第23話 お化け屋敷

(恵さん、また姿をくらましましたね)


 信吾は莉花と肩を並べて園内を歩きながら、恵が一旦無線を切ると断りを入れてから姿をくらましたことを、心の中で嘆息する。

 実を言うと、昼食を終えた時点で信吾は、園外に刑事が待機している可能性に思い至っていた。


 恵の図抜けた尾行技術により、信吾をもってしても彼女がどこにいるのか何度もわからなくなったことがあったため、ただ姿が見えなくなっただけならば前述の可能性に思い至ることはなかっただろう。

 決め手となったのは、昼食を終えてなお恵が一滴の酒も呑んでいないことにあった。

 デートの手助けに集中するために今日だけは酒を絶っている――と好意的に解釈してあげたいのは山々だが、今まで信吾が莉花について恵と話をした際、彼女のそばにはいつも缶ビールが寄り添っていた。

 缶ビールはつらくなった大人に寄り添ってくれるという恵の言葉も、そもそも恵が何に対してつらさを覚えているのかも、信吾からしたら理解不能もいいところだが。

 少なくとも今の状況で一本の缶ビールも恵に寄り添わないのはおかしいことだけは、理解することができた。


 その考え方自体が、色々とおかしいことはさておき。

 今に至ってなお恵が一本の缶ビールも握り締めていない理由は、考えられるとしたら一つしかない。

 それは、恵が今刑事としての仕事も並行しておこなっていること。つまりは、〈夜刀〉の残党を釣る手伝いをやらされていることだった。


(〈夜刀〉の残党を釣る餌として、警察に協力することは約束しましたが……)


 現状はまだ邪魔に入るような真似はされていないが、それでも、気分的には折角のデートに水を差されたような気がして、残念でならなかった。

 とはいえ、今回自分を餌に利用したことに関しては、恵に限って言えば、心情的には反対していただろうと信吾は思う。


 恵がこちらに対して、常日頃から普通の子供と同じように接するよう心がけていることは、一つ屋根の下で一緒に暮らしていることもあって、人の心の機微に疎い信吾にも察することができた。

 さらに言えば、信吾が普通の子供と同じように生きることを恵が望んでいることも、察することができた。


 普段はあらゆる意味でだらしないし、家事に関しても自分の方が上手なくらいで頼りないことこの上ないけれど、一人の大人として信吾は恵のことを信頼している。

〈夜刀〉時代から何度も耳にしていた捜査一課の元エースとしての実力も、今回の件で信頼できることがわかった。

 だから、一人の大人としての恵は、自分と莉花のデートに警察が絡むことを良しとしていないことも、一人の刑事として私情も酒も排さざるを得なかったことも、察することができた。

 だからこれは仕方のないことだ――と諦めていたところで、少々自分の世界に入り込み

すぎていたことに気づき、隣にいる莉花に意識を戻す。

 彼女は彼女で何か考え事でもしているのか、どこか思い詰めたような顔をしていた。

 なんとなく気になった信吾は、先程まで互いに黙りこくっていた時間を取り戻すように、莉花に声をかける。


「假屋さん、何か気になることでもあるのですか?」


 莉花は我に返ったように「え?」と声を上げると、喋る内容をまとめているのかのように短い沈黙を挟んでから答えた。


「次さ、お化け屋敷に行きたいなぁって思ってるんだけど……ほら梶原、夕暮れ時に観覧車に乗りたいって言ってただろ? だから、時間的に大丈夫かなって思ってさ。お化け屋敷ってけっこう時間がかかるって聞くし」


 信吾は懐からスマホを取り出し、時刻を確認する。

 画面に映る時計の針は、一六時半を指し示していた。


「日の入りまで、まだ二時間近くありますね。いくらお化け屋敷が時間のかかるアトラクションだとはいっても、これだけ余裕があれば問題ないと思いますよ」

「……だよな。じゃあ、行こっか?」


 信吾が首肯を返したところで、二人はお化け屋敷を目指して歩き出す。

 お化け屋敷が見えてきたところで、恵が無線を繋げてくる。


『いや~、お花を摘みに行ってたら信吾くんたちのこと見失って、ちょっと焦ったわ~』


 内心で(お花を摘みに?)と首を傾げる信吾をよそに、恵は続ける。


『お次はお化け屋敷か。いいじゃな~い――って言いたいところだけど、あそこ今日は機材トラブルかなんかで閉まってたわよ』


 それを聞いて、信吾の目が〇・〇一ミリほど見開かれる。


 早急にこの情報を莉花に伝えたいところだけれど、どこでどうやって情報それを知ったのかと突っ込まれたら面倒なことになるのは目に見えている。

 思い出したフリをするにしても、今さらすぎる上に突然すぎる。タイミングを完全に逸したと言わざるを得なかった。


 そんな信吾の懊悩を察したのか、恵が軽い調子で提案してくる。


『ま、無理に莉花ちゃんに教えなくてもいいんじゃない? 機材トラブルが解消して入れるようになってる可能性もゼロじゃないし』


 確かにと思った信吾は、一度歯を打ち鳴らして肯定を伝えた。


 そうこうしている内に、お化け屋敷に辿り着く。

 怖さよりもコミカルな印象を受けるお化けが窓から顔を覗かせている、洋館風のお化け屋敷だった。

 そしてその入口には、機材トラブルのため一時閉館している旨と、謝罪の言葉が記された立て札が立てられていた。


「閉まってますね」


 恵への報告も兼ねて、見たまんまの状況を口にする。

 まさか閉館しているとは思わなかったのか、莉花は何とも言えない微妙な表情をしていた。


「他のアトラクションに行きましょう」


 と提案した直後だった。


「あ、ちょっと待ってください!」


 お化け屋敷の入口付近にいた、お化け屋敷のスタッフと思しき青年が慌てて声をかけてくる。


「立て札を直すのを忘れてましたけど、機材トラブルは解決しましたから、お化け屋敷にはもう入れますよ」

『あれま。グッドタイミングじゃない』


 驚く恵をよそに、莉花が話しかけてくる。


「だってさ。行こっか、梶原」


 開いているのであれば何の問題もないので、信吾はいつもどおりの無感情さで「はい」と返した。

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