2.滅亡の始まり
「ねえねえ
探検部と書かれたネームプレートのかかった大学サークル棟の中の一室、その金属製の扉を押し開けて現れた女性の姿に目を留め、
部室は埃っぽく、薄暗かった。広さは小学校の教室二つ分くらいだろうか。部屋の中央には大きな机が置かれており、隅には漫画で埋まった本棚と、古びたソファーが置かれていた。
女性はすらりとした体にフリルが多用された白いネグリジェを着て、上気して赤らんだ顔で赤月を見つめていた。漆黒の長髪と瞳が白い肌に対照的で、女性の容姿に凛とした美しさを与えている。ネグリジェの薄い生地のせいで女性の体のラインは露わになっており、肌の色が透けて見えた。赤月の目には、モノクロの風景の中で唯一、女性だけがくっきりと色彩をまとって見えた。
「どうしたの潮くん? 黙っちゃって」
赤月は唾を呑んだ後、さらに間をおいてからようやく口を開いた。
「
「えっ? あれっ? ごめんなさい」
「……お前、前もパジャマ姿で部室に来たことあっただろ」
「そうね、寝起きのままここに来ちゃったみたい。私ってば夢中になると周りが見えなくなっちゃうのよね。駄目だなあ」
嘆く呉を見ながら赤月は微笑み、自分の羽織っていたジャケットを彼女に手渡した。
「潮くん、ありがとう」呉はジャケットを急いで羽織ると、すぐに興奮が戻ってきたらしく、再び熱のこもった口調で話し始めた。「ていうかそれよりも、隕石! ネット見てよ! 樹海にクレーターができてるんだって! しかも隕石はどこから降ってきたかわからないらしいわ。空中からいきなり出現して樹海に衝突したんだって。異次元から来た隕石って話題になってるわよ!」
呉が話す間、赤月は彼女の姿を何度もちらちらと見ていた。
「ねえ聞いてる? 潮くんも早くニュース見てみてよ!」
赤月はスマホの画面へ視線を戻し、顔をしかめた。経済、他国同士の戦争、洞窟での死亡事故、九州沿岸に迷い込んだアザラシ……さまざまなニュースに混じって、樹海に隕石落下のニュースがあった。
「これはやばいよ! この隕石に付着していた未知の生命体のせいで、人類は破滅してしまうかも! わくわくしない?」
呉にキラキラした瞳で見つめられ、赤月はたじろぎつつも口を開いた。
「UFOオタクにとってはそうだろうな」
「何よその冷めた答え、つまんないなあ」
そこで呉は赤月の顔をじっと見つめた。
「潮くん、何かあったの? ぼーっとしてるけど。てかここ暗いね」
呉は入口のそばにあるスイッチを押したが、天井の蛍光灯に反応は無かった。
「ああ、今電気が来てないらしい。だから
「ふーん、そうなんだ。直さないの? 不便じゃない?」
「だな。それと俺がぼーっとしてるのは、お前のせいだ」
呉ははっとして顔を赤くしつつ、くすくすと笑った。
「そうだった、こんな格好でごめん。というか……潮くんも意外とウブなんだね。刺激的過ぎたかな?」
「調子に乗るなよバカ。まったく」
突然、地面が大きく揺れ始めた。
「地震?」
呉が驚きの声をあげると、赤月は無言で彼女の腕を引っ張り机の下に引きずり込んだ。揺れはすぐに大きくなり、机ごと二人は床の上で揺れた。轟音と共にコンクリートの床がひび割れ、天井が崩れた。粉塵で視界は曇り、呉の悲鳴が響いた。
地震の揺れが収まった後、二人は机の下から這い出した。崩れた灰色の天井の隙間から、毒々しいほどに鮮やかな青空が覗いていた。
「ひどいな」
赤月は呟いた。部室の割れた窓から見える街並みのあちこちから、火と黒い煙が上がっていた。電柱は倒れ、電線は地面に垂れ下がり、時折、人のうめき声が風に乗って聞こえてくるのだった。
二人の持つスマホから、遅れて緊急速報のアラームが鳴り出した。
赤月と呉は自宅へ向かって歩きながらスマホを見ていた。SNS上では虚実入り乱れた情報が飛び交い、現実の混乱を如実に反映していた。
アスファルトの路面には深い亀裂がはしり、地面のあちこちが隆起していた。立ち並ぶ建物は傾いたり壁に亀裂が生じていたりしていた。車道には多数の車が立ち往生しており、時折クラクションと怒声と泣き声が聞こえるのだった。
暫く歩いているうちに、呉は不安そうな表情で赤月を振り返った。
「ねえ、お父さんとお母さんから返信が無いの。心配だわ」
「夕那の親って、高知にいるんだったか?」
「あれ? なんで知ってるの?」
赤月は呉の質問に答えず、黙ってスマホの画面を見せた。そこには、高知県沖を震源とする巨大地震が発生し、高知県沿岸を津波が襲ったというニュースが表示されていた。
「そんな……」
絶句する呉を慰めるように、赤月は肩に手を置いた。同時に、急にあたりが暗くなり、湿った風が吹き始めた。
「今度は何だ?」
赤月が呟くと同時に、風がにわかに強くなりはじめ、雨が降り出した。
赤月と呉がネット上の情報を頼りに最寄りの避難所へ駆け込んだ時には、蒸し暑い空気の中強風が吹き、バケツをひっくり返したような激しい雨が降っていた。
急遽、避難所の体裁を整えたと思しき区民センターは、けが人やその付き添い人たちのうめき声や泣き声で満ちていた。赤月と呉は、ワックスでてかてかに光った床の片隅に腰を下ろし、その光景を茫然と見ていた。
「台風が東京湾に出現したって。ニュースで出てる」
「台風? バカな。今は冬だ。あり得ない」
「じゃあこの天気は何なのよ?」
呉は苛々した様子で叫び、赤月は黙った。
「何なの? これ。日本中で同時に災害が多発してるって。一体、何が起こってるの?」
「落ち着けよ。俺もさっきから驚きっぱなしだ。それにどうやら混乱しているのは日本だけじゃないらしい」
赤月は呉にスマホの画面を見せた。
「イタリアで巨大火山が噴火? 街が壊滅したって、本当なの?」
「それだけじゃない。地中海沿岸で津波が発生、中国やロシアで地震が頻発し、アメリカでもハリケーンが発生。一方で、それらが突然ピタリと収まることも頻発しているらしい。まるで地球が錯乱しているみたいだ」
そう話している間に、赤月はふと顔をあげた。
「おい、雨が止んだみたいだ。風もやんでるぞ」
「そうね。少し涼しくなったわね」
赤月と呉は窓から外を覗き、顔を見合わせた。先ほどまでの曇り空は一変して青空が広がり、大気はおだやかな春の陽気に満ちていた。何よりも目を引いたのは満開の桜並木だった。川沿いに並ぶ桜たちが咲き誇り、無数の薄桃色の花びらを風に乗せ、あたりに降らせているのだった。
「本当に、何が起きているの?」
突然、巨大なものが崩れるような凄まじい音がした。赤月と呉が音のした方を振り返ると、清掃工場の白い巨大な煙突が、青空を横切りつつゆっくりと倒れていくところだった。煙突が倒れると同時に再度、轟音が響き、地面が揺れた。
「あれはなんだ、一体」
清掃工場は滅茶苦茶に破壊され、その敷地内にところどころ、レンガ造りの壁と、真新しいコンクリート製の建屋が出現していた。
「何もわからないけれど」茫然とした様子で呉は呟く。「何となく、建物の建っている上から無理矢理新しく建物を建てたらこんな感じになりそうね」
「そんなバカな、なんでそんなことが」
そこまで言った後、赤月は口をつぐみ両腕を組んだ。何かを考えている様子だった。
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