第6話 告白、そして事故

「そう言えば……小説面白かったよ」

「本当に?」


 唐突な話題でも、とても嬉しかった。でもぬか喜びは駄目だということが、彼のこの後の発言で分かった。


「でも文章は稚拙だった。まるで話し言葉のような文体。まあラノベだったらあれでもいいんだろうが。書いているのはミステリだろ?」

「……」


 言ってもいいのだろうか。自分がディスレクシアであることを。

 すると過去の記憶を思い出した。授業中にノートを取っていなかったら、いつの間にかクラスで浮き始めて、いじめられるようになったことを。

 そのとき、自分の障害をどれほど恨めしいと思ったことか。

 

 でも、彼のことを信じてみようとも思う。同じく夢へと邁進している彼を。


「私、発達性ディスレクシアなの」


 彼は目を丸くしてから、その後うつむきざまに「ごめん」と謝ってきた。

「いや都君に非はないよ」


 文章が拙い=ディスレクシアとは繋がらないから。


「でもどうしてそんな大事なこと、僕なんかに告白してくれたんだ?」

「レイスの名言だけどね。『不用意に人を信じれば、いずれ手痛い仕打ちを受けることになる。かといって誰も信じることが出来なければ、人は生きていくことさえできないだろう。人を信じるとはそういうことだ』っていうのがあるの。それがゲーム好きの私の信条でね」

「レイスって、ああ、APEXか……」


 そして彼は空を見上げた。


「かくいう僕もゲームが好きなんだ。とはいってもノベルゲーだけど。いろいろな選択肢を攻略していく中で導く解というものが、とてもかけがえのないものに思えてね」


「良いと思う。私なんかでもゲームの仕様がフルボイスだとプレイ出来るから。楽しんでるかな。私、鍵っ子だからね」

「僕も鍵っ子だ。なんか、思ったけど僕たち通づるものがあるかもね」


 そう言って微笑んでくる彼。その表情に思わず見惚れてしまう自分がいた。

 なんて優しい笑みなんだろう。私と趣味が似ているぐらいでそんなに喜んでくれるなんて。自分はどれほど幸せなんだろう。

 

 そして学校から帰宅して、帰路途中に購入したコンビニの缶コーヒーのプルタブを開けてぐびっと飲む。苦みと酸味の割合が八対二だ。あんまり美味しい割合ではない。初めて購入した缶コーヒーだったので、失敗したなあと落胆してもやもやっとした気持ちに支配される。

 そしたら雨の音が聞こえてきた。

 

 私は、雨が嫌いだ。

 その理由は自分の名前にも使われているからというのが正直なところ。名づけの親である実母への恨み。将来的に言葉を使った職業を行いたいと考えている私にとって、悲しみの暗喩ともとれる「雨」という文字は嫌いだし、そもそも名付け親自体が嫌いだ。どうせ適当に付けたんだろう。出産のその日の天候が雨だったからとか。

 まあどちらにせよ、雨は嫌いだ。

 それからリビングでソファに寝転んで、テレビを点ける。副音声を使って視聴している。するとキャスターが現場の道路にあるブレーキ痕を紹介している。                                                              


「市立海老淡中学校に通う学生、平野都くん十三歳が意識不明の重体です」


 一瞬、時が止まったような気がした。テレビ画面に釘付けになる。

 キャスターが必死に声を届けようとしている。その様子にも心奪われた。

 私は駆け出した。彼の搬送先の病院なんて知らない。ニュースでも都内の病院と言っていただけだ。


 そしたら「友達になろう」と学校で手紙を回してきた女子グループの三人と出会った。「あっ、雨ちゃん」と言ってくるがそれには応えず、「ねえ、この近所の病院ってどこ? 緊急外来がある場所で」と述べた。彼女たちは制服姿だったのでまだニュースのことを知らないのだろう。困惑気味にも「ラインで送ろうか」とか言ってくる。私はしびれを切らして、「口頭でお願い」とお願いした。


「えっと……たしか三百メートル先を曲がって、そこからずっと道なりだよ」


 少し煩わしそうに答える女子グループ。

 私は「ありがとう」と応えて、また走った。

 

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