第14話

矢野は江見慎太郎と交流が深い。

今日も2人は高級料亭で会食をしていた。

江見慎太郎は演劇界の大御所で、芸能界で隠然たる力を持っている。

「そうか。貝原君が亡くなってもう1年過ぎたのか。寧々さんは大丈夫かね」

「大分落ち着きました」

「惜しい男を亡くしたものだ」

江見はしみじみ言った。

「はい」

矢野はそう言うと江見の盃を満たした。

「話は変わるが、娘の指導の方はどうだね」

江見の娘は前島瀬名という芸名で芸能活動を行なっている超人気アイドルである。江見は娘を一流の女優としたく矢野に演技指導を頼んでいる。

「メキメキ上達しています。特に表情の表現が豊かになりました」

矢野の返事を聞いて、江見は嬉しそうである。

江見は矢野の盃を満たした。

江見が呑むと矢野も呑んだ。

その頃、真来は車の中で矢野が出てくるのを待っていた。


玄関の戸が開いて、江見の後に矢野が出て来

た。真来も車の前に立っている。

「あれ?森口君はどうしたのかね」

「森口は稼業を継ぐために宮崎に戻りました。新しいマネージャーの森信です。森信、此方は江見慎太郎先生」

「お初にお目にかかります。森信真来と申します」

真来は江見に深々と頭を下げた。

江見は真来をジロリと見た。

「ずいぶん若いね。一色。こんな若僧に君のマネージャーが勤まるのかね」

「はい、先生。彼は優秀です」

矢野が柔らかく答えた。

「そうかね。しっかりやりたまえ」

「ありがとうございます」

真来は再び頭を下げた。

こうして矢野と真来は深く頭を下げて江見を見送った。

江見の車が行った後、真来は後部座席のドアを開けた。

まずい。このままでは泣きそうだ。

矢野が乗り込んだ。

ドアを閉めて、真来は運転席に乗り込む。

「江見先生に会ったからって感激して事故らないでくれよ」

矢野が柔らかな笑顔で言った。

真来は江見に会った事より、矢野の言葉に感動していたのだ。

真来は目尻を拭うと、車を走らせたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る