第8話 味覚の代わりとゴーストライター
都の病室を後にして、私と彰は病院内の喫茶店に訪れた。
卵サンドを一緒に注文して、それから席に着く。それを齧った彰は「都の作るほうが美味いわ」とぼやいた。その気持ちは、私にも痛いほどわかる。それでももう彼の料理は食べられないかもしれない。味覚を失うということは料理人生命を絶たれることだから。
「私、彼に夢を諦めてほしくない」
「あ?」
こちらをすっと見据えてくる彰。「そんなこと分かってる。でも、あいつはもう覇気はねえ。俺はあいつにああは言ったが、もう料理人の夢は……」
「私、ディスレクシアなんです」
「え? 急になんだよ」
明らかに困惑したような顔を見せる彰。それもそうだろう。急に病名を宣告されれば誰だってそうなる。
「文章を読むことが出来ない、そんな先天性の病気なんですけど、それでも私には叶えたい夢があるんです」
「何だよ」
「小説家、なんです」
すると彰は顔を手で覆って、「待ってくれ。その病気は先天性なんだろ。最初から叶えることが難しい夢を、どうしてお前は抱くようになったんだ?」と言った。
私はテーブルの下で指を動かしながら、ゆっくりと言語化していく。
「幼少期、お父さんが私に『三日間の幸福』という小説を読んでくれたんです。幼い私には難しい内容も各所にあったけれど、それでも命の尊さが理解できたように思えて」
「三秋縋……ラノベ作家か。それで、ラノベ作家を志すようになったんだな」
「はい。いろんな人に反対もされました。私のハンディキャップはそれだけ言葉を扱う仕事にはミスマッチなんです」
険しい表情に変わった彰は、顎もとを触りながら、「どうしたもんかな」と独り言を発していた。
「お前、奴の味覚になってやれることは出来るか?」
「え?」
唐突に何を言い出すのだろうか。ふざけるのも大概にしてほしい。人の味覚の代わりだなんて。
「その代わり、都にはお前の筆、つまりはゴーストライターになってもらう」
「ゴーストライター?」
「ああ。あいつがそれを良しと思ってくれるのなら、だけどな」
卵サンドを完食し、彰は立ちあがった。私もそれに続く。
「俺は明日も見舞いに来る。お前もか?」
私は頷いた。それを確認した彰は目元を緩めた。
「頑張ろうな。あいつを一緒に支えてやろう」
「うん」
彰と別れて、私も帰ろうと思った。
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