第2話 未来の街と学び舎

2024年、35歳のサラリーマンだった私は、どうやら2077年、後明治8年という時代の「大日本帝国」に転生してしまったらしい。


令和の日本でIT企業に勤める北本英利としての人生は、夜の帰り道で突然途切れた。

スマホをいじりながら歩いていた時、眩しい光とともに衝撃を受け、気が付いたらこの世界にいた。

そして今、私は高校二年生の高階新生(たかしなあらた)として、新しい生活を送ることになっている。


朝、黒い学ランに袖を通し、自然な動作でボタンを留めながら自分が当たり前のようにこの制服を着ていることに驚いた。

35歳の会社員だった自分には縁遠くなって久しい服が、今ではしっくり馴染んでいる。


朝食を終えると、私は自然と家を出ていた。

黒い学ランを着た自分の姿は、まだどこか現実味がない。

それでも体は迷うことなく目的地を知っているようで、政府機関の官舎前にあるシャトルバスの停留所へ向かっていく。


「自分の体が勝手に動いているみたいだ……」


官舎近くの住宅街は整然としており、植え込みや歩道は手入れが行き届いている。

住民たちはすっきりとした服装をしており、生活水準の高さがうかがえた。

しかし、それも次の停留所を越えると一変する。


シャトルバスは静かに停車し、音もなくドアが開いた。

中に入ると、乗客たちの服装に目を引かれる。

未来的なデザインのスーツや、機能性を重視したモノトーンの服が多いが、中には現代的なジーンズやカジュアルな服を着た人もいる。

異なる時代が混在しているようで不思議な感覚になった。


「……未来なのか現代なのか、どっちなんだ?」


そう思いながらも、指定された座席に腰を下ろす。

バスの中では行き先がホログラムで表示されているが、読み方に迷うことはなかった。

高階新生としての記憶が自然とそれを教えてくれるのだ。


バスが走り出すと、車内は一気に静まり返った。

無人運転らしく、アクセルやハンドルの動きも滑らかで、エンジン音さえほとんど聞こえない。

窓の外に広がる景色を眺めながら、私はこの世界の異様さを再確認していた。


車窓に広がる街並みは、見慣れた東京とは全く違うのだ。

この時代にもある道路標識の青看板には東京都港区の地名が記されている。

具体的には麻布あたりらしいが、そこから見えるべき東京タワーや六本木ヒルズ、麻布台ヒルズが影も形もない。


代わりに目に入るのは、広大な空き地と建設途中の高層ビル群。

クレーンが林立し、建築ラッシュの真っただ中だ。

あちこちで重機が稼働しているが、その一方で古びたバラックが立ち並ぶ地域も見えた。


「……スラム街?」


その光景は衝撃的だった。

道端で汚れたトレーナーのような服を着た人々が行き交い、小さな子供が空き缶を拾っている。

彼らは全体的に小柄で、顔つきにも疲労感、何より貧困感がにじんでいた。

2024年の日本では考えられない貧しい姿だ。


「どうして……未来の東京なのに、こんな格差があるんだ?」


未来的な建物がそびえ立つ一方で、明らかに時代に取り残された、いや、さかのぼったような区域がある。

この国が「大日本帝国」として再び成立した理由も、この格差の原因も、私には何一つ分からない。


バスは整備された道路を滑るように進み、やがて目的地である学校に到着した。

帝都興国高等学校――この未来の大日本帝国でも、名門校として知られる存在らしい。


校門をくぐると、周囲はさらに奇妙な光景だった。

校舎は最新鋭のデザインで、ホログラム掲示板や投影型教科書などの未来的な設備が整っている。

しかし、そこを歩く生徒たちは昭和のように男子は自分と同じ黒い学ラン、女子は紺色のセーラー服を着ていた。


「……なんだよ、これ……」


未来と過去が入り混じった不思議な世界。

それでも周囲の友人たちが自然に私に声をかけてくると、少しずつ現実感が戻ってくる。


「新生、おはよう! 二年になっちまったな」

「お前、またギリギリで駆け込むと思ったけど、今日は余裕やん!」


どうやら、この体の高階新生としての人間関係も既に築かれているようだ。

彼らの顔や名前が自然に思い浮かび、何の違和感もなく会話に応じることができた。


「おはよう。また同じクラスだといいな」


まるで自分が高階新生そのものであるかのように振る舞える自分に驚きながら、校舎へ足を踏み入れる。


今日は始業式のようだ。

二年生として新しい生活が始まる。

しかし、この世界で自分が何を成し遂げるべきなのか、そして未来の日本がどうしてこんな社会になったのか、まだ何一つ分からない。


ただ、校舎に響く雑踏の中で、私は確かにこの世界に存在していることを感じていた――。

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