第03話 ウランとチンチラたち

【幻想のオド】……この魔法と機械の世界「グロッサム」では、1000年前に突如現れた究極生物『ウタカタ』により、あらゆる生物がモンスターと化した。


 モンスターたちは人々を襲い、殺し、食べる。そして、人々の「死」が『ウタカタ』のチカラを強大にしていく。


 何人もの屈強な冒険者たちは『ウタカタ』に挑み敗北した。敗北の理由……それが人々にさらなる絶望を与えたのだ。


『ウタカタ』は不滅の存在だった。


 倒しても復活する究極生物。


 生態系の頂点に君臨した『ウタカタ』を初めて封印したのは一人の女性……。


 『マリー・ゴールド・シンシア』


 彼女の中に目覚めたユニークスキル『トリ』により、『ウタカタ』と「グロッサム」を分け隔てることに成功したのだ。


『トリ居』とは結界系のスキルだ。しかし、相手が強大であれば命を削る必要があった。そのため、全身全霊でスキルを発動したマリーは人柱となり命を落とすこととなった。


 これが安寧と悲劇の始まりとなる。


 『ウタカタ』の封印により弱体化したモンスターたちは巣を作り、鳴りを潜める。それはいずれ訪れる復活を待っていることでもある。


 繰り返される復活と悲劇……

 

『ウタカタ』は人の死によってチカラを蓄え、再び復活する。


『トリ居』のユニークスキルは代々一族に受け継がれ……『ウタカタ』が復活するたびに命を賭して封印する一族……復活する『ウタカタ』……。


 そんなことが1000年続いていた。


 これまでに人柱となってきた者は20人を超え、復活までの期間は決まっていない……50年以上の時もあれば30年以下の時もある。

 

 この期間を『ウタカタの夢』と言われ、人々は人柱という犠牲とともに、ひとときの安寧を手に入れていたのだ。


 現在100年『ウタカタ』は復活していない。


 人々の中で『ウタカタ』は伝説となり忘れ去られようとしていた。


 しかし、『アメリ・シンシア』にユニークスキル『トリ居』が発現したことは「グロッサム」全体に不安と安堵をもたらした。


 なぜなら、それは『ウタカタ』の復活を意味するからだ。


 「シンシア一族」と『ウタカタ』の因縁……。


 1000年続くこの戦いに一人の少年がアメリの前に現れた。


 記憶の無い少年『運命の子 フェルミ・エーデル』


「エーデルワイス孤児院」に拾われた彼は、そう名付けられ、愛する者を守るため、運命と戦う!


【ウタカタ復活まであと2年】


「そうそう!フェルミは運命と戦って勝ったんだよ!人柱であるアメリを救ってグロッサムを平和にした!……でも……フェルミは死んじゃった……アメリとグロッサムを救うために……ツラいよぉ〜……」


{ウランちゃんは、それを救うつもりなんだよねぇ〜。しかも2年後には自分が犠牲になる運命を抱えてるのに……僕が今話した【幻オド】のあらすじ、理解してる?}


「う、うん……わたしバカだから、実はあまりよく分かってないの。どうやって、封印じゃなく不滅の『ウタカタ』を倒したのか……どうして『フェルミ』じゃないといけなかったのか……どうして最後に『ハイド・ローレン』が現れたのか……」


{……え?嘘でしょ?}

 

{……は?バカだとは思っていたがここまでとは……}

 

{……まぁ、たま〜にいるのよねぇ。内容分からないけど感情移入はする子}


 ――うっ!みんなの当たりが強い……バカでごめん。


{ウランちゃん……『フェルミ』と『ハイド』の関係性とか『ハイド・ローレンの悲劇』はもちろん知ってるよね}


「へへへ……ダルビッシュ無さん!わたしを舐めないでもらいたいですねぇ〜!」


{お!}

{ほぉ……}

{さすがにねぇ〜}


「よく分かってないっす!てへっ!」


 {{{――!}!}!}


           |

           |


 ボロクソに怒られた挙句……何も教えてくれなかった。【幻オド】を愛する三人にとってこのことが許せなかったみたい……。


 だって、なんか難しかったんだもん……バカ、アホ、底辺配信者、貧乳と罵られてタイムオーバー。スキルの効果が切れると三人は消えた。


 まだ怒ってるかなぁ……と少し時間を置いて『ヘッドホン』を使う。

 

「さっきはごめん!それでも最推しの二人を幸せにしたい!……どうしたらいいの!?」


 昼食を取りながら、ダルビッシュなしさんに相談する。【幻想のオド】の内容に一番詳しいので、頼るしかないのだ。


 ヘッドホンの継続時間は10分くらいだけど、SP スキルポイントは休めば戻るし、1日に10回も使えたら充分だよね。


 とにかく、2年の準備期間でどうするか……だね。


{まず、ウランは生き残るためのチカラを身につけなければならんだろ!}


「おぉ!そうだよね、カリキタ隊長!わたしってまだレベル1だし……」


{そうねぇ〜ここは帝国都市アリウムでしょ〜?だったらダンジョンに潜れば?}


「ダンジョン!?いきなり、物語の終盤にたどり着く場所のダンジョンに!?レベル1で?瞬殺されるよ!」


 ダンジョン……『ウタカタ』が復活していない間、モンスターたちは弱体化している。そのモンスターたちが巣を作っている場所をダンジョンというのだ。そこに行けば、たしかに経験値はたくさんもらえるはず……。


{パーティを組めばいいだろ?仲間はいたほうが勉強になる}


 カリキタ隊長はスパルタだ。プレイヤースキルの無いわたしに幾度となく苦言を呈していた。


「パーティって一体誰がいるの!」


 {{{ネオン!}}}


「ネオンちゃん!?」


{アイツは強い……}


           |

           |


 ネオンちゃんはわたしのお世話係にして、ツンデレメイド……わたしのお願いならきっと聞いてくれるはず!三人の姿はわたしにしか見えていないから、これは自分でなんとかするしかない。


 みんなと話してる時、ネオンちゃんが急に現れて……「何をひとりごと言ってるのですか?気でも触れましたか?」なんて言ってきた時は、心臓が飛び出るかと思ったけど、みんなやヘッドホンは、彼女には見えてなかったみたい……不思議だ。


 

 昼食後、広い屋敷を走り回りネオンちゃんを見つける。お父様と話をしているようだけど、後ろから声をかける。

 

「ネオンちゃん!わたし、強くなりたいんだけど……良かったら一緒にダンジョンに行ってくれませんか!?」


「お断りします」


 即答だった……「そんなことより、私は今「ダリア・ウラジール」様とお話ししているのですよ」と会話を遮ったことで怒られた。


「ガウラよ、強くなりたいとはなんだ。お前は帝国貴族だぞ……まさか冒険者になりたい、などとは言うまいな」


 お父様は額に血管を浮き出して、わたしを見据える。豪奢な服を着込んで、いかにも貴族らしい貴族の風貌……蓄えた髭を撫でながら「貴族らしく勉強をしろ!」と言った。


「ですが、勉強しても2年後には『ウタカタ』が復活するんですよ!強くならないとモンスターに殺されてしまいます!」


「「――!」」


 わたしの迂闊な発言に二人は反応する。


「ガウラ!何の根拠があってそんな発言をする!」


「――!ご、ごめんなさい」


 怒鳴るお父様は、浮き出た血管がひくついている。なぜここまでの反応をするのか……次の一言でそれが分かった。


「『ウタカタ』の復活などという不確定な噂などするな!ダンジョン資源事業は我々ウラジール家の復権をかける一大事業だ!もしもそんな噂が流れでもしたら……我々は没落するんだぞ!」


「――!」


 そうだったんだ……!衰退気味のウラジール家はダンジョン資源事業で盛り返そうとしたけど、2年後の『ウタカタ』復活で強大化したモンスターたちにより事業は失敗……ウラジール家は没落し、わたし(ウラウラ)は帝国スパイとして王国ブバルディアに送り込まれた……ていうこと?


「だったら、わたしをダンジョン資源事業の調査隊に入れてください!」


 ――バチンッと頬に衝撃が走る!お父様の硬く大きな手がわたしの顔を弾く。一瞬、何が起きたのか分からなかった……人生で初めてぶたれたのだ。


「お前のようなひ弱な者が、足を踏み入れていい場所じゃない!いい加減に現実を見ろ!」

  

 熱を帯びた頬と、滲む涙……呆然と立ち尽くすわたしにお父様は吐き捨てるように言う。


「ガウラ様……お話しは後で伺いますので、今はお部屋のほうへ」


 ネオンちゃんの言葉をきいて、わたしは泣きながら部屋へと戻った。


           |

           |


{あのオッサン!わたしのウラっちを殴るなんて許せないわねぇ!}


{許せないやつリストに入れておきましょう!}


{ウラン、俺に身体を預けろ……レベル1でもプレイヤースキルでボコボコにしてやる}


 ミポリン総督……ダルビッシュ無さん……カリキタ隊長……不甲斐なくてごめん……ん?俺に身体を預けろ?


「ちょっと〜!俺に身体を預けろって何!?」


{{{――ん?}へ?}ほ?}


 モフッと振り向くチンチラたち……可愛い。


{{{言ってなかった?}}}


「そんな重要なこと聞いてないよ!」


{でも『AUTO モード』なんて常識でしょぉ〜}

{だね〜}

{だが、ウランはまだ戦闘に入ったことないから、仕方がないか……}

{カリキタ隊長はなんだかんだ、優しいのよねぇ〜なんだかんだ庇う}

{ウランちゃんは【幻オド】のバトル練習しなかったから下手くそだったもんね〜}


「うっ……練習キライ……」


 そう……【幻想のオド】のバトルシステムは『バトロワ式』だ。


 プレイヤースキルがあればあらゆるモンスターを低レベルで倒すことも可能だった。スキル使用時のみコマンド入力はあるが基本的にアクション操作で戦える。


 キャラクターコントロール、反射神経、装備武器の理解度、立ち回り、キー配置にあらゆる角度の防御を設定する……キャラコンで回避……武器によってはエイムも重要だ。


 公式で対人戦の大会も開催されるほどで、わたしみたいなエンジョイ勢は上手い人のプレイを見て、スゴイ、カッコいい!と推しを応援するだけにとどまる。


{ちなみにカリキタ隊長はアジアランカーよ!知らない人多いけど}


「えぇ〜!知らなかった!」


{まぁ、カリキタ隊長は配信などしていなかったですからね。知名度はあまり無かったようです}


{ふん……失礼なヤツらだ}


 ……でも、おかしくない?仮に、この三人がわたしの記憶が創り出したスキルなら、わたしの知らない情報を持ってるのって………………まぁいっか!


「よし!じゃあ決まったね!戦闘は全部カリキタ隊長に任せて、メリーバッドエンドという運命を変えるぞ〜!」


 {{{……}}}


{ウラン……『ヘッドホンAUTOモード』はあまり多用するな……もうダメだと思った時だけだ}


「――え?……どうして?」


{お前自身のためだ……勝てない敵と遭遇した時のみだ。あらゆる事態に対応するためにもお前が強くなる必要がある}


「でも……わたし戦うの下手くそだし……」


{安心しろ、コーチングはしてやる!俺は1VS1で負けたことが無い男だぞ!}


「――えぇ!?無敗!?」


{でも、この人戦略性ゼロだから対人戦特化型よ。モンスター相手なら、ダルくんのほうがいいじゃないかしらぁ〜?}


{まぁ、RTAは僕のほうが早いですからねぇ〜}


 ※RTA……ゲームをスタートしてから、クリアするまでの時間を競い合う競技のこと。


{ほぉ……俺はRTAを本気でやっていないだけだが……}


{おやおや、負け惜しみですか?カリキタ隊長}

{ダル……俺がコーチングしてやったことを忘れたようだな……}

{隊長……世代交代って知ってます?}

{経験値って知ってるか?ダル……}


 睨み合うチンチラ……可愛い……って言ってる場合じゃない!


「ちょっと!ケンカはやめて……二人とも!」


{まぁまぁ、やらせときなって。また一緒にプレイ出来ることで興奮してるんだよ。ウラっちはアタシたちの最推しだからねぇ〜ウフフ}


「ミポリン総督……どうしてわたしみたいな底辺配信者にこんなに凄い三人が……」


{ウフフ……推しってそういうもんでしょ!}


「――!」


 話せば話すほど違和感が……三人は本当に記憶の産物なの?


           |

           |


 しばらく待つと、ネオンちゃんが部屋を訪ねてくる。おそらく、あの発言に関して追及されるのだろう。


「ガウラ様、殴られた頬は大丈夫ですか?ダリア様は、探索者としてもかなりの腕なので平手打ちでもかなり痛かったでしょう」


「うう……ネオンちゃん……心配してくれてありがとう……」


「そうですね。ただでさえ頭がおかしくなっているガウラ様がこれ以上悪くなるのではと危惧してました」

 

「――ネオンちゃん……いや、辛辣」


 

「……では、お聞きしましょうか。『ウタカタ』が2年後に復活するなどという情報をどこで?」

 

 一呼吸置くと、ネオンちゃんは冷たい空気を纏い、わたしに詰め寄る。その雰囲気に圧倒されるが、呑まれてはダメだ。


 言葉を慎重に選び答える。 


「ゆ、夢を見たの……王国ブバルディアに一人の少年が現れて……彼が【グロッサム】を救う……封印じゃなく、完全に『ウタカタ』を消滅させる」


「……夢ですか……では、ガウラ様はなぜ強くなろうと?」


「わたしは彼を助けて死ぬから……そうならないように強くなろうと……」


「ハァ……それを信じろと?」


「信じてくれないの?」


「……無理ですね。ガウラ様が言っていることが予知夢ならウラジール家が進めているこの事業は失敗します」


「うん……それが原因で没落するの。貴族でなくなったわたしは帝国のスパイとして、その少年と行動を共にするの……そして、彼を助けて死ぬ」


「何を言ってるのか分かっているのですか?今の発言……殴られるだけでは済みませんよ。仮にそれが本当だとしてスパイのあなたが、どうしてその彼を救うのです」


「か、彼が……彼しか世界を救えないから……」


「それは結果論でしょ。しかも、その考えだと彼が世界を救うなんてどうして分かるのです。ガウラ様はその時には死んでいるのでしょう?」


「そ、それは……」


「ハァ……妄想も大概にして下さい。貴族としてのお勉強から逃げようとしても無駄ですよ」


「ち、違っ!わたしは逃げてるんじゃなくて……」


「では、証明できますか?」


 鋭い視線と圧に身体が硬直する。怖い……けど……!


「ネオンちゃん……わたしと戦って!」

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