第14話 ハイド・ローレンの悲劇
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帝国『アリウム』の市街地から少し離れた森の奥。小さな家に少しばかりの
ハイド:「リン……体調はどうだ?」
リン:「ふふ、大丈夫よ。今日は割と気分がいいの」
ハイド:「そうか、無理はするなよ。イルミナのことは俺に任せてくれればいい。必ず『呪い』は解呪する」
リン:「……ハイド、いつも迷惑かけてごめんなさい」
ハイド:「ふっ、気にするな。家族だろ」
リン:「ふふふ、そうね。イルミナこと……あなたならきっと大丈夫よ」
???:「お母さ〜ん!ねぇねぇ、お話ししよ!」
ハイド:「おい、イルミナ。お母さんは今起きたばかりなんだ」
イルミナ:「むぅ〜お父さんのケチ!自分だけお母さんといっぱいおしゃべりして〜!」
ハイド:「……まったく……お手柔らかに頼むぞ」
イルミナ:「はぁ〜い!」
ハイド・ローレン(28歳)の妻である『リン』はドワーフ族であり、年齢は93歳になる。93歳といっても人族と比べると歳の取り方は4分の1と言われている。
つまり、リンは人族換算で24歳程度になる。だが、寿命の長いドワーフ族が人族であるハイド・ローレンと結ばれることは稀だ。
ドワーフ族の平均寿命は250歳、寿命の短い人族とは考え方も異なる。価値観の違いは往々にしてあるのだ。
そんな中でもこの二人は結ばれ、子供を授かった。娘の名は『イルミナ』……ラベンダー色の髪、色素の薄い肌と瞳、幼くも美しい彼女は、不幸にも『ウタカタの呪い』を受けた子供だ。
『ウタカタの呪い』とは、ウタカタが封印された年に生まれた子供に宿ることがある、と言われる呪いだ。
リンは93年前の封印の際に誕生したが、呪いを受けることはなかった。だが、まさかその呪いが自分の娘に宿るとは思わなかった。驚愕したリンとハイド・ローレン……この二人を襲った悲劇。
『ウタカタの呪い』が宿ることは稀なのだ。呪われた子は『ウタカタの遺伝子』を持ち、覚醒すると魔獣と化すと人々に恐れられている。
『ウタカタの呪い』が現れた子供は隔離される。それを恐れた二人はひっそりと三人で暮らす決意をした。
ハイド・ローレンは研究に明け暮れる。愛する娘を救うために様々な知識を学び、呪いを解呪する方法を考える。
しかし、リンはその現実に立ち向かうことが出来なかった……精神を病み、身体も衰弱していった。
『呪いの子』を産んだことも、何かしら影響していたのかもしれない。リンはドワーフ族にとって93歳という短い人生を終えたのだ。
「お父さん、お母さん起きないね……」
「……イルミナ、お母さんは疲れちゃったんだ。ゆっくり休ませてあげよう」
「いつ起きるの?もう、お話し出来ないの?」
「……ああ、出来ない」
「もう、抱きしめてくれないの?」
「……ああ、それも出来ない」
「どうして!どうしてお母さんは起きないの!……あ……お母さん……冷たい……カチカチだ……温めてあげないと……」
イルミナは冷たくなったリンの身体を温めようと、小さな身体で抱きしめる。
「……イルミナ……お母さんは遠くにいったんだ。温めても戻っては来ない」
「……何言ってるの?……だってお母さんはここにいるよ!寝てるだけだもん!寒いから起きないんだよ!わたし、温める!」
「――イルミナ!お母さんは……リンは死んだんだ!」
「――死んだ?死ぬって何……?」
「イルミナ……人は死ぬと二度と会えなくなるんだ……だけど、一つだけ会える方法がある」
「会える方法……?わたし、お母さんに会いたい!」
「……そうだな。お話しは出来ないけど、今までたくさんお話ししたことは思い出せるだろ?その思い出の中で会えるんだ……」
「……でも……わたし、お母さんとお話ししたい」
「それはもう出来ないんだ……ごめんな」
「いやだ!楽しいお話しして、いっぱい笑いたい!」
「……ごめんな」
「お母さんと遊びたい!笑顔が見たい!……お母さんに抱きしめてもらいたい……う、うう……」
「……イルミナ、たくさんお喋りしたことを思い出して、たくさんの笑顔を思い出してあげよう。お前の大好きなお母さんの……一番の笑顔を思い出してあげよう」
「……う……うう……うわぁ〜ん……お母さ〜ん!」
「――イルミナ!」
「起きて!起きてよ!お母さ〜ん!」
「イルミナ、落ち着け!」
みるみるうちに身体が変化していくイルミナ!
両手、両足が魔獣のように変化していく!
「――イルミナ!頼む!これ以上、興奮するんじゃない!」
ハイド・ローレンは魔獣と化していくイルミナを抱きしめる。暴れるイルミナの爪や牙がハイド・ローレンの身体を傷つけ、血飛沫が舞う!
「アァァァ!は・な・せ〜!」
ズバッ!と抉るようにハイド・ローレンの胸に大きな爪が突き刺さる!
「――ぐはっ!……イルミナ……!」
「グルルルゥ……」
イルミナ・ローレン……『ウタカタの呪い』の覚醒だった。
「グルルル……ルル……あ……ああ……お父さん……お父さん……死んじゃやだ!わたしを一人にしないで!お父さ〜ん!う、うう……グルルラァァァ!」
イルミナは発狂し、窓をぶち壊すと我を忘れて家を飛び出した。
「ま、待て……待ってくれ……イルミナ……俺がお前を呪いから……」
薄れゆく意識の中、ハイド・ローレンは手を伸ばすがその手は届かない。遠く離れて行ったイルミナの手を掴むことが出来ない。胸を抉られ、心まで抉られたことが生きる気力を奪っていく……。
リンは死に、イルミナは狂乱のまま森の中へと消えていく……そんな現実に、打ちのめされた。
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動ける程度には回復したハイド・ローレンだが、生きる気力と活力が出ない。リンを埋葬することは出来たが、イルミナは帰って来ない……。
何日も……何日も何日も何日も何日も何日も……立ち上がることが出来なかった。
塞ぎ込んだ彼を立ち上がらせたのは、イルミナに言ったはずの言葉だった……『たくさんお喋りしたことを思い出して、たくさんの笑顔を思い出してあげよう。お前の大好きなお母さんの……一番の笑顔を思い出してあげよう』……その言葉が自らを奮い立たせる。
『ふふふ、そうね。イルミナこと……あなたならきっと大丈夫よ』……涙とともにリンの言葉がこだまする。
思い出が胸を温める。リンの笑顔がチカラを与える。グッと地に足をつけ踏み出したハイド・ローレン。
帝国中を走り、イルミナを探し回る……が『ハーフデモニウム』の噂を聞くことはなかった。
2年という月日が流れた頃、ハイド・ローレンはその類稀な知識や研究から貴族へと成り上がっていく。研究にはカネがかかる。
いつか出会えると信じて……『ウタカタの呪い』を研究すると同時に帝国『アリウム』の重鎮として成り上がったのだ。
モンスターの研究のためダンジョンに潜るようにもなった。全ては『イルミナ』を救うため。
娘を救うために全てを捧げた。
イルミナが行方不明になって5年目……ウラジール家が進めているダンジョン資源事業に隠密で潜入していた。ダンジョン10層には大穴が空いており、異変を感じたハイド・ローレンは25層の「裂け目」から深層へと進む。
深層には調査隊の死体……そして、唯一息のある生存者が一人だけ……。
そこにいたのは瀕死のイルミナ……ずっと探し続けていた娘が死にかけている。5年の歳月ですっかり大人になっているが、実の娘を見間違うことはない!
「――イルミナ!なんてことだ……今、回復してやるからな!」
ハイド・ローレンは回復アイテムを取り出そうとするが、震えた手で上手く掴めない。必死に動揺を止めようとするが、呼吸もままならない!
「ハァハァハァハァ……ちょっと待ってろ、イルミナ……ハァハァハァハァ……すぐに……すぐに助けてやるからな……ハァハァハァ」
「う、うう……イルミナって誰ですか?あなたは……誰ですか……?」
「――!」
『ハーフデモニウム』へと覚醒する『ウタカタの呪い』……これは、覚醒後……記憶を失くす。
母親のことも……
父親のことも……
自分自身のことも……
いっさいの記憶と思い出が消去される。新しい種族として誕生するのだ。
「あ……あぁ……そんな……俺は……リンは……」
「アァァァ!」
その瞬間、ドンッ!と衝撃波とともに吹き飛ばされ、壁に打ちつけられるハイド・ローレン!無数の刃が辺りを埋め尽くし、次々と身体へと突き刺される!
「――ぐはっ!」
『虚スウ』だ!コレは深層を彷徨い無差別に攻撃していた。
肩腕は失われ……全身もひどく損傷したが、這いずるようにイルミナのもとへ向かう……多量の血がハイド・ローレンから流れ出る。
やっとの思いで横たわるイルミナの手を掴む。あの日、掴めなかった娘の手を掴む……だが、美しく育った娘は、やっと会えた娘は、見るも無惨な姿で死んでいた……。
その後、『虚スウ』はどこかへと消え、後続隊が駆けつけた時には生存者は1名……死にかけのハイド・ローレンだけだった。
妻を失い、生きがいであった娘も失い……憎悪に満ちたハイド・ローレンは、自らを機械化し、『ウタカタ』への復讐へと狂気に堕ちた。
これを【幻想のオド】では、『ハイド・ローレンの悲劇』と呼ばれている。
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目が覚めると天井がぼやける……涙で霞んでいたんだ。【幻想のオド】の記憶が蘇る。
『ハイド・ローレンの悲劇』をどうして忘れていたんだろう。ううん、違う……わたしはバカで、フェルミとアメリしか見えていなかった。
なんとなく配信して、なんとなくプレイして、物語の本質に入り込もうとしていなかったんだ……。ただただ、推しであるフェルミを応援しただけ。そりゃ、ファンは怒るよね……ハイドさんには、こんなにもツラい過去があり、彼の『ウタカタ』への異常な執着に対してわたしは「覚えてない」なんて……本当にバカだ。
でも、わたしは歴史を変えた。
ハイドさんが「狂気の科学者」になることを阻止したんだ。もう隊長たちも気付いていると思う。
【幻想のオド】でイルミナという本当の名前を持つ女の子……ハイド・ローレンの娘は……
「もう、起きてるなんて珍しいですね」
シャッとカーテンを開け、眩しい朝の光が差し込む。
「うん、今日はハイドさんの研究室に行くの」
「……そうですか。昨日、何かを頼まれたのですね」
「ネオンちゃんも一緒に行くんだよ!」
「……私も……ですか。あの方は……少し苦手なんです」
「――え?どうして?」
「すごく……すごく寂しそうな目で見てくるので……」
「そっか……ねぇ、ネオンちゃん。ハイドさんを見て何も感じないの?」
「ガウラ様、しつこいですよ。彼を異性として見ることはありません」
「ううん、違うの……なんか懐かしいとか、あったかいとか、そんな感じ!」
「興味ありません……ただ」
「――ただ?」
「ダンジョンの25層で初めて彼に会った時……」
わたしが『虚スウ』を倒して気絶していたときだ!ネオンちゃんがおんぶしてくれてたって聞いた。
「いきなり、腕を掴まれました……その時に……一瞬、知らない女性の顔が浮かんだのです」
「――!そう……そ、その……人……は……ど、どんな顔だった……の……?」
詰まる言葉で上手く言えない……。
「……笑っていました……とても綺麗だと感じました」
――!そっか……そっか、ネオンちゃん……微かでも残ってるんだね。良かったね……良かったね、ハイドさん。あなたのイルミナちゃんはちゃんと生きてるよ。
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