第25話 急転
「信吾くん……! 応答してちょうだい……! 信吾くん……!」
大きな声を上げないよう気をつけながら、恵はスマホ越しから信吾に呼びかける。
だが、
今より一五分前。
信吾と莉花がお化け屋敷に入ってすぐの頃はまだ無線を繋がっており、信吾の言葉から莉花が顔色を青くしていることを知ることができた。
青ざめている莉花にはどうやらお喋りできるほどの余裕がなかったらしく、二人がお化け屋敷のを進め始めて以降、会話は全く聞こえてこなくなった。
たまに音が聞こえてきても、それは人を驚かせるタイプの仕掛けが作動した音にすぎず、それ以外の音は全くと言っていいほど聞こえてこなかった。
これは恵の与り知らない話だが、お化け屋敷内ではBGMさながらに呻き声が流れているが、声自体はそこまで大きくなかったため、イヤーカフ型の無線機では音を拾うことができず、恵のスマホから聞こえてくることはなかった。
だから、無音が多いのは当たり前だと、知らず知らずの内に決めつけてしまった。
決めつけてしまったから、
「……無線は完全に通じないみたいね」
ならばと、無線アプリを閉じて、信吾のスマホに直接電話してみるも、呼び出し音すらならずに切れる始末だった。
単純にお化け屋敷の中が電波が繋がりにくいという可能性もあるが、そう結論づけるのは、本当に何の異常も起こってないという確信を得てからの話。
現状においては、何かしらの手段を用いてお化け屋敷内の電波を遮断、あるいは妨害していると見るべきだろう。
いずれにせよ状況を確認する必要があると判断した恵は、園外にいる豊山たちに無線を繋げる。
「こちら梶原。お化け屋敷に入った信吾くんと連絡がとれなくなった。そちらの方で何か変わったことは起きてない?」
『こちら豊山! 異常ありません!』
『こちら中野。異常は……ないですねぇ』
『こちら岩淵。異常らしい異常はな――いや、待て。西口ゲートに、
「そんな言い回しをするってことは、
『足運びからして只者じゃない。おまけに、散々煮え湯を飲まされた〈夜刀〉の用心棒どもと同じ匂いがプンプンする。十中八九
急速に事態がきな臭くなっていることに、恵は思わず片手で頭を抱えながら、豊山と中野に訊ねる。
『豊山くんと姫ちゃんの方はどう?』
『〈夜刀〉の用心棒かどうかは定かではありませんが、新たに一人、遊園地のスタッフが受付の手伝いに現れました』
『私のところにも現れましたねぇ。とりあえず、
「いや、いいわ。現れたのが〈夜刀〉の用心棒だった場合、岩淵くんはともかく、豊山くんと姫ちゃんじゃ手に余るかもしれないから」
『そんなことは――』
『ある』
岩淵は豊山の言葉を遮り、言葉をつぐ。
『豊山。中野。お前ら、剣道においては梶原から、柔道においては俺から、ただの一度でも一本をとったことがあるか?』
ない――だからこそ豊山と中野は、揃って沈黙した。
『
「ええ。こういう言い方はちょ~っと抵抗あるけど、信吾くんという餌にけっこうな数の残党が食いついたみたいだから、この人数じゃ心許ないしね。とはいえ、あんまり大人数で押しかけたら、連中が何しでかすかわかったもんじゃないから、応援は多くても四人くらいに抑えといて」
豊山と中野が『了解』と返すのを聞き届けたところで、岩淵に命じる。
「岩淵くんは
『了解したと言いたいところだが、気をつけろと言いたいのはこちらの台詞だ。梶原……お前、どうせ今からお化け屋敷に踏み込むつもりだろう?』
「もちろん」
『現場に立たなくなってから一年近く経ってますし、梶原警部補も応援がくるまで待機していた方がいいと思うのですが……』
という豊山の忠告を、岩淵は鼻で笑う。
『この女が、多少現場から離れた程度で衰えるようなタマか』
「岩淵く~ん。『この女』とか『タマ』とか、モラハラとセクハラになるわよ~」
言い回しの割りには妙にドスの利いた指摘に岩淵が口ごもったところで、恵は話を締めくくる。
「とにかく、豊山くんと姫ちゃんは応援がくるまで待機。モラハラセクハラ野郎の岩淵くんは、〈夜刀〉の用心棒にご自慢のハラスメント力を発揮してちょうだい」
『『了解』』
と、豊山と中野が声を重ねる中、
『了解はできないが了解した……ッ』
文句の一つや二つ言い返したいのを我慢した、矛盾全開な岩淵の返事を聞き届けたところで、恵は無線を切る。
念のため、今一度信吾のイヤーカフに無線を繋げて呼びかけるも、やはり反応はなし。
「是非もなし……か」
恵は諦めたように独りごちると、恵はスマホを懐に仕舞い、お化け屋敷の前で所在なさげにしている、スタッフと思しき青年のもとへ向かった。
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