第7話 友情

 病院に駆けつけると以前見かけた都君のお母さんがいた。

 私は話しかけると、涙とこわばった表情を向けられた。それを見て息が詰まる。


「その……ごめんなさい。都君の容態は?」

「――重い脳震盪で脳が出血しているらしいの。もしかしたら何かの障害が残る可能性が高いって」

 障害……彼が見せてくれ優しい笑みを思い出す。もしかしたらそんな表情をもう見れないかもしれない。そう思うと悲しくなった。

 すると手術室からドクターが出てくる。お母さんと対峙して話しかけた。それは混乱させないようにゆっくりと語りかけるものでもあった。


「落ち着いて聞いてください。彼は脳震盪によって一時的に脳に酸素が回らない状態になりました。そのせいで大脳の側頭葉の基幹である『味覚中枢』が麻痺している状態です」

「それってつまり……」

「彼はもう、味覚が機能しないと言えるでしょう」


 都君のお母さんは大泣きした。悲痛な嗚咽だけが病室の待合室に響く。

 痛ましくて見ていられなかった。でも、目を逸らせなかった。

 するとある男子学生がやって来た。私と同じ学校の制服だ。その人がお母さんの背中をさする。「大丈夫ですから。俺が何とかしますから」


「あなたは……」私は衝動的に訊ねてしまった。

「おう、転校生。俺は大石彰。都の親友だ」

 真っ直ぐ私のことを見つめてくる。そんな純真無垢な目で見られると自分に自信を無くしてしまう。私はここにいてもいいのだろうか、と。

 だがそんな心境を彼は見透かしたのか、私の肩を叩いてきて励ました。


「お前も都の親友なんだろ。なら、やってあげることは分かるよな」

「え?」

「あいつを励ますんだよ。事故の衝撃を忘れさせちまうくらいにな」

 そんなこと出来るのだろうか。果たして、自分にその資格があるのだろうかと。


 私と彰、そして都君のお母さんは都の病室に入った。

 目を開けて、じっと天井を見つめている彼。その姿がどうにも痛々しかった。

 するとこちらに気付いたのか気概のない目でこちらを見遣った。それにすっと鳥肌が立ってしまう。「なんだよ」


「医師から話は聞いた。辛いな」

 彰がそう喋った。すると彼は震えた声で、

「お前に何が分かるんだよ」

 と言った。そしたら彰は何かを察したのか、「都ママ、少しこいつと一緒にいさせてください」


「分かりました」

 しかし、私は出ていこうとはせず、その場に固まっていた。お母さんが出ていく。

「お前、いまどこまで知っている?」

「医師から味覚障害が残る、と」


「早いな。メンタルケアのことまでは知らないってか。まあ、医者はお前が料理人になろうだなんて思ってもいないだろうからな」

 彰は丸椅子に移動して、彼の手を取った。


「お前なら出来る。もちろん料理人にとって味覚障害はハンデだと思う。でも俺は思うにお前には『努力』の才能がある。だから、挑戦してみないか?」

 覇気が無かった彼の目から徐々に生気がみなぎってくるように見えた。

 すごい。私にはもちろん、到底できない励ましだ。彰と都の友情関係を目の当たりにしてそう感じた。

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