第12話 決着

 昼休みの喫煙所。

 俺は黒崎教官と合っていた。


『黒崎教官に聞きたいことがあります』

『答えられるものは答えてやる』


 タバコを吐き出して答えた。

 甘い匂いだ。けっこう好みの匂いかもしれない。


『なぜ生徒たちの競争をこうも煽るような仕組みなんですか』

『生徒たちの実力の底上げのためだ。…………では不満か?』

『……はい』


 俺が見る限り、男子はかなり頑張っている。戦闘訓練でも、探索でも、手を抜いたりふざけたりしているような生徒は、今のところ見たことがない。むしろ怪我人も多いし、ちょっと心配なくらいだ。

 その上、生徒同士の軋轢のリスクまで背負わせるのだろうか。


『……それはもうすぐわかるはずだ』


 やっぱり何かあるのか。


『じゃあ、生徒たちのいさかいに教官は介入しないのですか』

『諍いの場所と程度に依る。構内であれば法規に則り処分する』

『ダンジョンの中では?』

『法規の及ぶところではない』


 やっぱりか……。

 予想どおりではあった。今まで説明を受けた記憶もないし、資料や学内サイトを読み漁っても、ダンジョン内での法規の類は見つからなかった。


『理由は教えてもらえますか』

『香取、おまえが外国で罪を犯し捕まったらどうなる?』

『え? それは……当然、現地の法で裁かれますね』

『そうだな。特別な条約がなければ普通はそうだ。……ではダンジョンはどこの領土だ』

『……えっと……』


 授業で聞いたきがする。たしか……。


『……どこの領土でもない……?』

『……そうだ』


 疑問形で答えたら、ため息をつかれた。

 せ、正解だったじゃないか……。


『というか、人類の領土ではない、ということだな』


 黒崎教官が補足する。

 でも、無法地帯だから何してもいいってことか? 国防を名目として探索してるのに?


『でも俺たちは任務を帯びてダンジョンに潜りますよね? お給料も貰ってますし、軍規は適用されないんですか?』

『お前たちは、防衛省の職員ではあるが、厳密には軍人ではない。従って適用されない』


 まじかよ。

 あ、だからこんなに自由度が高いのか?

 軍の規律とは程遠いような、ダン高の校風とシステムってそういうこと?


 うーん……。


『香取』


 まだ納得のいかない様子を察したのだろう。諭すように言われた。


『お前たちを軍に組み込まないのは、守るためでもある。自衛隊に軍刑法ができて久しい。例え未成年だろうと、法を破れば最高で死刑だ』


 死刑という言葉に身震いする。


『それから、最初に言ったことを覚えているか……国はダイバーの育成を急いでいる。ダンジョンができて、まだたった十年。人員も法整備も、何もかも足りていない。お前たちは宙ぶらりんな存在なんだ』


 人員、法整備。

 ああ、そうか……それが本音か。


 結局は人が足りていないのが原因なのだろう。

 ダンジョン内で犯罪が行われたとして、誰が捜査して証拠を集められるのか。

 そもそも、ダンジョンの恩寵の効果は、こちら側の世界にも及ぶ。

 強力な探索者が本気で逃げたら、警察には捕まえられない。


 危うい社会だな、と思う。


『だが、香取。やりすぎるなよ』


 黒崎教官が真面目な顔で俺を見る。


『禁止されていないのは、容認されていると同義ではない。どんな組織であれ、行き過ぎれば現場判断の"自浄作用"が働くものだ』

『……はい』


 意図は正しく読み取れたと思う。

 もう一つ質問をする。


『俺たちの体内の核石コアを取り除いたらどうなるんですか?』

『一切の恩寵を失う』

『他人の核石と入れ替えたら?』

『核石は本人固有のものだ。替えは利かん』


 ここまでは予想どおり。


『では、一度核石を失ったとして、もう一度モンスターを倒せば、再び手に入りますか?』

『それはない。核石が体内で生成されるのは一度だけだと聞いている。失えば二度とダンジョンの恩寵を得ることはできん』

『……』


 このへんが落とし所だろうか……。

 俺が考え込んでいると、教官が一瞬、ふふっと笑ったような気がした。勘違いだろうか。

 とにかく聞きたいことは聞けた。

 俺は教官にお礼をいって喫煙所を退出した。



----



「おい、殺すなっ!、冗談だろぉ」


 郷田の悲鳴がダンジョン内にこだます。


「殺しはしないさ。おまえにその価値はないよ」


 俺は、仰向けに倒れた郷田のアンダーシャツをめくり上げ、へその下――下腹部にナイフをあてがう。


「お、お、おい。……じゃあ、一体何してんだよぉお……」


 すぅーっと、十センチほど、陰毛のあたりまで手早く切開する。


「ぐぁあああっ……あっ……なっ」


 切り口を押し広げ、中に手を突っ込む。


「ぼぉええええええええええええええ"え"え"え"え"え"っ」


 生きたまま体内をいじくられるとこうなるのか……。


 正直自分でも引いてる。

 でもやらないわけにはいかない。


 ゴソゴソ、いや、ゴチャゴチャ……、違うな、クチャクチャって感じだろうか。人間のを取り出すのは初めてなのだ。少し手間取ってしまう。


「おOおgygyぎゃうぐAぐあぎゃうgy」


 あった。

 膀胱と大腸の間あたり。手探りでこれだと思う手触りにヒットした。

 取り出して……。

 体内液で手がぬめってしまったのが気になる。


「ちょっと失敬」郷田のズボンで拭き拭きさせてもらう。


 ……よし。

 改めて観察する。


 人という種族の核石。

 人という種族で共通なのか、個人差があるのかは不明だ。

 基本的にモンスターの核石は種族でだいたい同じ形をしているが、強敵だった杖ゴブの核石なんかは、モブゴブの核石とは若干異なっていた。


 歪な五角形だ。いや、角度を変えれば、厚みのあるホームベースのような五角形に見える。色は今まで見たものよりも濃い。透明感は残っているが、黄色みが強い。

 俺はコリコリとした弾力を確認しながら、ひとしきり観察した。


「……まざか、ぞれ……やめでくれ……がえせ……」


 口端から泡を垂らしながら縋るような目を向けてくる。

 郷田は核石を失うことが何を意味するのか、はっきりとは知らないようだ。でも本能的に、それがかけがえのないものである、というのはわかるのだろう。


「安心しろよ、ダンジョンには俺が潜る。潜り続ける。おまえの分もな」


 核石を地面に落として足を振り上げる。そして、勢いを付けて踏み潰した。


 足の裏で「ぷちっ」と弾けた感覚があった。

 足を避けると、潰れた核石から輝く粒子が飛び散り、霧散して消えた。

 こんな奴の核石でも綺麗なものだと思った。


 郷田は息も絶え絶えに泣いていた。

 腕と股から血を流し、下腹部を開いたままでは、そのうち死んでしまう。

 消毒すらしてない手で、腹の中をいじくり回したのだ。


 俺はポーチから五菱さんに貰ったポーションを取り出し、郷田の患部にふりかけてやった。ポーションの効果は絶大だ。死にはしないだろう。



 こっちの戦いも終わった。俺は仁と碇たちの方に向かう。


 倒れているのは骨皮だけだ。池田、月影、関の三人は武器を捨てて降参していた。骨皮は足を切られているようだが、大怪我というほどではなさそうだ。仁が上手く手加減してくれたのだろう。


「お、俺達は郷田にお、脅されたんだ。クラスを締め上げた後、痛い目に合いたいのかって。も、もちろんアメも提示されたけど、こ、殺しには反対だったんだ。本気で殺すつもりなんて思ってなかったし」

「謝れってんなら土下座でもなんでもする」

「だだだから、殺さないでくれ」


 池田、月影、関の三人から恐縮される。めちゃくちゃ怖がられている。当然といえば当然だが……。


「ぼぼ僕も謝るから許してくれ。殺さないでくれ。なんでもするから命だけはっ」


 骨皮も三人に続く。

 こいつら俺のことを殺人鬼だとでも思ってるのか? 郷田に治療してやったの見てないのかよ。五菱さんに貰った貴重品だったんだぞ。


 あ。

 ポーションを知らないのか?


「郷田は殺してない。ポーションで治療してやったから死にはしないだろう。お前らをどうこうするつもりもない。骨皮は……碇に謝っておけ。俺にじゃない」


 そう言って、仁と碇の方に向かう。


「鬼畜だなァ、オマエ。ハハハッ」

「あのシーンはドン引きだったよ。フランケンシュタイン男爵もびっくりだよ」


 二人には、郷田の核石を取り除く事は伝えていた。

 それでも、生きている人の腹を切り裂いて、中を引っ掻き回すのは、なかなかにショッキングな映像だったようだ。郷田が本気で叫んでいたのも、演出に一役買ったのかもしれない。


「つーか、ヒヤヒヤさせんなよ」

「そうだよ、気が気じゃなかったよ――」


 戦闘開始後、後手に回っていたのは理由がある。


 一つは、本当に殺す気でくるのか見極めたかったからだ。

 郷田の攻撃は、死んでも構わない、というものだったし、だからこういう結果になった。

 もう一つは、最初から隠し玉無しで、全力で戦っていたら、俺に勝ち目があったかわからないからだ。


 郷田の防御は厄介だった。俺が狙えるのは、装備の薄い関節部分しか無かった。もし、最初に郷田を警戒させて、狙いを知られれば、アイツはコンパクトに構え、守りに入っていたかもしれない。

 冷静さを失ったアイツは最後まで気づかなかったが、もし半身で構えられて、正中線を外されていれば、俺には成すすべがなかったのだ。

 体力勝負では勝てない。『留める者』には持久筋や心肺を含めた、全般的な身体機能の向上があるが、俺の『造る者』には身体機能の上昇効果はほぼ無い。

 だから俺は、奴を翻弄して、絶対的な隙を作る必要があった。



 このあたり、二人には説明しておかないとな。


「――いつの間にかジョブを取得してるしよォ」

「ジョブがなかったらどうしてたのさ」

「そのときは、徹夜で潜るつもりだったよ。二人とも付き合ってくれただろ?」


 二人はポカーンとしていたが、いきなり笑いだした。


「ハハハッ。そうだなァ、俺も多分もう少しだもんなァ」

「あははっ。僕自身はもっと掛かると思うけど、徹夜なら、仁くんは間に合ってたかもね」

「そンじゃあ、モンスターを狩りに行くかァ!」

「ここからなら北西エリアが近いよ。そこにしよう!」


 こうして郷田との決着が着いた。

 俺たちは、いつもどおりダンジョンを探索した。



----



 仁と碇がやけに張り切っていたのと、明日は土曜日で休日なのもあって、今日はやや長めに探索した。結局、仁はジョブ獲得までは至らなかったが、まあ近いうちに得られるだろう。

 ダンジョンから帰還して、俺は教官室にジョブ取得の報告に来ていた。


 授業でも説明されていたように、これは生徒たちの戦力を把握する上で重要なことなのだ。

 警察や軍隊でも、平時は銃弾の一発まで、徹底的に管理されている。

 俺たちは既に、国の立派な戦力にあたるので、想定戦力に大きな変化があった場合は、直ちに申し出なくてはならない。

 ダンジョンからの成果物の持ち出しが厳しく管理されているのも、同じ理由だ。


 部屋の前でノックしてお邪魔する。

 教官室は二学年毎に分かれていて、一、二年の教官室は、生徒たちと同じ東校舎の一階にある。

 今は夜九時を回った遅い時間だ。教官室はガラガラで、一部の机の周りだけ電気が点いていた。


「どうした」


 部屋の中程でデスクワークをしていたであろう女性教官に声をかけられた。


「一年C組の香取純といいます。ジョブを取得したので報告にきました」

「……ほう」


 入りなさいと言われて教官の席へ向かう。

 彼女は棚からファイルを取り出して、隣の席から椅子を移動して、俺のために用意してくれた。


「座りなさい」

「……失礼します」

「驚きの早さだ。香取くん」

「はい、長谷川教官」


 彼女は長谷川響子はせがわきょうこ。担当科目は日本史。担当クラスは一年E組。

 ダン高では、一般科目授業もあるため、各々の教官がそれぞれ専門の授業を受け持っている。ちなみに黒崎教官は数学担当だ。また、ダン高には男性教官と女性教官がいて授業を受け持っているが、クラスを担任しているのは女性教官だけらしい。


 年齢は、おそらく黒崎教官と同じくらい。二十代前半だ。身長は女性の平均くらいだろうか。胸もまあまあ大きい。肩にかからないくらいのワンレングスの明るい茶髪を、七三で左右に分けている。

 そう。

 教官のクセに彼女は茶髪なのだ。たぶん地毛ではない。


 ダン高では生徒の身だしなみに関する規則がない。なので、茶髪もいるし、金髪もいるし、ピアスを付けている生徒もいる。めちゃくちゃスカートの短い女子生徒もいる。

 そして、それは教官も同じなのだ。


「昨日もCクラスでジョブ取得者が出ていたね。優秀なクラスだ」


 ソイツは先程ジョブを失いました。とは言えないので、「あ、そうなんすね」と濁しておく。



 で、だ。

 俺はこの長谷川響子という教官を警戒している。


「では聞き取りを始めようか。なに、簡単な質問をいくつかするだけだ。すぐ終わるよ」


 そういって名前、学籍番号、取得したジョブ名、取得したおおよその時間を聞かれ、俺は正直に答えていった。


 長谷川教官はスーツスカートが非常に短い。ワイシャツも上から、なんと三番目までボタンを外している。聞き取った内容をファイルに書き取りながら、頻繁に髪を書き上げたり、体をこちらに向けて上体をかがませたり、足を組み替えたりする。


「ほう。『造る者』を得たのか、珍しい。もう少し細かく聞かせてくれ」


 とびきりの美女であることは間違いない。

 だが、この教官、授業でもが激しいことで有名なのだ。


 中身が見えそうなくらい短いスーツスカートで教壇に立ち、軍服のジャケットは脱いで、ノーネクタイで胸元を強調する。

 授業では頻繁に問題演習の時間を取り、お気に入りの生徒――俺や、仁や、茶山など――に近づき、さり気なくボディタッチを混ぜながら「どれどれ、順調かな? わからないところはないかい?」などと言って、息がかかるくらい顔を近づけ髪をかきあげる。


 当然、そんなことをされる男子生徒は溜まったものではない。いや溜まってはいるのだが。


 男子からは『魔性の女教官、響子』だとか、『歩くセックスアピール、響子』などと呼ばれている。

 ちなみに女子生徒には見向きもしないし、女子生徒からも蛇蝎だかつのごとく嫌われている。茶山ファンの女子が「なんなの、あのおばさん」と憤慨しているのを目にしたことがある。


 俺は、視点を彼女の顔の奥、部屋の隅の方に固定して精神統一しながら、倒してきたモンスターや使用武器、格闘経験、家族構成などを聞かれるがまま答えていった。


「うん、これでいいだろう。検査は月曜日に受けてくれ。時間を取らせてしまったね」


 俺はようやく終わったと一息ついて、長谷川教官に目を移す。

 ワイシャツを下着が見えるくらいまではだけさせた教官と目があった。


 なにしてんのこの人……。


「……」

「……」


 視線が真っ赤な下着に吸い寄せられてしまう。

 いや、まずい。


 俺は血流がアソコに流れ込む前に素早く立ち上がって「失礼します」とだけ言って退散した。


 後ろから、あ、キミ、と声を掛けられたが全力で無視した。

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