第4話 2077年の東京の街角

始業式だけなので学校は午前中だけで終わる。

午前12時半に学校を出て、私は迷わず徒歩で帰ることを選んだ。

2077年の東京をこの目で確かめたかったからである。

足取りは軽い。

つい昨日まで体の方はは35歳の北本英利だったが、今の体は高校二年生の高階新生だからだ。

そのギャップに戸惑いながらも、未来の街並みがどんなものか興味が勝っていた。


住宅街を抜け、広い通りに出ると、2077年の東京の風景が広がっていた。

無人運転の車両が静かに行き交い、整備された道路には規則正しいラインが走っている。

街路樹も美しく手入れされ、未来的な風景に違和感はなかった。


ふと腕につけたウェアラブルバンドが軽く振動した。

手首をひねり、ホログラム画面を展開してみる。

操作は直感的で、少し触れるだけで自分のバランスシートが表示された。


「……小遣いが50万円?」


ホログラムに映し出された数字に目を見張った。

無意識的に高階新生の記憶から、このバンドには家庭から送られる小遣いが定期的に入金されることを知っていたが、50万円とは驚きだ。


「さすがは父親が政府機関に勤める家庭……」


これだけの額があれば十分な生活が送れそうだと安心したが、どうやらそうでもないことが後に分かる。


しばらく歩くと、急に空腹を覚えた。

小腹を満たそうと周囲を見渡し、飲食店を探す。


「ラーメンか、マックでも」


しばらく歩きながら看板を目で追うとやはりいろいろな飲食店がある。

「豆腐屋」「蕎麦屋」「寿司屋」「うどん屋」「おでん屋」「タコ焼き屋」「和菓子屋」……ん?

どれも和食系の店ばかりだ。


「……カレー屋かラーメン屋はどこだ?」


目を凝らしても、ピザやハンバーガーの店、ファミレスのような場所は見当たらない。

未来の日本では、食文化が大きく変わってしまったのだろうか。

それとも、和食が国の政策として推奨されているのか。


歩き回るのも疲れてきたので、目に入った「タコ焼き屋」に入ることにした。


店は2024年の時代からほとんど変わらない雰囲気だった。

暖簾をくぐると、カウンター席が並び、壁には紙のメニューが貼られている。

ソースの香ばしい匂いが漂い、食欲をそそる。


「いらっしゃい!」


店主らしき中年男性が威勢のいい声を上げた。

私はカウンター席に腰を下ろし、壁のメニューを見上げる。

が、その瞬間わが目を疑った。


「タコ焼き6個で……3800円?」


思わず声が出そうになった。


「そんな馬鹿な……」


2024年の感覚では、たこ焼き6個ならせいぜい500円から600円。

それがこの時代では3800円もするとは。これが未来の物価というものか。


先ほど確認した小遣いが50万円もあると知っていなければ、この値段を見ただけで立ち去っていたかもしれない。


決済はウェアラブルバンドを使った。

店主の端末に手首をかざすと、「決済完了」とホログラムに表示される。

現金も財布も不要で、わずかな動作で支払いが済むのは非常に便利だった。


しばらくして運ばれてきたたこ焼きは湯気を立てており、香りだけで味が想像できるほどだった。

一口食べてみると、外はカリッと香ばしく、中はとろりとした生地が絶妙な食感を生んでいる。


「……これは確かにうまい。」


味は文句なしだったが、3800円という値段が頭をちらつく。

それでも、未来の街を歩き回った後の一服としては悪くなかった。


「うまいけど……やっぱり高い。」


味には満足したものの、この値段にはどうしても馴染めない。


店を出た後、私は未来の物価をさらに確かめてみようと思い、他の店を覗きながら歩き始めた。

次に目に入ったのは「蕎麦屋」だった。

看板には「かけそば一杯5500円」と書かれている。


「……5500円? 嘘だろ?」


かけそばはもっと安い庶民の味方ではなかったか。

あまりの値段に驚きつつも、続いて目に入った「定食屋」の看板を見ると、さらに目を疑う。


「焼き魚定食9800円……」


飲食店に並ぶ値段が、ことごとく令和の感覚を裏切ってくる。


さらに歩き、商店街の一角で靴屋の前を通りかかると、目を引くポップが目に入った。


「大安売り!人気ブランドの新作スニーカーが驚きの価格!」


安売りと書いてある以上さぞお得な価格だろうと思い、ポップの価格に目をやった。


「……20万円?」


思わず立ち止まった。大安売りで20万円という値段設定に唖然とする。

2024年の感覚では、スニーカーが20万円もするのは高級品に分類される。

それが「驚きの価格」などと言われているのだ。

確かに驚きではあるが。


「これが未来の普通ってことなのか……」


私は未来の東京の物価に完全に打ちのめされていた。


「50万円くらいの小遣いじゃ全然安心できないじゃないか」


未来の東京は便利で華やかだが、それだけで生きていくには経済力が必要だと痛感させられた。


2077年の日本、まだ体は高校生で扶養されている身の上とはいえこの物価高の世界で自分は将来どうやってやっていくのか――その答えは、まだ見つからない。







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