第2話 実習
座学の後は実習だ。
ダンジョン実習とは、ダンジョン内での任務のようなものだ。
教官から指示が与えられ、それを達成するために探索する。
前回は「モンスターを一体倒すこと」だった。
今回は、前回未達成のチームがいくつかあったようなので、引き続き、推奨エリア内でモンスターを一体倒すように指示された。
既に達成してるチームは自由行動で、ダンジョンに慣れるようにと言われた。
というか、進めるチームはどんどん先に進んでいいとのことだ。あくまで、最低限の課題が提示されて、その達成を求められる。
そして、この指示に対する成果が、半期ごとの評価に繋がるらしい。
当然だが、教官が付き添ってくれたり、上級生が手取り足取り教えてくれる、なんてことはない。
ダンジョン内では、自分たちの行動には自分たちで責任を負わなければならないのだ。
更衣室に寄って着替える。
戦闘服は、防刃性に優れた軍用品だ。
支給されるのは、インナーシャツ、パンツ、ベスト、シューズ、グローブ、ヘルメット、予備含めて二着ずつ。
ネックガードだったり、アームガードはない。
購買部にはあったので、欲しければ自分で買い揃えていくしかない。
武器は、様々な種類から選ぶことができて、俺は短槍を選んだ。
仁は、自分の刀を既に持っていて、それを使うようだ。
斧、短剣、弓、戦棍、戦鎚なんかもあったが、だいたいの生徒は刀剣か槍を選んでいた。
武器も各自一本のみ支給される。量産品だが、現代の鍛冶技術で作られている。昔の下手な名刀よりも質は良い。買ったら数十万円はするはずだ。
着替え終わったら『
それは広大な敷地を持つダンジョン高専の中央に位置している。
光を全く反射しない漆黒。
直径六メートル程の球体だ。
そう。
薄っぺらい円ではなく、奥行きのある球体なのだ。
ただ、光を一切反射しないので、三百六十度、ためつすがめつ見ても、二次元の円にしか見えない。
こんな摩訶不思議な物体? 空間? に、よく最初に入った人がいるものだと感心する。
昨日は皆おっかなびっくりだったが、二度目となる今日は落ち着いている。
俺たちC組だけじゃなく、他のクラスの男子生徒もいるので、結構な人数がこの扉のある中央塔に、ぞくぞくと集まっている。
それでも
俺たちも、前の生徒に続いて球体の内部に入る。内部は完全な闇だ。でも平衡感覚はあるし、地面の感覚は無いが、落ちてるような感じはしない。というか球体に入ったとたんに吸い込まれて、吐き出される。そんな感覚だろうか。
視界が開けて光が差し込む。
『目を開けば億千の星
一番星を探すのもいいだろう
見惚れて
天にも近いが、死にも近いから
さあ、楽しいダンジョンの世界へようこそ』
『異界概論 第一章・洞窟フィールド ウツギ・カイト』より
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つい先程、授業で読んだばかりの、テキストの序文を思い出した。
まず驚くのは、空に瞬く美しい星々だ。
極限まで空気の澄んだ、高い山の頂にいるかのような錯覚を覚える。
実際は、『
立方体が連なった形状をしていて、発見当初は物珍しさと美しさから、異常に値が暴騰して暴落したという
第一層は、洞窟フィールドと呼ばれているが、洞窟というよりは地底世界の方がしっくりくる。
天井は高いところで数十メートル以上、距離感が把握できないくらいの高さがある。
ところどころに岩柱があったり、岩壁があったり、洞穴があったりする。
狭い洞窟や、天井が低くなっているところは、モンスターの住処だったりするらしいが、戦いにくいのであまり近づかないように注意を受けている。
光源は、天井だけではなく、地面にも光る植物や鉱物がところどころにあるので、戦闘に支障をきたすことはない。
入口から十五分ほど離れただろうか。
「来たぜェ」
『
ここ第一層フィールドで最弱級のモンスター。中型犬から大型犬くらいのサイズで、牙だけやけに発達している。
洞穴犬は単体で狩りを行う生物だ。決して群れを作らず、雄雌ともに、生涯のほとんどを孤独に生きるらしい。唯一、子をなすときだけ、雄が雌と子の面倒を見る。と
ただ、この単独で狩りを行うのが、俺たちにとって都合がいいのは確かだ。
走ってくる敵を
仁が洞穴犬の牙と切り結んだのを見計らって、俺は足の付根付近を狙う。
「やぁッ……!」穂先が少しだけ刺さった。
敵が嫌がって素早く飛び退いた。
昨日一戦交えた相手だ。攻略法はわかっている。
昨日は敵が攻めてくるのを待ち受けていたが、今日は仁と話し合って作戦をアップデートした。
短槍を構え、こちらから攻撃を仕掛ける。洞穴犬が斜め後ろに回避した。
距離を詰め、連続で突き続けると牙や顔をかすめる。硬くてまともなダメージにはならないが、嫌がってはいる。これでいい。
「ウォオオオオン!」
仁が横から刀を突き刺した。
洞穴犬は驚いたように叫ぶが、その隙に俺は反対側に回り込んで、短槍を脚に突き刺した。
常に先手を取って注意を引き付ける。それを二、三度繰り返して敵を仕留めた。
昨日よりずっと楽に倒せた。
洞穴犬は非常に好戦的だが、それは俺達が『
「さてと……」
ナイフを取り出し、死んだ洞穴犬の下腹部辺りを切り裂く。
体表からそれほど深くない位置に、無職透明にほんのり黄色味かかった、小指の先ほどの大きさの『
核石とは、ダンジョン内にいるすべての生物が持っている、マナを
ダンジョン生まれの生物は生まれながらに、そうでない生物でも特定の成長過程においてダンジョン内で長く過ごすか、ダンジョン生物を殺すことで自然と体内に生成される。
人間の場合は丹田、へその下のあたり。モンスターの場合は生殖器周辺にある場合が多いらしい。
「こんなのが、オレらの体内にもできるってワケかァ……」
仁が自分の下腹部をさすりながら感慨深く呟く。
核石の感触を確かめると、ぷにぷにして弾力がある。たぶん、強く握れば潰れると思う。
核石は独立した器官のようで、他の臓器や血管と繋がっていたりはしない。形や大きさは種ごとに異なるらしいが、洞穴犬のは先が丸まった正八面体のような形だった。
核石をウェストポーチにしまい探索を続けた。
天井が比較的低い五メートルほどの地点でかすかな音を捉えた。
風を切るような……。
「――仁ッ!」
「うォッ……」
転げるように仁が回避する。
赤い光が通り過ぎた。
こいつは――。
「
『
一匹見たら最低三匹いると思え。
洞穴犬とともに第一層、ひいてはダンジョン全体でも最弱級のモンスター。体長八〇センチから、大きい個体で一メートルを超える。尖った爪に自らの糞尿をまとわせていて、傷を負わせて獲物を弱らせて仕留める。
体勢を立て直した仁を二匹目が襲う。一匹目も旋回し仁を狙っているようだ。
「純ッ! 一匹目を頼む!」
「――まかせろ!」
仁は二匹目を迎え撃つ構えだ。
その後ろから再び仁を狙っていた赤目蝙蝠を、俺は短槍をフルスイングして吹っ飛ばす。
追撃したい気持ちを堪えて、新たな襲撃に備える。何匹いるかまだわからない。
ヒュォオオオオ。
今度は俺か。
赤い光が向かってくる。三匹目だ。
スピードはあるが、直線的な飛行だ。
来るとわかっていれば、手強い相手ではなさそうだ。
腰を落とし短槍を構える。十分引き付けてから踏み込み、「やぁっ!」と一気に距離を縮めて突き出した。
赤目蝙蝠は急旋回しようとしたが、槍の穂が羽を裂き、墜落した。
警戒しながら飛びかかりトドメを刺す。一撃では刺しきれない。引き抜いてもう一度喉元を突き刺し、動かなくなった。
周りを見回すと、仁も一匹にトドメを刺し終え、警戒していた。
どうやら俺が吹っ飛ばした二匹目は逃げたようだ。
赤目蝙蝠。
一匹なら洞穴犬より格段に弱い。だけど、天井から狙われるのでほぼ先手を取られてしまう。複数体でタイミングをずらしてくる
最弱級のモンスターといえども、第一層で生存競争をしているだけあって、簡単な相手ではない。ダンジョンの油断ならなさを再認識する。
手早く
俺達は二時間ほどの探索で、合計四体の赤目蝙蝠と二体の洞穴犬を倒して撤収した。
ダンジョンの入口まで戻ると、『扉』の付近に建つ男神像が目に入る。
ダンジョン内に不調和な人工物。
険しい顔をした雄々しい像で、古風な衣装を身にまとっている。長い大刀を地面に突き刺し、左手を上に右手を下に柄を握り直立してる。像の大きさは二メートルほどで、足元に石版が置かれている。
しゃがみこんで手をかざしてみる。
「純、わかるぜ。早くジョブ持ちになりてーよなァ」
石像なのか、金属製なのかわからないが、この像は最初からここに存在していたものらしい。最初というのは、人類がこの地に足を踏み入れた十年前には既にあった、ということだ。
そしてダンジョン内に、形は違えど、いくつも存在しているものらしい。ここ以外にも、階層間の扉の出口には必ず、何かしらを
当初、何のためにあるのかわからなかったこの像だが、マナに目覚めたある隊員がこの像に近づいたところ、男神像が持つ刀と手が光り輝いた。それから、像や石版を調べたところ、石版に触れることで『
石版を見下ろす像が、眼前に膝をつき
今では、これまでの十年の蓄積によって、どのような
そして俺たちも、職業を得たときは速やかに学校にその旨を報告しなければならない。
これは学校側にとって、生徒たちの戦力を把握するために重要なことであり、数少ない、明文化されている規則の一つだ。
もし違反した場合、退学もありえる重い処分となる。
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ダンジョンから出て購買部へ向かう。
鹿島ダンジョン高専はダンジョンの扉がある建物を囲むように、四つの校舎が建てられている。東側が一、二学年。南側が三、四学年。西側が五学年の校舎だ。そして北側の校舎には購買部や、カフェテリア、図書館等がある。
とても大きな購買部には、ダンジョン攻略に必要な装備やアイテムが販売されている。
男の子心がくすぐられて、武器のコーナーに立ち寄る。
剣、刀、槍、弓、斧、ナイフ、有名どころは豊富に、様々な形状や価格のものが取り揃えられている。
マイナーな武器だと鎌、戦棍、戦鎚、鞭などもある。買う生徒がいるのだろうか……。
「うおー、すっげー。備前長船の大太刀じゃねェか」
仁が刀コーナーで感動してる。なんでも、実家が剣術の道場を開いていたのだとか。幼い頃から父親の指導を受けて育ったらしい。
価格を見ると三百万円を超えている。
「たっか……」
買えるやついるのかよ……。
いや、いるんだろうな……。
優秀なダイバーはとても儲かる、というのは有名な噂だ。
ダンジョン高専に関する情報は、安全保障上の理由であまり報道されない。
しかし、ダンジョンで得られる希少なアイテムの末端価格や、年々力を増す防衛省の影響力を考えると、相当
陳列されている、
ダンジョンはやはり儲かるのだ。
いつまでも見ていたそうな仁を引っ張ってカウンターへ向かう。
「すみません、
ダンジョンから持ち帰ったものは、必ずこのカウンターで全て申告しなくてはならない。値がつくものは学校が買い取り、折り合いがつかなかったものは自分で所持することができる。一部の禁制品は強制買い取りか、没収されることもあるらしい。いずれにせよ、申告だけは必ずしなければならない。
これを破って露見した場合、厳罰処分となるらしい。というか、毎年バレて退学処分となるものが数名はいるそうだ。
従業員さんに案内されてモンスターの核石を容器に置く。
核石に値がつくのはエネルギーとなるからだ。核石に蓄えられたマナを直接エネルギーとして利用する技術が確立され、それを利用した機器も存在している。
「買取金額は二等分でいいですか」
了承して、指示に従ってウォッチ型携帯端末からQRコードを表示し、機械に読み込ませる。
お金はまもなく振り込まれるとのことだった。
ちなみに、支払いは日銀が発行している『デジタル円』だ。日本国内どこででも使用できる。ダン高独自の通貨などではない。
お礼を言って購買部をあとにした。
ワクワクドキドキしながら携帯端末を見る。
俺たちがダン高で生活していくための大事な収入である。いずれは強力な武器や防具を揃えたい。今は入学したての初期装備だが、チラリと見た上級生と
ゆくゆくはメタ◯キングの防具に、オリハ◯コンの槍……。そんなイメージをして、口座を確認すると――。
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・
ダンジョンからの恩寵。戦闘における役割や存在を示すもの。
・
ジョブを得ていないもの。マナの総量が少ない。
・デジタル円
日銀が発行する日本円。紙幣と硬貨が廃止されデジタル円となった。
・軍
国内法が改正され、自衛隊は名称はそのまま、軍としての地位を得ている。
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