第17話 デート
デート当日。
信吾は待ち合わせ時刻――一〇時を迎えるきっかり一五分前に、莉花が指定した駅の改札口前で、置物のように突っ立っていた。
駅とはいっても地元の話ではなく、これまた莉花がデートスポットとして指定した
地元での待ち合わせを避けたのは、莉花がクラスメイトに見られてしまう可能性を危惧してのことだった。
例によって、そのあたりの機微を信吾が全く理解できなかったことはさておき。
デートをする以上は互いに連絡できるようになった方がいいということで、デートのお誘いを受けたその日の内に、信吾は莉花とLINEを交換した。
念のため、待ち合わせ場所に到着した旨をLINEで送ると、ものの数秒で既読がつき、莉花から返事がかえってくる。
『り』
この一字が『了解』を意味していることは、LINEをやり取りし始めた頃に莉花に教えてもらっている。
そして、莉花がLINEでメッセージを送る際は、短文を連投する傾向にあることもわかっているので待っていると、一〇秒とかからず次のメッセージが送られてくる。
『こっちもあと五分くらいで着く』
『たぶん一本違い』
一瞬、それなら一本遅い電車に乗っていれば一緒に行けたのでは?――と考えそうになるも、どういうわけか莉花が地元で待ち合わせをするのを嫌がっていたことを思い出し、仕方のないことだと割り切ってすぐさま返信する。
最新のギャル語がわかるからと、恵が買ってくれたLINEスタンプに入っている、よくわからない生き物が『了解道中膝栗毛』と言っているスタンプを使って。
既読がつき、返事がかえってくる気配がないことを確認した上でスマホを懐に戻す。
莉花とLINEでやり取りしている間、やはり信吾の表情は無に等しかったが、その周囲では内心のウキウキを表すように花がポンポンと咲いては消えていた。
その様子をたまたま見ていた通行人が、目元を擦っては信吾のことを三度見くらいしていたことはさておき。
LINEのメッセージどおりに、五分後に到着した電車から莉花が姿を現す。
初めて見る莉花の私服姿に、信吾の目が〇・三ミリほど見開かれる。
襟羽根の開き角度が小さい、黒と赤を基調にしたチェック柄のブラウス。
その上に肩紐がベルト状になっている黒のビスチェを着用し、さらにその上から黒色のネクタイを垂れ下げていた。
ハイウエストのプリーツスカートは太股が見えるほどに短く、
ゴシックパンク、またはゴスパンと呼ばれているファッションだった。
「おはよ」
改札を抜けてきた莉花が小さく手を上げて挨拶してきたので、信吾は挨拶を返しがてら彼女のファッションを褒めることにする。
「おはようございます。その服装、《LOOK&ROCK》のケイみたいで、とても似合っていると思います」
途端、莉花の顔がみるみる赤くなっていく。
「梶原……あたしがケイの影響を受けてるのは認めるけど、お願いだからそれを声に出して指摘するのはやめて……」
「どうしてですか?」
「わかれ……バカっ」
と言って、力のこもらない手でデシっと叩いてくる。
よくわかりませんが、やっぱり假屋さんはかわいいですね――と、関係ないことを考えながら、信吾は首肯を返すことで素直に了承した。
「それはそうと……」
気を取り直した莉花が、品定めするように信吾の全身に視線を巡らせる。
腰に向かって裾が拡がっていく、
下は黒のカーゴパンツにスニーカーと、ストリートファッションでばっちりキメている信吾を見て、莉花は「へぇ……」と感心の吐息を漏らした。
「けっこうイケてんじゃん。そのイヤーカフは、ちょっとやりすぎかなって思うけど」
信吾の左耳に取りつけられた、筒状になっている銀のロングイヤーカフを見て、莉花は苦笑する。
「その
「いえ、〝親〟が選んでくれました」
信吾の言う〝親〟とは、勿論、名目上の保護者となる恵を指した言葉だった。
「ちなみにだけど、親に選んでもらわなかった場合は、何を着てくるつもりだったの?」
「ジャージです」
「オシャレな感じのやつ?」
「オシャレかどうかはわかりませんが、〝親〟は絶対にそれで行くなと言って、これらの服を買うのに付き合わされました」
莉花の顔が、何とも言えない表情になる。
そんな彼女の心中を露ほども理解できない信吾は、また新たな莉花の表情を見られたことを、表情一つ変えることなく喜んでいた。
ちなみに信吾の言うジャージは、絵に描いたような芋ジャージであり、大凡察しがついていた莉花は、
「梶原……帰ったらあんたの親にお礼言っといてくんない?」
「? 假屋さんがそう言うなら伝えておきます」
最早いつものと言っても過言ではないやり取りを終えたところで、二人は駅を離れ、
その施設は電車に乗っていた時から見えるほどに駅から近い場所にあり、歩いて五分とかからずに到着した。
デートスポットとしてはド定番の一つ、遊園地に。
とはいっても、この駅から最近二駅離れたところに別の遊園地ができたせいか、休日だというのに入口にはろくに人がおらず、ほとんど素通りに近い勢いで受付に辿り着いてしまう。
二人は入園料とフリーパスの代金を払い、ゲートをくぐって園内に足を踏み入れる。
見渡すほどに広大な敷地に、見上げるほどに大きなアトラクションの数々。
だが、やはりというべきか、それほどの規模の割りには客の入りは
とはいえ、逆説的に考えればさほど待たずにアトラクションを楽しめる状況なので、これはこれで悪くないのかもしれないと信吾は思う。
ちなみに信吾は〈夜刀〉の仕事で遊園地を訪れたことはあれども、遊んだことはただの一度もなく、玄人ぶっている思考とは裏腹に内心はワクワクウキウキしていた。
莉花はというと、顔には出さないようにしているものの、キラキラした目や、今にも緩みそうな頬を見る限り、信吾に負けず劣らずワクワクウキウキしているご様子だった。
(というより、この様子は……)
まさかと思った信吾は、率直に訊ねる。
「假屋さん、遊園地で遊ぶのは今回が初めてなんですか?」
「え? いや……まぁ……実は意外と行く機会がなくてさ……」
初めてだと思われたくなかったのか、莉花は明言を避けながら目を泳がせていた。
「そうですか。假屋さんの初めての相手になれて、オレは嬉しいです」
「いや言い方」
「オレの初めての相手も假屋さんで、本当に良かったと思ってます」
「だから言い方っ」
どうして莉花が頬を赤くしているのかわからず、小首を傾げていると、
『ないわ~。今のはないわ~』
そして、左手側にいる莉花に気取られないよう、それとなく右手側を横目で一瞥する。
視線の先にいたのは、動きやすそうなデニムを履き、黒のキャミソールの上に白のジャケットを羽織り、つばの付いた
然う。
実は恵は、信吾の人生初デートを手助けするために、
捜査一課で鍛えた手練手管を駆使して、莉花には気づかれないよう信吾を尾行していたのだ。
(普段の恵さんからは想像もつきませんが、さすが捜査一課の元エースですね。尾行されていることがわかっていてなお視線を全く感じない。〈夜刀〉の仕事中に
内心舌を巻いていると、恵がスマホで電話するフリをしながら、そこにインストールされている無線アプリを使って、信吾の左耳に取りつけたイヤーカフ型の無線機に話しかけてくる。
『ま、今のは帰ったらお説教で済ませるとして……信吾くん、そろそろデート相手に集中しなさい。莉花ちゃんの顔、段々赤くなくなってきてるから』
当然言葉に出して返事をするわけにはいかないので、控えめにカチッと歯を一度打ち鳴らすことで返事をする。
歯を一度打ち鳴らせば「
二度打ち鳴らせば「
三度打ち鳴らせば「
四度以上打ち鳴らせば「
その四つが、恵と取り決めた
「……梶原。そろそろ行こっか」
恵の見立てどおり、頬の熱が鎮まったところで莉花が話しかけてくる。
信吾はいつもどおりの無表情無感情で「はい」と返すと、決然さすら感じる足取りで、莉花と肩を並べて遊園地の奥へと歩いて行った。
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