〈第2話〉『遠慮なくいきますよ!』

 20XX年12月岩国国立医療センター―――


 少女を庇いトラックに跳ねられ重傷を負った天満桃華から数本の管が伸び、人工呼吸器と心臓のペースメーカー、点滴といった延命の医療機具が彼女の身体に繋がっている。

 天満桃華は少女を庇いトラックに跳ねられ、命は取り留めたものの未だに意識不明の状態のままになっている。

 桃華のベットの傍らには桃華の母親が頭を撫でながら、我が子の目覚めを切なそうに見つめている。


 コンコンッ


 医療機器が動くだけの静まり返った病室に、唐突に扉をノックする音が聞こえてくる。


 「どうぞ」

 桃華の母親が扉をノックした主へ返事をする。

 訪問して来たのは、桃華が身を挺して守った小学生くらいの少女とその母親だった。


 「こんにちは」

 少女の母親が桃華の母親に深々と頭を下げ挨拶をする。

 桃華の母親も「いつもありがとうございます」と頭を下げ返す。

 少女も挨拶をし、桃華の眠っているベッドに駆け寄る。


 「お姉ちゃんこんにちわ!」

 少女はそう言って意識のない桃華の手を取る。


 「ねぇ、お姉ちゃんはいつ起きるの?わたし早くお姉ちゃんにお礼言いたい」

 少女が無邪気に桃華の母親に質問する。


 「あ、ありがとうね。桃華も今いっぱい頑張ってるから、お、起きたらいっぱいお話ししてあげて」

 桃華の容態が分かっていない無邪気な少女に、感情を押し殺して涙声でそう答える桃華の母親を少女の母親が申し訳なさと、同じ子を持つ母親の想いに同情し抱きしめる。



 王立クロフォード学園入学式―――当日


 うちは早朝の日課を終え寮に戻ってくる

 汗を拭きながら部屋に入ると、すでに制服に着替えて身支度をしているエリノアがすでに起きて居た。


 「おはよう。エリノアは起きるのが早いのぅ」

 「あ、ティファおはよう。入学式に遅れるわけにはいかないからね。ティファこそ早いね。修練服だけど何かしてたの?」

 朝の挨拶をお互いに躱し、制服ではなく訓練用の修練服を着ているうちを見てエリノアが理由を聞いてくる。


 「ちょっと日課の走り込みに行っちょった。あ、もしかして五月蠅しちゃったかの?」

 静かに出て行ったつもりだったが、足音で起こしてしまったかもと思い、うちは申し訳なさそうに聞いてみる。


 「ん?あぁ、大丈夫よ。人の足音で起きるほど私神経質じゃないし」

 エリノアは笑みを浮かべてうちに答え、それを聞いたうちはホッとする。


 「そういえば、結局昨日もう1人のルームメイトと顔合わせしてないんじゃけど……。もう起きて朝ごはん食べに行ったんかの?」

 うちの質問を聞いたエリノアは「あっ!」と声を上げ、もう1人のルームメイトの部屋をノックして返事もないまま部屋の扉を開けエリノアが入って行く。


 『ヴィオラ!ヴィオラ起きて!入学式遅れるよ!』

 開け放たれた部屋からエリノアがヴィオラを必死で起こす声が聞こえてくる。

 とりあえずもう1人のルームメイト、ヴィオラの事はエリノアに任せうちはうちの準備をすることにする。

 汗を拭き、修練服から制服に着替え、走り込み中ポニーテールに束ねていた髪を解き、髪の毛を櫛で整え共有ルームに戻る。

 共有ルームに戻ると、ヴィオラを起こしたエリノアが疲れた表情で戻ってくる。


 「……。えっと、ヴィオラ?は起きたか?」

 疲れた表情をしているエリノアにうちが聞くと、声もなくコクッと頷く。

 共有ルームでエリノアとしばらく他愛もない会話をしていると、ヴィオラが気だるそうに部屋から出てくる。


 「えっと……。ティ、ティファニア・アッシュフィールドじゃ。よろしく」

 制服を着て起きては来たが、未だに眠たそうにしているヴィオラにうちは戸惑いながら自己紹介をする。


 「うん……。うん……。わた……し、ヴィオラ……・リー……ヴィス……。よろしく……」

 ヴィオラが寝ぼけながら途切れ途切れの初対面のうちに自己紹介をしてくる。

 顔を洗いに行くヴィオラを見届け、うちとエリノアはお互いに顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。


 「と、とりあえず……、ヴィオラの準備ができたら朝ご飯食べに行くか……」

 うちの言葉にエリノアが「うん……そうだね」と困惑した表情で返してくる。


⚔⚔


 王立クロフォード学園・学生食堂―――


 「もう結構な生徒が起きてきちょるのぅ」

 ヴィオラの支度に時間はかかり少々遅くなってしまい、うち達が学生食堂に来た時にはもう料理の並んでいるテーブルの前に、学生の行列ができていた。


 「そうだね。これで1年生だけって言うんだから在学生が戻ってくる明日からどうなるんだろね……」

 現在の食堂の混雑状況を見て、エリノアが明日からの朝食を心配し、フラフラとうちとエリノアの後をついてきているヴィオラにエリノアが「ヴィオラ!立ったまま寝ないで!」と両肩を持ちガクガクとヴィオラを揺さぶる。


 「あ、ティファ~!」

 学生の列に並んでいると、食堂の入り口からうちを見つけたミリアが手を振ってうち達に近寄ってくる。


 「ん?、ミリィか、おはよう!」

 うちがミリィに挨拶をすると、ミリアが朝の挨拶代わりにハグをしてくる。


 「今日は1人で起きれたか?」

 「うんうん!っていつまでも子供扱いしないでよ!」

 子供扱いをしたつもりはないのだが、ミリアには子供扱いされている様に取られたようで、うちから離れて拗ねてしまう。


 「そんなに拗ねるなや。あ、ミリィ、うちのルームメイトのエリノアとヴィオラじゃ。エリノア、ヴィオラ、この子はうちの幼馴染のミリィじゃ」

 拗ねてそっぽを向いてしまったミリアに、ルームメイトのエリノアとヴィオラの紹介をする。


 「初めまして。ティファのルームメイトのエリノア・バーネットです。よろしくね」

 エリノアがミリアに初対面の挨拶をする。


 「あ!えっと、ミリア・スウィニーです。よろしく!愛称はミリィです!」

 と、ミリアがエリノアの挨拶を聞いて、自己紹介してエリノアとヴィオラに頭を下げる。


 「……ヴィ…オラ……・リー……ヴィス……よろし……く」

 未だに寝ぼけているヴィオラが続いて自己紹介をしようとするが、途中で言葉が途切れていく。

 何時までも眠そうにしているヴィオラを見て、一同は苦笑を浮かべる。

 トレーに朝食を取り終えたうち達は4人で座れる席を適当に見つけそこに腰掛ける。


 「今日って入学式が終わった後は何があるん?すぐに修練とか授業とかあるんかの?」

 入学式後の日程が気になり、3人に質問してみる。


 「ん~、どうなのかなぁ。魔術科は式が終わったら各クラスで、今の魔力保持量の測定があるかなぁ」

 「ふ~ん、ミリアって魔術科なんだ?剣術科は式が終わったら、明日の日程確認して解散になると思うよ」

 エリノアの問いに、ミリアが「うん、そうだよ」と答え、続けてエリノアがうちの質問に答えてくれる。


 「そっか、剣術科は魔力保持量の測定とかはせんのか?」

 「昔はどの学科にも魔力測定はあったって聞くけど、数十年前から?魔力測定は魔術科だけになったみたい。そもそも剣術科とか弓術科なんて魔力測定しても、精々Dクラスの席次無し程度の魔力しか持ってない人ばっかりだしする必要がなくなったんだと思う」

 エリノアが魔術科以外に魔力測定をしなくなった理由を説明してくれる。

 先日のファーガスの説明の時にも思ったがやはり魔術科はクラス分けで生徒のランク付けが行われる様だ。

 加えて、式後の魔力測定でクラス内での席次まで決まってしまうと言う。


 「むぅ~……。緊張するなぁ……。Bクラスで最下位だったらどうしよう」

 エリノアの説明を聞いて、魔力測定次第で入学早々席次まで決まってしまうことを思い出したミリアが不安そうな表情を浮かべる。

 うちはこのクラスと魔力量で生徒のランクを決めるやり方がどうも気に入らない。


 「今年……の魔術科は色々……と……大変かも……ね……」

 今まで黙っていたヴィオラが未だに寝ぼけた状態で食事を進めながら会話に加わってくる。


 「ん?なんで今年の魔術科が大変なんじゃ?」

 ヴィオラの言葉に疑問を覚えたうちが、3人の顔色を窺う。


 「今年の魔術科は学園長の孫が入学してくるからねぇ~。気遣いとか大変そう。あ、でも、私達の2個上の先輩にも学園長のお孫さん居たよね?その時も周りの人って気を遣ったのかな」

 エリシアがパンを口に運びながらうちの疑問に答え、2個上の先輩にも学園長の孫が居ると教えてくれる。

 そういえばと先日昼食の列に学園長の孫と言われる生徒に、列の間に割り込まれたことを思い返す。


 「あぁ、あいつか……。今思い出しても腹立つのぅ」

 先日のことを思い出してしまったうちは、朝食を乱暴に口の中に掻き込む。

 うちの様子を見て、エリノアが先日何があったのかミリアに耳打ちで聞いている。

 エリノアがミリアから昨日の出来事を聞いて「そんな事があったんだ」と相槌を打つ。


 「気持ちはわかるけど、お願いだからお嬢様関係でトラブル起こさないでね……」

 長年の付き合いから、うちの性格を理解しているミリアが、心配した感じで問題を起こさない様にとうちに忠告してくる。


 「分かっちょるよ。向こうから何かして来んかったらうちからは何もせんよ」

 うちは平静を保ちながらトレーに取ったスープを口に運びながら、何もして来なければ関わらないとミリアに返答する。


 「あ、ちょっと混雑してきそうだから、早く片付けて私達はもう大講堂に行こうか」

 会話中に食堂内の周囲の様子を窺っていたエリノアが、食堂に集まる生徒の行列が長くなっている事に気付いた、エリノアが周りの席の空き具合を考え食事を急かしてくる。

 エリノアの言葉にうちとミリアは周りを見渡し、食事の席が埋まってきていることを確認し食事のペースを上げる。

 朝食を食べ終わったうちとミリア、エリノアでいつまでも1人ノロノロと朝食を食べているヴィオラの口に朝食を詰め込む。

 周りから口の中に次々と食べ物を詰め込まれるヴィオラがワタワタとする。

 朝食を食べ終えたうち達は食器類を厨房に返却し、「ご馳走様でした」と声をかけて食堂を後にし大講堂へ向かう。


⚔⚔⚔


 入学式後、エリノアの言う通り剣術科は翌日の日程を伝えられそのまま解散となった。

 時間の空いたうちは修練服に着替え髪をポニーテールに束ね、実家から持参してきた木剣を持ち、同室のエリノアとヴィオラに「ちょっと出てくる」と伝え自主トレーニングに出かける。


 「ハァッ……、ハァッ……」

 うちは訓練場で日課の走り込みをする。

 1周400mくらいの修練場を10周した辺りでラストスパートで、自身の脚に魔力を集中する。

 バチバチと電撃が脚を覆い脚力が強化され、一筋の軌跡を残し瞬間的な疾走距離を伸ばす。

 うちは手を膝に着き、息を整えながら走り去った距離の確認をする。


 「ハァ……、ハァ……。フゥ……、う~む中々距離が伸びんのぅ……」

 入学前から続けている瞬発的に疾走距離を伸ばす自主トレを続けてきたが、今現在瞬間的な疾走距離の長さが伸び悩んでいる。


 「明日からトレーニングの仕方変えてみるか……」

 納得は出来ていないが走り込みを終えたうちは息を整え、額に浮いた汗を拭い明日からのトレーニング方法を模索しながら、木剣を握り夕食の時間までできる限りの素振りをする。


⚔⚔⚔⚔


 王立クロフォード学園・入学式翌日―――修練場


 剣術科のうち達Eクラス20名が修練場に集合する。

 女子はうち、エリノア、ヴィオラの3人だけかと思っていたが、他にも3人居るようで剣術科の男女比は7:3と言ったところだ。

 集まったクラスの前に、40代くらいの教官と思しき人物が歩み寄ってくる。


 「新入生の諸君、入学おめでとう。私が一年生の剣術教官を担当するオーガスト・アルドリットだ」

 剣術教官と名乗るオーガストが生徒の前で自己紹介をする。


 「今日から3日間は諸君らの基礎トレーニングをしつつ、その後4日目で剣術科20名で軽い試合をしてもらい実力を見せてもらう。この試合の結果次第で向こう3ヵ月間の席次を決めさせてもらう。各自精進するように」

 オーガストが数日間の日程を話し終えると、オーガストの号令でまずは修練場10周の走り込みの課題が始まる。

 うちが日課でやっている走り込みの時とは違い、修練服の上から軽装の鉄製防具が、肩、胸、腕、腰、膝、脛に装備してあり、いつもの走り込みより全身に負荷がかかり少々走りにくい。

 走り始めこそ皆付かず離れずの距離で走っていたが、軽装とはいえ鉄の装備を付けた状態で走っていたため、3周目辺りからうち以外の生徒がバテ始め、徐々にうちとの距離が開き始める。


 「……」

 走り込みをしている生徒を、オーガストが腕を組み無言で様子を観察する。

 4周目も後半になってくると周回遅れが出始める。


 「ハァ……。ハァ……。ハァ……」


 ポンッ


 うちは周回遅れになっている最後尾の女生徒3人の肩を軽く叩き、3人の走るペースに合わせて横に並ぶ。


 「しんどいなら一旦止まって息を整えた方がええよ。教官も休み無しで走れとは言っちょらんかったし、初日から無理するなよ」

 うちは3人に助言をして、元のペースに戻し3人から離れる。


 「ハァ……。ハァ……。なんで……あの子……あんなに余裕なの……よ……」

 うちの助言に従い、3人の女生徒は立ち止まって、膝に手を付き荒くなった息を整える。

 その後、うちはクラス全員を3周遅れにして一番で10周を走り終える。




 「ハァ……。ハァ……。フゥ~」

 (防具を付けて走り込みするのは有りかも知れんな……)

 うちは息を整え噴き出した汗を拭い、まだ走っているクラスメイトに目を向ける。

 一通り息が落ち着いてきたうちは、皆の邪魔にならない様に腕組みをしているオーガストの元へ歩み寄る。


 「ティファニア・アッシュフィールドだったか?随分と早く走り終えたな。普段から何かしているのか?」

 歩み寄り横に並んだうちに、オーガストが走るペースを落とさないまま想像していたより、早く走り込みを終えたうちにオーガストが質問してくる。


 「朝と夕飯後に日課の走り込みと素振り、あとは筋トレをしちょります」

 「ほぅ。中々に殊勝だな」

 うちの返答にオーガストは感心する。


 (皆ペースが大分落ちてきちょるのぅ……)

 残されたクラスメイトを観察しながら、中には歩いている者、走っているのか歩いているのか分からない者、息を切らせて休んでいる者が見て取れる。

 うちはオーガストの横で一緒にクラスメイトの様子を見届ける。


 「アッシュフィールド」

 いつの間にかうちの隣から居なくなっていたオーガストから名前を呼ばれ、うちは名前を呼ばれた方に振り向く。

 振り向いた先に、木剣を2本持ったオーガストが居り、1本の木剣をうちの方に放り投げてくる。

 うちは放り投げられた木剣を受け取り「?」と首を傾げる。


 「何もせずにジッとしているのも退屈だろう?全員が走り終わるまでの間、俺と手合わせをするぞ」

 そう言ってオーガストが距離を取ってうちの対面で木剣を構える。

 うちはそう言う事かと理解し、木剣を構える。


 (そういえば手合わせをするのはお父さん以外初めてじゃのぅ……)

 お互い剣を構え、出方を窺う。


 「動きの読み合いなどしなくていい。軽い手合わせだ、遠慮なく打ち込んで来い」

 オーガストの言葉を聞いたうちはニィッと笑みを浮かべる。


 「それじゃ、お言葉に甘えて『遠慮なくいきますよ!』」

 うちは脚に力を入れ、一気にオーガストの懐まで入り込み、様子見の初撃で横なぎに木剣を振る。

 オーガストの木剣を払い除け、速攻で勝負を決めようと思っていたうちの思惑に反し、正面から初撃を受け止められ鍔迫り合いになる。

 初撃を受け止められ鍔迫り合いに持ち込まれたうちは、しばし木剣での押し合いをするが、成人男性の腕力と鍔迫り合いをすればいつか撃ち負けてしまうと判断し、うちは後方へ飛び退きオーガストと距離を取る。

 距離を取ったうちは、木剣を中段に構え再度オーガストの様子を窺う。

 一方オーガストは様子を窺うのは無意味と言わんばかりに、じりじりとうちとの間合いを詰めてくる。


 「……」

 正面から行っても先程の様に剣撃を受け止められるだけかと、色々と思考を巡らせつつオーガストの動きの変化に見落としがないように神経を集中する。

 お互いしばらく動きの読み合いを続ける。

 うちは初撃の時と同様に、オーガストへの距離を縮める。

 それを見たオーガストは上段に構える。

 オーガストの懐目掛けて突っ込んでくるうちに、右上段に振り上げた木剣を突っ込んできたうち目掛けて振り下ろす。

 振り下ろされる木剣を、うちは身体をひねり、右上段から振り下ろされる剣撃を身体を回転させ躱しながらオーガストの背後へ回り込み、その勢いのままオーガストの背後へ木剣を横なぎに振るう。

 横なぎに振ったうちの剣撃をオーガストは、上体を屈め背後からの剣撃を回避する。

 うちの攻撃を躱したオーガストは振り向きながらカウンターの剣撃を振る。


 ガッ!


 (剣撃が重い!)

 木剣同士がぶつかり合う音を立てオーガストからのカウンターを受け止めるが、剣撃の重さで後方へ吹き飛ばされ、体勢を崩さない様に脚に力を入れる。

 学園入学前から父親のブルーノとは手合わせをしてきたが、剣撃の重さはブルーノ以上だった。

 うちを後方へ吹き飛ばしたオーガストは、間髪入れず距離を縮めてくる。

 オーガストの攻撃に備え、うちは木剣を中段に構える。

 距離を縮めてきたオーガストの、横なぎの攻撃を受け止め、そこからうちとオーガストの剣と剣の応酬が始まる。



 (……。なるほど、普段から鍛錬していると言うのは嘘ではない様だな)

 オーガストは女性でありながら自身の剣撃にも打ち負けず、剣撃の応酬に怯むことなく受け続け、剣撃を捌き続ける目の前のティファに、オーガストは称賛の感情が芽生える。


 (アッシュフィールド……。そうか、ブルーノの娘か……)

 ティファとの剣撃の応酬している最中、オーガストはかつての生徒であったブルーノ・アッシュフィールドのことを思いだす。


 

 「ハァ……。ハァ……、も、もう無……理……」

 エリノアが訓練場10周を休みを挟みながらも完走し終え、息を切らしながらその場にへたり込む。

 課題であった10周を走り終わった生徒達の中には、仰向けで倒れ込み息を切らす者、気分が悪くなってその場を離れる者とが居た。

 息を整え体力に余裕のあるものは、手合わせをしているティファとオーガストに釘付けになる。

 エリノアに遅れて課題を走り終えたヴィオラも、完走し終えたと同時にその場に座り込む。

 エリノアは荒れた息を整えながら、剣撃の音がする方へと視線を向ける。

 視線を向けた先にはティファとオーガストが剣の打ち合いをしていた。


 「な、なんで……、ティファはこれだけの走り込……みをして教官と手……合わせしてるのよ……」

 ティファのありえない体力に、息を切らせながら汗を拭う気力もなくなったエリノアが呟き、ヴィオラは座り込んだまま動かなくなり息を切らせていた。


 「ヴィオラ……。大丈夫?」

 荒い息で肩を上下させているヴィオラを心配したエリノアが声を掛ける。


 「……。もう……、部屋に帰……って……寝させて……」

 ヴィオラの返答を聞いたエリノアは、前日からあれだけ寝ていたのにまだ寝たいのかと、少し呆れたような表情を浮かべる。

 エリノアとヴィオラはしばらくその場で、訓練場10周の疲労で動かなくなる。



 ガッ!――カッ!――ガキッ!――


 訓練場にうちとオーガストの木剣がぶつかり合う音が響き渡る。


 (中々決定打が打てんのぅ……) 

 打ち合いを続けながら、うちはオーガストの隙を探す。


 ガキッ!


 「チッ!」

 隙を探すのに集中しすぎて、木剣の握りが甘くなり、木剣を弾き飛ばされる。

 うちの木剣を弾き飛ばしたオーガストは、追撃で木剣を横なぎに振る。

 うちは上体を後ろに反らせオーガストの剣撃を回避し、そのままバク転で後方へ飛びオーガストとの距離を取りつつ、弾き飛ばされ回転しながら落ちてくる木剣の柄を右手で掴みオーガストの動きを見る。

 バク転で後方へ飛んだうちをオーガストが木剣を下段に構え追いかけてくる。

 うちも真正面から打ち合うために、木剣を持った右手を下段に構え前に出る。

 お互いに剣の間合いに入り、うちは突きをオーガストは横からの剣撃を繰り出され、双方の首元に木剣が突きつけられる。


 「……」

 「……」

 うちとオーガストはお互いの首元に剣を突きつけたまましばらく様子を窺う。

 オーガストは訓練場に視線を動かし、走り込みを終えた生徒が全員走り終わり、うちとオーガストの手合わせを見ていることを確認する。


 「全員終わった様だ。ここまでにするぞ」

 そう言ってオーガストがうちの首元から木剣を引く。


 「手合わせありがとうございました」

 うちはオーガストに突きつけていた剣を降ろし深々と礼をする。


 「アッシュフィールド、一つ助言だ。相手を打ち取る隙を探すのも大事だが、技術が伴わないうちは程々にしておけ。でなければさっきの様に剣の握りがおろそかになってしまい逆に隙を作ってしまうぞ」

 うちが隙を探していたことに気付いていたオーガストがアドバイスをしてくる。

 それを聞いたうちはオーガストの言う通り、隙を探すことに集中しすぎていたことを反省する。


 「まぁとはいえ、俺はあれで決めたつもりでいたが、あそこから剣を躱し体勢を立て直すのは見事だった。身体の身軽さが功を奏したな」

 そう言ってオーガストがうちに称賛とも思える言葉をかける。


 「ありがとうございます!」

 木剣を弾かれた後の立て直しを褒められ、うちは嬉しくなり笑顔を浮かべる。

 その後は昼休みを挟み、素振り、筋トレなどの基礎トレーニングをしてこの日は終わった。

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異世界剣聖記 深村美奈緒 @minaofukamura

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