第11話 クレーンゲーム
「一緒に……帰る?」
そう言った直後、莉花の顔に引きかけていた赤が舞い戻ってくる。
「い、言っとくけどっ、ここで『はい、さよなら』じゃ薄情すぎると思っただけだからっ。朝一緒に登校するって約束したのに、あんなことがあってお流れになったのは、さすがにちょっと可哀想だと思ったとかそんなんじゃないからっ。そこんとこ勘違いしないでっ」
などと、ツンデレめいたことを言う莉花に、信吾はまたしても小首を傾げる。
「『勘違いしないで』とは?」
「あ……あ~、気にしないで。こっちの話だから」
よくわからないが、兎にも角にも莉花の方から一緒に帰ることを提案してくれたのは、素直に嬉しかった。なので、今はただその喜びを噛み締めようと思う信吾だった。
その後、莉花の顔の赤みが引き次第表通りに戻り、肩を並べて駅を目指す。
一ヶ月前、一度だけ一緒に登校した時は全く会話がなかったことを莉花が気にしていたので、信吾は意を決して話を振ってみるも、
「ところで、假屋さんが読んでいた漫画ですが――」
「聞くな」
「あれはなんというタイト――」
「だから聞くなって」
「男性と女性がキスしていたように見――」
「頼むから聞かないでくれ……」
取りつく島もなかった上に、またまた莉花の顔が真っ赤になっていったので、これ以上は聞かないことにした。
(赤くなっている假屋さんは、どうしてこんなにかわいく見えるのでしょうか?)
などと、哲学めいたことを考えながら。
会話が途切れてしまったので、信吾は何か話題はないかと無表情で考えながら歩き続ける。
莉花からも話題を振ってくることがなかったため、結局一ヶ月前と同様、目的地を目指して一緒に無言で歩くだけの時間が過ぎていく。
なんだかんだでその時間すらも楽しんでいた信吾だったが、
「えっ!? 今のって!?」
莉花が突然立ち止まり、つい今し方通り過ぎた建物の方に振り返る。
その時点でもうちゃっかりと足を止めていた信吾は、莉花の心を惹きつけてやまない建物に視線を送る。
その先にあったのは、クレーンゲーム専門のゲームセンターだった。
「か、梶原! ちょっとあのゲーセン寄っていい!?」
ちょっと興奮気味の莉花にお願いされては是非もなく、信吾は首肯を返す。
了承を得るや否や、莉花はほとんど駆け足でゲーセンに入り、なだれ込むような勢いで入口付近にあったクレーンゲームの
「デカペンくん……
ガラスの向こうで山積みにされている、目がつぶらな、デフォルメされたペンギンのぬいぐるみを物欲しそうに見つめる莉花にホッコリしながら、信吾は筐体に貼り付けられた販促POPに視線を移す。
そこには「《
「なるほど、假屋さんが好きな漫画の商品でしたか」
思ったことをそのまま口にする信吾の言葉に、今日何度目になるかもわからない赤が、莉花の頬を染めていく。
莉花は諦めたようにため息をつくと、赤い頬をそのままにこちらに向き直る。
「もう隠すのもバカらしいから白状するけど梶原の言うとおりこのぬいぐるみはあたしがハマってる《LOOK&ROCK》って漫画の主人公が持ってるぬいぐるみで本当は両手で抱えるくらい
恥ずかしいから一息に言い切ったのか、それとも好きなものを語ることに慣れてなくて早口になってしまったのか、莉花は捲し立てるように白状した。
それを聞いた信吾の反応は、
「假屋さん、『モニョる』とはどういう意味ですか?」
「訊くとこ、そこ?」
力が抜けたようにガックリと肩を落としてから、先程の熱量が嘘のように気怠げに答える。
「『モニョる』の意味は、『モヤモヤする』とかそんな感じ」
「なるほど」
と、信吾が得心していると、莉花はこちらから微妙に目を逸らしながら、されどちょいちょいチラ見しながらお願いしてくる。
「ちょっとこれ、やっていきたいんだけど……いい?」
遠慮がちにクレーンゲームをプレイしていいかと訊ねてくる莉花に奥ゆかしさを感じた信吾は、迷うことなく首肯を返した。
了承を得られたところで、莉花は早速財布から一〇〇円玉を取り出し、筐体に投入する。
莉花は見たこともないほど真剣な表情でレバーを操作し、狙いを定めたデカペンくんの頭上で入念にアームの位置を微調節するも、
「あっ!」
その間に制限時間がきてしまい、勝手に下りたアームがデカペンくんを少しだけ持ち上げただけで早々に諦め、手ぶらのまま定位置に撤収していく。
心底残念そうにプルプルと震えている莉花を隣から眺めていた信吾は、それだけで胸の内が幸せいっぱいになっていた。
それから莉花は何度もトライするも、デカペンくんをまともに掴み上げることすらできなかった。
その度に一喜一憂している莉花を眺めている信吾にとっては、いつまで経ってもデカペンくんをゲットできない彼女には悪いと思いながらも、至福を感じていた。
「今度こそ――って、あ~もうっ」
財布の中の一〇〇円玉が尽きたことに気づいた莉花が、逸る気持ちを抑えようともしない足取りで両替機に向かっていく。
そんな彼女の背中を見つめながら、信吾は顎に手を当てて黙考する。
(假屋さんの目的は、クレーンゲームを楽しむことではなく、あのぬいぐるみを手に入れること。このままだと假屋さんの所持金がなくなってしまうかもしれませんし、オレも参加することでぬいぐるみを入手する確率を上げた方がいいかもしれませんね)
そう結論づけたところで、信吾は早速クレーンゲームの筐体に一〇〇円玉を投入し、見様見真似でレバーを操作し、ボタンを押して、莉花が散々掴み損ねたデカペンくんにアームを下ろす。
「……あ」
思わず、呆けた声を漏らしてしまう。
莉花がろくに掴み上げることすらできなかったデカペンくんを、一発で掴み上げることに成功したのだ。
元の高さまで上がったアームが危なげなくデカペンくんを穴の上まで運ぶと、爪を開き、景品取り出し口になっている穴の底にポトリと落とした。
「あ……」
一〇〇〇円札を崩して戻ってきた莉花が、信吾がデカペンくんをゲットする瞬間を目の当たりにして、先程の信吾と同じように呆けた声を漏らす。
信吾は取り出し口からデカペンくんを取り出すと、何か言いたげにモニョモニョしている莉花に差し出した。
「どうぞ」
「……なんか釈然としないし、できれば自分で取りたかったってゆうのもあるけど……」
莉花はデカペンくんを受け取り、胸の前で大事そうに抱える。
そして、
「その……ありがと……」
信吾から顔を逸らし、照れくさそうにお礼を言う。
その表情と仕草は、信吾にはあまりにも破壊力が強すぎた。
強すぎたから、かつて莉花の裸を想像してしまった時と同じように、頭からボンッ!!と爆発を起こしたような音を出して、その場でフリーズしてしまった。
「……梶原?」
異常に気づいた莉花が、表情一つ変えることなく固まっている信吾の顔を覗き込む。
ある意味いつもどおりすぎる表情から異常を汲み取るのは難しいと判断し、信吾の目の前で手を左右に振ってみるも、やはり何の反応も示さない。
「ちょ、ちょっと……梶原? 梶原!?」
信吾の身に起こった異常の深刻さを理解した莉花は焦りを露わにしながらも、片手でデカペンくんを抱きかかえたまま、空いた手で信吾の体をユサユサと揺すった。
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