第10話 旗幟

「郷田くんすごーい。小鬼の集落を倒すなんて」

「ヘヘっ、大した事はないけどな」

「めちゃくちゃすごかったよ、大剣でバッサバッサ小鬼どもをなぎ倒してさ」


 翌日、休み時間になると、郷田の周りに人が集まり、ワイワイと盛り上がっていた。

 昨日の探索で、小鬼の集落に攻め込んで負傷者を出した茶山チームと、逆に、ほぼ無傷で集落を攻め落とした郷田チームの話は、朝の時点でクラス全員が知る所となり、クラス内の勢力均衡に明確な変化がおきた。


 郷田派だけではなく、女子も大石さんを初めとして、何名かの生徒が郷田を取り囲み、何人かが郷田の腕とか肩あたりにベタベタ触って話をせがんでいる。

 完全に他の女子ライバルを牽制する意図だ。


 これまで、男子とは仲良くしつつも、決め打ちは避け、一線を引いているように見えた女子が、大石さんを皮切りに、旗幟きしを鮮明にした形だ。


 彼女たちを掻き立てた最大の理由が……。


「もう職業ジョブを獲得するなんて、ごうくんはやーい」


 豪とは郷田の名前だ。いつの間にか名前呼びになっていた。


「集落の殲滅が効いたんだろうな、帰りに石像に近づいたら、いきなり輝きだしてよぉ――」


 今日は入学してから三週目の金曜日だ。

 ファーストジョブの獲得には、平均で二ヶ月程度、早い生徒でも一ヶ月程かかると授業で教わっていた。それを踏まえれば大したスピードだ。


「香取、ちょっといいか」

「ああ」


 小野田が話しかけてきた。教室の外で話したいようだ。


 小野田深夜おのだしんや

 茶山のパーティーメンバー。俺と同じくらいの背丈で、見た目は普通の男子だ。髪も染めてないし、制服を着崩してもいない。でも髪型は毎日きっちりセットしてあって、それがほんのりチャラさを醸し出している。顔は男前だと思う。


「茶山、大丈夫そうか?」


 先に、気になっていた茶山の容態について尋ねた。


「ああ、傷は深くはない。でも脚だからな。歩き回るより、休んでたほうが治りは早いってんで、もう少し入院するってよ」

「そうか」

「古川は、肋骨にヒビが入っちまったらしい。二週間は安静に、だそうだ」


 この時期に二週間のダンジョン離脱は厳しい。が、死ななかっただけ幸運とも言える。

 学校から支給された防刃ベストは良品だ。ある程度の衝撃からも身を守ってくれる。その上からその怪我なら、あたり場所によっては即死もあり得た。


「俺たちは……茶山と俺と菊池は、今は様子を見るつもりだ。茶山は素直に従うような性分じゃないし、俺としても郷田はちょっとな」


 なんの話かはわかっている。昨日、郷田に言われた件だ。


「あと、ありがとな。……昨日、もし香取たちが来なかったら、どう考えたってヤバかった」


 そうだと思う。肋骨にヒビが入った古川に、脚を射られた茶山。撤退すら厳しかっただろう。怪我の状態が明らかになった今なら、はっきりわかる。


 俺は気にしなくていいさ、と答えて教室に戻った。



----



 午前の授業が終わり、仁と碇の三人でカフェテリアに向かう。


「ケッ、アイツ、本当にジョブ獲得してんのかァ? フカしてんじゃねェだろうなァ」


 仁が不満を隠しもせずに愚痴った。


「それは間違いないよ。ジョブの報告と戦利品の買取りに関しては、この学校、ものすごく厳しいんだよ」


 碇がたしなめる。


「どーしてわかンだよ」


「授業で言ってたじゃないか。『戦力変化時の報告の義務』だよ。職業ジョブを新たに得たものは、速やかに報告の後、検査を受けることって。ちゃんと学内サイトの名簿から、誰が何段階のジョブを得ているのか調べられるんだ」


 碇の言う通り、俺もさっき学内サイトの名簿を確認したが、間違いなく郷田はファーストジョブを獲得していた。他のC組の男子は全員無職ノービスだった。ちなみに、わかるのは位階だけで、ジョブ名は不明だ。


「カーッ、なにかにつけて焚き付けられてる気がするぜ」

「競争を意識させられてるのは間違いないね……。努力を促すためと言われればその通りだけど」


 名簿からはジョブの取得段階、模擬戦の成果も共有されて、誰でも調べることができる仕組みになっている。女子の存在もあるし、茶山たちがはやった気持ちも理解できた。


 定食を受け取っていつもの席に向かう。

 席に指定はないとは言え、なんとなく固定化してしまうのはどこの組織でも同じだ。

 最近はカフェテリアの席が入学当初より空いてきている。女子と同席できない男子グループが、自分たちの教室や中庭や屋上で食べているからだ。


 郷田の席が目に入る。なんと、クラスの女子が六人も同席していた。郷田の隣には、バレエ系美少女の大石さんと、小動物系美少女の兎沢とざわさんという女子がいて、まさに両手両足に花という感じだ。



 いつもの席に座って昼食を食べ始める。


「私たちもご一緒していいかな」


 三人の女子生徒が声を掛けてくれた。

 栗林くりばやしさんと城丸しろまるさん、それから杵鞭きねむちさんという女子だ。

 栗林さんは、五菱さんとよく一緒にいる女子で、初めてお昼を一緒に食べた女子だ。

 城丸さんは、三つ編みにメガネの図書委員系美少女。


 そして杵鞭舞きねむちまいさん。

 最近になって俺たちとよく話すようになった女子で、肩くらいまでのウェーブがかった黒髪を中央で五対五で左右に分けている。おでこを出していてキツく見える目ををしているけど、物腰は柔らかい。というかネットリしてる。

 最初に話したときに「馬と羊を十頭飼えるとしたらどう配分する?」と聞かれて、五:五かなあと答えたら「うーん」と微妙な反応をされた。あと、女子にしては背が高い。俺と同じくらいあるかも。


 もちろんいいよ、と言って食事を始める。


「でもさ、よかったの? 別に他意は全く無いんだけどさ、ほら……」


 郷田の方の席をチラリと見つめる。

 それだけで三人は意図を理解してくれた。


 なんというか、ここの学校の女子は容姿もいいし、察しもいい。

 なんでも、公表されてはいないけど、高い倍率を乗り越えて入学してきた才媛才女ばかりなのだとか。

 何が彼女たちをこの学校に駆り立てたのかは、いまだに謎だ。


「あたしは直感を信じるタイプなの。パパも迷ったときは直感を信じろってよく言ってたわ」


 仁の隣に座る栗林さんがそう答えた。


「私は気持ちも大事だと思うから……。もっとお話聞いてみたいなって……」


 隣に座る城丸さんに上目遣いで見つめられながら言われた。

 お、おう。なんだ、お見合いか? ドキドキしてきた。いや、冷静になれ。俺は失恋をしたばかりなのだ。そう簡単にもてあそばれてたまるか。


「アタシも同じかな。相性が悪いのはお互いにとって不幸さ」


 碇の隣で杵鞭さんが答える。碇が何故かドギマギしてる。


 ここに五菱さんがいたら、なんて答えてくれたんだろうか。

 ふとそんなことを考えてしまう。

 ……まだまだ吹っ切れそうにない。



 ここ一週間ほどの下腹部の疼きなのだが、最近はますます酷くなっている。具体的に言うと、教室で女子生徒の太ももを見ただけで一気に血流が流れ込む。授業で美女教官たちの、お尻や胸元を見るだけでそうなるし、お昼に女子が隣に座ると大変なことになる。今朝も夢精していた。もうさるかよ、てくらいの性欲だ。


 何日か前に、寮で下ネタで盛り上がってたら、仁も同じ状態なのだと言っていた。


『これが二次性徴ってやつかァ?』


 仁は呑気にそんな事を言っていたが、絶対に違うと思う。

 今も、隣の城丸さんからいい匂いがするし、腕が触れ合って大変な事になってる。割と本気で、自分がいつか性犯罪に走ってしまうんじゃないかと心配してる。


「――相川、あんた中学で何してたの。今の授業なんて復習みたいなもんよ?」

「知るかよ、だからここに来たんじゃねェか。お勉強できなくてもなんとかなるって聞いたからよ」

「ダン高にだって試験はあるし赤点もあるの。留年しちゃうわよ」


 仁と栗林さん。

 二人揃うと、こんな話ばかりしているが雰囲気はいい。お馬鹿とお節介気質。俺はお似合いだと思ってる。

 一応、このダン高にも留年はあるらしい。だが、手厚いフォローがあるので、よほどのことがない限り、一般科目で留年者はでないのだとか。

 ただ、ダンジョン実習に関しては別だ。ダンジョン実習の課題――たいした難度ではない――すらクリアできなくなると、問答無用で退学になるそうだ。


「――前は盾役だったのか。小鬼に責められるというのはどういう感じなんだい?」

「やっぱり怖いよ、僕より小さくても、本気で殺そうとしてくるわけだし。でも盾役の重要性はわかるんだ。僕には才能は無かったけど、受け手がいることで攻め手が輝けるというか」

「受け責めの真髄かもね。キミのそういう所すごく素敵だ」


 杵鞭さんと碇は……。

 まあ楽しそうだ。


「その石像? 男神像はどんなお姿なの?」

「えっとね、長い髪が逆立って後ろに流れてるようで、古そうなころもを纏ってるんだ。目はつり上がっていて、大刀を持ってる。実際にいたとしたら、すごく強そうな感じかな」

「やっぱり建御雷神タケミカヅチよね。鹿島神宮で大刀……布都御魂剣ふつのみたまのつるぎ……」

「モデルの人?」

「ええ。ダンジョンは歴史的な由緒ある場所にできやすいっていうし、日本に現存する他の三つのダンジョンにも、別の御神像があるらしいの。鹿島なら国譲りに貢献した建御雷神よね。御祭神だし。でも、高天原の地名が残る、日ノ本信仰に最も近しい土地柄を考えれば、天照アマテラスに連なる、別の天津神アマツカミの可能性も――」


 最初に話したときに、大石さんとの質問攻めの印象が強かったが、城丸さんはどうも、純粋にダンジョンに興味あるだけのようだ。歴史好きの匂いがする。

 でも上目遣いでぐいぐいくるのはやめてほしい。多分クラスで一番、いや、黒崎教官を除けば一番胸が大きいし、制服の胸元がぱっつぱつで、今の俺にとっては凶器だ。



 お昼休みが半分くらい過ぎたところで、野暮用があるからとお暇した。トイレではない。いや、トイレにも行きたかったが。


 北校舎を出て、東校舎の先へ向かう。

 コンテナ型喫煙所の中に目当ての人がいた。

 この時間、いつもだいたい一人でここにいるのはわかっていた。

 一応、失礼しますと断ってから中に入った。


「香取か。先に言っておくが、私の眼の前でタバコは吸わせんぞ?」

「吸いませんよ」

「そして私がタバコをやめることもない。貴重な休み時間なんだ」


 やめないのかよ。まあいい。押しかけたのは俺だ。


「黒崎教官に聞きたいことがあります」



----



 もうすぐお昼休みも終わる。多くの生徒は教室に戻っている頃だろう。


 最低限、聞きたいことは聞けた。

 あとはどう引っ掛けるか……。


 喫煙所から中央へ向かう途中、声が聞こえた。

 野太い男の声だ。誰かに向かって話しかけている。


「……びし、もうはっきりしただろぉ? 返事を聞かせてくれよ」

「……」

「おまえ言ったよなぁ? 自分が欲しかったら結果で示せってよぉ」

「……そうだけれど……」


 聞き覚えのある声だ。東校舎の角の向こうから聞こえる。俺はこの二人を知っている。

 息が苦しくなる。


「一年でジョブを得てるのは俺様だけだ。茶山は自滅したし、あとは香取と相川を叩き斬れば終わりだ。あいつ……香取は許さねえ……俺様に舐めた口をききやがった……。C組は俺が支配する。ヘヘっ、もう時間の問題だ。すでに立場をはっきりさせた女もいるんだ、おまえは出遅れてるんだぜ? だが、いい女だから特別に俺のモノにしてやってもいい」


 胸が苦しい。目眩がして壁に寄り掛かる。


「いつまでもボールがおまえにあると思うなよ、これがラストチャンスだ。俺はC組だけじゃねえ。一学年もシメるし、ゆくゆくは五大クランに食い込んでやる。断るってんなら辛い学生生活になるぜぇ。だが、今、俺につくならいい思いをさせてやる。おまえも何か打算があってここにいるんだろ? 俺様が協力してやってもいい。その代わり……わかるな? へへっ…………いい身体だ……」

「やめてっ!」


 その瞬間、体の血液が沸騰したようだった。

 自分の領域を犯されるような嫌悪感。蛆が体を這うような不快感。まとわりつく全ての厭悪えんおを引きちぎって抹消してやりたい。いや、しなければならない。今すぐに。


 ……だが、熱くはなるな。


「五菱さん、ここにいたんだ。ごめんね遅れて」


 二人を見る。いや、五菱さんを見る。

 郷田が五菱さんのどこかを、多分顔か頭かを触ろうとして、振り払われた、そんな様子の二人だった。

 表情だけは取り繕って二人に近づいた。表情以外は取り繕う意思も余裕もなかった。


「行こうか」


 五菱さんの腕を握って引く。


 予期せぬ闖入者ちんにゅうしゃに、二人共戸惑っているようだった。

 彼女に抵抗されるかもしれない。そんな可能性を考える間もなく、俺は飛び出していた。そこまで頭が回らなかった。もし拒否されたら、とんだ喜劇者ピエロだ。


 一歩。二歩。


 彼女は郷田の手を跳ね除けたかもしれないけれど、イコール断ったとは限らない。よしんば、郷田に対して拒絶したとしても、俺の介入を是とするかどうかも別問題だ。

 もし彼女がヤツを選ぶなら、もしくは俺を選ばないなら、抵抗されて引く手は重くなる。


 三歩。四歩。


 彼女は今どんな様子なのだろうか。俺は体中が熱くなって、怒りで後ろの気配なんて探れなかった。アイツの手が彼女に対して触れた、触れようとした。それだけで血管が破裂しそうだった。


 五歩。六歩……。


 引く手は重くならなかった。腕はしっかり握っている。強く握りしめている。そこに確かに在った。


「おい、香取ぃ」


 低いドスのきいた声が後ろから浴びせられる。

 俺は立ち止まった。

 女を掻っ攫って逃げる。そんな風に思われたくないとか、恐れをなしたとか、そんな理由じゃない。


「なんだよ、郷田」

「てめぇ、その女を連れてっていいってよぉ、誰が許可したんだよ」

御託ごたくはいいんだよ」

「あ"ぁ?」


 許せないのはこっちだ。

 おまえじゃない。


「気に入らないなら、相手になってやるよ」

「あ?」

「それ以外の選択肢がおまえにあるのかよ」

「……」


 コイツは邪魔者は排除しなければ気がすまない。そういう人種だ。世界が自分の思い通りに回ることに慣れきったワガママ少年だ。どんな手を使おうが、意地汚く欲しいものは手に入れる。一度隙を見せたら、相手を徹底的に貶めて、飽きもせずにずっといたぶり続ける。

 恥とか品性とか外聞とか、そんな言葉はこいつの中にはない。

 言葉をかわすことに意味はない。


「容赦しねぇぞ」

「するつもりがあったのか」


 まっすぐに睨み合う。お互い引くつもりはない。が、彼女の手は俺が握っていて、それを彼女は嫌がってはいなかった。それが決め手だった。


「……首を洗って待ってろ」


 それだけ言い残して、郷田は校舎に戻っていった。


「……」

「……」


 俺は、なかなか怒りが収まらなかった。とても彼女に見せられる顔じゃない。何度も深呼吸して、それでようやく落ち着いてきた。それでずっと彼女の腕を強く握りしめていたことに気付いた。


「ご、ごめん。痛かったよな……」


 俺は慌てて手を離した。


「離さないで……」


 でも逆に腕を抱えられてしまった。

 か細く、かすれた声でそう言われた。

 

 彼女は俺の右腕を両手で抱えながらしばらく俯いていた。

 俺はどうすればいいかわからなかったけど、少しだけ迷って、空いた左手で彼女の肩とか背中とかをさすってあげた。


 彼女は嫌がらなかった。



 しばらくして、ふぅと息をついてから、彼女はぽつぽつと喋りだした。


「わたしは……粉をかけていたの……」


 俺の右腕を掴みながら、言葉を探して、手にとって、確かめてから口にするように紡ぎ出した。


「見どころがありそうな、……ダンジョンを攻略していけそうな男の子に近づいて、自分をアピールしたの」


「それは……私的な理由なの」


「でもわたしにとっては大事なこと。一番大事なことで、そのためなら他の全てを捨てれると思ってた」


「だから郷田くんにも気を持たせてしまった」


 俺はただうん、とだけ言って彼女の話を聞いていた。


「でもあの人に顔を触られたとき、ダメだってわかった……」


「わたしは馬鹿だったから、そうされるまで自分の覚悟の弱さを知らなかった」


「ここにいる男の子たちは、みんな、命を懸けているのに」


「だから、わたしだって身体くらい差し出さないとダメだって」


 俯いていた顔を上げる。


「香取くん、顔を触ってほしいの」


 抱えられていた右腕から手が離れる。

 ゆっくり彼女の顔まで手を近づけて、髪を少しだけ払って手のひらで頬に触れた。目を見つめ合う。


「わたし欲張りなんだ……」


「好きな人じゃないと嫌だし、野望も捨てられない」

「五菱さん」


 俺は鈍感系じゃないし、難聴系でも不能系でも認知障害系でもない。そのようなファンタジーの主人公たちが理解できないし、軽蔑している。ここまで言われて、何も感じず最後まで女に言わせたりはしない。


「俺もそうなんだ。俺もダンジョンがあるからここにきた。ダンジョンが一番なんだ。でも俺は五菱さんが郷田と仲良くしているのを見て辛かった。ダンジョンが一番だけど、五菱さんだって欲しい」


 それが俺の本音だった。

 出会いを求めて来たわけじゃない。でも好きなものは好きなだけほしい。手に入るかどうかは関係ない。人間なんだからあたりまえだ。そんなの欲張りでもなんでもない。


「……香取くん」


 五菱さんは目が潤んだのか、少し俯いて耐えているようだった。でも俺の右手に手を重ねて、顔から離れないように包んでいる。


 俺は彼女が落ち着くのを待ってから言った。


「五菱さん、俺に賭けてよ」

「……賭ける?」

「うん。俺はまだノービスだし、人気馬じゃない。今は、一番人気が独走状態で、今から賭けても妙味みょうみは少ない。でも俺は二番手以降の混戦馬だ。賭けるなら全然遅くない。まだまだオッズは高いよ」

「ふふっ。……そうね、万馬券とは言えないけれど、狙い目かもしれないわ……」


 五菱さんは楽しそうにくすくす笑ってくれた。かわいい。


「競走馬はけっこう好きなの。見るのも好きだし、賭けるのも……まあ、たまにね?」

「そうなんだ」

「……賭けるなら、賭金がいるわね」


 そう言ってポケットの中から何かを取り出した。


「カトリオペラオーにこれを賭けることにするわ」

「……何? これ」


 手渡された試験管のような形の透明な容器に入った青い液体を見る。この世のものではない。淡く発光しているし、ダンジョン産……だよな。見たことがあるような、ないような……。


治療液体ポーションよ」

「ポーション!? これが……は、初めてみた。これ、すごく高いんじゃ……」

「賭金としては十分ではないかしら」

「うーん、十分すぎるというか……」


 たしか末端価格で三十万円は下らない。


「わたし、本当はね、大勝負では一点買いタイプなの」


 見かけによらず大胆というか豪胆な性格らしい。


「それじゃあ、教室に戻りましょうか。……だいぶ遅刻しちゃってるわ」


 五菱さんが腕の携帯端末を見ながらそう言った。

 かなり長い時間過ぎていたみたいだ。とっくに授業は始まっていて、このあたりはとても静かだ。


「あ、俺は少し準備があるんだ。悪いんだけど、先生に聞かれたら保健室に行ったって伝えてくれる?」

「それはいいけれど、準備?」


 五菱さんが少し不安そうな顔をする。


「うん。ここから巻き返すための準備」


 俺は自信満々で頷いた。五菱さんはわかったわと言って教室に向かった。


「五菱さん!」

「なあに?」


 校舎に入りかけた彼女が振り向く。


「オペラオーの底力は本物だ! 損はさせないよ!」

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