冬の別れ

レネ

第1話

「ケンジくん、私遊びでもいいの。ケンジくんを独り占めできるなんて思ってないし、ケンジくんがほかの子と寝ようと、付き合おうと、私何も言わない。だから私を重荷と思わないで、お願い、時々そばにいさせてもらえれば、それでいいの」

 ケンジの胸に顔をうずめながら、くしゃくしゃになったシーツの上で、つや子はか細い声でそう言った。こうした場末の小さなホテルの一室で、つや子は別れの時間が近づくと、必ずこんなことを言う。五万と付き合ってきた女の中で、こんなけなげなセリフを常套句のように繰り返す若い女を、ケンジは改めてかわいいと思った。

 稀に見る美貌と、182センチのモデル並みの体型、いや、それだけでなくついつい誰にでも優しくしてしまう心根の良さから、ケンジはどれだけの女に追いかけられてきただろう。自分にその気はなくとも、ちょっと甘い言葉を囁けば、落ちない女はいなかった。

 しかしそうして深い仲になると、女というのはどんなことをしてもケンジを離すまいとする。やきもちを焼く。泣く。あげくの果ては、意地になって、プライドを賭けても離すまいとする。

『あさましい』

ケンジは、いつの頃からか、女というものをそういうものだと思うようになった。勿論、この世の女性がそんな人ばかりであるはずはないのだが、ことケンジに関しては、皆若いせいかそういう子が多かった。

 高校を3年の時退学し、その後は海外を1年ほど放浪した後大検で高卒の資格を取り、簿記の勉強をした後税理士事務所に就職して税理士試験1本で真面目に生きようとしたのだが、出会う女出会う女、皆ケンジをほっとかなかった。簿記学校で知り合った奈津美、簿記学校の講師だったユリ、勤め先の近くのコンビニの店員だった紗栄子、そのほか居酒屋で向こうから声をかけてきた女も、たまに立ち寄ったファーストフードの店員の子も、皆が皆、性格も違えば、容貌は勿論、ものの好みも年齢も違うのに、ひとたびそうなると何とかケンジを離すまいとする点だけは恐ろしく共通していたのだ。

 しかし、どこといって目立つところもなく、別に美人でもないこのつや子だけは少し違った。

 しおらしく、どうせ私なんかダメだろうけど,たまには30分でいいからコーヒーでもご馳走させて。あなたのことを心から思ってることを許して。あなたが好きだから、あなたの自由を奪うことなんかしない。だから女友達の1人にしてくれないかなあ。彼女はそう言った。

 こんな女がいるとは思わなかった。最初は邪魔にならない女だくらいにしか見ていなかったが、次第にかわいらしく感じるようになってきた。セックスをして、さっさとその場を切り上げて、家に帰って税理士試験の勉強をしたって、何も文句は言わなかった。だから逆に、段々行為のあとも、お互いぬくもりを感じながら長い時間を過ごすようになってきた。それと共に、有象無象のケンジを取り巻いている女たちを、ケンジはとうざけるようになっていた。

 石田つや子。ケンジは彼女を、いつしか恋人のように扱うようになっていた。

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