第3話 戦闘訓練

 高校生をダンジョンで活動させることについて、当初は当然批判があった。


 それは、世界がダンジョンに眠る巨大な価値に確信を得た頃。

 それは、現代兵器に物を言わせ探索を進めていた軍が、行き詰まりを見せ、死傷者が出始めた頃。

 それは、マナや職業ジョブに目覚めた隊員が現れ、その条件がおおよそ二十歳以下であることが、次第に明らかになっていった頃。


 世界で少年少女をダンジョンに送ることについて、議論が巻き起こった。


 化石燃料よりもはるかに高効率なエネルギー、奇跡のような治療薬、希少な代替レアメタル、魔法のような効果を持つ武器、防具。

 世界を激変させるようなアイテムが眠る、ニューフロンティアに対して、それらを開拓できるのは少年、少女。


 ダンジョンを有する国とそうでない国、資源国と非資源国、人権を重んじる国とそうでない国。

 甘い汁を吸いたい企業、異世界に憧れる子ども、子をもつ親、不治の病を抱えるもの、他国の脅威を語るもの……。


 あらゆる立場での対立が起こった。


 少年少女を戦地に送るのか……。

 結論がでないまま時は経ち、それは起こった。


 『ダンジョン生物の暴走スタンピード


 最初に起こったのはアメリカ、ネイティブアメリカンの聖地、セドナのダンジョンだった。

 ダンジョン内からモンスターが溢れ出し、駐屯軍と周辺住民を襲った。

 連鎖するように、日本を含む世界各国でモンスターがダンジョンから湧き出し、軍は対応に追われた。

 日本においても掃討作戦は苛烈を極めた。


 だが、当時の日本において、『扉』は鹿島に一つしか出現していなかったこと。

 溢れてきたのが、浅層のモンスター中心で、ある程度は銃火器で対応できたこと。

 そして当時、ダンジョンの恩寵を授かっていた、数少ない『職業ジョブ』持ちの献身が幸いし、数週間後、なんとか事態は収束を見せた。



 軍と民間人に多大な犠牲を出したことで、人々はダンジョンの脅威を知るところとなり、世論は大勢を決した。


『暴災』収束から間もなく、ダンジョンを有するすべての国が、若者をダンジョンに送る決断をした。

 日本では、満十五才以上、かつ専門施設に席を置く者の、ダンジョン内での活動を認めるとする特例法案が提出され、可決された。



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 俺、香取純かとりじゅんは昼休みにカフェテリアで昼飯を食べていた。


 食堂を兼ねるカフェテリアは、北校舎の一階から三階まで占める巨大エリアだ。

 広々としたオープンスペースで、南面に大きな窓が並び、柔らかな自然光がたっぷりと差し込んでくる。窓の外にも席があって、緑豊かな庭を楽しみながら食事やお茶ができる。昼から夜遅くまで開いていて、生徒たちの憩いの場となっている。


 一階は購買部と併設されているが、二、三階は全フロアがカフェテリアだ。ちなみに四階以上には図書館がある。

 特にルールはないが、下級生は三階を利用してる人が多いようだ。俺たちもそうしている。

 昼食を食べながら、じんと昨日の買い取り金額について愚痴っていた。


「七体で七百円なら、ネットでクラウドフォンデュ? でもしてた方が稼げるんじゃねーかァ?」


 仁がA定食の魚をかじりながらぼやいた。

 俺はクラウドファンディングだと訂正するべきか迷ってやめた。

 昨日の買い取り額はなんと七百円だった。一人ではない。二人で、だ。

 つまり一人三百五十円だった……。


「俺、地元でアユ釣って四百円で買い取ってもらったことあるよ……」

「釣りかァ、近くに海もあるし、行ってみるかァ……?」

「海釣りは初めてだなあ。七百円以上稼げちゃったら、漁師でも目指そうか」


 お互い、本気で言ってるわけじゃない。人間、愚痴りたい気分のときは愚痴った方が良いのだ。


「ずいぶん景気悪そうな顔ね」


 声のした方を見ると、二人の女子生徒がランチを抱えて立っていた。


香取かとりくん、相川あいかわくん、ご一緒していいかしら?」


 一年C組、クラスメイトの女子生徒だ。

 名前は確か、五菱いつびしさんと栗林くりばやしさん。女子の容姿が異様にハイレベルなダン高においても軍を抜いて美人な二人だ。


「も、もちろんいいにょ」


 やべっ。噛んだ。

 二人はクスクス笑って、俺たちが向かい合ってる席の隣に座った。


「あたし、栗林鈴鹿くりばやしすずか」「わたしは五菱園美いつびしそのみ」名乗った二人に対して俺たちも名前を告げてよろしくと挨拶を交わす。


 栗林鈴鹿。

 栗毛色の髪をサイドテールにしている。女子の平均くらいの体格で、明るさとエネルギーがほとばしっている。周りに常に人がいるタイプの女子だ。スカートをかなり短くしていて、動くたびにふわりと揺れ、健康的な脚に目が行ってしまう。しかしパンツが見えそうで見えない絶妙なライン。これを計算してやっているなら恐ろしい。


 五菱園美。

 ザ・お嬢様。歴史ある私立一貫女子校にしか生息していなそう。現代では絶滅危惧種。艶やか黒髪を、頭の高い位置でヘアバンドで留めている。後ろ髪は腰まで届きそうなくらいボリュームがある。背は少し高い方だ。スカートはほぼ膝丈で黒ストッキング。制服の着崩しは全然なくて、古風な女学生のような出で立ちなのに野暮ったさは全く無い。むしろ気品がある。隠れているが胸は大きい。


 ちなみに、このダン高には身だしなみに関する校則は存在しない。生徒たちは支給された制服を着てるが、改造したり、染髪したり、自由にお洒落を楽しんでいる。


「――で、なんの話してたの?」


 栗林さんが身を乗り出して聞いてくる。


「昨日までの成果が二人で七百円でよォ、世の中の世知辛さについてなァ……」

「それは核石のみ?」

「あァ……」

「てことは七体倒したのね。すごいじゃない」

「すごい……かなあ」


 悪くはないと思うけど、すごいと言われると違和感は覚える。


「すごいことよ。最初にダンジョンに放り込むのは、鼻っ柱はなっぱしらをへし折ってやる気を出させるためだもの」


 栗林さんが肯定する。

 え? そうだったの?


「ほら、ここに入学してくる男の子って、利かん坊タイプが多いでしょう」


 栗林さんがほんのり毒を吐いて、五菱さんがクスクスと笑った。

 かわいい。


「硬くて攻撃が通りにくかったでしょう?」

「あ、うん……」

「普通は痛い目を見て、それで真剣に授業を受けようって思うの」


 そういう目論見だったのか。いや、でもそれにしては……。

 仁と視線を交わす。


「大したことなかったって顔ね?」

「……まあなァ。心を入れ替えるほどではねェなァ」


 彼女たちが視線を合わせる。なんだろう。


「でもなんで知ってるの?」


 俺は当然の質問をした。


「あたしの親族に軍の人たちがいるのよ」


 栗林さんは軍に縁がある人のようだ。


「もし稼ぎたいのなら、第一層なら素材集めの方がいいと思うわ。例えば――」

 五菱さんが高値の素材がとれるモンスターを教えてくれた。

 なんでも親戚がダンジョン関係の商いをしているとのこと。


 五菱さんは軍需関連か。


 ダンジョンの教育方針を知っているのなら、栗林さんの親族とやらは、それなり以上の階級か、ダンジョン任務に携わっているのだろう。どちらにしてもエリートだ。


 そして五菱さん。

 日本において、ダンジョン関連、ひいては防衛関連に食い込める企業は多くない。古くは造船、航空機、重工系の流れを汲む、元軍需会社で五菱家の名前……。


 なぜ? という疑問は浮かぶが、深く突っ込むつもりはない。

 俺たち男子生徒は、死のリスクがあるのにダン高に入学してきた変わり者だ。訳アリ者もいるかもしれない。


 女子生徒もなんらかの思惑を秘めてここにいてもおかしくはない。 

 というか、ダン高は女子のレベルが異様に高い。俺たちのクラスだけじゃなくて、一年生も、上級生もそうなのだ。違和感を覚えているのは俺だけじゃないはずだ。

 黒崎教官は女子について、「必要だからいる」と言っていた。そして、「いずれわかる」とも言っていた。ということは、今は知らせたくない理由があるのかもしれない。



 その後、ダンジョンやら授業やら出身地ネタで盛り上がって昼休みを終えた。


 午後の授業は戦闘訓練だ。更衣室で戦闘服に着替えて体育館に向かった。



----



 週に二度ある戦闘訓練では、外部から指南役を呼び訓練を受ける。

 ダンジョンで扱う武器について特に制約はない。各々好きな武器を選んで戦うが、やはりというか、ほとんどの生徒が刀剣か槍を選ぶ。

 指南役は剣術と槍術の二人来てくれる。一年C組とD組の合同訓練だ。

 

 希望者は体育館の前の方に集まって基本技を教わる。

 仁は刀を使っているが、実家の道場の流派があるので、ここの指導を受けるつもりはないらしい。

 俺も同じだ。道場には少ししか通っていなかったが、ダン高に入る前から自分で槍術などの鍛錬を積んでいた。

 他にも、経験者か、指導を受けるつもりのない生徒たちは、体育館の後ろの方でそれぞれ打ち合いをしたり、素振りをしたりしている。


「それなりに怪我してるやついるなァ」


 仁と軽く打ち合いをしながら周りを見渡す。

 C組とD組、合わせて三十人の男子生徒がいるはずだが、数人は包帯を巻いて見学しているし、軽傷者も半分近くいるかもしれない。そして、ほとんどの生徒が真剣に取り組んでいるように見えた。十五才という年齢層で見られる、だらけたり、怠けてるような生徒はいない。


「目論見通り……なんだろうな。まあ命がかかってれば当然か」

「でもよォ、それなりの奴もちらほらいるぜ?」

「……そうだな」


 強さを測るとき、まず見るのは足だ。強いやつは足さばきがスムーズで淀みない。それから振りの鋭さ。俺が思うに、体全体で振れていて、姿勢が安定してるやつは強い。インナーマッスルまでしっかり鍛えられているからだ。


 でも、この中で一番強いのは仁だと思う。

 軽く打ち合ってるだけでも、滑らかさが頭一つ以上抜けているし、攻撃を捌くといい音がする。力を脱いていても剣速が出ているのだ。


「ちょっといいか?」


 知らない男に声をかけられ、打ち合いをやめて振り向く。

 顔を見たら知らない男ではなかった。


 クラスメイトの茶山直哉さやまなおや

 スラリとした体型で背は高い。金髪の長髪で、後ろ髪は襟足の下まで、横髪も耳を覆うくらいまで伸ばしている。耳にはピアス、七三に分けた前髪は一部だけ茶色にメッシュを入れている。


 一言で言うならチャラ男だ。

 それも、かなり自己主張の強いチャラ男だ。


「ずっと同じ相手じゃつまんないだろ、俺とやらないか?」


 茶山が俺を見てそう言った。俺に言ってるようだ。


「俺でいいのか?」

「同じ槍の方がフェアだろ?」


 茶山も短槍を持っていた。


「わかった」


 仁が審判を買って出てくれた。俺と茶山は向かい合って構える。


「始めッ」


 開始と同時に茶山が踏み込んできた。

 攻め気が漏れ出ていたので既に後ろに飛び避けていたが、予想以上に槍が伸びてくる。とっさに打ち払った。


 たぶん、背丈は一七〇後半はある。俺が一七〇センチだから、この差は小さいとは言えない。

 背が高いだけじゃなくて、手足も長い。油断してたら秒殺されるな……。


 連続で突き出される槍を防戦一方で捌きながら機会を伺う。

 ここだ。

 甘く入った突きを、上から斜めに叩き落として距離を縮める。リーチに差がある分、相手の懐に入らないとこちらの攻撃は当たらない。

 槍をコンパクトに引き付けて攻撃を繰り出そうとしたら、茶山は長い身体をギュッと縮めて横に飛び退った。


 ――なんだ今の動き。

 武道的ではない。野生動物のような本能的な回避だった。


 茶山直哉。

 名前も容姿もチャラいが、派手な見た目は自信の発露なのかもしれない。身体能力はかなり高い。できるチャラ男だ。


 お互いに攻守が入れ替わりながら打ち合う。

 練習用の短槍は穂先を潰してあるので、刺しても怪我をすることはない。当たりどころが悪ければ、別だが。


 茶山が距離を取って右脇構えを取る。横から薙ぎ払うような構えだが、槍術では隙が大きくてあまり見ない形だ。


 避けるか、受けるか、払うか。

 一瞬で判断して飛び込む。

 茶山は力を込めた大ぶりで、案の定払ってきた。俺は槍の穂先を茶山に向けながら弾き返して、すかさずカウンターを突き出そうとする。が、槍が弾かれた反動を利用して、茶山はクルッと半回転していた。


 ヤバいっ。


 とっさにしゃがんで、寸前、頭があった所を後ろ回し蹴りがヒュォッと通過する。

 危なかった。

 当たっていれば失神コースだ。

 俺は身をかがめながら、残った片足目掛けて双手刈もろてがりを仕掛ける。バランスを崩して倒した所を寝技に持ち込むが、茶山も抵抗してゴロゴロと上を取り合う。


「待て」


 低いが圧のある声が響いた。仁の声ではない。

 取っ組み合いの状態で動きを止める。指南役の中年のおじさんだった。


「教えてもない寝技で怪我をされたら堪らん。そこまでにしろ」


 力の加減がわからない素人の寝技は危ない。

 俺も茶山も寝技は素人だ。というか、茶山は多分、槍自体が素人だ。ずいぶんケンカ慣れはしてるみたいだが。


 立ち上がって見渡すと注目を浴びていたようだ。


「戦いは武器だけじゃないだろ?」


 起き上がった茶山が声を掛けてきた。

 一瞬何のことだと思ったが、思い当たる。


「回し蹴りか? 気にしてないぞ。ルールは決めてないしな」


 茶山は、そうかよ、と言って去っていった。

 武器の訓練ではあるが、別に武道家になりたいわけではない。

 俺は全然気にしていなかったが、案外、茶山は律儀な奴なのかもしれない。


 それと、この学校に入学してきた男子の気質というものが見えたような気がした。

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