少年の墓場と呼ばれるダンジョン学園に入学したら女子が美人すぎた。

三本松和令

第1話 入学

 今から十年前、世界に突如『扉』が現れた。

 別に扉のような外郭かたちをしてるわけではない。皆が自然とそう呼びだしただけだ。

 理由や原因なんてわからないが、とにかく扉が現れてしまった。


 当然、各国は領土内の扉に軍を出動させ、調査を開始した。

 そしてすぐに、扉の向こう側には、地球とは全く異なる世界が存在していると判明した。


 見たことのない生物、鉱物、地球とは異なる時間の流れ、そして、超常的な力を発揮することができる『マナ』と『ジョブ』と呼ばれる力。

 人々は面白おかしく、扉の向こう側を『ダンジョン』と呼んだ。



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「はぁっ!」


 向かってくる洞穴犬ほらあないぬに短槍を突き出す。眉間を狙った一撃だが、素早いステップでかわされる。

 左に飛び逃げた洞穴犬が、屈伸して力を貯める気配がする。

 まずい。

 とっさに短槍を引き戻し、斜めに構えた柄と、飛びかかってきた洞穴犬の牙が交錯する。

 重い。


 体長は一メートル強の四足歩行モンスター。体重は三十キロもないだろう。

 だが予想より速く、そして重く感じる。


「セイッ!」


 横から男子生徒が刀で洞穴犬を斬りつける。


「かってェ……!」


 彼はパーティーメンバーの相川仁あいかわじん。俺達は、つい先程チームを組んだばかりの二人組パーティーだ。

 ちなみに寮のルームメイトでもある。


「ゥオオオオオン!!」


 斬りつけられた洞穴犬が仁に向かって吠え立てた。


「ハハッ……!」


 仁が笑いながら刀を構える。


 初めてのダンジョン戦闘で笑えるなんてすごいヤツだ。俺にはそんな余裕はない。


 洞穴犬が、今度は仁の方に敵意を向ける。

 俺はなるべく気配を消しながらヤツの背後を取った。仁が洞穴犬の牙と切り結んだタイミングで、右足の付け根を狙って思いっきり短槍を突き刺す。


「ゥオオオオ!」


 やはり硬い。

 全力でいったのに、槍の刀身にあたる、の半分くらいしか刺さっていない。

 軍隊でも苦労したわけだ……。


 さてどうするか……と思ったら、距離をとった洞穴犬が脚を引きずるような動きを見せた。

 思いのほか効いていたらしい。

 仁を見ると笑みを薄く浮かべながら頷いてくれた。わかってるようだ。


 二人で囲むように周りながら、片方が注意を引き付け、もう片方が後ろ足に攻撃を集中させた。

 洞穴犬は明確に嫌がっている。もちろん手を緩めるつもりはない。

 何度も執拗に脚を狙い、そして完全に後ろ足が動かなくなった。


 洞穴犬は戦意を喪失していた。

 あとはトドメを刺すだけ。

 でも、ここでつまづくく生徒もたまにいるらしい。生き物を殺せない現代人は多いのだという。


 俺たちは大丈夫だ。

 短槍を振りかぶって首に突き刺す。だが、やはり一撃では刺しきれない。仁と交互に何度か斬りつけ、ようやく息の根を止めた。


「ふうーっ」


 気づいたら汗がびっしょりになっていた。

 生まれて初めてのダンジョン内戦闘。そして命のやり取り。

 思った以上に体が硬くなっていたし、普段の動きがまったく出せなかった。

 一つのミスが怪我に繋がる。最悪、命取りにもなる。

 その恐怖心のせいで、踏み込みが浅くなってしまっていた。


 だが、とにかく勝った。怪我一つなく勝てた。そういう意味では俺たちはよくやれたと思う。


「へへ、やったな、じゅん


 差し出された拳に拳をぶつけて返す。


「ああ、初勝利だ、じん


 ようやくここにこれた。


 ここからスタートだ。



----



 ここは鹿島国防科学技術高等専門学校。

 茨城県鹿嶋市にある、通称、ダンジョン高専と呼ばれる、国防省所管の高等教育訓練施設だ。


 ダンジョン高専の名前の通り、ダンジョンに入って、探索、開拓、防衛等の任務を遂行する、またその為の人材を育成する学校だ。

 例えば、防衛大学校や警察大学校のような、特殊技能を必要とする専門職業人を育成する機関があるが、その高専版だといえばわかりやすいだろう。

 学費は無料で全寮制。毎月の給与も出る。五年制で、卒業時には短大卒相当の学位が与えられる。

 一クラス男女各一五名、合わせて三十名。それが十クラスあり、一学年三百名が在学している。


 そしてこのダンジョン高専に、俺、香取純かとりじゅんは入学した。


 一昨日が入学式とオリエンテーション。

 昨日が初めてのダンジョン実習。

 そして今日が入学三日目、今はお昼休みだ。


「なァ、じゅん。今日も一緒に潜ろうぜ」


 こいつは相川仁あいかわじん。隣の席で、寮のルームメイトでもある。

 髪は茶髪に染めていてツンツンヘアー。背丈は俺より少し高くて、一七三センチだと言っていた。

 入学時点で髪を染めてる生徒は少ないが、別に不良って感じではない。お調子者タイプだ。


「もちろん。昨日よりもっと遠くへ潜ろう」


 昨日は、ダンジョンに関する説明もそこそこに、早速ダンジョンの中に入ることになった。

 日本では、ダンジョンに一般人が入ることはできない。だから生徒全員にとって初めての経験だ。


 支給された深緑色の戦闘服に着替え、二人か三人のグループを作り、「チームでモンスターを一体倒して帰ってこい」とだけ指示され、ダンジョンに送り出された。

 俺達は指示通り、無事、洞穴犬を一体倒し帰還した。


 入学したばかりで、昨日今日名前を知ったばかりのクラスメイトとチームを組み、命懸けの戦闘を行う。

 無茶苦茶なカリキュラムだと思ったが、俺はラッキーだった。

 仁は身体能力も連携力も高く、一緒に戦いやすかったからだ。どうやら、剣術をかじっているらしい。


 昨日の戦闘について、仁とアレコレ話をしているうちに昼休みが終わり、午後の授業が始まった。




 このダンジョン高専、略してダン高では、午前中は一般高校と同様に、国語、数学、理科、社会等の教養科目を学ぶ。午後からは、ダンジョン概論の講義以外は男女に分かれて、男子は戦闘訓練やダンジョン実習。女子は一般教養の選択科目を履修する。


「『マナ』とは魔素や生命力とも書かれるが、ダンジョン内のすべての生物が持っている生命力のようなものだ」


 今、ダンジョン概論の講義をしてくれているのが、俺達一年C組の担任、黒崎綾子という名前の女性教官だ。

 多分、二十代前半。

 ここでの立場は教官だが、ダン高が防衛省の所管にあたるため、軍人としての階級も持っているらしい。

 そしてこの学校の卒業生で、トライアル世代のダンジョンダイバーでもある。

 俺達の先輩にあたる人だ。


「マナを保有する生物に対しては、単純な物理攻撃が効きにくいという性質がある。昨日の実習で十分に思い知っただろう――」


 黒崎教官はパっと見ても美人だし、穴が空くくらい見ても美人だ。

 切れ目で、長い黒髪を後頭部で結ってポニーテールにしている。背は女性では高い方だろう。スーツのような軍服をパリッと着こなし、明瞭で張りのある声をしている。声を聞いてるだけで、自然と体勢もピシッとしてしまう圧力がある。あと身体の一部が豊満でとてもセクシーだ。


 「――ダンジョン生物を殺すことで、我々人類もマナと職業ジョブを得て、その力を扱うことが出来るようになる。それによって敵性生物モンスターと対等に戦うことができるわけだ」


 そう。

 俺たち人類も、ダンジョン内生物と同様に、『ダンジョンの恩寵』と呼ばれる、超常的な力を使うことが出来る。


 ただ、誰もが、マナやジョブを得られるわけではない。

 世界各国が検証を重ね判明したことだが、人類はおおよそ、二十歳以下までの間にしか、ダンジョンの恩寵を授かることができなかった。

 そしてその範囲において、若いほど成長の限界値も高いということが、今ではわかっている。

 これが日本においてダンジョン高専ができた理由だ。



「ふあああ」


 隣の席で仁がこらえきれずに欠伸をした。


「……すいぶん眠そうだな、相川。座学はつまらんか」

「えっ、サーセン、ナンNonというか、イエスYesというか……」


 おいおい。


「あたァッ……!!」


 何かが飛んできて仁の頭に命中した……ようにみえた。

 速すぎてまったく見えなかったが、仁の頭が後ろに跳ねたので多分そうだ。

 バランスを崩した仁が、後ろの机に後頭部を打って転げ落ちた。

 後ろの女子が「キャッ」と驚く。


 黄色く光る球が仁の席の上空にとどまっている。

 何だ、これ……?

 あ、これがマナなのか……?

 光の玉は数秒空中に滞空して散るように消えた。

 クラスから「おー」と声が漏れる。


「ふふ。正直なのは嫌いじゃない……が、話は真面目に聞け」


 当然と言えば当然か。

 切った張ったの世界に飛び込んでくるような生徒たちをまとめる教官だ。

 美人だが、戦闘力も高いのだ。


 それからダンジョンの構造や第一層モンスターについての説明に移り、授業は続いた。


「――今日はここまでとする……そうだな、今日の範囲、もしくは昨日の実習についてでもいい。聞きたいことがあれば質問を受付けよう」


「……あ、それじゃあ」


 その後はちゃんと授業を聞いていた仁が挙手をした。


「言ってみろ」

「えっと、俺達はモンスターを殺せばマナってのを使えるようになるわけっすよね、手段に関わらず。なら軍隊が最初にやったように、銃でぶっ倒す方が手っ取り早いんじゃないっスか」


「いい質問だ。答えはこうだ。最初は確かに手っ取り早いだろうが、後々、銃火器は通用しなくなる。そのときに初めて体術的な身体能力の重要性に気づいても手遅れなのだ」


 なるほど。

 最初から戦闘技術を鍛えておかないと痛い目に合うのだろう。

 仁も「あざーっす」と礼を言って着席した。


「他にはどうだ……いかり


 碇と呼ばれた男子生徒を見る。癖っ毛でもっさりヘアーの小柄な生徒だ。体育会系ではなくて文化系に見える。このダン高では珍しいタイプだ。


「えっと、色々な準備が不足しているように感じるんです。昨日なんて、まだ特殊な訓練も受けていないのに、いきなりダンジョンに入りました。怪我を負った生徒もいます……万が一の際に助けてくれるような熟練者もいない。何故ですか?」


「そうだな……昨日の実習では一体の討伐もできなかったチームがあったな……理由はいくつかあるが、まず百聞は一見に如かずということがある。敵も知らず、戦う場所もイメージできず訓練しても効果は薄いだろう。そして、国や軍はダイバーの育成を急いでいる。それから育成に回せる人材が足りていない。つまり落ちこぼれに手を差し伸べる余裕もない」


 教室がシーンと静まる。


「他にも理由はあるが、全てを教えられるわけではない。いいか、最低限のサポートは用意してあるが、多くは望むな。自分が命を掛けるに足るものの為に戦え、そうでないなら身を引くのもお前たちの自由だ」


 冷徹な物言いで生徒の多くは気分を害しただろう。嫌ならやめろと言っているようにも聞こえる。

 実際、この学校は、嫌ならいつでも辞めることができる。強制されることはそれほど多くない。


 でも、俺には軍人としては危ういことを言ってくれてるように聞こえた。

 碇という生徒は不服そうだったが、「わかりました」と着席した。


 俺は手を上げた。


「香取、いいぞ」

「女子がいる理由はなんですか」


 ここ、鹿島ダンジョン高専では、一クラスに男女一五名ずつ、計三十名いる。

 女子生徒は、今、ダンジョン概論の授業は一緒に受けているが、戦闘訓練は受けないし、ダンジョンにも入らない。

 世界には現在、百を超えるダンジョンが確認されているが、基本的に女性がダンジョンに入るというのは、近年ではあまり多くない。


 理由は、単に戦闘に向いていないと判じられたからだ。

 過去には、ダン高で女子生徒が男性生徒と一緒に探索していた時期もあったらしい。だけど、様々な積み重ねの結果、やめることになったのだという。

 ちなみに、当時のダン高の試行錯誤の世代を『トライアル世代』と呼ぶ。


 では、何故ダンジョンに入らない女子生徒が入学してくるのか。

 それも男女同数の定員で。


「それは我々の口からは言えん。が、必要だからいるし、その理由も近いうちにわかるだろう」


 それから幾人かの質問が飛び、黒崎教官は答えられるものは答え、答えられないものはそう伝えた。


 全員が感じ取ったと思うが、ダンジョン高専では補助輪つきの指導は行わないようだ。

 突き放して、「知りたきゃ這い上がってこい」とでも言わんばかりの態度。

 世間にも、新米の俺達にも、知らされていないことがたくさんあるのだろう。


 いいね。

 やってやるさ。


 こっちも過保護なma'amマムより放任主義の方が好みだ。



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