第13話 逢瀬

 寮に戻り食事とシャワーとハミガキを済ませた。寝るまでの僅かな時間を何して過ごそうかと考える。読書か、ゲームか、ネットで格闘関連動画を漁るのもいい。お勉強という選択肢はない。

 そんな風に考えているこの時間こそが至福なのだ。


 ふと携帯端末にメールの着信通知が来ていた。相手は五菱さんだ。


『夜分遅くにごめんなさい、大切なお話があります。今から学校の中庭で会えませんか』


 俺はダンジョンを出たあと、彼女に、全員の無事と、決着が着いたとだけ連絡を入れていた。『扉』は光や電波は通さないので、こちらに戻ってからじゃないと連絡ができなかったのだ。


 郷田は昼にあれだけ激怒していたし、彼女も気が気ではなかったはずだ。

 おそらく、その件でより詳しい話が聞きたいのだろう。今、夜の十時を回っているが、明日は休みだし、構内なら危なくもないだろうし、俺は「了解」と返事をした。


「ちょっと外に出てくる」

「なんだァ、こんな時間に。女かァ?」

「まあそんなとこだ」

「嘘つけ。……オラッ……こな、クソォ……!」


 仁はモニターにゲーム機を繋いで、格闘ゲームに夢中だ。


 ふふっ。嫉妬は見苦しいんだぜ、仁よ。


 別にドラマティックな展開にはならないだろうが、女と会うのは事実だ。

 というか、五菱さんは俺を選んでくれたわけだし、俺も彼女が好きだし、これって付き合ってる男女の逢引ランデブーと言えるのではないか。そう考えるとウキウキしてくるな。


 いや、待て。

 ついこの前、俺は絶頂から絶望に叩き落された件を思い出す。調子に乗ってはいけない。俺は調子に乗るといつも上手く行かない。郷田だってそうだったじゃないか、調子に乗ると足元を掬われる。



 東西南北の校舎に囲まれた広いスペースには、中央の少し窪んだ場所に、扉のある中央塔と、円心状になだらかな傾斜が付いた中庭がある。

 中庭は青い芝生と季節によっては色とりどりの花が咲いていて、生徒たちの憩いの場となっている。

 こんな時間にここに来るのは初めてだが、中庭の歩道が一定距離毎にライトアップされていて、夜景としても様になっている。


 人もそれなりにいる。

 たぶん男女と思われる二人組の生徒たちが、ライトのそばは避けて、薄暗い所のベンチや芝生に腰を下ろしているのが見える。見える範囲だけでも、少なくとも十数ペアはいるようだ。ここは夜になるとデートスポットになるらしい。


「香取くん?」


 声の方を向くと美少女がいた。


 白いボートネックのスウェットシャツに、黒色の柔らかそうな生地のショートパンツを履いている。部屋着って感じのスタイルがすごく似合ってる。今まで制服姿しか見たことがなかったからとても新鮮だ。


「待った?」

「ううん。ほとんど」


 俺は、今まで全くそんな経験ないし、そんなタイプでもないのに、自分から手を差し出していた。多分、この場の雰囲気に当てられたからだ。五菱さんはごく自然に手を握って微笑んでくれた。


 他の生徒たちと同様に、明かりの乏しい芝生のスペースを見つけて腰を下ろした。

 手を握って肩が触れ合う距離で、俺は今日のことを詳しく説明した。


 郷田と戦いになって勝ったこと。造る者のジョブを取得したこと。郷田も含めて全員がちゃんと無事であること。でも郷田の核石を取り除いたから、もう戦えないこと。そして、ポーションを郷田に使ってしまったこと。


「俺のためにくれたのにゴメンね。でも、やっぱり見捨てる気にもならなくて」

「ううん。それは全然いいの。とにかくよかったわ……安心した」


 五菱さんは俺の手を最初からギュッと握ってくれていた。本当に心細かったようだ。

 俺は郷田と決着が付いたあと、仁や碇とウキウキで探索を続けていたことを思い出して、後ろめたさを感じた。


「ごめん、もっと早く連絡するべきだった……」

「ううん、大丈夫……もう大丈夫よ」


 彼女の頭が俺の肩に触れる。とてもいい匂いがする。シャンプーの匂いだろうか。


「五菱さん言ってくれたよね、俺に賭けるって。俺はさ、どうやって返せばいいのかな」

「そんな風に考えなくてもいいの。……でも、今から一緒に来てほしいところがあるの……」


 五菱さんはそう言って、不安そうな、でも決意を秘めたような目で俺を見た。「もちろんいいよ」と答えて二人で立ち上がった。



 連れてこられたのは、女子寮と南校舎の間にある謎の建物だった。


 女子寮は構内の南側に一年生寮があって、校舎に近付くに連れて二、三、四、五年生寮というように、並んで建っている。

 ダン高は五年制なので五寮までのはずだが、五年生寮と南校舎の間に同型の寮のような建物があるのだ。これは、北側の男子寮も同じだ。


 俺たちはその建物に入った。

 五菱さんは不慣れな様子ではあったけれど、その施設についての知識はあるように見えた。

 彼女が入口のモニターで何か操作をして、それから手を引かれて階段を登り、二階のとある部屋の前で止まった。


 内部の構造も寮と同じだった。階段の位置や、廊下の作りや、材質なんかもほとんど一緒だと思う。ただ、寮は基本二人部屋で、それなりの広さがあるのに対して、この建物は部屋の入口の間隔が狭かった。一人部屋なのだろうか。


「ここはね、『休憩室』と呼ばれている場所なの」

「休憩室? ああ、学校から一番近いもんね。サボりたくなったときに使う、みたいな?」


 自分で言ってなんだそりゃ、と思う。保健室に行けよ。


「ええと、そうではなくて……あのね……」


 言いにくそうにしていたが、心を決めて口を開いた。


「ここは、ヤリ部屋なの」

「え?」

「ヤリ部屋よ」


 ヤリ部屋。ヤル部屋………。何を? そりゃあ……アレだよな。

 でも、ここは学校の敷地内で、五菱さんの口からそんな言葉が出てくるだろうか。


「ごめん、もう一回いい?」

「……ヤリ部屋よ」


 彼女は入口のドアを真っ直ぐ見つめながら顔赤くして恥ずかしそうにしていた。かわいい。


「えっと、あと十回くらい言って貰ってもいい? ……あいたぁっ」


 足を踏まれた。


「入るの!? 入らないの!?」

「は、は、入るますっ」


 ドア横のスキャナーにウォッチ型携帯端末から身分証明のQRコードを表示して、五菱さんと俺のコードを読み込ませる。

 ロックが解除されて部屋に入る。


 電気を点けると、中は思ったとおり、たいして広くなかった。

 入ってすぐの所にシャワールームとお手洗いがある。奥に行くと大きめのベッドが一つと、ベッドボードの上にコンドームと、小さいボトル容器が置かれていた。


 なんだろう。

 入ったことはないが、ラブホテルだって、これほど簡素な作りにはなってはいないんじゃないだろうか。本当に最低限という感じの部屋だ。

 ただ、俺はこの部屋を見て、この無駄の無さが、本当にそういう事をするための部屋なんだと、納得できてしまった。


「この施設のことはね、この学校の女子生徒は全員、最初の保健の授業で教わるの」


 彼女はベッドの横に腰を下ろして、隣に座るように勧めてきた。


「あのね、少し私の話を聞いてほしいの」


 そう言って自分の生い立ちについて語りだした。



 彼女は俺の予想通り、ある旧財閥の創業家に連なる人だったようだ。彼女の祖父はグループの元総帥で、父親はグループ内の企業に上級役職として勤めている。そして、彼女の母親は、そんな父親のお妾さんとのことだ。


 現代風に言えば愛人だ。

 つまり、彼女は庶子ということになる。


 父親が誰かというのははっきりと分かっていたから、彼女も一族の子どもたちと同様に大事に育てられたらしい。


「でもね、大きくなってくると、やっぱり『差』を感じることが増えてくるの」


 例えば、仲良く育った親戚のお兄さんたちに、園美は顔が綺麗だから、将来お妾さんにしてあげるね、と平気で言われるのだとか。


「本人たちに悪気はないのよ。彼らにとってはそれが当たり前なの」


 彼女の母親のことで、見下しているわけだ。悪気がないぶんたちが悪い。

 五菱さんは、なんとか彼らを見返してやりたいと思ったそうだ。


 すごいな。

 俺ならそれなりに恵まれた環境に胡座あぐらをかいて、怠けてしまいそうだ。


 でも、グループの会社に入ったところでお先はしれている。出世をしていくのは、嫡子たちが先に決まっているからだ。

 進路に迷う中、仲良く育った親戚のお姉さんが相談に乗ってくれたそうだ。

 そのお姉さんは、五菱さんと同じく庶子で、グループ内の、ダンジョン素材の商いを請け負っている会社に勤めていた。


「その会社は国から委託を受けていて、どんどん業績が伸びていると言っていたの」


 ダンジョンは成長産業だ。

 たった十年で日本だけで四つ。世界では百を超える『扉』が出現している。さらに十年後には、いくつになっているかわからない。


「ダンジョン生物の暴走も、なんとか抑え込めてる状況なのですって。……近い将来、ダンジョン高専だけでは手に負えなくなる。それにね、防衛省と一部の関連企業だけが美味しい思いをしている現状を、よく思っていない人たちもたくさんいるの。政財界では巨大すぎる利権争いが既に始まっていて、その手始めに、厳島では防衛省と民間の共同で、ダンジョン高専が運営されているそうよ」


 厳島いつくしまというのは、広島県安芸あきの宮島にある厳島ダンジョンのことだ。特殊なダンジョンだというのは聞いたことがあるが、民間も関わっていたとは初耳だ。


 うーん、すごいな。さすが旧財閥家。十五才の女の子がこんなにスケールの大きな話をするのだ。ただの憧れでここへきて、モンスターを倒してヒャッハーしてる自分が子どもに思えてきたぞ。


 まあとにかく、彼女はいずれダンジョン利権は民間に開放されると考えた。その時に一番価値を持つのが優秀な探索者で、コネを作るためにも、情報を得るためにも、ここに入学するのがベストだと思ったらしい。


「それでね……あのね、話は戻るのだけれど……」


 五菱さんがもじもじと何か言いづらそうにしている。なんだろう。


「……香取くん、性的欲求が……強くなっていないかしら?」

「えっ、っと。あ……いや、のい」


 のい、ってなんだよ。

 唐突にセンシティブな質問をされて慌ててしまう。

 落ち着け。俺。


 彼女は別に、冷やかしで聞いたわけじゃない。覚悟をもって、自分の生い立ちや目標を話してくれて、俺をここまで連れてきてくれたんだ。ここで誤魔化してどうする。


「……うん。……正直に言って、物凄く大変な事になってる。……朝起きたら夢精してるし……女の子に触れるだけで大変なことになる……いずれ日常生活に支障をきたすんじゃないかって思ってる」


 俺は恥ずかしかったけど正直に話した。顔が熱い。


「……やっぱり。……あのね、それはダンジョンの恩寵の副作用なのですって。マナという力を得るほどに、どんどん性衝動が強くなってしまうそうなの」


 ……。


 薄々、そうなんじゃないかとは思っていた。

 明らかに、お年頃の範疇を超えている……と思う。


「この学校の女子生徒はね、そんな男子をサポートするために入学してくるの。サポートするほど報酬が増えるし、優秀な男子の相手をするほど割が良い。加えて、私のように有望な探索者目当ての女子もいる」


 なんてこった。


「だからね、前に香取くんが疑問に思っていたでしょう? なんでこんなに競争を煽るのかって。それはね、わたしたち、女子生徒が、体を許す男の子を選ぶのを、助けてくれているの。例えば、怪我をしているか否か、モンスターを倒せているか否か、お金を稼げているか否か、模擬戦の結果、ジョブの取得、毎日の顔色、etcなどなど……」


 なんてこった。なんてこった。

 なんてこったが百くらい頭に浮かんでいる。


「わたしたちは、教室でも休み時間でもお昼休みでも休日も、目を皿にして、聞き耳を立てて、男子の一挙手一投足から値踏みをしていたの。さながら、パドックで競走馬を分析するように」


 たしかに、振り返れば思い当たることはあった。俺たち男子は女子から品定めされていたわけか。

 彼女は握っていた手にもう片方の手を重ねて、両手で俺の手を握った。


「だからね、わたしはあなたを利用したいの」


 言葉とは裏腹に、それとは種類の異なる思いを込めてくれているのはわかっている。わざわざビジネスライクな言葉を選んだのは、彼女なりの筋なのだと思う。


「だから、わたしのことも利用して」

「俺、もう我慢できないんだ。五菱さんのこと、園美そのみのこといっぱい利用しちゃうけどいいの?」

「いいの。わたしはあなたのものよ、純。……純の好きにしていいの」


 俺は隣に座る園美の肩を優しく抱き寄せて、唇にそっとキスをした。

 胸がドキドキしているし、アソコもこれ以上ないほど膨れている。


 キスをしながら息を胸いっぱいに吸う。

 とてもいい匂いだ。

 唇を離して一息ついて、今度は唇とその中を貪るようにキスをする。

 俺の唇で、彼女の下唇を挟んで、上唇を挟んで、そして舌を絡めあった。

 園美も俺の舌を受け入れてくれた。


 唇を離して見つめ合う。


「脱がせてもいい?」

「もちろんよ……あ、ちょっとまって」


 部屋を見渡してベッドの頭側にあるスイッチをいじった。光量が弱まって色合いもオレンジの落ち着いた光に変化した。お互いの顔や体はぎりぎり見える程度の明かりだ。


 俺は彼女のスウェットシャツを持ち上げて、彼女も脱がせやすいようにしてくれた。スウェットシャツの下は白いブラだけで、彼女が最初からその気で来てくれたことがわかった。ブラとショートパンツは園美が自分で脱いでくれた。

 俺もロングTシャツとスウェットパンツを脱いだ。


 お互いパンツだけの状態で、園美にはベッドで仰向けになってもらった。

 手の平から溢れるくらいの胸を、触って、揉んで、さすって、それから舌で舐めて、咥えて、吸って。もう片方の胸も同じように愛撫して、今まで妄想してきた色んなことを、遠慮なくさせてもらった。


 園美も、俺の上腕や、肩や、お腹や、背中や、腰をペタペタ触ったり、撫でてくれたりして、それがくすぐったくて気持ちよかった。


「園美」


 俺は我慢できなくなって、名前だけ呼んだ。

 それだけで彼女にはちゃんと伝わって、うんといってパンツを脱いでくれた。

 俺も脱いで、ベッドボードの上のコンドームを取ろうとした。


「ゴムはいいの」

「……いいの?」

「ええ。……女子は毎月検査を受けるし……お薬も支給されているから」

「わかった」


 俺は彼女が広げてくれた脚の間に腰を近づけた。

 暗いし、場所がわからなくてまごついていたら、彼女の手が優しく導いてくれた。

 俺はただ、ゆっくり、ゆっくり腰を落として、それで園美と繋がった。

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