第6話 クラス内競争

 週が開けて、クラスの生徒たちは学校の生活にだいぶ慣れたように見えた。

 先週までのぎこちない雰囲気は消えて、休み時間でも生徒同士の会話が増えて距離感が縮まった気がする。

 男子だけじゃなく、女子も土日にどこに行ったとか、あそこのカフェが美味しかったとか仲良く話しているのを目にした。


 ダンジョン高専の授業の時間割りは、九時十分から十三時まで、一コマ五十分の授業を四コマ行い、一時間のお昼休みの後、十四時から一コマ授業を受ける。

 その後、ダンジョン実習となるので、平日は大体、十五時頃からダンジョンに潜ることができる。

 そのダンジョン実習も、「何々を何体倒してこい」のような課題がたまに出るだけで、時間制限もないし、基本的には自由探索のようなものだった。


 俺と仁は、前の週よりも探索時間を増やして、だいたい十五時から二十時くらいまで探索した。

 ダンジョンにだいぶ慣れてきたし、あまりグズグズしない方がいいんじゃないか、と意見が一致したからだ。


 また、素材収集よりも討伐数を優先することにした。

 確かに青玉蛇あおたまはお金にはなるが、戦闘経験としては物足りなさがあるし、頻繁に見つかるわけでもなかった。

 結局は、第一層より深層の方が素材もアイテムも価値が高いものが多いのだ。


 今は一匹でも多くのモンスターを倒して、マナを扱えるようになること、そしてジョブを取得すること。これを第一目標にした。

 それで大体一日一人頭、二千円ほどの稼ぎを得た。



 ここ最近の変化、というか、新たにわかったことがいくつかある。


 一つは、お昼休みにお近付きに来る、女子生徒のことだ。

 始めは、何か思惑があるにせよ、一部の積極的な女子が、クラスメイトと仲良くなっておきたいのかな、くらいに思っていた。

 でも実際は、どうも近付く相手を選んでいるようなのだ。


 俺たちがそれに気付いたのは、クラスメイトの古川ふるかわという男子生徒に「女子が寄ってきてズルいぞ」と冗談半分に文句を言われたからだ。


 古川くんは、男の俺から見ても顔が整っていて、アイドルグループにいそうなイケメンだった。

 絶対、女子からモテるんだろうと思っていたのだが、お昼に女子と過ごしてはいないのだという。


 それから意識して、一年生が多く利用する、三階のカフェテリアを広く見るようにしたところ、例えば、郷田ごうだのチームには女子生徒がいたし、茶山さやまのチームにもいた。

 他のクラスでも、特定の男子生徒に対してのみ、女子生徒が同席していた。二人の男子に対して四人の女子がアプローチしている席もあった。


「強さ、だろうなァ」


 そうなのだ。


 女子が近付く男子というのは、俺たちから見ても、ダンジョン攻略が順調そうなチームだった。

 カッコいい男子とか、モテそうなヤツに女子が集まっているわけではなく、なんでコイツに? という生徒でも、強そうなヤツには女子が寄ってきていた。


「でも、理由はなんだろう? スクールカースト?」

「そこまではわからねェけど、あの様子だと何か強烈な旨味があるんじゃねェかァ?」


 女子の様子からして、クラスでの立ち位置のために、影響力の強そうな男子と仲良くしておこう、程度の熱量ではなさそうだった。


 仁とアレコレ雑談しながらダンジョンを探索していく。

 一見不用意ではあるが、脳の一部は常に張り詰めていて、敵の気配がしたら一瞬で臨戦態勢に入る。

 そんなことも出来るようになっていた。



 洞穴犬ほらあないぬが現れる。


 最近のもう一つの変化はこれだ。

 敵が飛びかかってきた瞬間、ジャンプして更に上を取り短槍を突き下ろす。

 脊髄のあたりを正確に貫き、一撃で絶命させた。


 マナによって非常に硬かった敵の体表に、穂先が以前より刺さるようになってきたのだ。

 戦闘も数百は経験したことで、このレベルの相手に対して、最適な動きを選択できるくらいの余裕を持てるようになった。

 現在、『推奨エリア』内の周縁付近を探索しているが、そろそろ一つ上のエリアに進んでも良さそうな気がする。


 ちなみに、『推奨エリア』とは、学校から支給されているウォッチ型携帯端末に入っているマップに、自分の現在位置と、レベルに合うエリアが表示されるものだ。

 これまでの先人たちのお陰で、第一層のあちこちに通信基地局が設置されている。基地局とは言っても、だいそれた設備ではなく、マナを動力とした小型の機械らしい。これが生徒たちの端末と通信して、位置表示を行ってくれる。マップデータ自体も先人たちの探索の賜物だ。


 ただ、外の基地局とはつながっていないし、あくまでも探索に限った最低限の通信機能しかない。

 それでも、簡単なメッセージのやり取りができるし、チーム登録をしておけばメンバーの位置も把握できる。道に迷うこともないし、あるのとないのとでは、探索のしやすさが段違いだ。


「でもよォ、コレってオレらには良いことじゃねェよなァ」

「何が?」

「男女のアレやコレって、火が付いたらロクな結果にならねェだろ?」

「……女子を巡って男子が争うってことか?」


 そんなことあるのかと疑問に思う。


「それもあるし、無理して探索に影響しなきゃいいけどなァ……」

「……ああ」


 なるほど。

 仁が言いたいのは、女子の狙いが男子のなら、無茶な探索をする男子生徒がでてくるんじゃないか、ということだ。

 もともと、ダン高に入学してくる時点で血の濃い連中の集まりである。

 仁はアホなところがあるが、野性的なカンというか、本質を見抜く鋭さがある。

 身の周りで、厄介事は勘弁してほしい……。



 と思っていた矢先、翌朝のホームルームで黒崎教官が口を開いた。


「郷田、骨川、碇のチーム、茶山、小野田、菊池のチーム、そして香取、相川のチーム。推奨エリアが更新されているはずだ、確認しておけ。――それから、今呼ばれなかったチームは、これまで以上の努力を期待する」


 ……。


 なんで煽るようなこと言うわけ?



----



 黒崎教官の一声により、いい感じに距離感が縮まり、和気あいあい感が増しつつあった我が一年C組は、ピリピリと空気の張り詰める、居心地悪い空間に変貌してしまった。


 既に、入学してから十日ほど経っている。

 ダンジョンで一旗揚げてやろうと夢見て、意気揚々と入学してきた男子も、ダンジョン探索や戦闘訓練で、自分たちの立ち位置に気づき始めた頃だ。


 俺たちのC組では、ダンジョンを順調に攻略し、探索範囲を広げている男子は半分ほどだろう。

 では残り半分の生徒はどうするか。


 実力のあるチームに入れてもらう。仲良くなって攻略のコツや情報を教えてもらう。いずれにしても、何か変化を起こさなければならない。


 本来ならゆっくり時間をかけて形成されるバランスが、黒崎教官の一声のせいでこうなった。



 現在、一年C組は、三つのゆるい派閥にまとまって、なんとなく、他の派閥の生徒と仲良くするのは如何なものか、的な雰囲気が漂い始めている。


 三つの派閥とはわかりやすくいうと、郷田派、茶山派、そして、その他の派閥だ。


 郷田派は、郷田チーム(郷田、骨皮、碇)の三人に池田チームの三人が加わった六人。

 茶山派は、茶山チーム(茶山、小野田、菊池)の三人に古川チームの二人が加わった五人。

 その他派は、俺と仁のチームと、夢見ゆめみ五木いつきという二人の四人だ。


 ちなみに俺も仁も、夢見と五木という男子生徒と仲が良いわけではない。

 話したこともなくて、なんというか、ダンジョン攻略が順調そうにはみえないのに、どこかの派閥に入りもしないし、いつも二人でいる不思議な男子だ。

 夢見とはたまに目が合うのだが、サッと逸らされてしまう。人見知りなのかもしれない。


 それと、女子はこの派閥騒動で変わった動きはない。

 これまで通り、俺たちと、郷田、茶山の各々のチームに、毎日メンバーが入れ替わりながらお近付きにきている。

 ただ、教室にいると、女子からの視線や注目を感じることがある。直視されたり目が合ったりするほどあからさまではないけど、意識されているのはわかる。


 俺ってモテる? とは思わないようにしている。今までもモテるタイプじゃなかったし、この学校の女子はみんなレベルが高い。とても高い。ランダムに何人か集めても、アイドルグループになりそうなくらい美少女ばかりだ。俺とは釣り合わないだろう。



 そんなこんなでまた刺激的な一週間が終わり土曜日になった。

 毎朝の日課を終わらせ、ダンジョンに潜る。

 新しい推奨エリアに足を踏み入れたことで、俺たちは新しいモンスターと遭遇していた。


 『小鬼ゴブリン


 ファンタジーでは定番の雑魚キャラだが、元々はヨーロッパに伝わる、鉱山や洞窟等に棲むと言われる、イタズラ好きの妖精だ。

 サイズは人間の小学生程度で、身体能力もそのくらいだと思う。

 尖った耳に醜い顔、緑色の体表。首に動物か何かの骨のようなアクセサリーを身に着け、腰布を巻いている。


 そして、モンスターとして初めての、武器を扱う敵だ。

 武器は槍、剣、弓なんかを使っていて、盾を持っているヤツもいる。

 品質はすこぶる悪いが、一応金属製の刃がついているので冶金やきん技術はあるらしい。

 つまり、それなりの知性があるということだ。

 そして知性を持っていることが、小鬼が洞穴犬や赤目蝙蝠などよりも厄介とされる理由である。


「純!」

「ああ、視認四!」


 小鬼を発見し戦闘に入る。

 小鬼も「ギャギャッ」と声を上げ動き出す。

 俺は左から、仁は右から、挟み込むように接近する。

 左側の二体は弓持ちと槍持ち。

 槍ゴブが前に出てきて槍を構える。その間に弓ゴブが矢をつがえるのが見えた。


 スピードを上げ、槍ゴブがバカ正直に突き出してきた槍を打ち払い、勢いそのままに、みぞおちあたりを横蹴りで吹っ飛ばす。間を置かず、弓を引き絞りかけのゴブに接近し、胸に短槍を突き刺す。


 手応えを感じる。殺った。


 先に吹っ飛ばした槍ゴブに駆け寄り、悶える敵の首を突き刺す。

 向こうで、仁も二体を無力化したのが見えた。


「ふう」と緊張を解くのはまだ早い。

 岩陰から弓ゴブが放った矢を躱し、駆け寄って刺し殺す。

 当然、それでも緊張を解きはしない。

 しっかり周囲を警戒して、追撃のないことを確認してからコアを死体から切り取る。


 これが知性を持った敵の厄介さだ。

 一体だけなら洞穴犬より弱い。でも、こいつらは常に集団で行動するし、簡単な連携も取る。そして、隙も突くし、油断も誘う。己の弱さを知っているのだ。


 だが、上手くあしらえると、こういう役得もある。


「ラッキー、傷薬もってたぜ」

「こっちのは装飾品と……骨だな」


 腰に吊り下げている革袋、通称ゴブリン袋には、何かの骨や、綺麗な鉱物や、傷薬が入ってることがある。


 そう。

 知性があるので、価値あるモノを持ち歩くのだ。


 傷薬は治癒成分のある植物をペースト状にしたもので、植物の葉にくるまれている。それなりに日持ちもするし、治癒の効果もまあまあ高いので、浅層の探索者には重宝されているアイテムだ。売れはしないが、自分たち用に確保しておく。


 装飾品は価格がつくのか不明だが、かさばるものでもないので頂いておく。

 小鬼の使っていた武器は、品質が悪すぎるので放置だ。



 それから推奨エリアの比較的浅い辺りを探索した。


「拠点に近づきすぎないように気をつけないとな」


 小鬼がうろついているということは、近くに拠点がある証拠だ。


「拠点ってどれくらいの規模なんだァ?」

「小さいものだと数十体らしい、大きな拠点になると数百……って授業で言ってたじゃないか」


 仁は基本的に授業の内容を覚えていない。さすがに寝てはいないのだが、文字が頭に残らない体質らしい。



 小鬼は繁殖力がとても強く、在胎期間が二ヶ月ほどなのだとか。しかも、一度の出産で三体とか四体も生まれてしまう。

 そして、拠点で抱えきれないくらい増えると、何割かの小鬼らが旅立ち、新たな住処を作り出す。


 つまり、放って置くと、この第一層でどんどん数を増やして他生物の住処を奪ってしまう。それが、ゆくゆくは暴災に繋がってしまうのだ。

 こういう繁殖力の強いモンスターは、危険生物に指定されていて、それらを駆除するのが、俺たちダン高生の重要な任務だったりする。


 とはいえ、さすがに数十体の集落に攻め入るだけの力はまだないので、あまり深入りしないように注意しながら探索した。



 その日は四度、小鬼の哨戒と会敵して、十九体を仕留めた。

 ただ、最後の戦闘で、隠れていた弓ゴブに射られ、俺は腕に怪我を負ってしまった。

 傷は浅く、事なきを得たが、待ち伏せされて狙撃されたら、百パーセント防ぐのは不可能だと思った。当たりどころが悪ければ大怪我もあり得る。


 というわけで防具を整えるべく、購買部に向かった。

 ベスト、グロープ、ヘルメットは既に支給されたものを装備しているので、防刃性の脛当と腿当て、首を覆うネックガードを購入した。

 アーム用のプロテクターも買いたかったが、予算の都合で今回は諦めた。

 首はともかく、足を優先したのは、万が一の際に、足さえ無事なら逃げることができるからだ。


 合計約五万円。

 支給されているベストも、売られている防具も、最低ランクは正規の軍用品なので、それなりのお値段はしてしまう。

 正直出費は痛い。

 だけど、死んだら終わりだし、大怪我を負っても厳しいことになる。


 ダンジョン高専には、当然立派な治療施設があるが、あくまで一般レベルの治療までしかしてくれない。

 ダンジョンから得られる希少な治療薬を、ダン高は数多く保有しているはずだが、生命の危機でもない限り、それを無償で生徒に使用することはない。


 例えば、骨折した場合、治療液体ポーションと呼ばれるダンジョン産のアイテムを使用すれば、すぐに癒着し、治すことができる。

 これは一本三十万円ほどするのだが、これを使いたければ自分で買え、ということになる。買えないなら自力で治すしかない。


 少し懐が潤ったと思ったら一気に貧乏生活だ。


 だけど、装備を買って金欠になる。これもダンジョン探索の醍醐味だ。

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