第07話 魔獣ベヒーモス

 ダンジョンに開いた穴は、必ずしもすぐ下の層へと繋がっているとは限らない。そう言ったのはダルさんだ。


 ダルさん……ダルビッシュなしさんのことをそう呼ぶようになったのは魔石を回収している時だ。


「ねぇ、カリキタ隊長……「隊長」って呼んでいい?」


{ん?どうした、急に……}


「へへ、これからずっと一緒に生きていくのに呼びやすいほうがいいかなぁって!」


{――お……おお、まぁ、いいんじゃないか……}


 隊長はタバコを吸いながらそっぽを向く。もちろん本当に吸ってはいない……エアタバコだ。吸っている真似をしているだけ……可愛い。


「ありがとう!」


 隊長が、ふんっ!と頬を染めているとミポリン総督が割って入る。


{じゃあ、アタシのことは?}


「う〜ん……ミポリンって呼んでもいい?可愛いし!」


{嬉しぃ〜!ウラっちにスパチャあげちゃいたい!}


「えぇ〜!いつもスパチャありがとう!ミポリンお金持ちだったもんね!」


{アタシお金持ちじゃないわよぉ〜。推し活に全力だっただけよ!}


「そうなんだ!……うう……ありがとう、ミポリン!」


 ミポリンを抱きしめてモフモフする。


{あふっ!……推しに抱きしめられるなんてもうアタシ死んでもいいわ……!}


「ミポリン、死なないでぇ〜!」


 ……と茶番をしていると、ダルビッシュ無さんが寂しそうに俯いている。


「……あ……ダルビッシュ無さん……どうしました?」


{略すなら……略すならまずは僕からでしょう!三人の中で一番長くて呼びにくい名前なのに、どうして僕が最後なんですか!?それにずっと気になってたんですが、僕だけ「さん」付けなのっておかしくないですか!?それって距離があるってことですよね!二人よりも絡みにくいってことですよね!敬語で喋ってるし!ウランちゃんにとって僕は……僕は……!}


 ダルビッシュ無さんがまくし立てるように言う。ちょっと怒っているみたい……でも、メガネをかけてないのに、メガネを上げる仕草をしているのがなんか可愛い!


「そうですよね……じゃなくて、そうだよね!ダルさん!これからは家族みたいに喋っていい?」


{――か、家族っ!?も、もも、もちろん!いいに決まってるよ……ウランちゃんがそうしたいならそうすればいいさ!}


「うん、ありがとう!そうするね、ダルさん!」


 ダルさんは高速でエアメガネ上げをしている。照れてるみたい……良かったぁ、喜んでもらえて!


{ふんっ!面倒くさいヤツだ}

{結局、「さん」付けは変わらないのねぇ……}


{聞こえてますよ、オッサンたち}


{――よし、表に出ろや!ダル}

{オッサン……?もしかしてアタシに言ったのかしらぁ?}


{まぁ、僕は若いですからねぇ}

{若造が言ってくれるじゃねぇか!}

{オッサンはさすがに聞き捨てならないわねぇ〜オバさんならワンチャン許すけどぉ〜}


「ちょ、ちょっと!みんな仲良くしようよ!」


 三匹のチンチラが睨み合う……バチバチと火花を散らす!ケンカはして欲しくないけど……そんなやり取りも見た目が可愛いからほっこりする。


{あらぁ、ウラっち……こっちへおいで慰めてあげるからぁ}


「――え?慰める……?」


{安心したのね。さっきまで凄い戦いだったから}


 涙が出てた……ほっこりしたから気が抜けちゃったんだ。そんなわたしにモフモフッとヨシヨシしてくれるミポリン……隊長とダルさんも気まずそうに近付いて来てくれた。


 三人がそばにいてくれる。そう思えると涙が溢れてきて大泣きした……わぁぁん!とうずくまり、幼い子供のように泣いた。


 誰もいないダンジョン10層で、人目など気にする必要はない。ひっく、ひっく!と涙も収まりかけた時……人の気配……!「ほへっ?」と涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。


「こんなところで何してる」


 わたしを見下ろす黒髪の男性。整った顔立ち、黒いローブを羽織っていて、なんだか怖い雰囲気……。


 {{{――!}}}


{ウラン!コイツには関わ……!}


 隊長が何か言おうとしていたけど、ヘッドホンの効果が切れて三人は消えてしまった。


「えっと……わたし調査隊です」


「フッ冗談はよせ。お前のような子供が調査隊なわけないだろう?」


「――わたしもう16歳ですよ!子供じゃ……あ……」


 間違えた!13歳だった……腰に手を当てて仁王立ちしていると、男性が上から下とマジマジと見てくる……ヤバい……わたしってどう見ても子供だった!


「……そうか……それは失礼した貧乳娘。ではこの膨大な魔石はどういうことだ?ざっと200から300くらいはあるが……」


「――ひんにゅっ!くっ……たしかにわたしは幼児体型ですが、顔はめっちゃ可愛いでしょ!」


「……そうだな。で、この魔石は何だ?」


「――いや、リアクション薄ぅ〜!ちょっと自分がイケメンだからって……ぶつぶつ」


「知らないなら俺が回収するぞ」


「――あ!ダメですよ。これ全部わたしが倒したゴブリンなんですから……横取りは大人としてどうかと思います!」


 ふんすっ!と無い胸を張る!


「お前が倒した?これを全部?ククク……ハハハ……冗談はよせ!このレベルの魔石だとレベル30以上のゴブリンどもだ。お前のような貧乳娘が倒せるわけないだろ。嘘をつくな!」


「嘘じゃないもん!雷光セイバーでズバズバッとやったんだよ!だから魔石は譲れない!ダルさんに怒られるし!」


「こんなところで泣いていたヤツが300近いゴブリンを倒せるはずがないだろ!」


「300じゃないよ。1000体だよ!今、回収中だったの……インベントリにいっぱい入ってるよ」


「――1000体!?ククク、バカか。ここでそれだけ一気に倒すとどうなるか……まさか……!?」


 ズンッ……ズンッ!と足音が近付いて来る。


「お前……まさか本当に倒したのか!?」


「だからそう言ってるじゃないですか!自慢ですけど、わたしレベル31もあるんですよ!しかもたった2回の戦闘で……」


「避けろバカ!」


「――あうっ!」


 ドンッとすごい勢いで突き飛ばされたと思った瞬間……ゴォォ!っと凄まじい炎がさっきまでいた場所を蒸発させる!


「――ひぃ!なになに!!」


「お前が倒したとは、にわかに信じがたいが……少なくとも1000体のゴブリンが生贄になったのは事実のようだ」


「――へ?……いけにえ?」


 ズンッ!ズンッ!っと11層に繋がる巨大な穴から現れたのは……ライオンのようなたてがみ、牛のような顔から大きく突き出した角、全身が筋肉に覆われた魔獣!


「――あ……あれって……まさか……ベヒーモス!」


「ほぉ……よく知っているじゃないか。だったらコイツの危険度も知っているな、貧乳娘」


 すぐに立ち上がり、感じの悪い男性の後ろに隠れる。べ、ベヒーモスって……超レアモンスターじゃん!わたし戦ったことないんだけど、リスナーさんから聞いたことがある……特定の条件で出現する大魔獣だって……。


「こ、怖い……」


「おい、貧乳娘。死にたくなければ今のうちに逃げろ」


「い、嫌です!わたしはこの先に進まないといけないんです!調査隊を助けに行かないと!」


「死んでも知らんぞ」


「――え?でも、さっき助けてくれたし……オジさんいい人でしょ!?」


「――オジッ!?ちぃ……貧乳娘が言ってくれる。俺は、まだ33だ!」


「う〜ん……微妙な年齢ですねぇ。ワンチャンわたしのお父さん世代だからなぁ……」


「ふんっ……わけのわからんことを言ってないで持ってる魔石を俺によこせ!」


「――えぇ!今この状況でたかるつもり〜!?」


「持ってるんだろ?大量の魔石を!」


 そう言ってローブを脱ぎ捨てると全身が黒いプロテクターに覆われている。――おぉ!カッコいい!


「早くしろ」


 わたしの前に差し出された手の平は、ほんのりと青く光っている……ここに魔石を乗せろと言っているんだ!


 すぐに持ってる魔石をインベントリから取り出し乗せた。するとスッと吸収されて消える!どんどん魔石を流し込むとプロテクターが青く輝く!


「スゴい!パワードスーツみたい!GANTZだ、ガンツ!」


「わけのわからんこと言ってないで離れてろ!」


 その瞬間!オォォ!とベヒーモスが雄叫びをあげる。空気が振動するほどの圧力と同時に、巨大な炎を激しく吹き出した!


「アクテラ!」


 わたしは、すかさず覚えたての上位水魔法で応戦する。ドォォ!と水流が向かってくる炎と激突するが、ベヒーモスの豪炎には勝てない!


 魔力が桁違いだ!アクテラは蒸発し炎が向かってくる!


「うわぁ〜!全然ダメだったぁ〜!」


「アクテラか……なかなかやるじゃないか」


 ガンツな男性は、そう言うと炎に向かって走っていく!パワードスーツが青く輝き腕が液体金属のように変形して盾になった!


 ドォーン!と物凄い轟音とともに砂煙が舞い、炎が消え去った!


 液体金属がグイングインッと変形し、今度はブレード型になる!


「――え!?あれは……まさか……あなたは!?」


「ん?……俺を知っているとは、案外ただのバカではないのか?」


「――狂気の科学者!」


「――なっ誰が狂気だ!この、貧乳娘!俺は天才科学者の『ハイド・ローレン』だ!」


「やばぁ〜い!」

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