第3話 雨佳奈
僕は、帰宅後すぐにもスマホを開き、雨佳奈と調べた。するとカクヨムというWeb小説投稿サイトがヒットした。そのサイトの運営会社はKADOKAWAのようだ。
顎もとを触りながらサイトの検索エンジンに「雨佳奈」と打ち込んでみる。"雨"という単語を使ったペンネームが上位に現れた。そこに雨佳奈はいた。
早速そのリンクをタップし、一つの小説を読んでみようとする。一話一話ナンバリングされて、一見すると見易い。
プロローグから読むと、まず話の導入から引き込まれた。
――正直に言おう。感服してしまった。一本の小説を苦無く一読させられる技量は確かなものだと思う。
だがしかし言葉ひとつひとつがどうしても幼稚だった。どうも中学生の文章だとは思えない。
溜め息を吐いて雨の自宅から帰るときに買った缶コーヒーを開けて一口飲む。苦味と酸味、甘味が口内に広がった。
ふと、思い立ちカーテンを動かし、窓を開けた。雨は既にやみ、酸っぱい臭いが立ち込めていた。それらが鼻腔を刺激する。
そうしたら雨の、小説の一シーンを思い出した。
「警察機動隊の小林は、殺人現場に臨場した際にあったピエロのぬいぐるみを鑑識に持ち帰らせた。気味の悪いぬいぐるみだった。現場の異様な雰囲気と雨の降ったあとに香るアスファルトの乾燥した臭い。それらミステリとリアルの空気をあのぬいぐるみが作り上げたかのようだった」
その一文。「ぬいぐるみ」という固有名詞を連発しているため、文章全体が軽く見え、分かりやすいとは思うが却って文學要素を損ねている。
彼女が書いていたのはミステリだった。しかし、叙述的トリックを期待するような仕掛けや伏線を掛けておいて、回収しないという。それはすなわち物語自体が破綻しているし、旨味もない。空っぽだ。
腹の虫が鳴った。そう言えば夕飯、食っていなかったな。自室を出て厨房に向かう。
小学高学年から飯は自分で作っている。いつか板前に立つための修行として。母は寛大で、時たま料理について教えてくれるが、父は昔かたぎの職人気質で、背中を見て覚えろ的なことを言ってくる。なぜなら父は独身時代にヨーロッパで三ツ星フランス料理店で修行していた経験があるが為だろう。自分が厳しかったから、息子にも同じようにする。だがそれは裏を返せば厳しくしても自分と同じく乗り越えられると期待しているとも言えよう。
コンロに火を付けて油を通したフライパンを置く。そして、衣をつけた鶏肉をフライパンの中に入れると、パチパチと弾ける音がする。今から作るのは唐揚げだ。油へマヨネーズを入れたらこってり感が増すらしいがそれはせず、にんにくでこってりとした風味を出す。
何回か衣をひっくり返し、皿にそれを乗っける。炊飯器から白米を茶碗によそい、唐揚げを白米にワンバウンドさせてから口に入れる。そして飯を掻き込む。租借しながら「もう少しにんにくを入れてもよかったな……」と反省する。
反省点をスマホのメモ帳に記録し、二、三個食べてから残りはラップを掛けて冷蔵庫に入れる。
明日の弁当に入れて、雨に食べてもらおう。そう思っての行動だった。
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