第8話 夕食の重圧
高階家では、家族全員がそろって夕食を取るのが習わしのようだ。
台所に駆け込むと、既に家族全員が席についていた。
父親はテーブルの端に厳然と座り、いかめしい顔でこちらを睨んでいる。
「モタモタするな!」
低い声で叱りつけられ、私は思わず「すみません」と小さく答えながら、自分の席に座った。
高校生の高階新生の体に入っているせいか、父親の迫力には逆らえない。
いや、35歳の北本英利であったとしてもこの剣幕には盾突けなかったであろう。
食事が始まると、家族は誰一人としてしゃべらなかった。
母親は食器を整えながら、穏やかな表情で時折目を上げるが、それ以上のことはしない。
妹と弟も、父親の目を気にしながら黙々と箸を動かしている。
「……しゃべるの禁止なのか?」
そんなことを考えつつ、目の前に並んだ料理を口に運ぶ。
味は申し分ない。
大根と人参の煮物に焼き魚、味噌汁と漬物――どれも懐かしい日本の家庭料理だ。
未来感はまったくないが、こういう素朴な味は嫌いじゃない。
しかし、テーブルの空気は重苦しい。
2024年の自分が知る家族の食卓とは全く違う。
この家で一番の圧力源は間違いなくこの父親だ。
口元を引き結び、厳しい目つきで黙々と箸を動かすその姿はまさに「威厳」という言葉そのものだ。
戦前とか昭和とかにはよくいたと思うけど、令和の日本ではめったに見かけないタイプのおっさんである。
「40代後半か50代だろうな……」
高校生の息子がいるし、このいかめしい雰囲気がそう思わせる。
ふと気になって、勇気を出して聞いてみた。
「……あの、父さん。今年、何歳?」
その質問が場の空気を一瞬凍らせた。
全員が私に目を向ける。
「何だ?」
父親が低い声で答えた後、静かに箸を置き、真正面から私を見据えた。
「39歳になる」
「……えっ!?」
思わず声が漏れた。
自分の顔が驚きで引きつるのが分かる。
39歳。
つまり、2024年では35歳だった自分より4歳だけ年上。
だけどこの顔。
このたたずまい。
どう見ても40代後半、いや下手したら50代に見える。
それもかなり渋い部類の。
「39歳でこの貫禄かよ……」
頭の中で何度もその事実を反芻する。
あの鋭い目つきと眉間の深いしわ、厳格な雰囲気――39歳という若さでこの威圧感はどう考えても異常だ。
続けて、隣に座る母親に目を向ける。
優しい表情ではあるが、どこか苦労がにじみ出た印象を受ける。
母親にも気になって聞いてみた。
「じゃあ、母さんは……?」
「37歳よ」
「……」
もう何も言えなかった。
37歳――つまり自分とほぼ同年代のはずだ。
だが、現実には目の前に「40代後半の貫禄を持つ女性」が座っている。
「老けすぎだろ……」
心の中で思ったが、口には出せない。
この空気の中でそんなことを言ったら、今度こそ父親から雷が落ちる。
それにしても、未来の日本では何が起きているのか。
この家族の年齢すら、自分の知る2024年の感覚とはあまりにもかけ離れている。
食卓の空気に耐えながら、私はどうしても2024年以降の日本がどうなったのか知りたいという思いを抑えられなかった。
しかし、目の前の父親の存在感に圧倒され、今はそれを考える余裕すらない。
「変なこと質問せんと黙って食え」
父親が言ったその一言が、テーブル全体にさらに重い沈黙をもたらした。
私はただ、箸を握る手を動かすしかなかった――。
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