第9話 やっぱり胸が痛いんだ

 僕は軽い脳震盪によって急性味覚麻痺を患った。次、また自然的に脳震盪を起こせばもう助からない。そう、医師に言われた。

 いつ爆発するか分からない時限爆弾を背負いながら生きることが、どれほど苦痛で不幸なことか。

 これを知っているのは、親だけだ。たぶんあいつらは知らない。

 すると連絡がかかってきた。彰からだ。それに出るとあいつは僕の味覚を雨にさせることを提案してきた。


「僕の味覚なんて、あいつに出来んのか」

「頑張れば、出来るだろう」

「そうか?」

 僕は首元を触りながら、「どうしたもんかな?」とぼやいた。

「まあ試しにやってみろよ。あいつを試してやろうぜ」

 

 へへっと笑う彰。それに人の感覚の代わりなんて出来ない、ときっぱり答えた。


 退院日。僕は乗っていた車椅子から降ろされて車に乗り込んだ。父親が後部座席のドアを閉める。そして父が運転席に乗り込んで、車のエンジンをかける。

「母さんは?」

「店番だ」

 端的に父がそう答えた。僕はどこか怒り混じりな父親の反応に困惑してしまう。

「どうして怒ってんだよ」

 その言葉に一拍置いて、「自分の息子が事故に遭ったって言うのに呑気でいられる親がどこにいる」と言ってきた。

「ごめん」  

「謝らなくていい。……ちなみに相手方が事故を起こした原因は知っているか?」

「ああ。ニュースで知った。飲酒運転だったんだよな」

「そうだ。それが俺はとても許せない。こんな話、するべきことじゃないってことは分かっているが——」

「父さん。僕を子供扱いしないでよ。分別をわきまえてるって」

 すると父がサイドミラー越しに睨みつけてきた。

「そう簡単に分別とか語るのが餓鬼だって言ってんだよ」

 ごめん。僕はまた謝った。すると父も「すまない。お前のことを考えるとちょっと情緒がおかしくなるんだ」と同じく謝ってきた。その言葉自体が胸が痛くなるほど子供想いな親の本音だった。

 僕は窓を見た。そしたら頬を涙が伝った。ずずっと鼻をすすり涙をぬぐう。

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