第21話 違和感

 園内に設けられたフードコートで、二人は昼食をとることにする。


「そういえば、梶原とお昼を一緒にするのは初めてだったけど……」


 莉花は洋食店で頼んだ甘口のカレーライスをスプーンで掬いながら、呆れたように言葉をつぐ。


「量がどうとか以前に、その食べ合わせはおかしくない?」

「そうでしょうか?」


 小首を傾げる信吾のラインナップは、カツ丼にラーメンにハンバーグプレート。和洋中華全てを網羅したものになっていた。

 いくらフードコートには多種多様な店が並んでいるとはいっても、こんな食べ方をする人間はそうはいない。


「ごはんと味噌汁みたいなノリでカツ丼とラーメン食べてる人、初めて見た……」

「その理屈でいくと、がメインディッシュになりますね」


 そう言って、信吾はハンバーグを口に運ぶ。


「なんか、見てるだけでお腹いっぱいになりそう……」


 とか言いながらも、カレーを口に運ぶ手は全く止まっていない。

 そもそも莉花は莉花でカレーを大盛りで注文しているため、信吾ほどではないにしても、なかなかの健啖ぶりだった。


「それにしても、まさかあんたがジェットコースターダメだったなんてな」

『ほんとね~』


 信吾たちからはだいぶ離れたテーブルで昼食をとっていた恵が、莉花に聞こえもしないのに会話に交じってくる。

 信吾は当然のように無視スルーしながら、莉花とのお喋りを続けた。


「はい。正直オレも意外でした。今まで身の危険を感じることはあっても、恐怖を覚えたことはあまり記憶にありませんので」

「あんたが身の危険を感じるような状況か。聞いてみたいような聞きたくないような……」

「假屋さんが望むのであれば話しますが?」


 イヤーカフ越しでギョッとする恵を尻目に、莉花はげんなりとしながらかぶりを振る。


「いや、いい。本当にお腹いっぱいになっちゃいそうだから。それより行きたいアトラクションは決まった?」


 ジェットコースターを降りた後、行きたいアトラクションがわからない信吾に対して、莉花は「じゃあ、適当でいいから考えといて」と言った。

 その答えを、今求められているわけだが、


(何も決まってません――と答えるのは、恵さんに確認するまでもなく駄目なんでしょうね)


 一ヶ月を超える学校生活を経て成長したのか、信吾も多少はそういった機微がわかるようになってきた。

 けれど、機微がわかったところで、本当に行きたいアトラクションが何も思い浮かばないという問題は解決しない。


 この遊園地のアトラクションについては全て記憶しているので、どんなアトラクションがあるのかわからないから思い浮かばないというわけではない。

 乗って初めて、自分にはジェットコースターは無理だということがわかったのと同じように、実際に体験してみないことには、自分の好きなアトラクションが何なのか、行きたいアトラクションが何なのかがわからない。


 直感的に心惹かれたものを選べばいいだけの話だが、良くも悪くも常人とは精神性メンタリティがかけ離れている信吾には、そんな柔軟な考え方はできなかった。

 できなかったから、四度以上歯を打ち鳴らして恵に助けを求めた。


『しょうがないわね~』


 明らかに調子に乗っている声音を聞いて、「やっぱりいいです」と返そうとするも、さすがにそんな符牒サインは決めてなかったので、仕方なく恵の言葉に耳を傾けることにする。


『この後すぐに行けるようなところじゃないけど、夕暮れ時の観覧車に乗りたいって言ってみなさい。脈アリなら、莉花ちゃんも喜んでくれるから――って今きみ、脈拍的な意味の〝脈〟を想像したでしょ?』


 まさしくそのとおりだったので、一度歯を打ち鳴らして肯定を伝えた。

 恵の言う『脈アリ』がいったい何を意味しているのかは気になるところだが、あまり黙りこくっていると莉花に怪しまれてしまうので、恵の助言どおりに答えることにする。


「夕暮れ時の観覧車……でしょうか」


 本当にこれでいいのかと疑問に思っていたせいか、微妙に言い淀んでしまう。

 察した恵が『信用ないわね~』と文句を言う中、


「観覧車からの夕焼けか……うん。いいと思うよ」


 莉花は、喜んでいるのかいないのかわからないどころか、今どういった感情を抱いているのかすらわからない、どこか寂しげな微笑を浮かべていた。

 また新たな莉花の表情が見られたはずなのに、なぜか素直に喜べないような、それどころか喜んではいけないような気持ちになり、信吾は表情一つ変えることなく困惑してしまう。


 微妙な沈黙が、二人の間に横たわる。


「……あたし、ちょっとソフトクリーム買ってくる」


 沈黙を嫌ったのか、莉花は立ち上がってきびすを返すも、思い出したようにすぐにこちらに振り返る。


「梶原、あんたもソフトクリーム食べる?」


 莉花の厚意は無下にはできない。

 けれど、流れ的に莉花に奢らせてしまう気がしたので、信吾はかぶりを振った上でそれらしい言い訳を添えた。


「こちらを平らげている間に、ソフトクリームが溶けてしまいそうなので」

「そっか。じゃ、行ってくる」


 莉花は今度こそ踵を返し、ソフトクリームが売っている店へ向かった。


 彼女の背中が遠くなったところで、対面のテーブルに視線を落とす。

 そこには莉花が食べていたカレーライスが、まだ三割ほど残っていた。

 そんなタイミングでソフトクリームを買いに行ったことについては、莉花のやること為すことにはほぼほぼ全肯定な信吾といえども、ちょっとおかしいのではないかと思わざるを得ない。


(おかしいといえば、今日の假屋さんは、いつもよりも少々はしゃぎすぎているような気もしますが……)


 そこまで考えたところで、小さくため息をつく。

 自分と同様、莉花も遊園地で遊ぶのは今回が初めてだと言っていた。

 はしゃぎすぎるのは、別に不自然なことではない。

 その結論に至ったところで、信吾はとんかつとハンバーグをまとめて口の中に運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る