くんのチームにお邪魔して、それぞれお話を聞いてみた。

 順調そうなのは、茶山くんと郷田くんのチームで、他は苦戦しているようだった。


 茶山くんは、金髪に前髪だけメッシュを入れていて、不良というか、軟派というか、わたしの人生で縁のない種類の男の子だった。でもお話してみると根は真面目そうだった。ギャップ狙いというやつかもしれない。ただ、かなり自分に自信を持っているのと、女性慣れしているというか、多分モテるタイプだし、自分を高く売るという点では難しそうだと感じた。


 郷田くんは、体格が良くて、力自慢なのがひと目でわかった。ただ、ご飯の食べ方だったり、食器や椅子の扱いだったり、粗暴な性格が読み取れた。メンバーの碇くんという男の子に対して、見下すような言動があり、それも気になった。


 とはいえ、探索者として最も大切なのは強さだ。その他の要素に関して厳しいことを言っていては、選択肢なんてなくなってしまう。

 わたしは、ここに人生を賭けて来ているのだし、熾烈な女子レースで勝つために、一番強い男の子を得るチャンスがあれば、他のことには目をつむらなくてはならない。


 それから、香取くん、茶山くん、郷田くんのチームに絞ってアプローチをしようとしたのだけれど、やはり女子の考えることは一緒で、みんなその三チームにしか近寄らなくなってしまった。競争が激しくて、ちょっとでも出遅れると既に席が埋まってしまっている。


 わたしはアプローチに失敗したお昼休みや、放課後、休日に、図書館にこもってお勉強することにした。

 見極めも大事だが、このダン高でしか学ぶことの出来ない知識がたくさんある。


 実は、前の日曜日に、図書館で香取くん見つけて話しかけてみたのだけれど、彼はまだ入学一週目なのに、ジョブについて調べに来ていた。すごいと思った。少しの時間、二人で小声でおしゃべりしてみたら、彼は女の子に全然慣れてなくて純朴だった。


 わたしは、自分にちょっと自信がある。綺麗だと言われて育ったし、このハイレベルな女子のなかでも悪くない方だと思っている。そして、努力もしている。親戚の嫡子たちに軽く扱われるようなことが我慢ならないし、見返したいとも思っている。


 つまりわたしはプライドが高い。けっこう高いかもしれない。

 だから、ダン高に多くいる、俺様系やイケイケ系の男の子とはなんとなく合わない気がする。


 でも、この香取純という男の子は、わたしと話すと緊張して噛んだり、ドギマギして視線が気になってる方に泳いだり、わたしが微笑むと、見とれてくれているのがわかる。わたしの高い自尊心がくすぐられて気持ちが良い。

 わたしはたぶん、わたし「が」好きかどうかよりも、わたし「を」好きかどうかの方が大事なタイプなのだ。


 それに、ダンジョン探索も順調そうだ。青玉蛇の素材もなんなく取れたらしく、お礼を言われた。

 茶山くんのチームは三人。郷田くんのチームも三人。でも香取くんは、相川くんと二人で順調そうに探索している。つまり普通に見えて、彼は強いのだ。


 ただ、純朴なだけではダメなのだ。そんな男の子は世の中にたくさんいる。

 強くて、人となりもよくて、女慣れしていない。たぶん、わたしのことが気になっている。努力も見られる。見た目はあまり気にしないが、それも悪くない。

 それらが揃っていることが大事で、そしてそんな男の子は間違いなく希少だった。

 こんな優良物件はおそらく他のクラスにもいない。


 ただ、当然だけれど、彼もけっこう人気がある。お昼休みは必ず女子と一緒にいる。

 どうする……。

 とにかく、連絡先だけは交換できた。


 このレースは早すぎても遅すぎてもダメだ。黒崎先生が言っていたように、最適なタイミングで最高の相手に自分を売らなければならない。


 たしか、性欲が強くなりだすのは一次職を得る頃。早い生徒で入学から一ヶ月ほどだったか。今はまだ入学から二週間。

 まだ早い。早すぎる。

 タイミングは重要だ。それにまだ、男子のレースもどうなるかわからない。黒崎先生が煽ったせいで――おそらく、わたしたちのために――派閥争いが始まった。男子レースも本格稼働した。


 ただ、どれだけ好感が持てたとしても、一番大事なのは探索者としての強さ。それを忘れてはいけない。



 翌日、香取くんの席取り競争に敗北して、大人しく図書館で過ごしていたら、郷田くんに話しかけられた。付いてきてほしいと言われたのでそうする。三階に降りて、どこまで行くのと聞いたら、外まで来てほしいと言われた。図書館は四階で、また戻って来るのも面倒だ。ここではダメなのと聞いたら、腕を引かれた。


 ちょっとそれはどうなの、と思ったけれど、一応、男子レース上位の男の子だ。無下にはできない。仕方なくついて行って、案の定、俺と付き合わないかと告白された。


「わたしは、まだあなたを選ぶほどの材料が見出だせていないの」


 はっきりとわかる結果を出してほしいと伝えた。


「いいのかぁ? その頃には締め切ってるかもしれないぜぇ?」


 そう言って、郷田くんは自信たっぷりにカフェテリアに戻っていった。


 そう。

 これが普通の男の子の反応。


 今まで周りにいなかったような美少女たちに、急にチヤホヤされて図に乗っている状態。女子の目利きが優秀すぎて、一部の男子だけに人気が集中してしまうから、まだ何も達成していないのに調子に乗ってしまっている。まるで王様にでもなったように、身勝手に振る舞ってしまう。

 それでも、彼に本物の実力があるのなら、ここは、それが許される場所なのだ。


 そういう意味では、あれだけ女の子に寄ってたかられても、わたしへの態度が変わらないあの男の子は珍しいのかもしれない……。



 翌日、やっと香取くんの席取り競争に勝った。

 昨日、郷田くんに告白されて色々と考えさせられた。

 わたしは香取くんじゃなきゃダメかもしれない。

 彼以外ではダメかもしれない。

 ならば、もう一歩、関係を進めなければならない。


 なのにどうして?


 彼はわたしと目を合わせようとしない。

 顔も見てくれない。

 わたしが話しかけても、返事はしてくれるが、わたしを見てくれない。

 一緒にいる、鈴鹿ちゃんの方は見るのに、わたしには目もくれないし、なんだか笑った顔もぎこちない。


 ……もしかして。

 その可能性に思い当たった。


 昨日の場面を見られた……?


 もしそうだとしたら、彼にはどう映るだろうか……。

 気になる女の子が、ライバルの男の子に手を引かれて、わたしは嫌がらずについて行ったのだ。


 不信感を抱くだろうか? 怒るだろうか?

 いえ、彼はきっと、わたしを非難したりはしない。ただ事実を受け入れて、自分の中で消化されるまで抱え込む。そんな気がする。

 そしてわたしは彼を責められない。原因はわたしにあるのだ。


 わたしは泣きそうになってしまった。

 でも、それはズルいことだ。彼のほうが傷ついたはずだ。

 前の日に連絡先を交換した気になる女の子が、次の日に別の男に手を引かれているのだ。

 ショックじゃないわけがない。



 わたしはこれからどうすればいいのだろうか。彼に事情を説明するべきか。でも信じてもらえなかったら……。それに、男子レースはまだどうなるかわからない。結局、彼以外の男の子が結果を出したら、また彼を傷つけることになる。

 わたしは目的のために彼以外を選ぶべきなのだろうか。わたしにそれができるのだろうか。彼以外の男、例えば、郷田くんに身体を許す、そんなことが……。


 結論がでないままその日が来てしまった。


 三週目の金曜日の朝、登校したら、その話で持ち切りだった。

 茶山チームの脱落と、郷田くんのジョブ獲得。


 結果が出てしまった。

 既に、郷田くんの周りを女子たちが取り囲んでいる。

 今まで、教室の中では態度を鮮明にしなかった女子たちが、ついに動いた。

 わたしはどうすればいいのだろう。


 結果が出た以上、今からでも、郷田くんにすり寄るべきだ。

 おそらく、今後、このクラスは彼を中心に回っていく。なにせ、早くて一ヶ月かかるジョブ取得を三週間で成し遂げたのだ。

 彼には探索者としての才能があるのだ。


 でもわたしには、どうしてもそれはできなかった。


 ズルズルと時間が流れ、お昼休みにまた郷田くんに呼び出された。

 わたしは彼を受け入れるべきだ。もう結果は出たのだから。そのためにこの学校へ来たのだから。


「五菱、もうはっきりしただろぉ? 返事を聞かせてくれよ」


 郷田くんは恩威並行、見返りと脅しを織り交ぜて、わたしに結論を迫ってきた。

 ここまできても、わたしはまだ決めきれずにいた。なんて優柔不断なのだろう。

 そんなわたしに痺れを切らして、郷田くんはわたしの顔を掴み、顎を持ち上げようとした。


 反射的に手を振り払った。


 『なんて粗暴な』『気持ち悪い』『汚い』『下衆め』『軽く扱った』『許せない』『神経を逆なでする』


 そんな罵詈雑言が一瞬に頭に浮かんで、やっと自分に素直になれた。

 例え、彼にどれほどの強さがあったとしても、わたしには無理だ。この男に身体を触られるなんて耐えられない。


 そして、わたしは目を疑った。

 彼が、わたしたちに、わたしに近づいてきたのだ。

 わたしは彼にひどい裏切りをしたのに……。わたしのことは見捨てないでくれた。


 彼は、わたしの手を取って歩き出して、わたしは一も二もなくついて行った。

 この手を絶対に離させてはいけない。それだけに細心の注意を払った。それ以外はどうでもよかった。


 そして彼は、郷田くんと完全に敵対して、それからわたしを慰めてくれた。


 わたしは彼にすべてを賭けた。

 もしダメだったときは、野望は捨てようと思った。わたしには過ぎた夢だったということだ。



 彼と別れて授業を受けて、放課後、鹿島神宮に来ていた。

 おそらく、郷田くんのあの様子だと、すぐにでも決着をつけようとする。ジョブを得た有利な今を見逃すはずがない。


 わたしは誰もいない拝殿前でずっと祈っていた。


 ダンジョン生物の暴走が起きた十年前に、このあたりは国の管理化に置かれ、修繕の後、一般客は特別な日にしか参拝できなくなった。生徒たちも平日の放課後には滅多に来ない。

 わたしは携帯端末が鳴るまで、五時間か六時間か、ずっと祈っていた。


 そして、彼から着信があって、それを読んで泣いた。


 あたりは真暗で、時間は夜の九時を回っていたけれど、わたしは彼に会いたかった。


 そしてすべてを捧げたかった。

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