第5話 職業
月曜日の入校式から始まって、今日が土曜日。
ここに来てから初めての休日だ。
鹿島ダンジョン高専に入校して、最初の一週間が終わった。
親元を離れて初めての寮生活、少し特殊な高校生活、命がけの戦闘。
俺はこの濃密な一週間を振り返りながら、毎朝の日課となっているパルクールをしていた。
パルクールとは、場所を選ばずに、走って、飛んで、登って、着地してを混ぜ合わせて、心身を鍛える競技だ。
高専敷地内にある鹿島神宮と御手洗公園内を、走りながら、登れる壁や段差があれば勢いを付けてよじ登り、高い場所からのランディングでは、前宙やひねりを入れて着地時にロールをして勢いを殺す。低い障害物なら跳び箱のように飛び越え、壁があれば蹴って宙返りする。
ただ走るだけよりも様々な運動が必要とされるのから、体力がつくし、いろんな部位が鍛えられ、身体制御のトレーニングに最適だと思ってる。
このあたりの街は、
鹿島ダンジョンは、日本に初めて生じたダンジョンで、日本で初めて暴災を起こしたダンジョンだ。
多くの人々が亡くなり、周辺一帯は帰還困難区域に指定され、後に国が土地を買い取った。
今ではダンジョンと鹿島神宮一帯を囲むように、校舎や、寮、研究施設が建設されている。
一応、校門から西に数キロ、北浦(霞ヶ浦)という湖を超えたところに、ダン高関係者と生徒が利用している街がある。
ダン高関係者や研究者がその街から通勤してきたり、休日になると、ダン高生徒が遊びに繰り出したりするようだ。
パルクールを終えたら柔軟体操をして筋トレだ。腕立て、腹筋、懸垂、スクワットを規定回数行う。今のところ自重トレの範囲で行っているが、いずれダン高内の、設備の整ったトレーニングジムを利用したいと思ってる。
筋トレの後、息を整えて練習用の短槍を持って構える。
自分と同じ体格の人体を思い浮かべて、最初はゆっくり刺突を繰り返す。
急所である、目、人中(鼻の下)、水月、肝臓、股間を意識しながら、身体の一つ一つの動きを確かめるように突く。
槍の長所は突きだ。
相手と多少の距離を保ちながら、リーチの長さで有利に戦える。刺された場所が悪いだけで、一撃必殺になり得る。
戦国時代のメインウェポンは刀ではなく槍だったらしい。
俺も、初心者が使うなら槍が一番いいんじゃないかと思ってる。
基本の突きが終わったら、敵の攻撃を払って突く、得物を掬い上げて突く。そういう動きも混ぜていく。
突き、払い、回避、相手のあらゆる攻撃をイメージしながら、今度はフットワークを意識して槍を振る。
全ての動きを終えたら、日課は終わりだ。
だいたいこれらを毎朝一時間ほどかけて行うのがルーチンになっている。
寮に戻り、軽くシャワーを浴びて朝食を食べる。
休日でもダンジョンには入れる。
休日メインで探索する生徒もいるし、土日は休む生徒もいる。
俺と同じく自主トレを終えた仁とダンジョンに向かった。
俺と仁は日曜日をオフにすることに決めた。その分、今日は少し長めに潜るつもりだ。
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日曜日。
前もってオフと決めていたので、朝の日課を終えたあと、午前中は寮でゴロゴロしていた。
仁は入り用があるとかで街に買い物に出かけている。
寮生活を送る上で必要最低限のものは学校から支給されている。だけど、シャンプーやら洗顔料やら、こだわりがあるモノは自分たちで用意するしかないし、新しい生活をしてみて必要なものも出てきたのだろう。
そういうわけで、クラスメイト何人かで街に繰り出したようだ。俺も誘われたが、調べたいことがあったのでパスした。
部屋の掃除をして、オリエンテーションで配られた資料にパラパラ目を通したり、携帯端末から学内サイトにログインして、お知らせや設備関連の情報を漁る。
「おー、学内掲示板もあるのか」
スレッド一覧を見ると、新年度早々という時期柄、「新一年生の質問に答えてあげるスレ」、「ダン高の便利な設備スレ」などが賑わっているようだ。
「さてと」
ベッドから起き上がる。
目的は図書館だが、日曜日である。上から下まで制服に着替える必要はないだろう。
下だけ制服のスラックスを履き、上はロングティーシャツで出掛ける。
一年生男子寮から学校の校舎までは歩いて十分ほどだ。距離的には一キロくらいか。
一年生男子寮が最北端にあり、二、三、四と学年が上がるにつれて校舎に近づいていくわけだ。
ダン高は五年制なので寮も五箇所あるはずだが、校舎に一番近いところに一際大きく、高級感ある六つ目の寮がある。お偉いさんでも暮らしていそうだ。
ちなみに女子寮は校舎を起点に、男子寮とは線対称に建てられている。つまり最南端が一年生女子寮だ。
図書館のある北校舎に近づいていくと、三人の見知った顔を見かけた。
「待って。パーティーなんだから平等に分配してくれないと困るよ」
「おまえ、全く役に立ってなかったろ」
「そうそう、むしろ足引っ張ってたじゃないか」
「僕が敵を引き付けてたんじゃないか、それで君たちが――」
小柄な生徒が食い下がって反論する。
「しょうがねえな、感謝しろよ」
面倒になったのか、大柄な生徒が投げつけたものを、小柄な生徒が受け取りそこねて地面に散らばる。
「ったくどんくせえな」
「昼食ったらもっと長く潜るぞ」
「あ、待って」
急ぎ拾い集めて後を追う生徒。
一年C組、クラスメイトの、
大柄な生徒が
パーティーのリーダーだろう。まだロクに話したことは無いが、あまりいい印象はない。髪は短めに刈っていて、トップのあたりをワックスで立たせている。目が細く、顔の中心の大きな鼻が目立つ。あまりカッコいいタイプではない。粗野な言動が目立つ生徒だ。
取り巻きが、
そして、爪弾きにされていたのが、
大方、戦利品の分配で揉めていたのだろう。パーティーには付き物の
パーティーで仲良くとか、チームワークを大事に、なんて綺麗事をのたまうつもりはない。命懸けだからこそ、許せないこと、我慢ならないことはある。第三者がどうこう口を出すべきではない。
ただ、俺には郷田が碇を本気で排斥したがっているようには見えなかった。
おそらくは……。
余計なことを考えながら北校舎四階の図書館に行き、ウォッチ型携帯端末を入口の機械に読み込ませて入室する。
日曜日なのに、ちらほら生徒がいる。
……みんなかっちり制服じゃねーか。
まあいいや。
目的のものはすぐに見つかった。
この時期、需要のある資料については、特設コーナーが設けられて陳列されていた。
この学校、本当にかゆいところに手が届くんだよな。色々抜かりがない。
資料を抱えて人が少ない隅の方の席に着く。
『ダンジョン
ジョブとはダンジョンからの恩寵だ。
どういう基準なのか定かではないが、その者の戦闘指向や経験に応じて、戦闘手段、能力、スタイルに強化が与えられる。そしてその分類を『
まず一次職として、『
まだジョブを得ていない者――ダン高では
そして一次職を得ているものが、更に条件を満たすことで二次職を得ることが出来る。
具体例を挙げると、戦士系二次職として、剣士、武士、槍使い、盗賊、斧使い、狂戦士などがある。
ジョブとは、位階が一つ上がることに、戦闘力が上昇すると言われている。
現在、日本において、四次職までの到達が確認されているが、その一つに『
『留める者』――『武士』――『侍』――『侍大将』
ジョブも四次職まで至ると、ノービスとは戦闘力に隔絶した差が生じるのだという。
では、ジョブの位階をどんどん上げるのを優先したほうがいいのかというと、そうとは限らない。
複合型二次職に『
これは遠距離攻撃型職業で、複数属性を扱うことができるレアジョブだ。汎用性が高く、チームに一人いると戦術の幅が広がる、と重宝がられているジョブらしい。
ダン高においてというか、世界的にも人気の高いジョブで、目指している生徒も多いと聞く。
もし、『魔法使い』になりたいのであれば、一次職で『離す者(射手系)』と、『化える者(術師系)』を両方経由することが必須条件となっている。
つまり、一つの系統に絞ってジョブの位階を上げていくのもいいが、複数系統を取得することで、汎用性や柔軟性の高いジョブを狙うのも悪くない、ということになる。
同じ位階の、別の職業を取得したければ、ダンジョン内にある男神像の石版に、条件を満たした状態で、『右手』を触れればいい。上位職業を得たい場合は『左手』を触れるとよい。
ただ、狙ったジョブを取りたくても、取得できるかどうかはわからない。希望通りにはいかない可能性だって当然あるし、そもそも適正? がないジョブは前提条件を満たしても得られないとも書かれている。
オカルトチックに語られるジョブの取得条件は色々あるらしい。
例えば、「希望するジョブの武器を使っていたらなりやすい」とか、「暗殺を繰り返してたら『
ほんとかよ、と思う。
それから地雷職と呼ばれる不人気職も存在する。
『火術士』などの、属性+術士系。
『狐人間』などの、動物+人間系。
『結界師』などの局所系。
『魔女狩り』などの異端系。
『透明人間』などの特殊系。
こういったジョブは、そもそも弱かったり、戦闘向きではなかったり、極めて限定的な状況でしか活躍の機会がないため、地雷職と呼ばれている。
真偽はわからない。
ただはっきり言えるのは、ジョブ取得には注意しなければならないことが一つだけある。
それは、前段階のジョブを選び直すことはできない、ということだ。
もし、一次職で『化える者(術師系)』だけしか取っておらず、術師系二次職になってしまったら、もう『
ジョブのリセットは不可能だ。
俺は資料を読みながら思い悩む。
短槍使いとして、『大槍術士』を目指すのがいいか。
汎用性の高い、複合型ジョブを狙っていくのがいいか。
それより、地雷職を避ける立ち回りがいいか。
うんうん悩みながら、夢中で、考えや気になったジョブをノートにメモっていると声をかけられた。
「香取くん?」
顔を上げたら天使がいた。
あ、いや、違った。
美少女がいた。
「……五菱さん」
休日なのに、いつもどおり完璧な制服姿だった。自分のラフな格好を見て、なんだか引け目を感じてしまう。
驚いて何も言えずにいると、近づいてきて、なんと隣に座った。
「何を読んでいるの?」
身を寄せて『ダンジョン
めっちゃくちゃいい匂いがする。
机に身を乗り出してるせいで、斜め上から、五菱さんの横顔とか肩とか鎖骨の辺りが目に入って一気に血圧があがる。
「……えっと、ジョブについて調べてたんだ」
「もう? まだ授業でやってないのに……」
「うん。やり直しがきかないものだからね……。最新の情報も知りたかったし……」
「すごい。気になる職業あった?」
五菱さんの「すごい」は男心を弄ぶ「すごーい」ではなくて、本音でそう思ってくれてるんだなっていう「すごい」だった。
気になってるジョブをいくつか挙げて、なんだかゲームみたいでワクワクするね、なんて話したら、五菱さんもゲーム好きだと発覚した。
なんでも、架空の小島で、かわいいキャラクターを操作して、狩猟、採集、建築をするシミュレーション系が好きらしい。
「住民を落とし穴に落とすゲーム?」と聞いたら「可哀想でしょ!」と怒られた。
かわいい。
それから、お金になるモンスターを教えてくれたことにお礼をいって、とても役に立ったと言ったら喜んでくれた。
他の人に迷惑にならないようにコソコソ話してるのが、一緒になにか企んでいるようでムズムズした。
五菱さんが「いけない、
ここにはダンジョンの素材に関する本を返しにきただけだったらしい。
「またね、香取くん」
「うん。またね、五菱さん」
休日に図書館なんて似合わない真似をしたが、良いことがあるものだ。
また来よう。
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