第8話 初めての友達

 その後、担任教師の豊山が教室に駆けつけ、信吾も久留間もこってりと絞られた。

 さらに信吾は放課後に生徒指導室に来るよう言われ、その際は生徒としてではなく、〈夜刀〉の残党を捕まえる協力者として軽率な行動は控えるようにと、やんわりと絞られた。


「事が事だからな。梶原警部補にも報告させてもらうぞ」


 生徒指導室に入って以降、徹底して小声で話す豊山に、信吾は首肯を返す。

 その表情があまりにも無に近いものだから、豊山は「本当に大丈夫か?」と言いたげな顔をしながらも信吾を解放した。


 部屋の外に出た信吾はそれとなく視線を巡らせ、盗み聞きしていた人間がいないことを確認してから、下足場を目指して歩き出す。


(そういえば、假屋さんはもう下校しているのでしょうか?)


 終礼のホームルームが終わってからすでに三〇分の時が過ぎていることを考えると、下校していると見るのが妥当だろう。と考えたところで、もしかしたら部活動を見て回っているかもしれないという可能性に思い至る。

 入学式といい今日といい、入部の勧誘そのものを全く見かけなかったことからもわかるとおり、按樹高校はあまり部活動が活発ではなく、あっても同好会レベルがほとんどだった。

 とはいえ、細々とながらも活動している部が存在する以上、莉花が部活動を見て回っている可能性がないとは言い切れない。


 このまま下足場へ向かおうか。

 それとも引き返して、部活動を見て回るていで莉花を捜しに行こうか。

 思考がいよいよストーカーじみてきたその時、背後から視線を感じた信吾は半ば反射的に振り返る。

 廊下の曲がり角の陰に隠れてこちらのことを見ていた男子は、信吾が振り返った瞬間に「ひッ」と引きつるような悲鳴を漏らした。


 そんな悲鳴どおりに弱々しい見た目をした男子の顔には、見覚えがあった。

 名は島谷しまたに雄介ゆうすけ。信吾のクラスメイトだった。


 信吾はいつもどおりの無表情で、島谷に歩み寄る。

 一応〈夜刀〉の残党である可能性も考慮して、何をされても即応できるよう気を張り詰めさせるも、それがかえって〝圧〟になってしまったのか、島谷は足が竦んでその場から動けない様子だった。


 擬態カバーではなく本当に足が竦んでいるのを見て取った信吾は、悪いことをしたかもしれないと表情一つ変えることなく申し訳なく思いながら、鳥谷に訊ねる。


「オレに何か用ですか? 鳥谷くん」

「いや……その……昼休みの時に、梶原くんが久留間くんを一撃ワンパンで倒したのを見て……どうしてそんなに強いのかなぁって気になって……」


 言われて気づく。

 うっかりケンカしてしまった挙句、自分の強さを周知されてしまった場合の対応パターンを、全く考えていなかったことに。


 時間にして三秒。信吾は黙考する。

 裏社会で用心棒をやっていたからと答えるのは当然NG。

 久留間をジャブで仕留めたことを利用して、ボクシングを習っていたことにするのはどうだろうか?

 いや、どこのジムに通っていたかまで話を掘り下げられた場合、返答が難しくなる。

 ならば、できる限り俗世から離れた理由で強さを身につけたことにするのが妥当だろう。

 という思考のもと、信吾が導き出した答えは、


「オレ、一子相伝の暗殺拳の伝承者ですから」


 相も変わらずの無表情で答える信吾に、鳥谷の口から「へ?」と間の抜けた声が漏れる。

 ちなみに元ネタは、信吾に支給されたスマホにしれっとインストールされていた漫画アプリに、勝手にお気に入り登録されていた昔の漫画だった。

 信吾は恵の仕業だろうと推測しているが、実は彼女の直属の上司である捜査一課長が犯人であることはさておき。


「そ、そうなんだ……」


 真面目に答えているとは思えない答えを真面目に返す信吾を前に、鳥谷は曖昧に相槌を打つことしかできなかった。

 その反応を見て上手くいったと解釈した信吾が、きびすを返そうとするも、


「ま、待って梶原くん! 折角だから……その……僕と一緒に帰らない? 僕……ちょっとワケがあって、中学の時に通ってた学校から遠く離れたこの学校に通うことになったから……その……友達がいなくて……」


 最後の言葉を聞いた瞬間、信吾の心の内が朝日にも似た爽やかな光で満たされる。


 友達――それは、普通に生きたいと願う信吾にとって、最も欲していたものの一つ。普通に生きるという願いの象徴と言っていい存在だった。

 信吾と同じように〈夜刀〉に拾われ、子供の時分から用心棒になるために訓練を課されていた子供は何人もいたが、いつされるかもわからない環境において友情など育めるわけもなく、互いが互いに相手のことを、蹴落とすべきライバルだと考えていた。

 対人訓練においては実際に子供たち同士でやり合うことも少なくなく、その結果如何によっては本当に相手を蹴落とすこともあったので、なおさらだった。


〈夜刀〉の用心棒同士ならば、多少なりとも仲間意識が芽生えることもあったが、最年少で用心棒になった信吾の場合、周りは大人しかいない上に、その大人から才能を嫉妬されることもあったため、友達はおろか戦友と呼べる相手すらもつくることができなかった。

 だからこそ信吾は、莉花を捜しに行きたい気持ちをグッとこらえて、島谷に相槌を打つ。


「友達がいないのはオレも同じです。というわけなので島谷くん、オレと友達になりませんか?」


 いきなり踏み込んでくる信吾に、島谷は先程とは別の意味で気圧される。


「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど……」

「嬉しいのですか。ならば友達になりましょう」

「も、勿論なるけど、梶原くんちょっとグイグイ来すぎじゃない!?」


 思わずといった風情で悲鳴を上げる島谷に、信吾は「そうですか?」と小首を傾げた。

 兎にも角にも、人生初の友達ができた梶原は、表情一つ変えることなくホッコリしながらも、島谷と一緒に外靴に履き替えて校舎を後にする。


(そういえば、鳥谷くんが友達になるのならば、假屋さんも友達になるのでは?)


 などと、当の莉花が聞いたら物凄く微妙な顔をしそうな疑問を抱きながら歩いていると、


「一年か? ちょうどいいところに来たな」


 パンパンに詰まったゴミ袋を左右の手に一つずつ持っている、白衣に眼鏡という見るからに理系教師の風体ふうていをした中年の男が、信吾と島谷に声をかけてくる。

 クラスメイトと同様この学校の教師と顔、在籍期間までをもしっかり記憶していた信吾が、相も変わらずの無表情でいるのをよそに、鳥谷は露骨に「誰?」と言いたげな表情を浮かべていた。

 その顔を見たからか、冴えない顔立ちをした中年教師は思い出したように自己紹介をする。


「化学教師の志倉しくらだ。ちょっと今、備品の整理がてらいらない物を捨てていてな。悪いがこいつらを、ゴミ捨て場の燃えないゴミのところに捨ててきてくれないか?」


 そう言って、信吾と鳥谷に向かって、左右のゴミ袋をずいと突きつけてくる。


「ゴミ捨て場は校舎の裏手にある。このまま真っ直ぐ進んで校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下を横切り、突き当たりのフェンスを校舎側に曲がって進めば見えてくる」


 言いながら、志倉は校門とは反対の方角を顎でしゃくる。

 拒否権はないと判断した鳥谷が、ため息混じりにゴミ袋を受け取る中、


(志倉先生は、この学校にもう四年も在籍している。ゴミ袋にトラップを仕込まれている気配もなさそうですし、引き受けても問題ないでしょう)


 記憶している情報と照らし合わせた結果、志倉が〈夜刀〉の残党である可能性は限りなく低いと、ひいては危険はないと判断した信吾も、いつもの無表情でゴミ袋を受け取った。


「悪いな、この歳で何度も階段を往復するのはしんどくてな。それじゃあ頼んだぞ」


 その言葉どおりまだ捨てなければならないゴミがあるのか、志倉は疲れた足取りで校舎に戻っていった。


「しょうがない……ちょっと寄り道になるけど行こう、梶原くん」


 信吾は首肯を返し、島谷と一緒にゴミ捨て場を目指して歩き出す。

 校舎に沿って歩いて行き、志倉に言われたとおりに、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下を横切った先にある突き当たりのフェンスを校舎側に曲がって行く。

 そのまま歩いていると、


「あっ! あれじゃないかな?」


 ゴミ捨て場を視認した島谷が、空いた手で前方を指さした直後には起きた。


 信吾は突然、持っていたゴミ袋を振るって島谷を前方に突き飛ばし、自身もその反動を利用して後方に飛ぶ。

 次の瞬間、突然空から降ってきた椅子が、一瞬前まで信吾と島谷が立っていた地面に激突。

 その衝撃で、椅子は前衛芸術じみた形にへしゃげながら地面を跳ね、フェンスに激突してもう一度地面に落ちたところで動きを止めた。


 頭上から感じたほんのわずかな害意、地面に映った椅子の影、椅子の落下中に生じたあるかなきかの風切り音をもとに状況を把握し、即応しなければ、信吾か島谷の頭に椅子が直撃していたところだった。


「え?……え?」


 突き飛ばされたことで地面に倒れてしまった島谷が、突然空から椅子が降ってきたことに色を失う中、信吾は頭上に視線を巡らせる。

 校舎の窓は全ての階で開け放たれていたため断定はできないが、信吾が勘づいてから椅子が地面に衝突するまでの時間を鑑みるに、椅子を投げ落とされた階は、屋上を除いた校舎の最上階――四階。

 椅子が地面に衝突した際に大きな音が響いたからか、生徒と教師が数人、窓から顔を出してこちらを覗いてきたが、さすがにその中に犯人が混ざっている可能性は低いだろう。

 事実、肝心要の四階の窓から顔を出している者は一人もいない。目撃者も期待できないだろう。


(昼休みに起きたオレと久留間くんの騒動を知って、学校に潜入している〈夜刀〉の残党が、オレが〝S〟であることを嗅ぎつけた上で事を起こした? しかし、そうだとしても動きが少々早すぎる気もしますが……)


 いまだビビり倒している島谷をそっちのけで黙考していると、他の者たちよりも遅れて二階の窓から顔を出してきた、信吾のクラスの担任教師兼潜入捜査官である豊山が「大丈夫か!? 何があった!?」と声をかけてくる。

 今日はもう島谷と一緒に下校するのは無理だと判断した信吾は、小さくため息をついてから、今一度、椅子が投げ落とされたであろう四階を凝視した。



 一方その頃――



「ねえねえ、假屋さんって梶原くんとどういう関係なの?」

「一日二日で男一人オトすとか、あやかりたいわ~」


 実は甘党だった莉花は、クラスメイトの女子二人の「パフェを奢るから」という甘言に釣られて、オシャレなカフェのど真ん中で信吾との関係について質問攻めにあっていた。


「だ、だから、あたしと梶原はそんな関係じゃないから……!」


 と、必死に否定する莉花だったが。

 追加のパフェに釣られて、明日から信吾と一緒に登校する話まで口を割らされてしまい、パフェを食べるまでもなくお腹いっぱいになった二人にいじり倒されてしまったのであった。

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