3.滅亡の進行

 世界はたちまち混沌に陥った。おびただしい数の人命が失われ、親族の安否を確認することさえ困難だった。世界各地で異常気象が頻発し、災害が繰り返された。人々はいつしかこれらの破壊的な現象を、破局はきょくと呼び始めた。いつ襲ってくるかわからない破局に怯えつつ生きる生活が始まった。

 混沌の中を生き抜くうちに、人類は破局に一定のルールがあることを理解しつつあった。

まず、山奥のような、街から離れた場所は比較的安全らしいということだった。逆に、かつて市街地だった場所は屋外屋内問わず破局のリスクがあった。

 さらに、破局が始まった当日に富士樹海に衝突した隕石によって生じたクレーター内部は全く破局が起こらなかった。

生き残った少数の人々は、その大部分が田舎の山奥で息を殺すようにして生活するようになった。富士樹海のクレーターに住もうとする人々もいたが、クレーターは多くの人間が住むには狭すぎた。激しい競争に勝った少数の人間しか、そこに住むことは叶わなかった。


赤月と呉は、山奥の小さな洞窟を拠点にして暮らしていた。

「潮くん、何かとれた?」

「ああ、岩魚いわながとれた。こいつは美味いぞ」

 赤月は、川で獲った岩魚を掲げて見せた。二人とも衣服はぼろぼろで、髪は伸び、体中が傷だらけで汚れていた。

「川、気をつけてね。あそこは破局しやすいみたいだから」

「わかってる。俺も一回だけ見たよ。一瞬で川の形が変わって、岩や木が破裂してあたりに破片が飛び散るんだ。めちゃくちゃ危ない」

二人は疲れ切った表情で火を起こした。橙色のほむらが洞窟の暗闇の中で踊り、あたりを照らした。赤月は、丸々と太った岩魚を木の枝に串刺しにすると地面に突き立て、焚火たきびにかざした。

「ねえ、世界はもう滅亡しちゃったのかな」

 火に炙られ、あぶらを滴らせる岩魚を眺めながら、呉が呟いた。

「まあ、今の時点では文明は崩壊してるだろうな」

「たくさん人も死んだよね。私のお父さんとお母さんも」

 呉の両親は、破局の犠牲者として遺体が見つかった稀有けうな例だった。まだ警察が機能していた時期に、高知県警から呉に訃報が届いたのだ。

赤月は呉を一瞥し、彼女の隣に座ると、そっと肩を抱き寄せた。

「心配するな。じきに平和になる。少なくとも、人類の滅亡はあり得ない」

 呉は驚いた顔で赤月を見つめた。

「潮くんはずいぶん楽観的なのね」

 赤月は無言で肩をすくめて見せた。呉は俯いた。

「私ね、今でも破局の始まりっていつだったんだろうって考えるの」

 呉はそう言って顔を上げ赤月を見つめた。彼女の顔はほむらに照らされ、絶えず揺らいで見えた。

「破局が起こり始めた日、あの日、富士樹海に隕石が落ちたじゃない? あれが発端じゃないかって思うの」

「まあ、あそこは今も破局が起こらない、特別な場所らしいからな。そうだったとしても驚かないぜ」

「多分、あの隕石は異次元からやってきた何かだったのよ。あの隕石、どこから降ってきたかわからなかったらしいの。空中から急に現れて樹海に衝突したって。あの隕石のせいで地球がおかしくなったんじゃないかな」

「かもしれないな。ほら、焼けたぞ。食えよ。腹減っただろ」

 赤月は呉に焼けた岩魚の串を差し出すと、呉は無言でそれを受け取り、串の両端を持って小さく岩魚をかじった。

「俺は破局の本質が何なのか、一つ仮説を立てている」

 赤月の言葉に呉は驚いたように彼を見返した。

「え? 破局って、ただの破壊現象じゃないの?」

「違う。破局には法則がある」

 赤月は、自身の仮説を話し始めた。

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