第4話 本音
五歳の頃、音楽性の違いで両親が離婚した。
そんな馬鹿な、と思うかもしれないが、本当だ。
両親は人気ミュージシャンで同じバンドメンバーだった。
親父がドラマーで母親がボーカル。禁止されていたメンバー内恋愛を破って交際、妊娠、結婚し、音楽性の違いからバンドを解散する際、離婚した。
実際は不倫やらなんやらあったのかもしれないし、無かったのかもしれない。ただ、当時五歳だった俺が、「なんでパパと離れて暮らすの」と聞いて、母親から返ってきた答えが「音楽性の違いよ」だった。
俺は特に、駄々をこねたりとか悲しんだりはしなかった。
それまでもそれからも、比較的裕福な生活をさせてもらえたし、多少のお小遣いも貰えていた。
何よりもそのとき俺には熱中しているものがあった。
ダンジョンだ。
熱を帯びて報道されるダンジョンに関するニュース。
空撮される『扉』。発掘された光り輝く鉱物。ダンジョン内戦闘映像。持ち帰られたモンスターの解剖画像。それらの文字や映像コンテンツに俺は熱中していた。
もちろん全ての内容を理解できていたわけではない。
ただ、この世界とは違うというのはわかっていて、
しかし、次第にダンジョンに関するニュースは減っていった。
ダンジョンによって世界のパワーバランスが変わり、開発、開拓競争が激化し、各国が情報を出し渋り始めたからだ。
たしか、俺が七、八才頃から世界各地で戦争が起こり、分断や分裂する国家や、逆に、統一、統合される国家がでてきた。
上手くダンジョンを利用することで飛躍していく国があれば、逆に衰退していく国もあった。総じて資源国は大きな苦戦を強いられた。
ダンジョンを持たない国は、ある意味平穏とも
そしてその頃から、俺の興味は、どうすればダンジョンに入れるか、どうすればダンジョンで生き残れるか、にシフトしていった。
俺、
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俺と仁は、ダンジョンの水たまりや洞穴水が流れる細い水路のあたりを探索していた。
五菱さんからのアドバイスに従って、お金になるモンスターを狩りに来たのだ。
「いたぞ」
そいつは水辺のゴツゴツした岩肌の地面の隙間をスルリスルリと這い進んでいた。
『
体長三メートル程の、身体に青い玉模様のある白蛇。おどろおどろしい見た目をしているが、毒はないらしい。大人しい性格で、小さな水生生物を捕食して生きている。青も白も、蛇では幸運を象徴する色のようで、その色と丈夫さで、蛇皮として人気が高い。
鼻先に短槍を突き出し挑発する。
優しい気性の生き物でも、鼻先を突つかれて穏やかではいられない。怒った青玉蛇が狙い通り槍に噛みついた。
槍をひっくり返して頭から地面に叩きつけ、首のあたりを足で踏みつける。
青玉蛇は苦し紛れに踏みつけた足に胴体を巻き付けて抵抗するが、この程度の力なら脅威ではない。
仁が刀で何度か斬りつけ、首を切り落とした。
「……」
向こうから敵意をぶつけてこない生き物を、お金のために殺すことに若干心苦しさを覚える。
「南無阿弥陀仏」
「何してんだァ?」
「いや、罪悪感がさ……一方的に殺すってこんな感じなのか」
「今更じゃねェか?
「まあね……。仁はこういうの平気か?」
「オレは生存競争だと捉えてるし、力のために割り切ってるな」
「力?」
「なんつーか、スタンピードってあったろ? あのとき、逆にモンスターがオレを殺しに来たとしてもよォ、勝ったほうが力を得るってことなら納得できる気がするんだよな。実際どうかはわからねェけど」
力。戦闘力。生き抜くための手段。
仁にとって、それは特別なものなのかもしれない。
まだ短い付き合いだが、一緒に命をかけているから感じられることはある。
おそらくそれは、仁にとっての根本なのだ。
「純はどうなんだよ」
「え、俺?」
「命を懸けてここにいる理由だよ」
「おれは――」
懐かしい気持ちが蘇った気がした。
子供の頃の強い……。
「――憧れだ」
「憧れか。……なら同じだ。まず生き抜かねェとお話にならねェ」
「ああ……そうだ。そのために力がいる」
そしてお金もいる。
「だな」
なんていうか、仁とこういう内面の話をしたのは初めてだった。
いや、ここ最近、本音で話をするという機会が、俺にはなかった。
『香取、高校はどこいくんだ?』
国防科学技術高専に行こうと思ってる。
『なんだ、それ?』
ダンジョン高専。
興味のない人には正式名称を言っても通じない。
『まじ? 危険だって聞くけど』
危険さ。
『死んだらどうすんだよ』
死んだらどうしようもないんじゃないか。
『潰し効かないっていうぜ』
潰しが効きたらいい進路なのか。
『力を手に入れて、復讐でもするつもりか?』
ダンジョンで一か八か力を手に入れて、イジメっ子に復讐する。
そんな嘘か真かわからないような話が流行ったりもした。
『おまえ、変わってるよな』
で、理解できないと他人のせいにする。
わからなくはない。みんな将来に不安を抱えて生きているし、他人と一緒だと安心する。
俺だってダン高に行くことに不安がなかったわけじゃない。
この年で――あのときは十三、四才だった――将来を選択してしまうことにいろんな懸念はあった。
普通の青少年にとって、ダンジョンというのは死傷者が多数でいてる戦場のようなイメージで――実際それは的外れではない――例え、特殊な力や、夢のようなアイテムが手に入る可能性があっても、死ぬリスクを抱えてまでは行きたくない。
それが進路選択を控えた、一般的な中学生の共通認識だった。
その後、仁と協力して青玉蛇の皮を剥いでみた。
モンスターは、倒したらドロンと消える、なんてことはない。
ゲームや小説のように、素材と経験値だけ残して消えてくれれば楽なのだが、ダンジョンの世界には生命がいて、自然があって、生態系があり、物理法則もある。
れっきとした一つの世界なのだ。
素材が欲しければ自分たちで捌くしかない。
ナイフを腹側に走らせて、頭と尻尾を綺麗に切り落とす。
「いくぞォ」
「せーのっ」
皮を力いっぱい引き剥ぐ。
大きいので力は要るが、ナイフも使いながらなんとか皮を回収できた。
自分たちで討伐して、素材を剥ぐ。こういう作業も仲間とやれば悪くない。いや、とても楽しい。
身は食べられそうだったが、重くなるので捨ててきた。他の生物が美味しく食べてくれるだろう。
そうして約三時間ほどの探索で、
戻ってきて購買部のへ直行する。
さて、いくらになるだろう。
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翌日、昼休み。俺達はカフェテリアでランチタイムを満喫していた。
学食はランチセットがAとBの二種類あり、学生はこれを無料で食べることができる。
また、有料ではあるけど、他にも豊富にメニューが用意されていて、そこから選ぶこともできる。
お金さえ払えば、高級ランチやドリンクやらお惣菜やら自由に頼めるのだ。
そして今日のお昼は、いつものランチセットに、なんと、デザート付きである。
ささやかなご褒美、というやつだ。
「デザート、なんときらびやか絢爛な響きよ」
「ふわっふわの生地とクリーム、その頂きにて鎮座するは王たるイチゴ」
「ククククッ」
「ふふふふっ」
「カーカカカッ……!!」
「はーはははっ……!!」
「あの、ちょっといいかな?」
水を差されてしまったが、仁との漫才を打ち切って見上げる。
二人のクラスメイトが怪訝な顔で見下ろしていた。
「なにか用かい?」
余裕ある男になると、美少女二人程度の前ではおどおどしなくなる。男児三日合わざればなんとやら……。一つ上の男へ、どうやら一皮むけてしまったようだ。
「席、ご一緒してもいいかな?」
「もちろんさ、レディ」
「れ、れでぃ……?」
セミロングの黒髪を三つ編みにしている。前髪は目にかかるくらいで切りそろえていて、顔には丸メガネをしている。俺の中で丸メガネ+ぱっつん=図書委員の方程式が成り立つ。容姿はかなり地味だが、美人であることは隠せていない。もっと明るい身なりをすれば美人が
ミディアムヘア。光の角度によっては染めてるかな? くらいの茶髪。優しい目元と泣きぼくろが特徴で、穏やかな雰囲気を持っている。スレンダー系美少女で手足がほっそり長い。バレエやってますと言われたら納得しそう。背は少し高め。スカートは膝丈より少し短め。
二人とも席に座る。
「それで、なにか良いことでもあったの?」
城丸さんが尋ねる。
ふっふっふっ、と格好つけて焦らしてたら、仁がまだ続けんの、とシラけた目を向けてきた。
お、お前から始めたんだろうがっ。
「ごほんっ、えっとね、昨日、臨時収入があって……」
昨日の青玉蛇の皮は一匹三千円の買い取り額がついたのだ。
つまり三匹で九千円。核石と合わせれば合計九千九百円。一人頭約五千円也。
前日の三百五十円に比べたら大成果である。なんと十倍以上だ。
三時間ほど潜って約五千円だ。
これはすごい……。
……あれ。
別にすごくはないか?
時給千七百円くらいだから、まあ悪くないよね、くらいだな。
自分で喋ってて別に大したこと無いように思えてきたが、女子二人は身を乗り出して、「すごーい」ともてはやしてくれる。
二人の「どうやって戦うの?」とか「どんなモンスターなの?」という質問に俺と仁であーだこーだ答えると、「すごーい」とか「かっこいー」と盛大に感心してくれる。
えへへ、そうかな。
そう言われると凄い気もしてきたぞ。
ていうか、距離感近くない?
少し大袈裟すぎないか、とは思うものの、美少女二人に褒めちぎられて悪い気はしない、というかこそばゆくて気分がいい。控えめに言っても最高だ。
世の中からハーレム系物語がなくならないわけである。美少女からチヤホヤされるのは男のロマンなのだ。
話をしてると、城丸さんも大石さんも、話し手をまっすぐ見つめてきて、俺が話してる時は、どちらかの顔を見ると、かっちり見つめ合う形になる。
ドキドキして恥ずかしいから視線をもう片方に移すと、また見つめ合う形になる。二人とも全く視線を外そうとしない上に、ただでさえ可愛いのに、ニッコリ微笑んでくれるから、もっとドキドキしてしまう。
ふー。
暑くなってきた。
しかも、さっきから俺の腕が、隣の大石さんの腕とたまに触れてぴくんとしてたのだが、それから触れたり触れなかったりして、それが気になって敏感腕になってしまった。
今では完全に俺の腕と大石さんの腕がくっついてしまってる。
なにコレ。
好きになっちゃうじゃん。
「大石さんたちはさ、どう? えっと、学校には慣れた?」
「私達はね、普通の高校生と同じようなものだし?」
「そうよね……ダンジョンに入るわけじゃないもの。だからもっと向こう側のお話、聞きたいわ」
話題を変えてみてもブーメランしてしまう。
そんなこんなで昼休みいっぱい、「さすがぁ」「知らなかった」「すごーい」「センスいいね」「そうなんだぁ」の、必殺「さしすせそ」攻撃で、心を空飛ぶ豚のようにされてしまった。
なんなの?
午後はダンジョン概論の座学を受けて、その後、三時間ほどダンジョンに潜って、昨日と同じくらいの戦果を得た。
そして、月曜日の入学式から始まり、今日で五日目。つまり金曜日を終えた。
刺激的だったダン高生活の最初の週が終わった。
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