第11話 決闘

「なんで授業いなかったんだよ。サボりかァ?」


 午後の授業が終わって、仁と碇と合流した。既に戦闘服に着替えて準備万端の俺を見て、二人が怪訝そうな顔をした。


「準備をしていた。仁、碇、おそらく今日だ。今日決着をつける」


 郷田との件について、昨日の夜、三人で話をした。

 俺も仁も、郷田の下につく気なんてサラサラなかった。殺るか殺られるか、と言えば大袈裟かもしれないが、白黒決着をつけるしかない、というのはわかっていた。


『殺し合いにはならないよね……?』

『それはわからない。お互いに武器を持ち合ってエスカレートしたら、結果的にそうなる可能性はある』


 なにせ、未成熟な少年同士のケンカだ。お互いに引けなくなる可能性は十分にある。


『だって、生徒同士で戦うなんて、本末転倒じゃないか……』


 碇は善良だし、一般的な人間だ。

 俺たちは、少なくても俺や仁は、一五才という年齢で、すぐにモンスターとの殺し合いの日常に慣れたが、碇はそうではなかったらしい。

 郷田に強要された面もあるが、碇が盾役をやっていたのは、自身がモンスターを殺せるようになるまでに、時を要したという理由もあったそうだ。


『迷うならやめといた方がいいぜェ、碇。オマエまで潰そうとはしてこないだろうが、何が命取りになるかわからねェ』

『……いや、僕も戦うよ。僕だってもうこのチームの一員なんだから、二人が命を賭けるときは僕も賭ける』



 真剣な俺の顔を見て、二人は理解してくれたみたいだ。仁はニヤッと笑って、碇はゴクリッと息を呑んだ。


「で、どーすんだァ? オレとオマエで郷田をノしちまうかァ?」

「いや、二人には――――」



----



 第一層入口から西に五キロほどの地点。

 洞穴犬と小鬼のエリアの間に位置するこの辺りは、モンスター間における、一種の緩衝地帯となっていて、星と闇のしじまに支配されていた。

 広さは三、四十メートル四方ほどあり、地面は比較的平らで、天井も高く、決闘にはおあつらえ向きだ。



 カチャカチャ金属音の混じった足音が響く。

 五人の武装した男子が俺達の十メートルほど前まで来て足を止めた。


「逃げなかったのと、碇にチーム解除をさせなかったのは褒めてやる。さっき授業にいなかったからよぉ、チビって逃げ出したのかと思ったぜ、香取ぃ、へへへっ」


 郷田と骨皮、それから池田、月影、関の合わせて五人だ。


「ピンを解除し忘れてただけかもよ、郷田くん。碇のやつドジでとろ臭いから」


 郷田と骨皮が話しているのは、携帯端末のマップに表示できるメンバーピンのことだ。パーティー登録している者同士のみが、現在位置をお互いに確認できる。位置を知られたくなければ、片方がパーティー解除すればいいのだが、俺は碇にそのままにしておくように言い含めていた。


「な、なあ。本当に殺るのか?」


 骨皮の後ろに控える池田が口を開く。


「だから言ったろ、ダンジョン内では何をしても罪に問われないって」

「けどよ……」

「知り合いの先輩に確認してるんだ。間違いないんだって」

「つってもよ……」


 池田チームの三人は、今回のことに乗り気ではないらしい。骨皮が説得するが、やる気がありそうには見えない。

 当然だ。例え罪にならなくても、積極的に人殺しに関わりたい人間は少数派だ。


「ぐだぐだ言ってんじゃねぇぞ。てめぇら俺様につくって決めたろうが。いい思いしたいんじゃねえのか」

「……」

「黙って言われたことをやれ」

「……わかったよ」


 俺はずっと郷田の装備を確認していた。

 武器は大剣。入学時に支給される武器ではない。剣幅と長さがあるブロードソードだ。購買部で見たことがあるが、数十万円はしたはずだ。

 それから、上半身には金属製の鎧を身に着けている。ショートキュイラスと呼ばれる、タンクトップシャツのような形の鎧を装備している。

 頭に被っているのはヘルメットではなく、西洋風甲冑のヘルムだ。

 肩、肘、膝にはプロテクターを。前腕、上腕、首、腿、脛にもガードを巻き付け、まさに完全防備とでもいうべき出で立ちだ。


 ざっと計算しても、百万円は超えてるのではないか。ダンジョンで稼いだ金では到底足りないはずだ。家族の支援だろうか……。



 話は終わったのか、郷田が大剣を担いで近づいてくる。ヘルムの上からバイザーを下ろし顔全体を防護した。あれでは槍は刺さらない。


「最後にチャンスをやる。香取ィ、土下座して俺の靴を舐めろ。それで今回のことは許してやる」

「結論は出てるはずだぞ、郷田。おまえみたいなヤツをなんていうか知ってるか?」

「……」

「馬鹿は死んでも治らないってな」

「……遺言はそれでいいんだな」


 郷田の大剣を握る拳に力が入る。


「仁、碇、頼んだぞ」

「ああ」

「うん」


 郷田以外は二人に任せてある。俺は短槍を構えて腰を沈めた。


「へへっ、そらよっと」


 無防備に近づいてきた郷田が、最後の一歩を素早く踏み込んで大剣を振り下ろした。

 速い。


 ガキャッ


 斜め後ろに避けて空振った剣が、地面の岩肌を削る。

 砕けた破片が周囲に散らばった。

 集中しなければ殺られる、そう思えるくらいの圧力がある。


 一次職『留める者』は、マナの体内制御を得意とするジョブだ。マナを体内に纏うことで、細胞をより強固に活性化させる。それにより、攻撃と防御に安定した強さをもたらしてくれる。


 郷田が取得したのは、このジョブで間違いないだろう。前に模擬戦をしたときより遥かに速い。


「オラオラオラァ」


 足を小刻みに動かし避ける。右上からの振り下ろしを、身をかがめて右後ろに避け、左上からの振り下ろしを短槍でわずかに逸らして左後ろに避ける。

 重い。

 ほんの少し軌道をそらすだけでも、大きな衝撃が伝わる。


「どうしたどうしたぁ? てめぇ、ずいぶんでかい口叩いてくれたよなぁ?」


 雑な振りは変わっていない。が、それを支える身体機能が向上しているのだろう。ほとんど体幹がブレないし、そのせいで隙も小さくなっている。

 防戦一方では勢いを与えてしまう。わずかな隙を見つけて多少強引に踏み込んで突きを出す。


 カァァン


 肩と胸の間を狙った刺突が鎧に弾かれる。すかさず振り下ろしされた大剣を右斜め前に飛び込んで回避した。


 危なかった。


「効かねえなぁ。蚊の食うほどにも効かねえぜぇ」


 完全に対策済み、ということだろう。

 俺の攻撃を、食らうことが前提の防備。

 ジョブ獲得で向上した防御力に、装備を充実させることで、一分の隙もなくし、俺にあえて攻撃させ、反撃する。


 郷田のクセに、というと負け惜しみ感が出るが、攻撃力が劣る相手に対しては、これ以上ない戦法だ。


 俺の攻撃が効かなかったことで自信を深めた郷田が、勢いを増して前進してくる。

 右上から左下へ、左上から右下へ、大剣を∞を描くように振り回しながら詰めてくる。まるで重機のように、ブロードソードが地面をかすめようと気にせず、逆に邪魔な地面を抉るように突き進む。術も理もあったもんじゃない。


「オラオラオラァ、逃げ回ってないで攻撃してこいよぉ。雑魚はどこのどいつだぁ?」


 決して全力では走ってこない。己の戦略から外れないように、俺にプレッシャーをかけ続け、耐えきれず一発を狙ってきたところを自慢の防備で弾き、大剣で仕留めるつもりなのだろう。


 攻撃を避ける。右、左、右斜め後ろ。


「安心しろぉ、おまえが死んでも、五菱の面倒は俺様が見てやるからよぉ。お仕置きは必要だがなぁ、へへっ」


 ヘルムの奥で、大きな鼻を膨らませたニヤけた面が想像できる。

 左、後ろ、右、後ろ……広間の奥に追いやられている。

 背後には岩壁。後が無い。


「あばよっ」


 郷田が一際大きく大剣を振りかぶる。


 ガンッ!!「ぐぉっ……」



 大剣は振り下ろされなかった。

 郷田の頭が仰け反って一歩後退する。


「グダグダうるせーよ。黙って戦えないのかよ」

「……てめぇ」


 郷田が突き上げられた頭を押さえる。が、そんな隙を見逃すはずがない。顔を狙って短槍を連続で突く。


「くぅっ……てっ……めぇっ……」


 顔への刺突を嫌がり、攻防が逆転する。が、元々の作戦を思い出したのか、郷田が顔のヘルムを突かれながらも大剣を振り回す。

 しかしその剣に力はない。

 頭をこづかれていては――顎が上がったままでは、鋭い振りや技が繰り出せない。


 それに加えて。

 俺は重心を低く低く抑えて、下から郷田の顔めがけて槍を突いている。身体を地面スレスレまで屈めて攻撃している。


 現代の武芸は、下からの攻撃に弱いと言われている。それは刀剣にしても、槍にしても、下段の構えを取る人が減ってしまい、相手にする機会が無いからだ。

 元々の体格差に加えて、地面すれすれから顔を狙った突き上げ。さぞやりにくいだろう。


 郷田は相変わらず、俺の攻撃を無視して大剣を振り回しているが、奴の攻撃が俺に当たることはない。

 致命打には程遠いが、顔を下から突き上げることで、郷田の踏み込みも妨害している。


「うがっ……このっ……てめぇっ……」


 ヘルムの奥で郷田の頭に血が登っていくのがわかる。

 顔へのチクチク攻撃が鬱陶しくなったのか、郷田は大剣で槍を払い始めた。

 それを見計らって、俺は攻撃を股へと集中させる。


 郷田の装備は、股部分まではカバーしきれていない。腿の付け根を狙って、槍を突き刺す。郷田はたまらず大剣を下ろし、股を防御する。男にとっては本能的な行動だろうが、こうなっては悪循環だ。


 俺は郷田の剣が下がれば顔を狙い、上がれば股間を狙い続けた。


「郷田、おまえ、まるで、成長してないなっ」

「なんっ……だと……おっ」

「大方、力でねじ伏せるか、他の奴らが引き付けたモンスターを斬ることしか、やってこなかったんじゃないか?」


 ずっと他の連中に囮役をやらせて、美味しいところを奪っていたんだろう。ジョブの獲得速度に対して、明らかに技術が追いついていない。


 ダンジョンの戦闘の基本は己の肉体だ。マナやジョブは、身体機能の上昇や、戦う上で有用な選択肢を与えてくれるが、あくまで基本は己の肉体と技術だ。


 例えば、バク宙ができないものがジョブを得たからといって、いきなりそれができるようにはならない。

 例えば、『盗賊』のジョブを得たからといって、いきなり窃盗技術は身に付かない。

 技術とは、本人の資質と訓練に寄って得られるものであって、ゲームのように数値ステータスの変化でどうにかなるものではない。


 郷田はなまじパワーがあるせいで、対等の敵と戦う為の技術を身に着けてこれなかったんだ。パワーでゴリ押しの剣か、囮が引き付けている敵を叩き切るだけの剣。


「こぉのっ……チッ……なんでっ」

「解せないって顔だな。まだ気付かないのかよ」


 突いて突いて突いて突いて突きまくる。

 郷田は防戦一方で彼我の差はどんどん開いていく。


「うぉおおおおおっ!!」


 郷田が焼けを起こして大剣を振りかぶる。

 それはさっきダメだっただろ……。

 俺は下から槍を突き上げ、郷田の体勢が、振りかぶった状態で固まる。


「てめぇ、なんなんだソレっ……」


 槍で首根っこを郷田から驚愕が伝わってくる。

 ようやく気付いたか。


 今、俺と郷田の距離は二メートルはゆうにある。

 俺の短槍は、は全長一九〇センチほどの長さだ。『素槍』と呼ばれる、柄の先に剣先が付いているような、一番シンプルな形状の槍だ。近接と中距離戦のバランスを考えて、俺はこの長さの短槍をずっと使っている。


 だが、、俺は槍の先端を郷田の首元に押し当てた状態で、二メートル以上離れている。しかも郷田の首元を押さえつけている穂先の形状は、さすまたのような『三日月型』だ。


「どういう……ことだよっ……」

「おまえ、ジョブを手に入れたのが自分だけだと疑わなかったのか?」

「なに……言って……」

「自分だけが特別だと思っていたのか? 入学から三週間経つんだぞ。その可能性を考えなかったのか」

「……」


 俺は呆然とする郷田を無視して、顔と股間を狙って槍を繰り出す。ここで容赦はしない。

 今の穂先は元の素槍にある。


 俺が得た職業は『造る者つくるもの』。


 マナの『体外制御』が得意で、マナを物質化できる唯一のジョブだ。一次四職のなかでは、最も成り手の少ないジョブらしい。

 そして、ジョブを取得したタイミングは――。


「いやっ……骨皮っが……名簿っ……確認してたっはずだっぞっ……」

「ジョブを得たのはついさっきだ。まだ登録されてねえよ」

「……サボって……潜ってやがったのかぁ!」


 いや、違う。


 俺がジョブを得たのは、おそらく小鬼の集落で杖ゴブを倒した時だ。

 弱い敵より強い敵の方が経験値は多い。あのとき、身体が熱く燃えるような感覚があったが、今考えればそのときに条件を満たしたのだろう。

 ちなみに授業をサボっていたのは、ジョブの取得と、能力を把握して身体を慣らすためだ。


「ぅおおおおおっ」


 郷田は槍を振り払うように大ぶりで大剣を振り回す。読みやすい雑な剣だ。結局、身体機能が上がっても、それを超える力で振り回すのでは模擬戦のときと同じだ。


 槍を延長していたマナを解き、郷田が空振った瞬間、再度マナを流し込み短槍の延長と穂先を『造る』。

 バランスが崩れた隙を狙って、郷田の右肘の内側、肘窩ちゅうかと呼ばれる関節を切り裂く。


「グォおおっ!!」


 今の穂先の形状は『鎌槍』だ。

 これで右腕は使えない。


「くぉおおおっ!!」


 郷田は往生際が悪く、左腕だけで大剣を振り回す。勢いを付けて、一回転して――。


「それは知ってる」


 投げ切る前に、鎌槍で左肘窩を抉り取る。大剣が郷田の手を離れてカランと転がっていった。

 腕がだだ下がりで、もうロクに防御もできない。

 俺は続けて郷田の足の付根付近を突き刺す。


「やめろっ、待て、まってくれっ」


 後ずさる郷田を構わず攻撃する。

 腕が使えず、武器もなく、下手くそなダンスを踊るように必死に回避しているが、お構いなしに攻撃を続ける。足の付根付近にどんどん傷が増えていく。


「ほ、骨皮ぁ! 池田ぁ! て、てめぇら……なんとかしろぉ!!」


 本来なら、留める者の恩恵を得た郷田に対して、いくら無防備な場所でも、通常の武器攻撃は効きにくい。入学当初、モンスターの体皮が硬く感じたのと同じ理屈だ。

 しかし、今の俺は、短槍の先端にマナで形成した穂先を造っている。それはマナの防御力に対して有効だ。


 郷田が立っていられなくなり、仰向けに倒れた。腕と股から血が滲んでいる。重要な血管がいくつも通っている部位だ。


 勝負は着いた。


「こ、降参だ。俺の負けだ」


 誰も助けが来ないことで観念したのか、郷田は負けを認めた。

 仁と碇の方を見ると、向こうも勝負が着いているようだった。というか、こっちの戦いが終わるのを待ってくれていた。


 俺は郷田の鎧、ショートキュイラスの腰と肩部分のベルトを切り裂いて剥ぎ取った。


「俺様……俺はおまえの下につく。傘下に入る。……俺は使えるぜ、へへっ」


 アンダーシャツをめくり上げ、腰からナイフを取り出す。


「おいっ、何する気だよっ。殺すのか? やめろ、やめてくれよぉ」


 殺しはしないさ。、な。


 ただ、これだけは絶対にやらなければいけない。

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