第19話 舞台の裏では
そうして、信吾の人生初デートを手助けすることになった恵は、
「信吾くん。隙を見て莉花ちゃんと手を繋いじゃいなさい。たぶん恥ずかしがるだけで拒絶はされないから」
なんやかんやで、この状況を楽しんでいた。
青春の輝きは過度に浴びすぎると死にたくなってくるが、適度に浴びる分には楽しいし、美容にもいい(恵調べ)。
だったらとことん楽しんでやろうじゃないかと開き直っていると、スマホ越しから、信吾がカチカチと二度歯を打ち鳴らして『ノー』を突きつけてくる。
恵は「つまんねぇ奴だな~」と某公共放送の五歳児風に
「あれが莉花ちゃんか~。話に聞いていたよりもかわいいじゃない。信吾くんってば、意外と面食いなのかもしれないわね~――って、あれ? だったら何で信吾くん、わたしに対してはあんなに辛辣なの?」
このままでは心の平穏が保てなくなりそうだったので、信吾は面食いではないと勝手に結論づける。
気分的にはもう、今すぐにでも売店に走って酒を呷りたいところだったが、
(もし不測の事態が起きた時に酔っ払ってたらシャレにならないからね。見定めるという意味でも、今はお酒は我慢しないと)
信吾の隣で顔を赤くして片手で頭を抱えている莉花を視界に捉えながら、サングラスの下の目を細める。
実のところ恵は、莉花が〈夜刀〉の残党である可能性については、まだ排除していなかった。
信吾の保護者としては信じてあげたいところだが、刑事としては莉花が
とはいえ、仮に莉花が〈夜刀〉の残党だったとしても、彼女一人で信吾をどうこうできるとは恵も思っていなかった。
警察とて、〈夜刀〉の情報は常日頃からかき集めている。
その情報と照らし合わせた限りだと、少なくとも信吾と同年代の構成員の中に、単独で彼を打倒できる者は一人もいないことがわかっていた。そもそもそんな有望な人材がいたら、とっくの昔に
警戒すべきは、莉花に協力者がいた場合。
仮に莉花がシロだったとして、この状況を利用して〈夜刀〉の残党が仕掛けてきた場合。
この二パターンだ。
本気を出すと決めたのも、何も信吾のデートの邪魔にならないようにするためだけではない。
〈夜刀〉の残党が遊園地内に潜伏していた場合に備えて、自分が信吾たちを尾行していることは、
だから念のため髪を帽子で隠し、かけているサングラスも普段使っている物とは違う形状の物にしていた。
(莉花ちゃんの前だと、信吾くんは愉快なことになりがちだけど、だからといってあらゆる面でポンコツになるわけじゃない。〈夜刀〉の用心棒として培われたあの子の勘の良さは、依然として鋭いまま。そこにわたしの目も合わさる以上、園内でわたし以外に信吾くんたちを尾行する人間がいた場合、まず間違いなくわたしか信吾くんのどちらかが気づけるはず)
とはいえ、過信はするつもりはない。
本部を制圧したとはいっても、〈夜刀〉の用心棒の中でも上位に位置する実力者たちの全てを捕まえたわけではない。
その中に、自分の目も信吾の目も掻い潜るほどの手練れがいるかもしれない。
思いも寄らない手段で仕掛けてくる可能性も否定できない。
(それに、信吾くんにはたっぷりデートを楽しんであげさせたいからね。ここは大人として、しっかり気張らないと)
いつにも増して真面目な表情をしながら、スマホの無線アプリを操作して、信吾のイヤーカフとは別の無線機に繋ぐ。
「豊山くん、聞こえる?」
信吾のクラスの担任教師兼潜入捜査官にして、捜査一課においては恵の後輩にあたる男の名前を呼んだ瞬間、スマホ越しから露骨に緊張した声が返ってくる。
『は、はい! 聞こえております梶原警部補!』
「でかい声で役職呼びしない。そっちはどう?」
そっちとは園外を指した言葉であり、豊山を含めて計三人の刑事が、遊園地の出入り口となる三つのゲート近辺で張り込みをしていた。
『特に怪しい人物は見当たりませんね。やはり外で警戒するよりも、俺たちも園内に――』
「ダメよ。信吾くんの勘の鋭さは豊山くんも知ってるでしょ?」
スマホ越しで豊山は口ごもる。
豊山に限らず、按樹高校に潜入している捜査官全員が、校内で見かけた信吾をついつい目で追いかけては、その度に信吾に気取られていた。
ムキになって本気で尾行するノリで視線を向けた者もいたが、あっさりと気取られる始末だった。
だからこそ豊山も、同じ周波数の無線機で話を聞いていた他の二人の刑事も、恵に皆まで言われなくとも理解していた。
ここで余計な視線を増やすことは、信吾の神経を不必要に磨り減らすだけで何の
余談だが、信吾に人生初のデートを楽しんでもらいたい恵は、園外に三人の刑事を配していることは彼には伝えていない。
だから、信吾たちが通ったゲートに配された刑事は、信吾たちが園の奥に足を進めてから張り込みさせることで気取られないようにしていた。
「とにかく、豊山くんたちはゲートを行き来する人間を見張りつつ、外で何か怪しい動きが起きないか注意しといて。あと、何かあったらすぐにわたしに知らせるように。いいわね?」
豊山も含めた三人分の了解が返ってきたところで、無線を切る。
恵は余計な重苦しさを吐き出すようにして一つ息をつくと、想定以上に距離を離されてしまった信吾たちを追うために、少しだけ歩を速めた。
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