第2話 田中 太郎 ②

・・・

・・・・・

・・・・・・・


どのくらいふわふわと覚醒と意識消失を繰り返しただろう・・・

時間の概念もよくわからない


しかし、そんなあるとき、パッと目が覚める


テンプレ好きの太郎は「知らない天井だ」とつぶやいて体をベッドから起こす


俺のパオーンと腕には変なチューブがついていた

それらをゆっくりとどちらも外す


周りを見渡すが簡素な部屋である

ふむ、このパターンで転生してないのか?と備え付けの洗面台の鏡の前に立ち確認する

そこには見たこともない自分がいた


ガウンの様な服装に自分の思い描く明らかなイケメン、そして金髪、良く知るエルフ特有の尖った耳


くくくっ・・・

腹の底から笑いがでる


やった

俺はついにやったぞ!!


大声で叫びたかったが状況がわからないためまずは確認を優先することにした


まずは定番の・・・


身体強化?はどうだ??

軽くジャンプしたりシャドーボクシングをしてみる

・・・ダメか


では魔法はどうだろ???

光よ出ろ! 水よ出ろ! 風よ出ろ! 出ろ出ろ出ろ!!!

・・・ダメか


ステータスオープン!!

・・・ダメか


しかたない

特典チートはなさそうではあるが

なーに、いまから成りあがれば良いだけのことよ


歓喜に震える気持ちを押し殺して部屋の窓まで行きそっとカーテンの隙間から外を確認する


「ん?あれは・・・コボルトとゴブリンか」


いまは日中の昼下がりか・・・

外は魔物が行きかっていた


観察を続ける

紐に繋がれた裸の人間を散歩させているように歩いているゴブリンの姿

大きな道を列をなして猛スピードで走り去る色とりどりの大きな猪

まぶしいぐらい赤く光る眼をギョロギョロさせながらこの建物に入っていく魔物の姿

その魔物から飛び降りてくるコボルト

あげく空には轟音をまき散らしながら悠々と飛ぶ白いドラゴン


 ーーーなんだここは!!!


太郎は大きなショックをうける

建物などは日本のよく知るそれっぽいのに道行く物が異形のものたちである

あげく人間はペットの世界観?


異世界転生を準備していたとはいえこれは予想外過ぎる


しかしこの状況・・・

人族が虐げられていると予想し解放からのハーレム勇者コースかと妄想をしだして不意に足音が近づいてくる音が耳に聞こえる


まずいと太郎は慌ててベッドの中へ戻りさっき外したチューブを握りしめ寝たふりをする


薄目を開けガチャッと入ってきたのを確認するとコボルトとゴブリンだった

何か話しかけられるがまったくわからない


いろいろ一方的に話をしてしばらくするとやがて部屋から出ていった


そっと体を起こし、太郎は考える


 ---俺に対する敵意はないのか?友好的? ・・・んん・・・情報がなさすぎてわからん・・・

    とりあえずこの建物の中と外に出て情報収集からか・・・

    手ぶらはマズいので武器の調達を優先して・・・


っと、行動指針をざっくりと考え暗くなってから建物を脱出することを決める


ベッドの中ですぐ動けるように寝たふりして暗くなるのをじーーーっと待つ

途中、もよおしたためトイレも済ましておく


やがてカーテン越しの外は暗くなり魔道具なのか照明がちらちらと点灯しだす


そろそろかとゆっくりベッドから体をだす

近くにあった点滴棒のような鉄の棒を真ん中からジョイント部を外し手に持ち周りの気配を探る


扉の向こう側の音に集中し、ゆっくりとドアノブを回していく


スッと開けた扉の外を伺うと同じような扉がいくつもあり時折コボルトが出ては別の部屋に入ったりしている


 ---どうやら出たり入ったりの間隔は5~10分ほどか・・・


誰もいないタイミングをみはからい別の扉にそっと近づく

中の気配を探りゆっくりとドアノブを回し中を覗き見た


そこには同じようにチューブに繋がれたエルフがいた

スッと中に侵入しそのエルフを観察する

顔は皺くちゃで老人

性別ははっきりしない


小声で「おい」と呼びかけるが反応はない


その後、気配を探りながら3つほど部屋をみたがどこもまったく同じようにチューブにつながれた皺くちゃエルフがいるだけであった


 ーーーくっ・・・

    ここは実験施設か何かなのか・・・

    逃げなくては・・・


そうそうに脱出することを決意する


元の部屋に戻り窓から外を見る

おそらく4階・・・

窓の下には壁伝いに歩ける小さな足場があり、少し離れた場所によく見る雨水用のパイプが下まで続いているようでこれを使うルートを想像する

鉄の棒はしばし考えるが・・・

片手がふさがるのは悪手と考え置いていく

少しでも時間を稼ぐためベッドに人がもぐっているように小細工も忘れずにしておく


準備が整い窓から身を乗り出しゆっくりと行動を開始する

不思議と恐怖はない自分にびっくりするも異世界だし恐怖耐性は特典かも?と納得しておく


慎重にパイプの元まで移動

右手でしっかりついてるか、ぐっと動かすがビクともしないので意を決してしがみつく

イメージするようなスルスルスルとはいかないが慎重に階下を目指してゆっくり降りていく


体感で30分か

無事に地上に降り立つ

そして植え込みに素早く身を隠す


ここまでは概ね予定通り


次に門?のような入り口を観察する

警備員なのか禍々しく光る赤い棍棒のようなものを手に持ち、時折やってくるさっきみたギョロギョロと眩しい赤い目の魔物を誘導したりしている

また外の大通りにも目を向けるとチラホラとコボルト、ゴブリン、オーク、オーガ・・・

多種多様な魔物たちが見受けられる


正面からの脱出は難しそうなので諦め、敷地内の塀まで移動を開始する


植え込みから植え込みまでゆっくりと見つからないようにできるだけ足音を消しながら進む


やがて見えてきた塀は高さ2mほどか

これなら手をかけて乗り越えれそうである

建物の側面に回り込み、手をかけようとジャンプしたとき、ふと視線に気づく


ハッと振り返りみると、そこは裏口なのか扉の前にゴミ袋を持ったオークがいた


そのまま強引に逃げるか倒すか様子をうかがっているとそのオークは何語かわからない言葉で話しかけてきて俺をつかもうとゴミ袋を手放し手を伸ばしてきた


慌ててとっさに避けたが、躓きその場にずさっと転ぶ

なおも何かを話しながら、つかもうと手を伸ばすオーク

俺は慌てて立ち上がろうとする

そして手元にあった石で伸ばされたそのオークの手を殴打した

手を抑え、痛みと怒りに震えるオークは叫びながら仲間を呼ぼうと大きな声をだした


これはまずい!


後は体が自然に動いた


持っていた石をそのオークの頭へ

こめかみの辺りから血を流し倒れたオークに馬乗りになりゴッゴッゴッと何度も何度も必死に石を打ち付ける


やがてぴくりとも動かなくなったオーク

俺は肩でぜーぜーと荒い息を吐きながらゆっくりとその場に立つ

息を整えつつ、自分の成果を見つめ、よしっと安堵する


 ---レベルの概念はわからないがきっと何かしらの恩恵はあるだろう

    定番だと解体して魔石か?

    ・・・いや、今はいい

    とりあえずこの場を離れよう


つかんでいた石をその場に落とし再度壁を見る

必死に殴りつけたせいかぷるぷるする手に気合をいれジャンプし壁によじ登っていく


壁の向こう側は民家の庭のようである

選定された植木鉢や犬小屋があった

あたりの気配を探る

夜間ということもあり物音なく静まり返っている


ゆっくりと犬小屋に近づく

なんと驚くことに犬小屋の中には鎖に繋がれた裸の少年がいた

スースーと寝息は聞こえるので生きてはいるだろうがなんて酷いことをと憤る


救出するにしてもまずは自分の安全マージンの確保を優先したい

先ほどの倒したオークもいつ発見されて逃走した俺の捜索が始まるか分からないのだ

心の中で「いつか助けに来る」と呟き、そっと家のほうへ移動する


庭に続く大きな窓へ

・・・どうやら施錠はされていないようだ

ススススーと侵入できる分のスペースをゆっくり開けて中へ

住人は寝ているのかシーンとした室内


リビングのような場所をぬけ

キッチンのような場所へ移動する


冷蔵庫のようなものを開け中から飲み物の入ったペットボトルを取り出す

この世界にもペットボトルや電化製品ってあるんだなと思いつつも水分補給をする


包丁を見つけたので使わせてもらうことにする

ここの住人が人なのか魔物なのか・・・

まぁ、少年を犬小屋にいれペットとしている時点で敵であるのは確定しているのだが


まずは敵の排除を優先するため寝室であろう2階へ包丁片手にゆっくりと移動する

階段を上がってすぐに部屋が3つあった


近い順に調べていく

最初の部屋の扉の前で気配を探る


・・・

・・・・・

・・・・・・・・


当たりだ

中から規則的な寝息が聞こえる


扉を慎重にあけ豆電球の明かりの部屋へそっと侵入し寝ているこの家の住人をみる


またオークである

オークは初当たりで、その程度を把握したので殺れるだろ


心臓があるあたりに包丁を垂直に構え、いっきに振り下ろす


カッと目が開き、オークと目があう

口から血泡を吹きながら何かを話しつつ、手を伸ばしてくるが力が入っていないのか俺は伸ばされた手を払いのけぶっ刺した包丁にさらに力をこめた


抵抗らしい抵抗もなく、やがてオークの両目から命の灯が消えたのを確認し包丁を抜きふぅーと息を吐く


他の部屋も確認しなくては

次の部屋とその次の部屋はどうやら不在なのか元々いないのか誰もいなかった

再び1階におりて家の中を確認して回る


トイレ、風呂場、客室・・・特に何もなかった

車庫のような場所に巨大な猪がいてビビったが、猪は死んでいるのかその身は冷たく全く反応がなかった


とりあえず敵の排除は済んだと思い、血だらけの自分を清めるため風呂場へ行く

シャワーを浴び、少し大きいがこの家の住人の服を着る

上下黒のジャージのような格好だが、夜の街をまだ移動することを考えると適していると言える


食べ物をあさり、カップ麺のようなものがあったので湯を沸かしそれを食す


太郎は一段落ついたのでゆっくりと考察を始める


 ---ふぅ、どうやらこの世界は日本のように科学なんかも進んでいるのかもしれない

    知識チートは難しいかもしれないな・・・

    ただ食べ物、飲み物、道具などありふれたものどれもに違和感ないのはありがたい

    ひょっとするとパラレルワールド的に交差した世界なのかもしれないな・・・

    機先を制した2度のオークとの戦闘とはいえ、脅威は思ったほどではないと感じる

    まぁ、なんにせよ

    異世界特典チートはないが、ビビリングチキン太郎の時と違ってまったくと言って良いほど恐怖も感じず、魔物駆除に忌避感もなく無双できそうだ しししししっ

    次にどうするか・・・

    いずれさっきの施設で殺ったオークがみつかり騒動になる気はする

    ・・・よし

    当面の目標は倒して倒して倒したおして、自身のレベルアップを頑張るか

    ゲーム的レベルやスキル、魔法なんかは分からないが戦闘技術は上げていて損はないだろ

    


食事補給も終わり、みつけた肩掛けスタイルの鞄に水のペットボトルとそのまま食べれそうなソーセージや缶詰をいくつか詰めていく

包丁は取りあえず2本装備する

予備としてもう1本はタオルに包み鞄の中へいれておく

施設で寝過ぎたからなのかまったく眠気はない

休憩はできた長居は無用だこのまま出よう


今度は玄関からそっと外へ出る


周囲は夜間とあって静かなものである


途中、庭の犬小屋の少年の鎖だけは外しておくことにする

今は連れて行けないことを心の中で謝りつつその場を離れる


夜の闇と静寂に溶け込むように太郎はこれからの冒険にわくわくしながら出発するのであった

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