第2話

真鍋税理士事務所の募集広告を見たのはそんな頃だった。

『年齢性別問わず。ただし税理士試験に三科目以上合格しており、将来税理士法人真鍋税理士事務所の代表として、事務所を運営していく気概のある方。若い方大歓迎』

 これが募集要項だ。資料を見ると従業員数20人とある。かなり大きな事務所だ。

 若いケンジがこの募集を見て欲が出たのは自然なことと言えるだろう。ケンジは応募の履歴書に、法人税法、簿記論、財務諸表論、相続税法合格済み、自分があと1科目合格で税理士登録の権利があることを書き、面接では来年にもそれが実現することを強調するつもりでいた。そしてケンジは、来年30になろうとしていた。

 横浜の華やいだ雰囲気の街の一角に、その事務所はあった。通勤に1時間以上かかるが、そんなことは大したことではない。とにかく面接では有能に見せなければ、と緊張したが、しかしどうせメッキは剥がれるものだから、自然に行こうと頭を切り替えると、随分気持ちが楽になった。


「おお、こりゃあいい男だな」

 面接での所長の第一声にケンジは拍子抜けしてしまった。随分気さくな方だな、と。

 面接は所長と、秘書のような容姿端麗な女性の2人だけで行われた。あとで分かったことなのだが,この女性は所長の娘で、事務所で事務員をしているのだった。

 面接では簡単な自己紹介をさせられたが、それ以外は砕けた雰囲気で、彼女はいるのかとか、結婚の予定は? などとんでもない質問をされるハメになった。

 ケンジは一応ガールフレンドはいるが、結婚の予定など全くない、と正直に答えた。

 何かがおかしいとケンジは感じた。しかしそれがこの面接が半分この娘さんの婿探しであったと分かるのは、ケンジが面接に合格し、事務所で活躍し始め、自然に娘さんと親しくなって恋愛関係になってからのことだった。

 ベッドで,娘さんに、実はね、と笑い話として話されたのだ。

 時、すでに遅し。ケンジはまんまと娘さんの婿になるという道筋ができてしまったわけだ。しかしケンジはそれも悪くないと思った。

 大きな税理士事務所を切り盛りしながら美人の妻と暮らしていく。この道に入る時、自分が夢見ていた将来像だった。それが目の前にある。

 悪くない。ケンジは娘さんの話を聞いて、大きな声で笑った。

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