第15話 〈夜刀〉の残党

 志倉に渡されたパンパンのゴミ袋を左右の手に持ち、ゴミ捨て場に向かう信吾の様子を、が観察していた。

 とはいっても、主体的に見ているのは信吾の周りの景色であって、信吾そのものには毛ほども意識を向けていない。

 あくまでも、自分の視界に信吾を収めているだけだった。


 仮に一瞬でも信吾に意識を向けようものなら、その瞬間に視線を気取られてしまう恐れがある。

 相手は〈夜刀〉でも指折りの実力者。

 警戒しすぎるに越したことはない。


 う。

 残党はもうすでに、信吾が〝S〟であることに気づいていた。

 同時に、学校に何人もの捜査官が潜入していることにも気づいていた。

 ゆえにこちらから、それとなく〝白鳳〟の噂を校内に流した。


 表社会に慣れていない〝S〟が幾度となく失態を演じたことで、捜査官たちはこう考えているはずだ。

 もしかしたら〈夜刀〉の残党はもう、梶原信吾が〝S〟であることに気づいているかもしれない――と。

 そのせいで今、〝S〟という餌に残党こちらが食いつくことに期待した捜査官たちは、残党こちらの特定に割いていた人員リソースを、〝S〟の周辺監視にも割くようになっている。

 組織に致命的な打撃を与えた〝S〟に死の制裁を与えたい残党こちらとしては、捜査官たちの存在は邪魔でしかなく、正直今の状況はあまり面白くなかった。


〝白鳳〟の噂を流したのも、まさしく捜査官たちの人員リソースを分散させるため。

 如何にもな揺さぶりをかけることで、残党こちらがまだ梶原信吾が〝S〟だという確証を得ていない、それどころか〝S〟に見せかけた罠かもしれないと疑っている――そんな印象を捜査官たちに植え付ける。

 そうすることで後手に回っているのは残党こちらだと思い込ませ、〝S〟の周辺監視に注力するという、言ってしまえば受け身の一手を打つよりも、残党こちらがまだ〝S〟を特定できていない内に逆特定する、攻めの一手を打つ方が有効だと思い込ませる。

 ひいては、〝S〟の周りにいる邪魔な捜査官の目を減らす。それが〝白鳳〟の噂を流した狙いだった。


 だが現実問題、思い込ませるまでもなく後手に回っているのは、間違いなく残党こちらだった。

〝S〟を特定できたというのに、捜査官たちの目があるせいで、いまだろくに行動を起こせていない。

 一ヶ月前、〝S〟の勘が鈍っていないかどうかを確かめるために椅子を投げ落とすという、牽制にもならない程度の行動しか起こせていない。

 それすらも、相当な危険リスクを負っての行動だった。


 捜査官たちがいる限り、校内で〝S〟に制裁を与えるのは不可能と言っていい。

 それに〝S〟には、煮え湯を飲まされた分、肉体的の死だけでなく、精神的な死も与えたいという思いもある。

 そういった意味でも、事を起こすなら校外。だがその場合、潜入捜査官のみならず、他の刑事たちの介入を招く恐れがあることは勿論承知している。

 しかし実のところ、〝S〟を監視する警察の目は、校外の方が格段の少なかった。

 元捜査一課のエース――梶原恵が待つ家を除けば、皆無と言ってもいいくらいだった。


 警察がどうしてそんな極端な真似をしているのかは、大体想像がつく。

 残党こちらが確認できただけでも八人もの捜査官を学校に潜入させているのも、残党こちらを特定すること以上に、学校に通う子供たちに累が及ばないようにするため。

 一方で、校外において〝S〟の監視が皆無に等しいのは、〝S〟が〈夜刀〉の用心棒として極めて優秀だからに他ならない。


 表社会において、誰よりも〈夜刀〉の用心棒の恐ろしさを知っているのは警察だ。

 その中でも指折りの実力者である〝S〟は、たとえ子供であろうとも護る必要性も必然性もないことは、警察も嫌というほど思い知らされているはず。

 警察が〝S〟のことを残党こちらを釣る餌に使ったのも、ある意味では〝S〟の実力を信頼してのことだろう。


 さらに付け加えると、〝S〟は不審な視線に対しては尋常ではないほどに敏感だ。

 用心棒たる者、尾行は勿論、最悪狙撃も警戒しなければならない時がある。

 それらの対処もできない輩が、裏社会において〝白鳳〟と呼ばれるほどの成果を示すことなどできるわけがない。

 その〝S〟に監視をつけることは、不審な視線に敏感な〝S〟の神経を不必要に磨り減らすことを意味している。

 校内にいる時は行動範囲が限定されているため、無理に〝S〟を視界に収めずに周辺の監視に徹していれば、〝S〟といえども視線に反応することはそうそうない。

 自分のように、意識せずに視界に収める技術を会得していれば話は変わってくるが、潜入している捜査官全員が会得しているとは思えない。


 だがその技術をもってしても、校外で〝S〟を監視するのは不可能と言っていい。

 行動範囲が広くなる分、見失う危険性が高まるため否が応でも〝S〟を視界に収め、果ては尾行までしなければいけないからだ。

 仮に校外でも〝S〟に監視をつけようものなら、残党こちらとしては労せずして〝S〟を消耗してもらえる上に、警察の監視の目と勘違いするよう仕向ければ、普通ならば不可能な〝S〟の尾行も可能になるかもしれない。

 警察とて馬鹿ではないので、それらの欠点デメリットには当然気づいており、だからこそ校外において〝S〟にはろくに監視をつけていないのだ。


 ゆえに事を起こすなら校外だが、警察とて警戒していないわけではない。

 校外においても、何かあったらすぐに駆けつけられるよう人員を配置しているはずだ。

 大事なのは、それらの情報を集めること。そして、機を見極めること――そう肝に銘じながら、残党は視界に収まっていた信吾から視線を外した。

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